ITフォーラム





【第1回】

〜通信業界の常識にチャレンジするジョージ・ギルダーのテレコズム〜

■ギルダーの卓越した予測:
ジョージ・ギルダーのIT革命に関する予測は、いつも本質をついており、その表現はいつも我々を驚かせてくれる。IT技術の進歩があまりにも速いために、その将来像についてさまざまな専門家が解説しているが、ITの未来がこうなって欲しいという願望と実際にどうなりそうかという予測との区別がついていないことが多いのではないか。これには事の本質が見えにくいことに加えて、現在の変化が一時的なのか、ある程度持続するのか、あるいはさらに大変化の前段階でしかないのかの見極めが難しい面もあるからかもしれない。またこの分野に積極的な経営者にとっても、IT革命による「創造的破壊」現象にどう対処すべきか、戸惑い、投資を躊躇してビジネスチャンスを逃したり、逆に大きな賭けに出て失敗したりしてきたのだ。

■ギルダーの2冊の本:
我々はITのことを「情報通信技術」としてひとくくりにして理解しようとするが、ギルダーの達観は、この二つの特質と発展の違いに着目したことにある。実際には、ギルダー自身も11年間という2冊の執筆の合間に起きた変化に驚いているのではないかと思う。ギルダーは1989年に『マイクロコズム』(邦訳:未来の覇者)、その11年後の2000年に『テレコズム』を書いた。前者は、マイクロチップによるコンピューター革命を描き、後者は、光通信による帯域の爆発を中心に通信革命を描いている。その最後の章で「テレコズムの20の法則」について述べている。前者の代表がムーアの法則、すなわち18ヶ月毎にチップの集積度(即ちコンピューター・パワー)が倍増することにあるとすれば、後者の代表は、自らギルダーの法則と呼んでいる帯域の拡大ペース(すなわちコミュニケーション・パワー)が6ヶ月毎に倍増することを指摘した。実際に、バックボーンの光ファイバー帯域は、5年前の千倍以上となっている。1876年にグラハム・ベルが実用的な電話を発明して以来、コンピューターの進歩とは対照的に、通信の技術は、電話会社を中心に、確実だがゆっくりとした百年の進歩の歩みをしてきたように理解してきた。だがインターネットが実用化された1990年代以降の爆発的な変化はその見方を変えた。即ち、インターネットの進歩はついにコンピューターの進歩の速度を遙かに凌駕し、現在なお進行中であるということである。テレコズムの本の書き出しは「コンピューターの時代は終わった」で始まる。

■砂とガラスと空気の革命:
ここでいう砂とは、シリコンでできたチップであり、ガラスとは光ファイバ、空気とは無線通信のことを意味する。この比喩はその面白さだけでなく奥深い。これら要素はこの地球上に豊富に存在し、かつ相互に関連しているのである。シリコン、すなわち珪素は酸素についで地球上に大量に存在し、またガラスもシリカガラスと言われるように二酸化珪素を主原料としている。空気は、電磁波を伝搬し、回折する媒体で地球表面を満たしている。この認識は、波としての光を伝搬する媒体探しの経緯の中で、宇宙空間を一様に満たしているエーテル(イーサー)をも仮定することになった。これがイーサーネットの語源である。イーサーネットは、いわばガラスの中に閉じこめられた光が伝搬する媒体空間なのである。これらの、いたる所に存在するポピュラーな物質が、IT革命の担い手になっているのが興味深い。

■豊富性と希少性:
『テレコズム』の序章では、豊富性と希少性が書かれている。豊富な資源を浪費し、稀少な資源を節約するのが経済原則であり、それゆえに経済学者は稀少性の方に関心を持ってきた。むしろ、各時代の特徴は、それぞれの時代の豊富性を上手に浪費し活用することで発展してきたのである。産業革命は、石炭のようなエネルギーを浪費することで可能になった。コンピューターの時代=マイクロコズムは、チップやメモリーなどコンピューティング・パワーを浪費する時代である。そして通信の時代=テレコズムに、もっとも豊富にあるのは電磁波であるという。今までの常識では、電波は有限ゆえに、政府が厳しく規制し、かつ欧州では電波の割当を巡って高額の入札が行われたことは記憶に新しい。その電波がテレコズムの時代では豊富であると著者は主張するのである。従来は、狭い帯域に高出力の電波を独占的に発信するという帯域占有型であったが、第三世代の携帯電話では(cdmaOneやIMT-2000)、スペクトル拡散という広帯域に亘って低出力で情報にスクランブルをかけて多重化して送信するという、いわば"wide and weak"方式を採用することで、周波数の稀少性の課題を解消しようとしている。

■フォトニクスとエレクトロニクス:
テレコズムにおいて最も豊富な電磁スペクトルを、ギルダーは電磁波理論の物理学者をしるして「マクスウェルの虹」と呼んでいる。電磁波の本質は、振動であり、振動する物体は波を生じる。そして電磁波の中でも、ごく狭い範囲の可視光を、人間は色として感じることができる。宇宙には、もっとも「暗い」宇宙の背景放射から、非常に「明るい」ガンマ線まで存在する。このマクスウェルの虹をいかに細かく分割して、デジタル・ビットの伝送に使うかによって、テレコズムの可能性が広がる。21世紀のフロンティアは、もはやエレクロニクスではなく、この広大な電磁波の帯域利用というフォトニクスの領域である。最も長い波長と短い波長の間には10の25乗もの開きがある。もしこの数のトランプを重ねるとすれば観測可能な宇宙の大きさの半分になる。可視光の範囲はこの中のわずか一枚に相当するほど、スペクトル範囲は広がっており、それこそが我々のフロンティアの広大さを示している。
(2002.5.30)

国際大学グローコム・フェロー 小林寛三


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