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香り×つながる 中村祥二

第11回 女性の嗅覚

女性の方が嗅覚が鋭く、正確ににおいを識別しているようだ。
「百万人の嗅覚調査」を企画した1986年のナショナルジオグラフィック誌では、その理由を「女性の方が料理をする機会が多くにおいに対して日常的に注意を払っているためである」としている。
確かに、ふだんから注意深く嗅覚を使っている人の方が敏感である。しかも嗅覚は生存にとって極めて重要な役割を持っているから、女性は先天的ににおいに対して敏感に相違ない。例えば、いろいろな警戒臭:食物の腐ったにおいや、ものの焦げるにおい、メルカプタン系のガス漏れのにおいなど。また、放置すると発育障害をきたす先天的なアミノ酸代謝異常は嬰児の尿をメープルシロップ様のにおいにするが、母親がそれに気づくのは子どもを守る感覚の鋭さが身に備わっているからである。

画像 女性の嗅覚

免疫を司る遺伝子MHCは体臭も支配しているため、女性は本能的に男性の体臭に敏感なのだという。

長年にわたって香りを扱ってきた仕事柄から、私は嗅覚については自信があった。自慢話というわけではなく、多くの香りを覚え識別できるし、かすかなにおいの差を見つけることができる。一般的に好まれる香りを把握していて、それにマッチした香りを作ったり、選んだりすることができる。質の高い香りかそうでないか判断できるし、洗練された香りか、それとも初めは一般受けするが、じきに飽きられる香りか、などもわかる。
ところが、ある日突然これらとは全く違ったにおいの感じ方が女性にあることに気づいた。
妻と美術館に出かけた時のことだ。なんの展覧会だったかは覚えていない。ある展示室で30代の男性が順路とは逆に私たちの側を急ぎ足で通り抜けていった時、私は息の詰まる思いをした。少し焦げくさいような、鼻をさす鋭いにおいにたじろいだからなのだが、妻はその時「あの人の体臭は悪くないわね」とささやいた。私にとっては攻撃的とも感じるにおいを、妻が好意的に受け止めたことにショックを受けた。妻も一通り香りのことには通じていたし、でたらめなことを言うとも思えない。私が不快と感じたにおいを私以外の人、ましてや妻が快と感じたことに強い驚きと違和感を覚えた。
これをどう解釈したらよいのか。この受け止め方の差に男女の性の違い、フェロモンにつながる何かがあるのだろう。
「集団の中で、ある男性が放つにおいが女性を惹きつけ、同時にそのにおいが他の男性を逃げたい、避けたいと感じさせることができるならば、前者の男性が女性を獲得するのに有利に働くはずである」。これが動物の世界に広げて解釈したときの私なりの仮説である。
香水作りに女性の感覚が重要なことは言うまでもない。1985年頃から女性パフューマーの活躍が目立つようになってきた。男性にはうかがい知ることのできない彼女たちの本能的な嗅覚の感受性が、優れた香水の調合に既に織り込まれているのではないだろうか。

 

中村祥二(なかむら・しょうじ)プロフィール

1935年東京生まれ。58年東京大学農学部農芸化学科卒業後、株式会社資生堂に入社。資生堂リサーチセンター香料研究部部長、チーフパフューマーを経て、95〜99年まで常勤顧問。40年にわたり、香水、化粧品の香料創作及び花香に関する研究、香りの生理的、心理的効果の研究を行う。現在は、国際香りと文化の会会長として香り文化の普及に尽力。フランス調香師協会会員。著書に『調香師の手帖』(朝日文庫)、『香りを楽しむ本』(講談社)、『香りの世界をのぞいてみよう』(ポプラ社)など。

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