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IT大捜査線
特命捜査第022号 農水省が推進する「e−むらづくり計画」ITの活用は農山漁村をどう変える? 特命捜査第022号 農水省が推進する「e−むらづくり計画」ITの活用は農山漁村をどう変える?
 
  背景にあるのは、農山漁村における情報化の遅れ
 
 




*(株)サテライトマガジン社「ケーブル年鑑2000」、総務省ホームページ、農林水産省「農業・農村における情報メディア整備状況」(平成12年12月)
本来は難視聴地域対策として整備が進んだCATVだが、都市部と農山漁村ではその普及率に大きな差があることが分かる。
*総務省「通信利用動向調査」(平成13年11月)
農林漁業者のインターネット利用率は、他の職種に比べて低い数値に止まっている。その背景には農林漁業者の高齢化問題もある。
*日本農業研究所「都市と農村の共生・対流等に関する都市住民及び農業者意向調査」(平成14年)
都市住民の農山漁村に対するニーズを調べたデータ。子育て・食生活・居住空間など、都市では実現が難しい要素を求めているのが分かる。
 

ここ数年で世界に冠たるインターネット大国となった日本。自宅や会社でネットに入れるのは当たり前、もはや外にいても無線で通信できる時代になった。どこにいても必要な情報に簡単にアクセスできる──私たちは当たり前のようにそう思っているはずだ。少なくとも、都市部に住む人々は。
もちろん、地方においてもある程度の人口がある市町村なら、CATVや高速インターネットなどの情報通信基盤は整備されつつある。問題は、そうしたインフラ整備が期待できない地域、つまり人口が極端に少ない農村・山村・漁村地域が取り残されたままになっていることだ。右のグラフを見てほしい。農山漁村における情報基盤整備が都市部に比べて大きく立ち遅れているのが分かるだろう。

農山漁村地域で情報基盤整備が進まない理由はいくつかある。まず、人口密度が都市の50分の1と低く事業採算性が悪いので、民間事業者の進出が望めないこと。次に、農山漁村地域は高齢者の比率が高いが、高齢者が使いやすい情報通信機器そのものが世の中に少なく、システムの開発も進んでいないこと等々。

しかし、IT化の推進は国を挙げての重要な施策だ。政府は2000(平成12)年、すべての国民がインターネット等を容易に利用できる社会の実現を目指す「高度情報通信ネットワーク社会形成基本法(IT基本法)」を制定した。その後、具体的なIT国家戦略として「e-japan戦略」を策定。「e-japan重点計画-2002」では、過疎地域等の条件不利地域において地方公共団体等が行う地域情報通信基盤の整備については、総務省と農林水産省が支援を行うことを明記している。

農山漁村のIT化が必要とされる理由は、情報通信基盤の整備が遅れているからだけではない。
スローライフが提唱されている昨今、農山漁村地域はゆとりや安らぎを与える場として、都市部に住む人々の注目を集めている。農山漁村のIT化は、都市と農山漁村を結ぶ強力なツールになると目されている。
しかし何分にもこのプロジェクトは始まったばかりで、実際に取材ができる「e-むら」はないのだが、都会と地方のあり方は、私達が「豊かな暮らし」のあり方を模索する中で、非常に興味深いテーマである。そこでまずは農林水産省が推し進めるIT施策とは具体的にはどのようなものなのか。また、それによって農山漁村地域はどのように変わるのか。同省農村振興局の植田勉さんと農林水産技官の中川拓哉さんにITを導入することによって農山漁村地域の現場がどう変わるか、お話を伺った。

 
 

  農林水産省が推進する「e−むらづくり計画」とは?
 

実は農林水産省には、昭和30年代から農山漁村地域の情報化に取り組んできた実績がある。
「昭和30年代から40年代にかけては、有線放送電話や同報無線を中心に整備を進めてきました。CATVの整備が進んだのは昭和50年代に入ってからです。元々CATVはテレビの難視聴地域対策として進められてきた事業ですので、農山漁村地域への導入は比較的早かったのです。その後、1997(平成9)年ごろからは高速でインターネット接続できる高機能型CATVを推進してきました」(中川)。
2001(平成13)年度末現在で、農山漁村地域のCATVは105市町村、約11万世帯に整備されている。高機能型CATVは36市町村、約7万5千世帯だ。普及は進んでいるが、都市部におけるIT化のスピードはさらに速く、その格差は広がるばかり。

農林水産省 農林振興局整備部 農村整備課 総合整備事業推進室長 植田勉さん
農林水産省 農林振興局整備部 農村整備課 総合整備事業推進室 農林水産技官 中川拓哉さん

そこで農林水産省は03(平成15)年7月、「e−むらづくり計画」を打ち出した。
「これは農林水産省や各省庁における農山漁村の各種IT化事業を有機的に組み合わせていこうというものです。具体的な目標は、1.農林漁業関係者が利用しやすい情報利活用システムの整備、2.ITを活用したむらづくりの推進と農山漁村の生活環境の改善、3.ITを活用した都市と農山漁村の共生・対流の促進、4.条件不利地域における情報通信基盤の整備、5.農林漁業者等の情報利用能力の向上。他にも、新たな情報技術の実用化や多様な主体との連携などが含まれます」(植田)。

このe−むらづくり計画に沿って、CATVを整備したい市町村等は「e−むらづくり地区計画」を策定する。各地域は有識者、地域代表者等からなる「e−むらづくり推進委員会」を設置し、農政局や都道府県からの助言を得ながら、地域の特性やニーズに応じた情報化施策をまとめる。農林水産省はここで策定された施策に対し、国が行う施策として可能な範囲で支援を行うわけだ。
とはいえ、いきなりすべての農山漁村地域でIT化が推し進められるわけではない。まずは総合的な計画の下で積極的にIT化に取り組む市町村等を対象にした「e−むらづくりモデル地区」が選ばれ、そこでさまざまな計画を立てて実際に運用し、その成果を基に農山漁村地域のIT化を全国レベルで展開していくという予定だ。

e−むらづくりモデル地区の計画・運営がスタートしたのは平成15年度からで、今年度は4ヶ所のモデル地区で情報基盤の整備を進めているところである。ちなみにこの予算面でも、平成17年度は大きな変化があるという。
「国が進める補助金改革と、農政改革の方向に沿った統合・交付金化が実施されたのです。具体的には、これまでは細かく使い道が決められていた175もの補助事業が、7つの名目の交付金にまとめられました」(中川)。
この改革により、交付金を申請する際の審査は要件重視から目標達成重視へ変更となり、目標達成に資する内容であれば、地域が提案する整備も補助の対象となる。また、各対策間・地区間の配分も、地方自治体の裁量に委ねられることとなった。つまり、e−むらづくりモデル地区にとっても、補助金から交付金へと変わることによって、これまでよりずっと効率的かつ自主的に交付金を使えるようになったわけだ。

 
 
 
   

 
  「eムむらづくりモデル地区」で行われている数々の施策
 

では、実際に「e−むらづくりモデル地区」ではどのような形でIT化が進んでいるのだろうか。
下のイラストを参照しながら説明しよう。まず、中心になるのは真ん中にある地域情報センターの設置。ここは情報基盤の整備にあたる部分で、具体的には、既に敷設されているCATV網をベースに、農漁協や直売所、学校、役場、集落などをネットワークで結ぶ。

イラストの周縁に描かれた施策は、国の支援を活用する等を通じて、整備された情報基盤を有効に活用する内容の整備となる。
例えば、「ITを利用した効率的販売」という部分を見てみよう。地域情報センター、直売所や朝市、直売グループに生産物(商品)を納入している農漁家、住民宅は、すべてCATV網で接続されており、直売所にある商品はすべてデータベース化される。このシステムにより、住民は自宅のパソコンで検索すれば、いま直売所で何がいくらで売られているかを知ることができる。また、直売所では仮に商品が品薄になったとしても、その情報はすぐに地域情報センターを通じて農漁家に送られるから、タイムリーな補充が可能となる。
これは、e−むらづくり計画の基本方針1.にあたるITの活用例。生産者・販売者・消費者すべてにメリットがある施策だ。

また、ITは農山漁村の生活環境の向上にも役立っている。元来、農山漁村地域は高齢化が進行しているだけでなく、町村役場・集落・仕事場・医療機関など各施設が遠く離れているのが特徴。高齢者にとっては病院へ行くのも大きな負担となる。イラストの「在宅健康相談による担い手確保」という部分を見てほしい。農漁家の自宅と医療・保険機関はCATVの高速回線でつながっているので、カメラを使った遠隔医療や在宅健康相談が可能になる。また、携帯電話が使えない地域も多い農山漁村で万一自宅にいる高齢者が倒れたとしても、無線による緊急通報で、その情報を田畑に出ている家族に伝えることができる。
ITの活用は移動に伴うコストを低減し、同時に高齢者の安全を高めることにも役立っているのだ。これはe−むらづくり計画の基本方針2.を形にしたものといえる。

「都市と農山漁村の共生・対流ポータルサイト」は、e−むらづくり計画の目標のひとつを具体化したものだ。都市から農山漁村には多くの情報が流入しているが、農山漁村から都市への情報発信はまだまだ少ないのが実情。これではなかなか都市と農山漁村の交流を図ることができない。
そのため、2003(平成15)年3月に全国レベルで「都市と農山漁村の共生・対流ポータルサイト」が立ち上がった。既にさまざまな農山漁村情報の発信が行われており、今後は農山漁村地域の特産物・自然・文化・伝統等、都市の人々が求める魅力的な情報をより積極的に発信していくことになるという。例えば、田畑で収穫する生産者の生の声を動画で公開する、といったことも可能になるだろう。

他にも、遠隔制御や監視システム等を用いて農林漁業にかかる労力を軽減する、養殖場など離れた場所から情報を入手し、漁業活動の効率化を図る、情報発信できる農林漁業者育成を支援するため、情報化を指導する人材の育成や子供たちへのIT教育を行うなど、e−むらづくりモデル地区ではさまざまな形でITの導入が行われつつある。

 
 

  農山漁村と都市が共生できる理想形を目指して
 

ITの導入によって、農山漁村がそのあり方を大きく変えることは間違いなさそうだ。
農山漁村の側から見れば、生産地と消費地の情報交換が進み、生産・流通の効率がアップする。それは農漁家の経営基盤を安定させ、ひいては国民にとって最も重要な食料の安定供給にもつながるはすだ。
また、農山漁村は過疎化・高齢化という深刻な問題を抱えているが、ITは距離という物理的なハードルをなくしてくれるため、新たな地域コミュニケーションを形成する可能性がある。IT講習会やIT教育を通じて、リアルなコミュニティも生まれることだろう。

一方、都市に住む人々から見ても、農山漁村地域のIT導入は大きなメリットを生み出す。
例えば、農水産物の生産者情報提供システム。これが完備され、ひとつひとつの野菜に識別番号が付けられたとしたら、それを購入した消費者はデータベースにアクセスし、その野菜を誰がどこの畑で作ったのか、また、どんな農薬を使ったのかといった生産に関する情報を入手することができるようになる。また、メールを通じて生産者に意見や要望を伝えることも可能になるだろう。
こうした食品トレーサビリティは、食べ物のあり方に敏感になっている都会の人々が今最も気にしている点だ。行政の支援があることは心強い。

また、特産物や自然、文化など農山漁村地域の情報を都市に向けて発信することにより、都市に住む人々の農山漁村に対する認識を変えることもできるだろう。具体的な暮らしぶりの見えなかった農山漁村が、スローライフの実現に適した魅力的な場に変わるかもしれない。あるいはホームページに掲載された1枚の農園の写真が、都市で暮らすサラリーマンにIターン、Uターンを促すきっかけになるかもしれない。もちろん直接移住しなくても、市民農園やオーナー制度、下草刈り、遊漁などの農林漁業体験を通じて農林漁業への理解を深めることはできる。大切なのは、こうした情報を欠かさず都市に向けて発信し続けることにある。

e−むらづくり計画はまだ始まったばかりであり、現在のところモデル地区も数カ所レベルに止まっている。農山漁村地域が目に見えてITの恩恵を受けるまでには、まだ時間がかかることだろう。
都市は都市だけでは成り立たないし、農山漁村も都市との交流がなければ、さらに過疎化が深刻化するに違いない。ITは両者を結びつけ、新たな共存の道を切り開く切り札なのだ。

取材協力:農林水産省(http://www.maff.go.jp/

 
   

 
  追加調査
 
●「オーライ!ニッポン」都市と農山漁村の共生・対流ポータルサイト
都市と農山漁村の共生・対流ポータルサイト」(写真左)
ここを窓口に農山漁村の知られざる魅力を探っていくのも、また楽しい。
田舎体験的旅行案内のページ」(写真右)
 

本文で触れた「都市と農山漁村の共生・対流ポータルサイト」とは、都市と農山漁村の共生・対流を推進する国民運動の展開を目的に、関係する公益法人等が集まった「都市と農山漁村の共生・対流関連団体連絡会(通称:オーライ!ニッポン会議)」が運営・管理するホームページ。「自然豊かな農山漁村でリフレッシュしたい」「子どもたちと一緒に農林漁業体験を楽しみたい」「定年退職後は農山漁村で暮らしたい」など、新たなライフスタイルを求める人々に、「ふるさとデータベース」「田舎体験的旅行案内」「お宿紹介(農林漁業体験民宿)」といった、都市と農山漁村を結ぶ情報を幅広く提供している。ちなみに会の代表は作家の養老孟司さんだ。

 
 

  特命捜査第022号 調査報告:安田邦夫捜査員 特命捜査第022号 調査報告
写真/海野惶世 イラスト/小湊好治 Top of the page

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