ITワイド講座




イラスト:小湊好治


主婦だってがんばってる

このところ、高校生の話が続いたが、今回はがんばる主婦のお話を。
「女性の時代」なんて騒がれて、今はなんでも「女性向け」がヒットする。そしてここにも、がんばる女性が一人。といっても今回登場してくれるのは、まったくどこにでもいそうな主婦だ。いわゆる「オバチャン」な雰囲気はないけれど、清楚でそれなりにオシャレにも興味があるY子さんは、3人の子供を持つ専業主婦だ。いや、専業主婦「だった」。

 Y子さんに大きな変化が訪れたのは、去年のこと。
一番下のお子さんがまだ幼稚園なので、毎日送り迎えが欠かせない。その時間は日によってまちまちだし、午後になれば小学生のお子さん達が次々と帰ってくるので、とても自分の時間などとれない日々だったそう。
 そこへ、遠方に住む彼女の義母が体調を崩したという連絡が届いた。かなり症状の進んだガンだったのだ。彼女を実の娘以上に可愛がってくれた義母に、なんとか恩返しをしたいと、子供を夫にまかせて何度も足を運んだ。でも、ほかにもっと力になれることがあるのではないか、と考えたY子さんは、あることを思いついたのだという。

 もともと義母は、有機栽培や減農薬の野菜などを扱うお店をひとりで切り盛りしていた。全国の農家の生産者たちと、長年にわたって丁寧に付き合い続けて仕入れる野菜は、評判が良かった。しかし義母が体調を崩して以来、お店は古くからのパートの従業員が、規模を縮小して細々と続けているという状況だった。

 彼女が思いついたのは、インターネットでお店の野菜を販売すること。それなら、遠方からでもお店が維持できる。といっても彼女は、インターネットに関しては全くの素人。グルメ情報を求めて趣味程度にインターネットに接続することはあっても、自分用のパソコンはない。なにしろ携帯電話さえ持っていない、超アナログな主婦だったのだ。

 子育てに忙しく、学校に通う時間など確保できるはずもない彼女は、まず『誰でもできる簡単ホームページ作り』という本を購入。
 htmlを基礎から学び、何度も何度もサンプルページを作って、サイトを立ち上げた。もちろん注文フォームもついている。デザインに自信はなかったので、とにかく文章を丁寧に書くことを心がけたそうだ。生産者の言葉、義母の言葉を丁寧に拾うように添えられた野菜の説明によって、わかりやすく、彼女らしい誠意があふれるサイトになった。

 しかし、そこからが大変だった。生産者との連絡、仕入れ、注文してくれた人への返信、発送、サイトの更新…。やらなくてはならないことが山のようにあった。もちろん、朝は子供と夫の朝食にお弁当、そして送り迎えに家事、と「本業」もある。彼女がサイトの仕事に手をつけられるのは、夜中の1時から。慣れない作業で、わからないことが出てきても、質問する相手もいないので、本を片手に解決したらしい。

 私がY子さんに初めて会ったのは、そのころだ。眼の下にクマをつくって、ちょっと顔色が悪かったけど、すっとした美しい女性だという印象だった。
「ウェブショップの店長をしているんです」と自己紹介した時のはっきりとした声が、どこか意志の強そうな響きだったのを覚えている。

 その後、義母は亡くなってしまったが、その遺志を継いだサイトはだんだん人気を呼んで、雑誌にも紹介されるようになった。ますます忙しくなってしまった彼女は、ある決断をした。商品を減らすことにしたのだ。注文も減るし、作業も少なくなる。
 確かに売上げは減ってしまうけれど、体力も限界に来ていたY子さんは「子育てがもう少し楽になったらまた増やせばいいや、って思って少し気楽に考えることにしたの」と説明してくれた。今は仕事のペースもつかめて、なんとか子育てや主婦業と仕事の両立ができるようになったそうだ。

 彼女にとって、一番大きな変化だったのは、「自分にしかできない」仕事の楽しみを味わえたことだったそう。彼女は、結婚前まで銀行でバリバリ働いていた。結婚しても働きたいと考えていたのに、金融再編の流れを受けて他行と併合した彼女の銀行は、希望退職者を募った。そしてそのターゲットになった女子社員の多くは、会社側からの無言の圧力によって辞めてしまったのだという。Y子さんも、「会社人間だったから、つい自分のことより会社のことを考えてしまって」辞表を書いたのだそうだ。

 退職後、がんとして辞表を書かなかった同僚の女子社員が、昇進していった噂を聞き、どこかで悔しい想いがあったという彼女にとって、ウェブショップの店長という新しい仕事は、願ってもないチャンスだったのかもしれない。

 おもしろいことに、そんなY子さんの影響を受けたのか、お子さんの通う幼稚園で仲良くなった同世代のお母さん仲間のうちの何人かが、ウェブショップを立ち上げたという。みんな、アナログ人間のY子さんが何とか店長を務めているのを見て勇気づけられたらしい。
 それぞれに、趣味のビーズ・アクセサリーやフォークアートを販売するサイトを作って楽しんでいる。義母の思いを背負ったY子さんのような差し迫った事情がないぶん、気楽な趣味サイトのようだが、こちらもなかなか人気がでてきているとか。やっぱり女性は強い?!
(2003.3.4)

堀田ハルナ

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