あらゆるモノに囲まれて成り立っている現代人の生活。近代以前に比べると、驚くほど便利な世の中になっていることは間違いない。コンピュータやクルマのない生活なんて、もはや誰にも想像できないだろう。
でも、日々いろんな機械や道具を使いながら、たまにこんなことを感じないだろうか。
「この掃除機、なんだかちょっと使いにくいなあ」「この靴、もう少し自分の足の形に合っていたらいいのに」等々。
そう、私たちの身の回りにあるモノは、決してすべてが使いやすく出来ているわけではない。
その理由は、設計者がもっぱら機械の物理特性にのみ目を奪われ、それを使いこなす人間の特性にはあまり注意を払っていないから。つまり、人間に対する理解が不十分なまま、モノ作りが行われているのだ。
そのため、便利なはずの機械が意外に使いにくかったり、市場に出てから予想もしなかったヒューマンエラーを起こしたりする。また生産者側は、それらのトラブルを未然に防ぐため、使用感や安全性の試験に多大なコストを負担しなければならない。
こうした問題を解決する根本的な研究を行っているのが、お台場にある独立行政法人、産業技術総合研究所のデジタルヒューマン研究センターだ。副センター長の持丸正明先生は、センターの研究目的をこう語る。
「例えばクルマは、構造力学や流体力学を駆使して設計されていますが、肝心のドライバーがどう行動するかはあまり考えられていません。ドライバーが行動する自動車システムになると、急に具合が悪くなってしまう。システム全体で考えると、マシンの部分はよく設計されているけれども、人とマシンが接するインターフェースの部分が弱い。これを我々は“ウィーケスト(最も弱い)・リンク”と呼んでいます。ならば、マシンがCADで設計できるなら、その中に人間のモデルを持ち込んで、設計段階から人とマシンが一体となったシステムを作ればいい。これが我々の根本的な考え方です」。
なるほど、人間を数値で表せるモデル(=デジタル化)にすれば、機械設計の中に組み込める。それゆえのデジタルヒューマン。ただし、持丸先生はさらに先があると言う。
「そうやってクルマを作ったとしても、そのクルマが人間を理解しないのは具合が悪い。ドライバーは眠いのにクルマはそんなこと知っちゃいないというのでは、デジタルヒューマンは完成しません。クルマ自体がドライバーの状態を理解し、運転を支援するところまで行かなければなりません。つまり設計段階だけでなく、運用する段階でも機械は人を知るべきだという考え方ですね」。
機械設計に人間尊重主義が持ち込まれたような話ではないか。
人間モデルを使えば機械は使いやすいものになる、ということなのだろうか。
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