ITフォーラム





【第4回】

〜『テレコズム』を巡るテレコム産業の未来〜

G・ギルダーの「テレコズム」の本は、百年かけてゆっくり進歩して来たテレコム産業が、18ヶ月毎に倍増するチップの集積度に合わせて急速に進歩している「マイクロコズム」の産業を、インターネット革命を契機に凌駕し、通信がコンピュータ以上に重要な役割を果たすようになりつつあることを示した。その変化は、従来のテレコム産業に対しても、技術と組織だけでなく、意識のパラダイム変化を迫って来ている。そのキーワードは、以下の3つの方向である。

(1) 連続から不連続へ
(2) ギャランティからベストエフォートへ
(3) 時間課金から情報課金へ



(1) 連続から不連続へ

この方向については、テレコム会社は、特に企業向けの専用線利用に力を入れて来た。高額商品であることと安定収入が図れること、そして企業の通信管理者との長期的な信頼関係の維持がその理由であった。いわば通信が希少価値であった時代を背景に、企業の方でもポイント・ツー・ポイントの専用線ネットワーク網を構築し、通信コストの上昇を抑えつつ、企業内の情報流通を活発化して来た。

世の中一般が50bpsの公衆テレックス網しかなかった時代に、社内専用線による300bpsの社内テレックス網は頼りになる通信手段であった。さらに、それまでは回線交換のネットワークしかなく、パケット交換の通信方式が登場した時にも、テレコム会社の社内では、パケットロスなどその信頼性を巡って激しい議論があった。

(2) ギャランティからベストエフォートへ

相手への接続やその帯域を保証しないベストエフォートの通信もまた、従来のテレコム産業の伝統にはなかった考えである。これはイーサーネットの本質でもある。イーサーネットを利用したインターネットの普及に伴い、このベストエフォートの通信方式は一般的となった。さらに規制緩和による新規参入者もあり、回線増強のための積極的な投資が行われた結果、通信データの積滞というボトルネックの危惧は、膨大な回線容量によって解消することができた。また、有線を基盤とする電話会社と、無線の携帯電話の会社では、最近でこそ携帯電話会社がむしろ経営体力を付けて来たが、伝統的には、無線技術は補完的な技術と見なされて来た少数派であったことも事実である。この携帯電話の仕組みもベストエフオート型であり、回線が繋がらないことに対し、ユーザも移動通信の利便性ゆえに許容して来ている。

(3) 時間課金から情報課金へ

三番目の課題は、課金の体系である。独占と希少資源を前提にテレコム産業は、交通産業や郵便事業と同じような課金体系、即ち、遠方との通信・長時間利用に対しては、高い従量制の料金を採用した。これは、情報流通は希少資源の上に乗っていたことを反映して、結果として、文字数や簡潔な会話を奨励する文化となったのである。

これもインターネットでは低額での常時接続が一般化することによって打ち破られた。今後、VoIPなど、全ての情報がIP化して、距離・時間に関係のない料金体系が一般的になることは、テレコム産業も認識している。問題はそうなるかならないかではなく、いつ機器を含めた全面的なIP化が行われるかである。

◆ インターネットでは、回線部分は単なるIPパケットを運ぶパイプ(=ステューピッド・ネットワーク)に過ぎなくなり、全ての処理はネットワークの両端にあるコンピュータや通信機器が担当する。問題はその信頼性である。時折、リセットせざるを得ないPCの文化と、ほぼ絶対的に止まらない交換機の文化とは、価格的にも歴史的な成り立ちも隔絶している。さらに電源供給、バックアップや維持保守体制の違いなど、この両文化の溝がどう埋まるかは、IPネットワークによる利便性の増大とその欠点が許容範囲内にどう収斂していくのか次第ということになる。

◆ 最近では、通信料金競争にも拍車がかかり、時間課金から情報課金へと、さらに進んで、常時接続型の定額料金にまで広がって来た。課金情報を細かく設定し、それを保存するシステムは、それ自体が大掛かりな投資を必要とする。料金の低廉化は、課金の仕組みについてもそれ以上の低廉化が必要である。ブロードバンド化と常時接続は、コインの両面なのである。問題は、従来の料金体系との整合性が問われていることである。従来の料金体系をブロードバンド環境に当てはめると、価格が高くなりすぎて使えなくなる。反対にブロードバンドでの課金を、他のパッケージ系メディアに準じた料金とすると、従来の電話料金は限りなくゼロに近くなる。これは携帯電話でも同様の問題があり、3G携帯電話普及の最大のボトルネックとなっている。テレコム産業にとって、IPによる単一ネットワーク化の進展は、サービスの質(QoS)により異なった料金体系を採用することで、付加価値をつけようとするだろう。しかし音声電話にとって、遅延が許容範囲であり、動画伝送でも十分なスピードを有し、また企業向けなど十分な高信頼性のネットワークがそこそこ安価に実現できた時は、現在のような規模でのテレコム産業を支えるだけの料金体系を維持できるかははなはだ疑 問である。

◆ 話は飛躍するが、米国の文化と日本の文化との違いについて、DNAからのうまい説明がある。DNAには長いL型(Long)と、短いS型(Short)があり、L型は攻撃的、前向き、あまり精密でない、信頼性が低いという性質があり、一方のS型は、責任感が強く保守的、安全重視、神経質で規則正しい性質があるという。そしてこのL型とS型の分布で各国を比較すると、米国と日本とが両極端で、その他の国はその間に入るという。米国人はL型だけが30%、ハイブリッド型が50%、S型だけが20%に対し、日本人でL型のみは、わずか1.8%、S型のみは70%もいるという。このDNAの比率を変えるには30世代、約千年かかると言われている。これは、日本はギャランティ型の社会であるのに対し、米国はベストエフオート型の社会と言える。そしてインターネットそのものがまさにベストエフオート型の米国の文化を背景に世界に広がっているのである。
(2002.10.1)

国際大学グローコム・フェロー 小林寛三


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