ITワイド講座




イラスト:小湊好治


地域情報学ってなんだ(1)

もう随分昔の話だが、IT関連の企業に勤める知人が「サラリーマンでも、社員それぞれが自宅にいて、インターネットを介して仕事ができたらいいと思いませんか? そうなれば日本中から通勤ラッシュも消える。環境の悪い東京に人口が集中しなくなって地域格差だってなくなりますよ」と、目を輝かせながら語っていた。家にこもるのが何よりも好きなこちらも、つい大きくうなづいた記憶がある。

そう。インターネットがどんどん普及すれば、会社に行かなくてもすむ時代がやってくるのかなぁ…などと漠然と思っていた時期があった。あれから数年たった今、仕事をメールのやりとりだけで済ますとトラブルも起こりやすいことはわかってきた。通勤ラッシュの緩和の方はまだ難しそうだ。だが地域格差の方は少なくなったんだろうか。日本全国から商品が届くネット・ショッピングに親しんでいれば、どこでもビジネスができるようになったことは実感できる。でも…インターネットによって、いわゆる「地方」とよばれる街は活性化したんだろうか?

そんな地方に元気を与える新しい学問があるという。それが「地域情報学」。ITの可能性と地域を結びつけるこの学問、どんなものなのだろうか。

愛媛大学地域共同研究センターの客員助教授坂本世津夫氏によると、地域情報学は、「『IT』と『地域』という二つの時代のトレンドが交差するところに誕生した新しい学問」であり、「地域を活性化させるための人材を発掘・育成するための道具としてITを使って」いる。つまり地域の情報化の現状調査分析や、情報収集・蓄積・発信などの手法の開発・確立を行なうことがその内容だ。

愛媛県では、産官学が連携してこの学問を軸に、ITと地域を結ぶ試みが行われている。その拠点となるのが、2002年に伊予銀行の寄付により愛媛大学(愛媛県松山市)に新設された「地域情報学」部門だ。これは、今後3年間で四国や愛媛の情報化の現状と、地域産業振興の可能性を探るというもの。地元の情報化などの現状を調査するだけでなく、市民が参加したりインターネットを活用しての情報発信も行なっている。

ここで行なわれている「地域情報学」を軸にした試みは、国や地方自治体がひっそりと行なっているものではない。「外からもってきて押しつけるのではなく、地域で生きる人々が自立的にITを使って個人個人のネットワークを築き上げること」を最重要課題として、ITはあくまでも「道具」であるとする立場は、地域に住む人々の生活に根ざした情報化社会を目指しているのだ。

たとえば、交通の便が悪いなど地理的な要因のために過疎化が進み、産業が不振に陥っている地域でも、ITの技術によって、他地域との活発な交流が可能になる−−これは誰にでも予想のつく話だろう。でも、問題は「誰が」IT技術を使うのか、ということだ。愛媛の地で進む「地域情報学」は、IT技術を使う「人」に重点を置いている。

坂本氏は、「いくらインターネットが発達したと言っても、ITは、結局は道具であって、生身の人間が直接触れあうことから次のステップが始まる」と言う。愛媛県では、県高度情報化計画を2000年から10年間の長期計画として進めている。「情報スーパーハイウェー」はその一環で、県庁と地方局を結ぶシステムを構築し、一つの回線を目的別にソフトウェアで分割するVPN(バーチャル・プライベート・ネットワーク)を採用。その使用法は市町村などの各分野に一任されている。

環境の整備がこのように進む中、肝心の「ソフト」としての「人間」を重視する考えから、「人材育成」が課題であると坂本氏。整備された環境を、どう利用するか。膨大な情報の中から、自分に必要な情報を見極める力と、自分自身を情報として発信する力が必要なのである。「過疎対策のために産業育成をと言ったって、産業さえあれば人が住もうと思うわけじゃない。住みやすくて美味しい食べ物があって知ってる人もいて…。人が増えていく要素は一つじゃありません。住む楽しみがなければ誰も住もうかとは思ってくれない」と言う。

また情報が伝わっていなかったり、横のつながりがないために生かされず、結果的に有能な力を持った人材が都会へ移転してしまうケースは少なくない。地域に存在する技術力を、ビジネスに結びつけるコーディネート力も必要だ。こうした課題に向かって、愛媛大学の試みでは、誰でも地域情報学を学べるようにと、インターネットで講義の模様や資料を公開している。また、これからの情報化社会の主人公となる子供たちに対しても、長期に亘って働きかけていこうとしている。

地方自治体が、大金を投じて立派な公民館やホールを造ったはいいものの、使い手がいなくて大赤字、などというニュースは、いやと言うほど目にしている。そんななか、坂本氏の言葉には、「なるほど」と思わせる力がある。その具体的な試みについては次回に。
(取材協力:愛媛大学地域共同研究センター客員助教授坂本世津夫氏)
(2003.1.14)

堀田ハルナ

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