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特命捜査 第58号 精度の高い花粉予報サービス 「独自のシミュレーションで飛散量を予測!」

センサーで空中の花粉濃度を正確に計測する

高木さん

ウェザー・サービス株式会社の高木達仁さん。

スギの雄花

内部に花粉を溜め込んだスギの雄花。春になると開花して花粉を飛散させる。

花粉症患者にとって、春は非常に辛い季節だ。くしゃみや鼻水が止まらず、痒みが続く目はいつも充血気味。外出時はマスクやティッシュペーパーが手放せず、夜は鼻が詰まって満足に眠れない…。
さまざまな調査データによると、日本人の5〜6人に1人、成人の30%近くが花粉症の症状に苦しんでいるという。花粉は秋にも飛散するが、日本ではスギ、ヒノキの花粉が大量に舞う3〜5月がピーク。昨年夏の猛暑でスギの着花量が大幅に増加し、今年は例年以上に多くの花粉飛散が予想されている。

薬やマスクなども進化しているが、ここ数年注目されているのが、花粉の飛散量や飛散時間をインターネットや携帯電話経由で教えてくれる花粉情報サイト。国や東京都などの行政が提供するものもあれば、民間の気象会社が提供するものなど、さまざまなサービスがある。今飛んでいるリアルタイムの花粉量だけを教えてくれるサイトもあるが、人気があるのは数時間後に花粉が飛びそうな地域と、その量を教えてくれる予報系のサイトだ。予報情報を元に利用者は花粉飛散量が少ない時間帯を狙って外出することができるし、遠出する際も飛散量に応じた計画を立てることができる。

花粉測定器

研究所に置かれた花粉測定器。左右にあるのが自動花粉測定器、中央にあるのはダーラム。ダーラムの先端にはスライドガラスがある。

2qメッシュ

ピンポイント予報を可能にする2キロメートルメッシュの表示。色の濃度は花粉濃度を示している。

今回調査員が訪ねたのは、民間のウェザー・サービス株式会社。同社が提供している「超高精細花粉予報」は、同種のシステムの中でもひときわ精度が高いという。営業部長・コンテンツプロデューサーの高木達仁さんに、システムの全容を伺った。
「当社がインターネットサイトで花粉予報を始めたのは2003年から。社長自身が花粉症に悩んでいて、少しでも正確な花粉情報を入手したいという思いから研究を始めたんです」

花粉情報の第一歩は、飛散している花粉量の測定から始まる。従来からあるのは「ダーラム法」。ワセリンを塗ったスライドガラスに付着した花粉を、顕微鏡で目視する測定法だ。定評はあるが、手間がかかるので多数の地点で行うのが難しく、1日1回程度の測定が限度だった。
そこでウェザー・サービスはNTT環境エネルギー研究所と共同し、同社が開発した自動花粉測定器を導入。これはファンを使って大気を取り込み、1立方メートル当たりの花粉の空中浮遊濃度をセンサーで測定する機械だ。
「例えば、スギ花粉の大きさは約30ミクロン。ホコリと区別しにくいのですが、照射したレーザー光の偏光度と散乱光の強度によって識別することができます」。この測定器で、花粉飛散量の日内変化を観測できるようになった。

ウェザー・サービスはこの測定器を関東の11ヵ所に設置し、インターネットサイト「ヘップチンの花粉情報」をスタートさせた(現在は終了)。関東とその周辺7都県を2キロメートル四方の網状(メッシュ)に細分化し、色の濃淡によって花粉の飛散量を「非常に多い」「多い」「やや多い」「少ない」の4段階で表示。最大48時間先までの花粉予報を、1時間毎に更新した。当時はエリア的にも時間的にも、ここまで詳細に表示する花粉情報サイトは他になかったという。

ウェザー・サービスはこのシステムを更に発展させ、2010年からはNTTドコモの iモード公式サイト「ウェザー・サービス」(一部有料月額105円)を中心にサービスを提供している。当初から”超高精細”と謳っていた予報精度は、新たな仕組みの導入によって一段と向上した。
「昨年から、花粉量の測定にNTTドコモが推進する環境センサネットワークを活用しているんです。これは、同社が全国に設置している携帯電話の基地局や、自社設備に構築した各種センサーのネットワーク。内蔵の花粉センサーで精度の高い花粉量を測定することができるだけでなく、観測拠点が全国に2500ヵ所ありますので、従来よりも高密度で均質な花粉実測値が得られるようになりました」
なるほど。花粉量の実測が大切なことはよく分かった。だがセンサーが2500ヵ所にあると言っても、全国に当てはめれば10キロメートル四方のメッシュに一つという計算になる。どうやって2キロメートル四方の花粉飛散を把握しているのだろう? また、48時間も先の予報をどのように行っているのか? 疑問は尽きない。



移流拡散シミュレーションで花粉の飛散を予測

ウェザー・サービスは一般向けに気象情報を提供している。花粉の実測値に風雨や気温などの気象データを当てはめて、未来の飛散状況をシミュレーションしているのだろう…というところまでは調査員にも想像できた。だが、似たようなことは他社もやっている。
「キーになる技術は、当社がNTT環境エネルギー研究所と共同開発した独自の花粉飛散シミュレーターにあります」と、高木さんは説明する。
「ベースにあるのは移流拡散シミュレーション。大気汚染物質の拡散を予測する手法で、環境アセスメントでは従来から使われています。説明は難しいのですが、一般的な拡散方程式に対して我々のシミュレーターは、重力落下、花粉発生量、地上面からの巻き上がりなどを考慮しているのが特徴です」
例えば、地表面付近では花粉が地面に着地する速度も考慮に入れているらしい。方程式を見ても調査員には全く理解できなかったが、花粉を大気汚染物質と見なしてシミュレーションするという考え方は納得できる。

理論はともかく、実測値からどのように予測が立てられるのかを図解してみよう。

図1 広大なエリア(メッシュ)の中の5ヵ所に花粉センサーがある。S1はスギ花粉発生源に設置されたセンサー。S2〜S5は都市部(到達点)に設置されたセンサーだ。

図2 各センサーが設置場所毎の花粉飛散量を測定する。S1とS4は飛散量が多く、S5は少ない。S2とS3にはほとんど花粉が飛んでいない。これらの実測値に同じ時刻の風雨や気温などの気象データを加え、花粉の飛散分布を導き出す。

図3 測定器が設置されたメッシュは実測値が反映され、他のメッシュは測定値と気象データをシミュレーションした値を示している。この図の場合、北風が吹いていたか雨が降っていたために、北部の花粉飛散はほぼなかった。ここまでが「今現在の」実況値。

図4 実況値を元に気象予報データを加えてシミュレーション行い、未来の飛散量を予測する。

図5 予測値の完成。実況値を計算した時と正反対の南風が吹くと予想されたので、飛散分布は北部へと変化している。
このように、花粉飛散シミュレーターは花粉の実況値と予測値の両方を割り出すために使われている。

移流拡散シミュレーションの他にも、ウェザー・サービスはこのシミュレーターに「開花モデル」や「放出モデル」、更には降水予報による補正など、複数のシミュレーション要素を盛り込んでいる。高木さんによると、「ここまで複雑なシミュレーションを行っているのは、数ある花粉予報の中でもウェザー・サービスだけ」とのこと。
サービス開始当初は花粉センサーの設置環境のバラツキから測定誤差が生じ、データをシミュレーターに取り込む際にかなり苦労したという。だがNTTドコモの環境センサネットワークを利用することによって、その問題も解消した。このネットワークは他の気象情報会社も利用しているが、提供される花粉予報サービスは、メッシュの大きさや予報時間の単位が会社毎に違っている。得られた計測データをどう処理するかが、花粉予報のポイントなのだ。
ウェザー・サービスの花粉予報は、その精度の高さで群を抜いているといえるだろう。


地図を見る感覚で、生活に合わせた花粉情報を入手できる

「花粉実測値マップ」俯瞰図

「花粉実測値マップ」俯瞰図(関東地方)。

「花粉実測値マップ」接近図

「花粉実測値マップ」接近図(東京都)。

「花粉飛散予報」俯瞰図

「花粉飛散予報」俯瞰図。ここから2キロメートルメッシュまで近付ける。

「花粉アプリ」

「花粉アプリ」の一例。これは週単位の花粉実測グラフ。

では、iモード公式サイト「ウェザー・サービス」では、どのような形で花粉情報が提供されているのだろう。精度の高い花粉予報であっても、分かりやすく使いやすい形で表示されていなければ利用者は増えない。
「ウェザー・サービス」の花粉情報は、「花粉実測値マップ」「花粉飛散予報」「花粉アプリ」の3つに分かれている。「花粉実測値マップ」は、その名のとおりリアルタイムの花粉飛散状況を表示するメニュー。マップ上に花粉センサーが設置されたポイントが表示されているので、俯瞰図から知りたいポイントをズームアップしていけば、ピンポイントの正確な花粉実測値を知ることができる。

利用者にとって特に役立つのが「花粉飛散予報」。これも、俯瞰図から詳細なエリアへズームアップしていく使い方が便利だ。例えば、家を出る前に自宅から会社までのルートを含むメッシュをざっと見て、花粉飛散量を把握しておく。会社に着いたら、周辺2キロメートルメッシュの花粉飛散量変化を、時間軸を動かしながら頭に入れておく。これだけでも花粉を避けた行動を取る助けになるだろう。翌日遠方へ出張する予定があっても、1時間毎に更新される最新予報を48時間先までチェックできるので、対策を立てやすい。
ちなみに、浮遊する花粉の量は、以前のような「多い」「少ない」ではなく、1立方メートル当たりの花粉の量を基準にした6段階の棒グラフで表示される。花粉濃度の計測単位をそのまま使っているので信頼性が高い。

「花粉アプリ」は、花粉情報を表示するために開発された専用アプリケーション。花粉予報マップを操作する地点検索、日・週・月単位の花粉センサー実測値表示、くしゃみの回数などを自分で記録してセルフケアに役立てる「花粉症カルテ」など、3つの機能を搭載している。
花粉症カルテは、花粉飛散量とくしゃみの回数のグラフなどを合わせて表示することもできる。症状の発現傾向を把握するのに役立ちそうだ。

もちろん、iモード公式サイト「ウェザー・サービス」で提供されるメインのコンテンツは気象情報。花粉情報と同じく気象情報をマップ上にプロットしているので、 利用者は地図を見る感覚で目的地とその周辺の気象状況を直感的に把握できる。昨年8月からは、花粉予報にも使われているNTTドコモの環境センサネットワークを利用した「全国カミナリ実況マップ」も配信中。毎日の気象予報だけでなく、春は花粉予報、秋はカミナリ実況と、「ウェザー・サービス」は一年を通して便利に使うことができる。


位置情報を利用した「電子花粉症日記システム」

「電子花粉症日記システム」の画面

「電子花粉症日記システム」の画面。手順はメニューから項目を選んで送信するだけ。

行動履歴による花粉暴露量の違い

行動履歴による花粉暴露量の違い。黄線内を移動した被験者の方が暴露量は多い。

iモード公式サイト「ウェザー・サービス」の「花粉症カルテ」を発展させれば、花粉症患者1人1人にパーソナライズした情報提供ができるのではないだろうか。例えば、患者がくしゃみの回数や投薬タイミングなどの情報をサイトに送ると、花粉症の専門家が患者の近隣の花粉予報を見ながら、適切な対策をアドバイスするというサービス。他社が提供する花粉情報サービスには、既にこうした内容のものがある。
実はウェザー・サービスも、今年2月からパーソナル情報を利用した独自の花粉情報サービスを開始している。「GPS 電子花粉症日記システム」と名付けられたこのサービスは、一般ユーザーではなく製薬会社を対象にしたものだという。その内容が興味深い。

「当社はこれまで、千葉大学の大学院と共同でこのシステムの研究を進めてきました。花粉症日記とは、治験(製薬会社が行う臨床試験)の際、被験者に症状を細かく記入してもらうノートのようなもの。くしゃみや鼻水の回数、目の痒みの有無などについて毎日記入してもらうんですが、手書きはけっこう面倒なんですね。そこで、毎日使っている携帯電話から気軽に入力できるシステムを作ったんです」
被験者が入力した情報はリアルタイムでサーバーに送られるので、管理者は常に最新の情報を確認することができる。デジタルデータなので集計や解析も簡単だ。また、未入力の被験者にメールや電話で入力を促したり、誤入力を未然に防ぐようフォローすることも可能。結果として、より正確な治験情報を入手できるわけだ。

同時に考えたのが、"被験者の生活パターンによる花粉暴露量の違い"を把握すること。スギ花粉症の症状は生涯の花粉暴露量の蓄積によって発症すると言われているが、花粉暴露量と症状の種類や出方にどんな関係があるのかは、まだ明確になっていない。GPS機能付きの携帯電話を使えば、推定した花粉量と被験者の行動履歴をつき合わせて、精度の高いデータを入手することができる。
もちろん、GPSを利用した行動履歴は個人情報なので、このシステムは厳重に管理された環境の下で運営される。GPS付き携帯電話も、セキュリティ機能を重視した専用端末を使用するという。

このサービス、GPSを利用した行動履歴を参照するので一般ユーザーには開放できないが、治験の精度が上がることは、有効な花粉症治療薬の開発にもつながる。他社のサービスとアプローチは異なるが、花粉症患者のサポートになることは間違いないだろう。

これからの花粉予報サービスはどのような方向に進むのだろう。高木さんは、「サービスの目的は、花粉シーズン中のQOL(クオリティ・オブ・ライフ)を上げること。そのためにはより個人向けにカスタマイズし、セルフケアと連動させていきたい」と語る。
システムが個人の行動パターンを自動的に認識するようになれば、いつかは携帯電話やスマートフォンが、「この先は花粉が多いのでマスクを着用して下さい」「目的地までは花粉の少ないこのルートを」といった具合に、タイミング良く適切なアドバイスを与えてくれるようになるかもしれない。
花粉症の確実な治療法が確立されていない現在、私たちにできることは、花粉の飛散に先回りして予防策を立てること。センシングやシミュレーションといったITは、ここでも大きな役割を果たしていた。

取材協力:ウェザー・サービス株式会社(http://www.otenki.co.jp


神山 恭子 0012 D.O.B 1966.7.3調査報告書 ファイルナンバー058号 精度の高い花粉予報サービス 「独自のシミュレーションで飛散量を予測!」
イラスト/小湊好治
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