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かしこい生き方を考える COMZINE BACK NUMBER
IT大捜査線 特命捜査第003号:生命の現場を支える情報システム
  総合的かつ断続的な医療を提供
 

東京・新宿駅から小田急線に乗り、成城学園前で下車。そこからバスに乗って10分もすると、とんがり屋根のあるベージュの建物が見えてくる。一見、病院らしくないその建物こそ、今回訪ねる「国立成育医療センター」だ。
“病院らしくない”という印象は、建物の中に入ってさらに強くなった。ロビーの天井には色鮮やかなモビール、木製の動物のオブジェや面白い形のソファー…、旧来の白くて冷たい病院のイメージは全くない。

センター外観

12階建ての「国立成育医療センター」の外観。病床数500床、外来患者900名/日。

ロビー風景

地下1階から2階部分まで吹抜けの大きな窓が、病院らしからぬ開放感を醸し出している。

我が国で5番目のナショナルセンターとして昨年3月に開設された国立成育医療センターは、従来の診療科の枠を超え、妊婦(胎児)から新生児、小児、思春期、成人期(母性・父性)に至るまで、一人の患者を総合的かつ継続的にサポートするという新しい概念に基づいた医療を実施している。

そんなセンターならではの医療を大原 信医療情報室長はこう説明してくれた。
「アレルギー疾患のあるお子さんの例で考えてみましょう。お子さんは、咳が出れば呼吸器科に、アトピー性皮膚炎になったら皮膚科に、アレルギー性鼻炎になれば耳鼻科にかかっていたはずです。医師が中心にいて、患者さんがあちこち動いていたんですね。当センターの場合、あくまでも患者さんが中心。総合診療部の一人の医師が主治医となり、その指示のもとに各専門分野の先生がチームを組み治療に当たります」
それが、センターの看板である「総合診療」であり「チーム医療」というわけだ。
大原室長

今回お話を伺った大原 信医療情報室長。センターの情報システムを3年がかりで立ち上げた。

 
 
   

 
  電子カルテで瞬時に情報共有
 

センターの特徴の一つ、チーム医療を支えているのが「電子カルテ」だ。電子カルテがどのように使われているのか、診療の順を追って見てみよう。

外来受付&外来
半円形のソファが置かれた外来受付(写真上)。受付窓口で電子カルテが作成される。 外来受付&外来
外来の診察室にも電子カルテ用端末が置かれており、ここで診察結果や検査のオーダーを入力する(写真下)。

スタッフ・ステーション
スタッフ・ステーション。紙のカルテは一切なく、すべて電子情報で管理されている。

電子カルテは初診の際、外来受付の窓口で作られる。以後、医療スタッフは、その人のカルテをセンター内にある700カ所の電子カルテ用端末のどこからでも閲覧可能。医師は問診や診断の結果を入力し、必要ならレントゲンなど検査の指示(オーダー)を出す。
レントゲン技師はそのオーダーに従ってX線撮影を行うが、電子カルテを閲覧できるので病気の経過などを理解した上で検査が行える。

もちろん、現物のフィルムがあるわけではなく、すべて画像データとして処理され、電子カルテ上には10分の1に圧縮された参照画像と放射線診断医のレポートが添付される。元の精密画像は放射線部門のサーバに蓄積されており、専用ディスプレーで閲覧できる。
「長期的・包括的な医療を実施する“成育医療”にとって、情報を一元管理し、スタッフ間で共有できる電子カルテは非常に有効な武器となるのです」

電子カルテは看護師の負担も軽減。これまでは、カルテやフィルムを運ぶ・管理する、カルテから処方箋に転記する、検温などの結果を記入する、物品の発注書を書くといった煩雑な作業に時間をとられていたが、電子カルテの導入で「看護という本来業務により多くの時間を割けるようになりました。それが、大きなメリットだと思います」と大原室長。

 
 
   

 
  バーコード認証によるリスクマネージメント
 

センターの病棟には、他の病院ではお目にかかれないものが2つある。一つが入院時に発行されるバーコード入りのリストバンドで、もう一つがベッドの傍らにある12インチのタッチパネル型液晶端末「ベッドサイド端末」だ。これらがセンターのリスクマネジメントを支える鍵となっている。

ベッドサイド端末

すべてのベッドに備えられている「ベッドサイド端末」。バーコードリーダー、テレビ用リモコン、USB4口も装備。

バーコード

スタッフは自身のIDカード、患者のリストバンド、点滴ボトルなどに付けられているバーコードを読んで、電子カルテのオーダーと照合。

リスクマネージメント画面

リスクマネージメント画面。読み取ったバーコードが正しければ「○」、間違っていると「×」が表示される。オーダーの内容も画面上で確認できる。


「バーコード」は入院患者のリストバンドの他に、スタッフのIDカード、内服薬の薬袋、点滴・注射、輸血ボトルにも付けられている。
例えば点滴をする場合、スタッフはバーコードリーダーで、自分のIDカード、患者のリストバンド、点滴ボトルを読み取る。誰が、誰に対して、何を行うのかを、電子カルテのオーダーと照合するというわけだ。内容が正しければ、ベッドサイド端末の画面に「○」が、間違っている場合は「×」が表示される。またバーコードだけに頼らず、スタッフはオーダー内容を画面上で確認できる。ここがこのシステムのポイント!
センターでは、バーコード認証によって、本人確認はもちろんのこと、医療過誤が起きやすい医薬品の取り違えや投薬ミスを防いでいる。

では、このバーコード認証を、現場はどう受け止めているのだろうか。
「投薬の際も、ただ配るのではなく1回1回バーコード認証するので、スタッフの作業は確実に増えました。ただし、それに見合うだけの効果はある。きちんとやれば間違えないという安心感があり、精神的な負担は軽くなりますね。また、患者さんやご家族にも『○が出たから間違いないね』と安心してもらえる。これは、ともすればこの作業を面倒と思うスタッフにとって、きちんと行わせるインセンティブになっています」

ベッドサイド端末には、上記のような「リスクマネージメント機能」の他に、看護師がバイタルサイン(脈拍・呼吸・血圧・体温)をその場で直接入力できる「電子カルテ機能」、患者やその家族がテレビ番組はもちろん、治療スケジュール、体温経過などが見られる「患者アメニティ機能」も備えている。

   
 

  「人間はミスをする」が出発点
 

取材の数日前、センターの医療安全管理への取り組みがNHKのニュースで紹介された。そこで取り上げられたのが、開設以来、初めて起こった投薬ミス。幸い大事には至らなかったが、センターではこれをきっかけにアクシデントが発生した背景を分析するとともに、安全パトロールなど新たな取り組みを始めている。

「私達は基本的に、リスクは常に存在し、その意味で、医療過誤がゼロになるとは考えていません。ITは非常に有効な武器で、リスクは確実に下がっていますが、それだけじゃダメ。ITが万能ではないことは、システムを開発した私達が一番よく知っています。『○』『×』でやればアクシデントは起きないんでしょと言われますが、それは大変な誤解であり、むしろ危険な考え方です」

「そもそも、ミスは一人の人間がやるから起きる。必ず起きるヒューマンエラーのリスクを下げるには、一人の人間の情報処理の限界を超えないこと、情報を共有することです。その人が何をやっているのかが分かっていれば『それは違うよ』と言える。逆説的に言えば、その機能が100%働いていれば、情報システムは必要ないということになります。ただ、病院はマンパワーも限られているし、相対的なリスクが高いから、それをITで補っている。ITはあくまでツールなんです」

開設以来1年、約75万件の注射オーダーの中で起きた1件のミス。最終的に医療過誤を防ぐのは人、ITはそれをサポート――。この数字は、そんな基本を改めて教えてくれる。

●国立成育医療センターの情報システム概念図
概念図
IT化によってさまざまな点でメリットが生まれたが、システムの維持管理やマスター管理、セキュリティ対策など、旧来の病院にはなかった新たな業務も発生している。病院の組織がこれらの業務にどう対応していくかが、病院をIT化する上での課題。
 
取材協力 : 国立成育医療センター http://www.ncchd.go.jp/
 
   

 
  追加調査
 

ナショナルセンターって、どんな病院?

ナショナルセンター(国立高度専門医療センター)は、日本において死亡数、患者数、医療費のいずれにおいても大きな割合を占め、その制圧が悲願となっている「がん」「脳卒中」「心臓病」などの疾病について、高度先駆的な医療を実施するとともに、臨床研究、教育研修、情報の集積・発信などを行う中核的な医療機関。現在、5つのナショナルセンターが設置されており、来年3月には、愛知県大府市に6番目の「国立長寿医療センター(仮称)」が開設される予定だ。



 
特命調査第003号 調査報告:伊藤捜査員 特命調査第003号 調査報告:伊藤調査員
撮影/海野惶世(人物、モビールなど) イラスト/小湊好治 Top of the page

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