ITワイド講座




イラスト:小湊好治


老人とコンピュータ

もう老人と言ってもいい年齢に達している父親が、パソコンを始めると言い出したのは5年ほど前のことだっただろうか。
父は職場で直接パソコンが必要になるわけではなかったが、書類を提出する際などに自分が書いたものを事務の女性がパソコンで打ち込んでくれているのを見て、申し訳なく思ったらしい。ワープロとパソコンの違いもわからない状態だったが、今後のことを考えて、とりあえず私はMacの購入を勧めた。

もうパソコンユーザーとしてはそこそこのキャリアを持つ筈の父だが、これがさっぱり初心者の段階から進歩しない。昔タイプライターを使っていたというから、キーボード入力にはまったく問題がない。しかしOSとアプリケーションの関係がまったく理解できないらしく、たとえば「Wordを立ち上げる」という言葉の意味も飲み込めていない。
「もう意味なんて分からなくていいから!」という私の言葉に、なんとかWordでの入力とメールのやりとりができるようにはなったのだが。

ひととおり父がするだろう作業の手順を、「文章を書きたいときには」「以前に書いた文章を読むには」といった風に、ものすごくわかりやすい(と思われる)題名をつけたマニュアルにして渡しては、ある。しかし、今までも私の所にはしょっちゅう、「文章が打ち込めない」などと「トラブル」を訴える電話がかかってくる。

父以外にも年輩の方にパソコンをお教えしたことがあるのだが、共通して言えることは、「壊してしまいそうだ」という恐怖感があることだ。
まあ、フリーズしてしまうようなトラブルの場合「もうあきらめるしかない」こともあるが、パソコンなんてそう簡単に壊れるものではない、と私は思っている。だから
「壊れたら私が直すから(本当は直せないかもしれないけど)、安心して色々やってみてよ」と勧めてみるのだが、決して冒険をしようとはしないのだ。しかも、私が以前渡したマニュアルを読み返すこともしないから本当に困る。

父に言わせれば、トラブルが起こる状況はその時によって違うから、マニュアルに立ち戻っても仕方がないと思うんだそうだ。確かに電話がかかってくる時は、父の知識ではどうしようもないかも、と思うことも多い。ふとした拍子にキーボード入力方法が変わってしまうアイコンをクリックしてしまったために、いつも通り文章が打ち込めなくなったなんていう時、私が渡したマニュアルはもちろん、添付の分厚いマニュアルも意味がないと思うのも無理はない…という気がしなくもない。勿論、調べてみればいいのに、とも思うんだけど。

父の場合は極端であるにしても、年輩の方にとってパソコンは難しいものなのかもしれない。先日、新聞の折り込みに「パソコンシニア教室」の広告が入っていた。生徒募集の案内と共に、先生募集の案内も書かれていて、その条件に「何度も同じことを聞いても怒らないで教えて下さる方」とあったのにはつい笑ってしまった。確かに、父も何度も同じことを訊ねるのだ。

一方で、パソコンを大いに活用している人もいる。知人のご両親がそのいい例だ。知人夫妻とご両親は“スープの冷めない距離”に住んでいたが、転勤のため新幹線に乗らなくては会えない所に引っ越すことになってしまった。そこで知人夫婦はご両親のために、お互いの近況を伝えるためのホームページを作ったのだ。

フォントサイズも大きなこのホームページは、日記と写真を掲載するごくシンプルなものだ。おまけで掲示板もつけた。デジタルカメラも用意して、ご両親が簡単に画像を取り込んで、それを簡単にアップロードできる環境を作ってから、知人夫婦は引っ越した。
もちろん知人夫婦も自分たちのホームページを作り、子供(ご両親にとっては目に入れても痛くないほどのお孫さん)の写真をこまめにアップして、お互いの近況が画像入りでわかるようにしたそうだ。

メールのやりとりで済ませるのではなくホームページを立ち上げることにしたのは、知人夫婦の思いがあったからだ。もともと機械を触るのが好きだったお父様が、ホームページ作りに趣味を見出してくれないか、という思いだった。

知人夫婦の希望通り、お父様はすぐにパソコンとホームページ作りの操作に慣れ、写真に面白いキャプションを入れたページをこまめにアップするようになった。

しかもこのホームページは、ソフトを使わずにhtmlを入力する本格的な方法で作られている。知人夫婦が、ご両親にとっては「色々なことができすぎてかえって複雑になっている」ソフトより、htmlを入力する方が覚えやすいと考えたからだ。お父様は、数ヶ月のうちにhtmlの基本的なタグを覚えて、次々とページを増やしていったというのには私も驚いた。

お母様はデジカメ担当だ。庭に咲いた花を撮ったり、美味しいお料理の写真を撮ってレシピを添えたり、と、この家族のホームページはどんどん充実していっている。初めは離れた場所に住む家族がお互いに書き込むだけだった掲示板に、何かの拍子でやってきた他の人が書き込んでくれるようになり、そこから少しずつネット上での友達ができるようになったそうだ。今ではこのホームページは、家族だけでなくご近所や会ったこともないネット友達の、和やかなコミュニケーションの場になっている。

そんな風にインターネットの世界に入っていったこのご両親にとっても、相変わらず初心者の父にとっても、インターネットで「調べもの」をするというのは、面倒なことらしい。キーワードを入力して検索し、探している情報に行き着くという手順は、彼らにとってはどうにも疲れる作業なのだそうである。何よりも「目が疲れる」そうだ。

それからもうひとつ苦手なのが、Flashを多用したサイトだ。私の父などは、Flashで作られたサイトを初めてみたときに、パソコンが壊れた、と思ったそうだ。「目がチカチカするからどうも気に入らない」というのが、パソコン不得手な父と、晴れてユーザーとなった知人のご両親の共通の意見である。
(2003.4.8)

堀田ハルナ

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