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IT大捜査線 特命捜査第009号:ICタグを導入した図書館の未来形 特命捜査第009号:ICタグを導入した図書館の未来形
   
  市制施行を機に誕生した富里市立図書館
 

京成成田駅から車で約15分。市道と県道の交差点に、柔らかに弧を描くガラス貼りの建物が見えてきた。今回の取材先である「富里市立図書館」だ。
お洒落な外観に少し戸惑いながらエントランスを入ると、吹抜けのスペース。高い窓から降り注ぐ陽光が館内に満ち、とても気持ちいい。そこには、従来の薄暗い図書館のイメージを見事に裏切る、開放的な空間が広がっていた。

 

千葉県富里市は2002年4月に市制施行された人口5万の新しい市。富里市立図書館は市制施行を機に計画され、03年3月27日に開館。ちなみに富里町時代には図書館はなく、公民館の図書室が唯一の読書施設だった。
今回お話を伺った高橋正名(まさな)館長によると、ここは“図書館機能を中心とした生涯学習センター”であり、市民の自発的な学習を支援する施設というコンセプトで建てられたそうだ。
「一昔前まで図書館といえば、小説や文学関係の本を借りて、ゆっくり読むというイメージでしたが、今は育児や家事、健康などの生活に必要な知識、旅行やスポーツなどの趣味・レクリエーション関連、あるいは日常の疑問や仕事上の問題を解決するための本の利用が多く、ここでも小説や文学以外の図書の貸し出しが6割を占めています」
市民の情報に対するニーズは高く、図書館は身近な情報提供機関としての役割を期待されているという。

そんな富里市立図書館は、12月号の「ことばの新大陸」でもご紹介したICタグを導入した日本初(※)の“IT図書館”。館内には利用者自身で貸出処理を行える「自動貸出機」も設置されており、こうした先進的な取り組みが注目を集め、全国から多くの図書館関係者が視察に訪れている。

※ICタグを導入した公共図書館としては宮崎県の北方町立図書館があるが、2キロバイトという大容量のICタグに図書データを入れて管理する方式はここが初めて。

富里市立図書館館長の高橋正名(まさな)さん

 

今回、お話を伺った富里市立図書館館長の高橋正名(まさな)さん。
富里市立図書館
地上2階建て、延べ床面積3787平方メートル、開架10万・書庫10万の収蔵能力を持つ富里市立図書館。03年12月現在、書籍類8万7000冊、視聴覚資料3500点、雑誌200タイトルの蔵書がある。
 
閲覧コーナー
入口を入って左手にある「閲覧コーナー」。03年12月末までの実績は、開館日数216日、入館者数27万9090人、貸出冊数27万7222冊、登録者1万5499人。
 
 
   

  ICタグ導入で業務の迅速化・効率化を実現
 

富里の「次世代型IC図書館システム」を見てみよう。
導入されている主なハード・ソフトは、図書に貼るICタグとそれを読み書きするリーダライタ、業務を運用するソフト、そして自動貸出機、出入口に設置する貸出手続き確認ゲート(いわゆる盗難防止装置)だ。ここでは、リーダライタとゲートにオムロンの製品を、運用ソフトは日本電子計算が公共図書館向けに提供している「LINUS/W ICタグ対応版」を利用している。
ICタグの記憶容量は2キロバイト(日本語約1000字分)で、ここに書名・副書名・巻次・著者名・版表示・ISBN・MARC番号などの「書誌データ」と、登録番号・分類・図書記号・保管場所などの「ローカルデータ」、最終利用日・累計利用回数などを記録する。

図書館の本は、私達が一般書店で買うのと違い、図書流通センター(TRC)などの取次業者が書誌データを書き込んだICタグを本に貼付し、カバーに汚損防止フィルムを貼った状態(装備付き図書)で納品してくれる。と同時に、インターネット経由でその週に納品される本のデータが送られてくるので、これをコンピュータに入れる。コンピュータのデータと納品された本のデータが合っているかチェックし、図書館独自の「ローカルデータ」をICタグに書き込めば準備完了、後は配架すればOK。

利用者は借りたい本を書架から取ってきて、自分で貸出処理が行える。自動貸出機の利用方法はいたって簡単だ。
 (1)貸出利用券をバーコードリーダで読み取らせる。
 (2)本を重ねて自動貸出機(リーダライタ)の上に置き、
    冊数をタッチパネルで入力。
 (3)画面表示された冊数と書名を確認し、「借りる」ボタンを押す。
 (4)書名と返却日が記載されたレシートが出力される。
カウンターに並ぶことなく、好きな本を自分で借りることができるというわけだ。

ICタグ
ICチップとアンテナで構成された名刺大のICタグ。外からは見えないが、これが裏表紙とカバーの間(写真右で指差したあたり)に貼付されている。
 
自動貸出機
自動貸出機
利用者自身で貸出処理が行える自動貸出機。まず貸出利用券をバーコードリーダで読み取り、次に本を自動貸出機(リーダライタ)の上に置いて読み取らせる。
 
貸出手続き確認ゲート   貸出手続き確認ゲート。常時13.56メガヘルツの電波を発生し、ここを通過するICタグと通信を行い、手続きされていない資料があると音と光で知らせる。
 
 
   

 
  4人に3人が自動貸出機を利用
 

ICタグの導入は、図書館運営者、利用者の双方に大きなメリットをもたらした。
運営側のメリットとしては、今までバーコードを1冊ずつスキャンしていた貸出・返却作業が、本を何冊も重ねたままで一度で処理できること。例えば、10冊の本を職員がカウンターで貸出処理する時間は、わずか15〜18秒。職員の負担が減り、本来司書が行うべき本の相談やリファレンスサービスに力を注げるようになった。
また、貸出手続き確認ゲートも基本的に誤作動がなく、人体に対する安全性も高い。従来の磁気式ゲートの場合、心臓ペースメーカーなどへの影響が懸念されていたし、携帯電話や折り畳み傘に反応して誤作動することがあったという。

利用者側からすれば、やはり自動貸出機によるメリットが大きいだろう。
「自動貸出機については、『簡単で便利』『早い』という感想が多いですね。最初は『えっ、重ねたままでいいの?』と驚かれる方もいらっしゃいました。あとは、職員に借りる本を見られるのが気になっていたという声も。例えば、離婚やダイエット、ガンの治療といった本ですね。プライバシーの保護は図書館が最も配慮している点ですが、たとえ職員にでも見られたくないという利用者の皆さんの気持ちも分かります」と高橋館長。

自動貸出機を利用した人の割合は4月には37%だったが、月を追うごとに増え8月に47%まで伸び、現在は47〜49%に達している。また、昨年11月15・16日の2日間で行った貸出手続き方法の実態調査では、図書類の貸し出しに限ってみた場合、自動貸出機が74%、カウンターが26%という結果が出た。図書類を借りる人の実に4人に3人が、これを利用しているのだ。
「65歳以上の利用率も33%あります。子供にいたっては操作が面白いらしく、10冊借りるのでも3冊ずつ3回に分けてやったり……。正直言って、ここまで伸びるとは予想していませんでした」

なお、CDやビデオなどの視聴覚資料はプラスチック製のキーパーに入れて配架しているため、カウンターでの貸し出しとなる。返却も資料の確認(ビデオの外ケースと中身が同じか、付録のCD-ROMや洋裁の型紙などが入っているかなど)が必要なためカウンターで行われるが、技術的には自動化も可能だ。

貸出・返却カウンター   リーダライタが天板に埋め込まれている貸出・返却カウンター。
 
ハンディ端末   ハンディ端末で蔵書点検も簡単。従来はいちいち本を抜き出してバーコードを読み取らなければならなかったが、ICタグの場合、書架に置いたままハンディ端末でなぞるだけで済む。
 
電算室
電算室。各種サーバーが収納されているラック(写真左)と、CDとDVDチェンジャー(写真右)。500タイトルのDVDが館内で視聴できる。
 
 

  目指すはハイブリッドライブラリー
 

利用者に大好評のICタグだが、導入後、何か問題はなかったのかとの問いに、「いやぁ、たくさんありますよ(笑)」と高橋館長。致命的な障害ではないが、リーダライタの読み取り精度、貸出確認ゲートの感知具合、図書の材質といったことが問題になっている。

まずリーダライタの読み取り精度だが、自動貸出機で垂直に10冊積み重ねると、ICタグ同士の距離が近くなることによって電波がうまく抜けず、何冊かのデータが読み取れなくなる。これは、薄い絵本や同一判型の文庫本の場合に顕著で、自動貸出機で利用者にわざわざ冊数を入力させるのは、この読み抜けを防止するためでもある。対策としては、本の位置をずらしたり、2山に分けるなどすればOK。
ゲートの問題点は、複数冊を重ねて持った場合やCDなどの金属製資料が感知しにくく、磁気式に比べ感度が甘いこと。また、図書の表紙や見返し、扉などにカーボン素材や銀・アルミなどの金属材料が使われていると、これが電波を遮断し、データを読み取れないことがあるという。

ICタグの活用は始まったばかりだが、今後普及していく上での最大ネックが価格だ。
高橋館長いわく「今、ICタグは定価で1枚92円。従来の磁気式テープ(タトルテープ)が40円台なので、少なくともこれ以下にならないと既存の図書館は乗り換えできないでしょうし、市販の書籍に付けるなら5円ぐらいにならないと難しいでしょうね」。

最後に、高橋館長に富里市立図書館のこれからについて伺った。
「情報を調べるには、本や雑誌という印刷媒体に加え、インターネットが一般的になってきました。本・雑誌・インターネットは情報の密度や信頼性、即時性の点でそれぞれ優劣がありますが、富里市立図書館を利用すれば、それらを上手に組み合わせて必要な情報を素早く手に入れられる――、そんな“ハイブリッドライブラリー”でありたいと考えています」

取材協力:富里市立図書館  https://www.library.tomisato.chiba.jp/

タッチパネル式の利用者用端末
館内に設置されたタッチパネル式の利用者用端末。本を検索して書架の位置を確認したり、新着情報や貸し出しの多い本などを調べたりできる。
 
ライブラリーオープンスペース
「ライブラリーオープンスペース」には、CDやインターネットが閲覧できるパソコンが10台設置されている。
 
図書館のホームページ
図書館のホームページにアクセスすれば、読みたい本を検索・予約することができる。
 
   

 
  追加調査
 

●公共図書館におけるITの変遷
公共図書館にコンピュータが導入され始めたのは、昭和50年代前半あたりから。最初は貸出利用券と本に貼り付けたバーコード番号を記憶して貸出・返却を管理するだけだったが、これによって大量の図書を迅速に処理できるようになった。
本の検索については、従来は目録カードで行っていたが、書籍のデータが記録された市販MARC(TRCマークや日販マークなど)が登場し、書名や著者名、本の分類や内容から多角的に検索できるようになった。
現在では、ごく一部を除き、ほとんどの図書館が電算化されており、インターネットなどの技術の進歩によって、自宅やオフィスのパソコン、あるいは携帯電話からも図書の検索・予約ができるようになりつつある。

これからのIT化の目玉と言えば、やはりICタグによる蔵書管理だろう。富里市立図書館には開館以来、106件902名の視察があったというし、茨城県結城市の結城市民情報センター(04年5月開館予定)や、神奈川県横須賀市の市立中央図書館(06年リニューアルオープン予定)でもICタグ導入を予定している。
既にICタグを導入している図書館・施設としては、富里市立図書館のほか、島根県斐川町立図書館、福岡県筑穂町立ちくほ図書館、宮崎県北方町立図書館、九州大学附属図書館筑紫分館、国立広島原爆死没者追悼平和祈念館、東京・汐留にあるアド・ミュージアム東京などがある。

 
 
特命捜査第009号 調査報告:安田捜査員 特命捜査第009号 調査報告:安田調査員
写真/海野惶世 イラスト/小湊好治 Top of the page

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