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香り×つながる 中村祥二

第1回 香水の名前を当てる

素敵な香りをまとった女性に思わず振り返ることがある。しかしその香水の名前がどうしても思い出せない。もどかしい。そのままにしておくと、名前を聞いておけばよかったと、たいてい後悔する。しかし香水の名前をたずねるのには それなりの礼儀というものがあるだろう。
以前、ロンドンの格式あるレストランのディナーに招かれたことがある。招いてくれたのは、イギリスの女性パフューマーで、その後イギリス調香師協会の会長を務めたマッコンキー女史である。注文の品を選んで待つ間、華やかな衣装が似合う女性連れのカップルが入ってきた。彼女は、香りの雲に包まれて私達のそばを通り過ぎていった。「いくら何でも香りが強すぎますよね。あれではオーダーポリューション(においの公害)ですよ」などと話し合っていたが、そのうちに、あの香水を当てようという話になった。候補はシャリマールとシアラの2種類に絞られた。シャリマールは1925年発売のオリエンタル・アンバータイプのゲランの名品であり、シアラは1963年発売の同じタイプの香水である。

レブロン社製「シアラ」。アメリカのメーカーらしいゴージャスな香りが特徴で、本国では大ヒットしたにもかかわらず、日本では手に入れにくい。

(C)Fragrance Guide 1995―Fragrances
on the Internationl Market―H&R

いろいろと当て合ったが、結論はその女性に聞くより仕方がないということになり。マッコンキー女史はすーっと二人のテーブルに近づいて、暫く話していた。答えはシアラだった。私は香水の名前が知りたかったのと同時に、どうやってその名前を教えてもらったのかに関心があった。果たして女史の答えは「あなたの付けている香水はとても素晴らしい。是非名前を聞かせていただけないか」だった。
その後、私は、香水のマーケティングで著名なイヴ・ドゥ・シリス氏とパリで食事をしている時にも似たような経験をした。
香水の専門家は女性が実際身に付けている香水の名前をたずねる、率直だが巧みな技を会得しているのだ。今では私もこの技術を身につけ、東京でも香水の名前をたずねられるようになった。これまで断られたことはない。女性は自分のファッションやヘアスタイルと同様に香りをほめられるのは、やはりとても嬉しく、そこから香りを介して会話が弾むことも多々あるのだ。

中村祥二(なかむら・しょうじ)プロフィール

1935年東京生まれ。58年東京大学農学部農芸化学科卒業後、株式会社資生堂に入社。資生堂リサーチセンター香料研究部部長、チーフパフューマーを経て、95〜99年まで常勤顧問。40年にわたり、香水、化粧品の香料創作及び花香に関する研究、香りの生理的、心理的効果の研究を行う。現在は、国際香りと文化の会会長として香り文化の普及に尽力。フランス調香師協会会員。著書に『調香師の手帖』(朝日文庫)、『香りを楽しむ本』(講談社)、『香りの世界をのぞいてみよう』(ポプラ社)など。

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