ITフォーラム





【第1回】
〜法律の話〜

【はじめに】
 ブロードバンド時代になり、ネットワーク上でのコンテンツの流通が日常的になってきました。個人レベルでは、自分で撮影した写真や自作の音楽を友人に送信するなどが典型でしょう。なかには、雑誌などに投稿する記事の原稿をメールで送っている方もいるかも知れません。そのように折角苦心して創作した自分の作品が、ネットワークの中で他人に盗まれたりコピーされて、知らないところで勝手に利用されるようなことがあると、ネットワークの利用にブレーキがかかってしまいます。趣味でやっている程度の人であれば経済的には実害は無いかもしれませんが(精神的には大きなダメージを受けることは言うまでもないでしょう)、ビジネスでネットワークを利用している人達にとってはオーバーな言い方をすると「死活問題」にもなりかねません。そういう事情が背景にあるために、ネットワーク上を流れる作品についての権利の保護が切実になってきています。そこで登場するのが、最近ではすっかり有名になってしまった「著作権」です。

 なお、ネットワーク上の権利の保護でもう一つ忘れてはならない大きな問題として、名誉棄損やプライバシー保護の問題があります。しかし、これらの問題はこのフォーラムが当面の対象としている「知的財産権」とは異なる側面からの権利保護の問題ですので、ここでは立ち入らないことにします。

 ところで著作権のことを定めている法律、即ち「著作権法」は、困ったことに法律家の間でも難しい法律の一つと言われている程 "わかりにくい法律" でして、トラブルが起きた時に一刀両断的に「これはこうだから、こっちが悪い!」などという具合にスッキリとした答えを出してくれるような法律ではないのです。法律家ですらそんな状況ですから、ましてや一般の方々にとっては、極めて難解な法律にうつるのではないかと思います。

【他の法律の例:道路交通法】

 では、ひるがえって(著作権以外の)他の法律は分かりやすいと言えるでしょうか? 
私たちの身の回りで "なじみの深い法律" を見渡してみますと、私個人としては「道路交通法(道交法)」がすぐに思い浮かびます。そして、ちなみに手元の六法全書を開いて道交法の詳しい内容を見てみますと・・・
 ・最高速度は・・・自動車は 60Km / 時、原付は 30Km / 時とする。
 ・左折や右折は手前 30mで、 進路変更は3秒前に、ウィンカーを出すこと。
 ・路側帯で駐停車するときは・・・ 0.75mの余地を取ること。

その他、違反したときの点数とか免許の扱い等々、ありとあらゆる事がこと細かにギッシリと書いてあります。

 こういう法律を前にすると「法律というのは重箱の隅をつつくような細々としたことまで書いてあるので(お世辞にも親しみやすいとは言えないけど)、イザ何か問題が起これば、きっと法律のどこかに "違反になるかどうか" の答えがちゃんと書いてあるんだろう」と思いがちになります。その典型中の典型が上にあげた道交法だと言えましょう。確かに、その意味で法律とは「普段は面倒なのでとても自分で調べる気にはならないけれども、イザその気になってネジリはち巻きに虫メガネの覚悟で調べさえすれば、特に "難しい"という性質のものではない」と言えなくもない面があるのは事実です。

【他の法律の例:ストーカー防止法】

 では、最近できた法律でストーカー防止法(正式には「ストーカー行為等の規制等に関する法律」)を見てみましょう。この法律はいわゆる "ストーカー行為" を禁止する法律でして、この行為に対しては警察からの警告、禁止命令等を経て、最終的には6月以下の懲役または 50万円以下の罰金となることを定めています。そして、どのような行為が "ストーカー行為" にあたるのかについても、もちろんこの法律自体にちゃんと書いてあります。従って、先程の道交法のときと同じように、「面倒を厭わずに法律をみれば、何がいけないかの答えはキチッと書いてある」と言えなくもないのですが、問題は、どのように書いてあるのかという点です。実際にその部分の概略を見てみますと・・・
「恋愛感情などから、相手が少なからぬ不安を感じるような方法で、相手につきまとったり待ち伏せたり交際を要求したりする行為を繰り返すことを、ストーカー行為と呼ぶ。」
すぐに気がつくことですが、若者が誰かを好きになったときに誰もがやりそうな行為です。私自身も、覚えが無いわけではありません。ついでに「断られても何度も電話したりすること」もストーカー行為になると書いてあります。ですからこの法律を形式的に読むと、まじめな青年が恋に落ちて相手を慕う心が強くなっていけばいくほど、法律的にはどんどん悪質なストーカーになっていく可能性があるということになってしまいます。しかし、そんなことはこの法律を作った人達も考えてはいないはずです。実際、度が過ぎるような行為はむろん絶対に許されませんが、そうでない限り、青春時代の "はしか" のようなものとして暖かく見守っているのが大人の社会です。一度断られたぐらいで諦められるならそれほど好きではなかったということだ、と "助言" する人も多いでしょう。ですから、この法律の本心は、 "度が過ぎることは、やるな" ということだと言ってもよいでしょう。常識的な範囲内であれば、自分の恋心の深さを伝えるために何度もアタックする真面目な青年に向かってこの法律が口出しすることはありません。ちょっと場面が違うかも知れませんが、人の恋路を邪魔するヤツは馬に蹴られて死んじまえ、というではありませんか。

【法律の難しさ】

 そこで問題は、どこまでが "青春時代のはしか" でどこからが "度が過ぎる/常識の範囲を超える" ことになるのか、即ち両者の境界線をどこに引くのかということです。この点について、残念ながらこの法律は何も書いていません。「書きたくても書けない」というのが正直な言い方です。恋のアタックがどの程度までなら常識的と言えるか、というのは本人と相手の関係は言うに及ばす、周囲の事情などあらゆる状況を頭にいれながらケース・バイ・ケースで判断するしかないからです。言い方を変えれば、同じ行為であっても時と場合と相手によってはストーカー行為になったりならなかったりする、というものです。こう書くと、法律とはそんなにいい加減なものなのか、と思われる方がいるかもしれません。確かに、前にあげた道交法の例と比較すると "いい加減" という印象はぬぐえません。何しろ道交法ならば、上で紹介したようにどこから違反になるかが数字でキチッと書いてありますから「時と場合によって」などという "いい加減" なことは起こり得ないからです。しかし、実はこれは "いい加減" かどうかという性質の問題ではなく、法律問題に直面した時に共通して遭遇する難しさの根本に横たわっている重要な問題なのです。

 著作権の話に入るための前置きが長くなってしまいましたが、法律家ですら敬遠がちになってしまうほどの著作権の難しさも、正にこの点に尽きると言っても過言ではありません。それほどに大切な点なので、次回はもう少しこの点に触れてから著作権の話に進みたいと思います。
(2002.6.12)
弁護士 佐野 稔


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