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IT大捜査線
特命捜査第018号呼べばすぐにやって来る!ITの導入が可能にした高効率タクシー配車システム 特命捜査第018号呼べばすぐにやって来る!ITの導入が可能にした高効率タクシー配車システム
 
 
  時代とともに進化してきたタクシーの配車システム
 

カーナビを搭載したタクシーに乗り合わせることがたまにある。常々「これで道案内してもらうのかなあ。頼りないなあ」なんて思っていたのだが、ある日乗り合わせた運転手さんに尋ねると、カーナビは経路誘導ではなく、別の目的で使っているのだという。
なんでもそれは、衛星を利用した画期的な配車・運行管理システムなのだとか。タクシー業界にもどんどんIT化の波が押し寄せているらしい。詳細を探るため、かなり早い段階からこのシステムを導入した実績を持つ、神奈川県藤沢市の江ノ島タクシー株式会社を取材した。

「タクシーの配車システムは、ベースとなる無線通信に新たな機能がプラスされる形で進化してきました。当社は某メーカーのシステムを導入していますが、同じようなシステムを開発・販売している企業が数社ありますね」と語るのは、代表取締役の飯森均さん。
日本で初めてタクシー無線が運用されたのは、1953(昭和28)年。配車システムの最もベーシックな形は、一般無線のみで配車を行う方法だ。この場合、まず顧客から社内にある配車センター(基地局)に電話がかかってくる。応対した配車係は顧客の位置を聞き、誰がその顧客の元へ行けるか、無線ですべての車に呼びかける。返事は早い者勝ち。最も早く配車センターにコールバックした乗務員が、その顧客を乗せることができるのだ。江ノ島タクシーも、20年ほど前まではこのシステムを使っていた。

 




江ノ島タクシー株式会社は52(昭和27)年の創立。営業エリアは江ノ島、湘南海岸一帯で、所有するタクシーは53台。それ以外にも、ハイヤー、ジャンボタクシー、福祉タクシー、マイクロバス、観光バスがある。
 
 
お話を伺った江ノ島タクシー株式会社代表取締役の飯森均さん。先代が無線技師だったこともあり、各時代毎の配車システムを積極的に導入してきた。

しかし、これではいかにも効率が悪い。場合によっては顧客から最も遠い場所にいる乗務員が顧客の元へ向かってしまう。そこで、次に導入されたのが、AVM(Automatic Vehicle Monitoring)だった。これは75(昭和50)年に登場したシステムで、走行エリアの要所要所にサインポスト(位置情報発信装置)を設置。タクシーがそこを通過する際にその情報を受信(自動または手動)し、同時にその情報を配車センターへ発信するという仕組みだ。
これにより、個々のタクシーの位置は配車センターにある大型モニターに自動表示されるようになった。配車係はその画面を見ながら、顧客の位置に最も近い車を選び、無線で指示を与える。また、乗務員が手動で行き先ボタン(約40地区に分類)を押すことによって、配車センターは車両進行方向の把握も可能になった。
「AVMによって配車効率は劇的に上がりました」と、飯森さんもAVMを評価する。ただ、いかんせんコストがかさみ、導入費用が高くつくというデメリットがあった。

そこで登場したのが、サインポストの代わりにカーナビでお馴染みのGPS(Global Positioning System)を使ったGPS-AVMというシステム。米軍が打ち上げた24個の人工衛星を利用し、3個以上の衛星を捕らえて車との距離を計測。サインポストより広範囲かつ正確に車の位置を確認でき、導入費用もやや抑えられたので、90年代後半から導入が進んだ。
「当社でも6年前まで使っていました。ただ、GPSを使っているとはいっても、各タクシーにはモニターを設置せず、GPSセンサーがあるだけ。位置情報は配車センターに自動送信されますが、目的地は依然として乗務員が自分でボタンを押さなければなりませんでした」と飯森さん。
とはいうものの、GPSの導入によって、配車センターは正確な車の位置情報と進行方向を把握できるようになった。一般無線の時代、車の位置は配車係の勘に頼るしかなかったわけだから、格段の進歩と言えるだろう。
次なるテーマは「基地局が収集する情報をいかにスピーディに処理するか」だった。

 
 

  作業効率を劇的に向上させた「CTI連動型GPS-AVM」システム
 

顧客の電話連絡を受けてから実際の配車に至るまで、タクシーの配車システムには大きく分けて二つのプロセスがある。第一は、電話を受けた後、顧客の名前、位置、目的地、希望配車時間等のデータ、つまり配車伝票を作成する受付プロセス。
第二は、配車伝票を元に配車係が最も効率の良い場所にいる乗務員を見つけ、無線で呼びかけて顧客を迎えに行かせるまでの配車プロセス。この二つを連携する際、いかに時間的ロスを減らすかが、効率的な配車を行うポイントとなる。

GPS-AVMは、第二の配車プロセスの効率を格段に向上させた。問題は、第一の受付プロセスをどうしたらスピーディに処理できるかにあった。
昔は電話受付係が手書きのメモを配車係に回していたが、さすがに最近はパソコンとプリンタを使った電話受付システムに進化していた。それでも配車伝票作成には数秒〜数十秒の時間がかかるし、電話受付係と配車係を別々に用意すれば人件費がかさむ。といって、一人でこなすと忙しい時には顧客を待たせることになってしまう。
また、一度はデータ化された顧客情報を再び紙で出力するのは、いかにも効率が悪い。GPS-AVMのモニター上には各タクシーの位置や車両状態が表示されているのに「○○に△△さんを迎えに行き、××へお送りして」といった顧客情報は紙の上にあるので、無線を使って口頭で乗務員に指示しなければならない。この顧客情報の部分をGPS-AVMに取り込めれば、配車システムはさらに便利で使いやすいものになるはず。 各社がそう考えるのは当然のことだった。

タクシー会社には、必ず顧客データベースがある。名前、住所、電話番号は関連したデータなので、名前か電話番号が分かりさえすれば、顧客の位置をGPS-AVMのモニター上に表示することは簡単だ。ただ、電話受付係がパソコン上でいちいち顧客の名前を入力・検索していたのでは、さしたるスピードアップは望めない。電話がかかってきた瞬間に、顧客を特定する方法はないものか?

その問題を解決したのが、CTI(Computer Telephony Integration)だった。これは電話やFAXをコンピュータシステムに統合する技術のことで、これまでもサポートセンター、お客様相談室など、いわゆるコールセンター業務で広く利用されてきた。
もうお分かりだろうが、その核になるのはNTTの発信者番号通知サービス(ナンバーディスプレイ)である。CTI連動型GPS-AVMの登場によって、電話受付から配車指示に至る一連の業務が、これまで以上にスピーディかつ的確に行えるようになったのだ。

CTI連動型GPS-AVMのシステム概略図。無線配車センター内に置かれたサーバーに、すべての機能を集約している。
 
 
   

 
  早ければ約15秒で電話受付から配車までが完了する
 
配車係が顧客からの電話を受け、一連のプロセスを実行しているところ。2つのモニターに役割分担させ、さらなる効率アップを図っている。
顧客からの電話を着信した時点で、データベースから個人情報を抽出。データベースには約3万件の個人情報が収められており、その扱いには細心の注意がはらわれている。
空車、実車、待機中などの車両状況データは各車から送信され、センターで集中管理される。
どの車を配車するかは、係が地図上で位置関係を確認してから決める。もちろん、コンピュータによる完全自動配車も可能だ。

CTI連動型GPS-AVMの具体的な作業プロセスを辿ってみよう。
1.顧客からの電話が着信 2.配車係が応対(同時に、モニター上には名前や住所などの個人情報と現在位置を表示) 3.配車係が目的地と乗務員へのメッセージを入力(同時に、モニター上には候補車両一覧と現在位置を表示) 4.最適な車両を選び、配車ボタンを押す 5.該当車両から了解の返事が来る

実際の作業プロセスを見せてもらったが、そのスピーディな手順には驚くばかり。早ければこの5つのプロセスが、15秒程で終わってしまう。電話を切る前に完了しているのだ。一般無線の頃なら、早くても1分近くはかかっていたはず。顧客によっては乗務員や車両、配車時間などの指定が入るが、それらの対応も画面上で簡単に指示できるので、時間的ロスは極めて小さい。
しかも電話受付から配車まで、すべてのプロセスが一人で完結する。江ノ島タクシーでは二人の配車係が常駐し、一日平均で700〜800回、最高で約1,000回も配車したことがあるという。導入前はその7割くらいだったというから、目覚ましい効果というほかない。

一方、配車指令を受けるタクシー側のシステムはどうなっているのか。
基本構成は無線機とAVM操作表示器の2ユニット。それに加え、江ノ島タクシーはカーナビモニターも各車に装備している。
重要なのはAVM操作表示器だ。配車センターから指示があると、表示部には顧客の名前、位置、配車係が入力したメッセージが表示され、同時に合成音声で読み上げてくれる。さらに、モニター上にも自車位置と顧客の位置が表示される。指示を受けた乗務員は了解ボタンを押し、顧客の元へ向かうだけだ。配車係と話をする必要もない。
「若い乗務員は音声を聞くだけで顧客の元へ向かいますね。年配の乗務員はどうしても目で見て確認するので、ワンテンポ遅れてしまう」と飯森さんは苦笑する。
乗務員が顧客を乗せて実車となったら、行き先を設定する。同時に、配車センターの候補車両リストからは除外されることになる。

GPSとCTI、およびタクシー無線の連携で、電話を受けてから配車指示までを自動処理するCTI連動型GPS-AVM。導入によって何がどう変わったのか、飯森さんに尋ねてみた。
「まず、お客様の評判が良くなりましたね。待ち時間が短くなり、確実に来るようになったと。登録さえ済んでいれば、電話をするたびに名前や住所を言う必要もありませんから、お客様には利便性を感じて頂けるはずです。第二に、繁忙期の配車ロスが減りました。スピーディに配車指示が出せますから、お客様を電話口でお待たせすることもほとんどありません。第三は、配車係の教育コスト低減です。基本的にはマニュアルに沿って作業するだけなので、新人でも即戦力として使えるんです」
良いことずくめである。ただ、全く問題がないというわけでもないらしい。

 
 

  問題は番号非通知電話と携帯電話への対応、そしてハードの耐久性?
 
各タクシーにはカーナビモニターとAVM操作表示器を装備する。カーナビは補助的な役割で使用しており、乗務員が経路誘導機能を使うことはまずない。
 

CTIはNTTの発信者番号通知サービスを利用しているため、当然ながら番号を通知してこない電話に対しては、顧客データベースとの連携が取れない。データベースに登録してある限り、名称検索、住所検索、電話番号検索などさまざまな検索方法によって顧客の位置を特定することはできるが、駅やコンビニの公衆電話からかかってきた場合は電話口で確認するしかない。
携帯電話からの着信の場合も同様だ。データベースに登録済みで、なおかつ本人が自宅にいる場合は位置を特定できるが、外出している場合は、やはり電話口で確認することになる。

もっと難しい問題は、電話番号がそのままで顧客が引っ越してしまったケース。実際、顧客を迎えに行ったはいいが、空き家だったという事例が何度かあったという。対処するにはデータベースに修正を加えるしかない。また、新しい住所表示ができたときは、地図データも変更する必要がある。つまりデータのメンテナンスが欠かせないのだが、それには手間と労力が必要になる。

もちろん、コスト的な問題もある。江ノ島タクシーが導入したシステムの場合、53台のタクシー1台あたりで、約100万円かかったという。タクシーの配車システムは、導入先のニーズに合わせて内容を変更するソリューションとしての提案のため、導入コストは決して安くはない。
さらに飯森さんは、ハードウェアの耐久性にも問題があるという。「確かにカーナビの使用頻度は一般ユーザーの比ではないけれど、車載製品の耐久性・信頼性は、改善の余地がありますね」と話す。

ともあれ、CTI連動型GPS-AVMがタクシーの配車システムを劇的に進化させたことは間違いない。徐々にではあるが、法人単位での導入も進んでいる。ところがこのシステム、不思議なことに東京や大阪のような都心部の法人ではあまり使われていないのだ。
理由は簡単。車の数が多い都心部の場合、顧客の近くには常に何台かのタクシーが走っている。わざわざ効率の良い配車を考えるまでもなく、無線で呼びかけた方が早いのだ。

CTI連動型GPS-AVMにより、かつては無線による配車センターとのやりとりに神経を集中していた乗務員の負担が大幅に軽減された。効率的な配車は環境汚染防止にも寄与している。
 
 

このシステムが最も効率的に機能するのは、適度な人口があり、公共交通の便が今ひとつ、道がやや複雑で、お金持ちの高齢者が多い、といったような地域。江ノ島タクシーの営業エリアがまさしくそれにあたる。

「近頃のタクシーは、呼べばすぐ来るようになったなあ」と感じたことはないだろうか?
その裏にはきっと、このCTI連動型GPS-AVMの存在があるはずだ。最新のタクシー配車システムは、生活に密着した部分でのIT導入が成功した典型例といえるだろう。

取材協力:江ノ島タクシー株式会社(http://www.enoshima-taxi.jp

 
   

 
  追加調査
 

●タクシー無線のデジタル化で、何が変わる?

 

放送用、通信用を問わず、今の日本の電波状況は混雑を極めているのが実情。携帯電話の番号が足りなくなるというのもその一例だ。そこで総務省は、数年前から各業界で周波数の再編を行っている。今回取り上げた江ノ島タクシーを始め、ほとんどのタクシー会社が使用しているタクシー無線はアナログ方式だが、今後はそれがデジタルに置き換わる予定だ。
通信方式がデジタルになると、どんなメリットがあるのか? まず、アナログ方式に比較して、データ伝送速度やコンピュータとの親和性が格段に向上することから、より正確な位置情報や運行情報を配車センターへ高速伝送できるようになる。実際、配車センターでは従来の4分の1以下の移動距離で車の位置が把握できるという。また、データ容量が拡大することを利用し、車内にいる顧客へ向けたリアルタイムの情報サービスも可能になる。
デジタル無線の導入例はまだ少ないが、今後はタクシー配車システムの効率が、さらにアップすることは間違いない。

 
 
 
 
 

  特命捜査第018号 調査報告:池上美保捜査員 特命捜査第018号 調査報告
写真/海野惶世 イラスト/小湊好治 Top of the page

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