ITフォーラム




【第6回】

〜IT技術進歩の中でのテレコム産業の決断〜

◆ MILCOM 2002見学:

2002年10月に、米国アナハイムで行われたMilitary Communications (MILCOM) 2002というイベントに参加する機会に恵まれた。イベントはClassifiedとUnclassifiedに分かれており、民間人は後者しか参加は許されない。会場では、制服組が目立つことや、イベント会場や駐車場への出入りチェックの厳しさなど、他と比べて緊張感漂うイベントであったが、それでも参加者は昨年よりも多く、約千名とのことであった。中心テーマは、グローバルな情報グリッド(Global Information Grid、GIG)をいかに確保するかであった。

これは、通信の世界がブロードバンドに移行する中で注目されているコンピューター・グリッドのイメージを生々しく表現している。例えば、攻撃兵器である戦車は同時に基地局の機能を持ち、この地上部隊が、衛星、無人偵察機、飛行機、軍艦、潜水艦などとの立体的な情報グリッドを、インフラの全く無い戦場においても、いかに確保するかが、軍事的優位性と同義語であることが強調されていた。古代ローマの軍隊がドラムと旗によって、同期的な行動を取って来たことが、現代ではエレクトロニクスに置き換わったというのである。この通信グリッドの精度は1997年以降飛躍的に強化されており、その後のコソボやアフガニスタンの作戦に反映されているとのことで、会場ではそのような映像も流された。

また軍事技術といえども、通信経路はインターネットの回線を利用する。高度なセキュリティー技術への注目もまた、軍事的な応用がその動機となっている。"Speed War"というようなキーワードを強調されると、我々日本人には、複雑な思いが交錯するが、考えてみればインターネットも、アドホック・ネットワーク、CALS、GPSなど多くの技術は、軍事技術からの民需転用であった。情報の優位性によって冷戦に勝利した米国は、これからその技術をどう活かして、世界をどうリードして行こうとするのであろうか。クールで自信に満ちたエリート達によるイベント会場を一歩出ると、そこには、変わらぬデズニーランドやアナハイム・エンジェルスの活躍に一喜一憂する家族連れの平和な喧騒があった。

◆ ガートナー社の技術予測:

ブロードバンドと無線を巡る議論は、このイベントのみならず最近のIT関連では、ほとんどいつも話題に上る。この激しいIT技術革新の時代にテレコム産業はどこへ行こうとしているのであろうか。ガートナー社は、米国での技術予測として、次の8年間にビジネスに及ぼす10個の要因を挙げている。曰く;

(1)光ネットワークの帯域の方が、コンピュティングよりも低費用になる。但しラストマイル問題が障害と なる。
(2)ERP、CRM、SCM、ポータルなど主要なアプリケーションは企業間共働型となる。
(3)更なる企業の生産性と効率の向上が期待できる。
(4)但し、成功した企業でも、労働節約型となり、技術労働者の需要が増える一方で、一般労働者のレイオ フによって経費節減型の経営が行われる。
(5)ベンダーの統合が継続し、むしろ寡占化が進行する。
(6)ムーアの法則は継続し、PCの能力は、40GHZ、4〜8の複数CPU、4〜12GBのメモリー、1.5TBのストーレ ッジとなる。
(7)ワンクリック・インターネットのサービス・プロバイダとして、セキュリティーやプライバシー、信用 提供などで銀行の役割が増大する。
(8)効果的でリアルタイムの意思決定のための適切な情報を提供する新たなサービス、BAM (Business    Activity Monitoring) が登場する。
(9)よく組織された分散的な組織が、より速い意思決定を行うようになる。
(10)そして振り子は集中から分散への揺り戻し、経済不況期により集中化したITへの関心は、また分散モ デルへ移行して行く...。

という近未来の予測である。

◆ さてテレコム産業は:

大きな船ほど舵を切ることは難しい。しかも、小さな船が急激な変化を先取りしようとして座礁しつつある状況を目の当たりにすると、変化することの必要性は認識しつつもリスクも大きく見えて来て、決意が躊躇に変わる傾向は否めない。IP化、光化、サービスの高付加価値化、ブロードバンド環境での常時接続形態による収入構造の変化、労働節約型で機動力のある組織の活性化、ユニバーサル・サービスを担いつつ、一方ではグループ会社を含めた選択と集中の経営、高いモラルとプロ意識と共に顧客重視のサービスの両立...、等々を考えると、もはや一つの産業だけの課題ではない。IT技術の進展と共に、経済全体の課題でもある。しかし部分はその推移を全体の推移に単に委ねる訳には行かない。大海に浮かぶクラゲにような経営方針では、経営していることにならないからだ(但し、クラゲは、哺乳類よりも長く太古の昔からずーっと生存しているが...)。中長期的なIT技術の変化の方向は、ほぼ見えて来た。問題は、近未来の不確定要因を、どう優先度を決めて決断するのか、あるいは決断せずに次の局面を見守るのか、という所にリスクがある。しかし企業は、社会変化の荒海に向かって、変化を受け止めて、自らナビゲートして行かなければならない。世の中の情報を最も多く伝達し、ITの技術動向も最も身近に感じることのできるテレコム産業が、実は、一番「灯台下暗し」の状況なのかも知れない。
(2002.11.12)
国際大学グローコム・フェロー 小林寛三


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