我が家の息子が通う州都リトルロック市の公立小学校では、民間の会社が開発したソフト「Accelerated Reader Program」 を利用して、読書の推進を図っている。ただし、授業の中で強制的にさせているわけではなく、希望する生徒に自由に参加する機会を与えるシステムだ。それでも、多くの子供たちが、競うように本を読み漁っているのは、読書後のテストでポイントを稼ぎ、学校で、おもちゃやお菓子などが買えるからである。
学校は、まずコンピューターを使ったテストで生徒の読書力を判断し、各生徒に、どのレベルの本を読むべきかを知らせる。図書室の本には、例えば、5年生の中位のレベルなら「5.5」というシールが張ってあり、生徒は学年にかかわらず、自分のレベルにあった本を読むことになる。本を読み終わった生徒は、学校のコンピューターで本の内容に関するテストを受ける。息子によれば、10問程度の質問が出て、答えを四択から選ぶことが多いらしい。その結果、点数によってポイントが稼げる仕組みで、難しい本ほど高いポイントがつくようになっている。内容を把握できるよう、息子は、同じ本を何度も読み返したり、難しい本は、テストを受ける前日に、父親と話の内容を確認したりと、8歳とは思えぬ力の入れようだ。
そうやって貯めたポイントを使えるのが、年に4回、図書室で開かれる「AR店」(Accelerated Readerの略)。店員は、ボランティアの保護者達。PTA会費から、鉛筆、消しゴムなどの学用品だけでなく、ガムやキャンディー、更にはおもちゃなども買い集めてきて並べる。大人の目で見れば小さなものでも、生徒にしてみれば「自分の稼いだポイントで自由に買える」のが楽しいようだ。また、ポイントの高いおもちゃなどを見ると「今度はもっとポイントを貯めよう」と思うようになり、読書への意欲がいっそう高まるらしい。
このプログラムがすごいのは、小学校から高校(12年生)までの、実に13万冊が対象になっていて、学校の図書室にある本だけでなく、図書館の本、書店の本なども、読めばテストが受けられるようになっていることだ。コンピューターで検索すれば、レベルと稼げるポイントが表示されるので、どこにある本でも構わない。新刊本に対するテストは、随時作成され、毎週、約200〜300冊の本に対する内容が追加されているという。
アメリカ在住のある母親のアイデアから約20年前にスタートしたこのプログラム。読書を推進するのに効果があるとして、徐々に広がり、今では、全米の3校に1校が取り入れていると言われる。
テストの結果は、毎回プリントアウトされて各生徒に渡されるので、実力は一目瞭然だ。また忙しい親には、登録をすれば子供のテストの点数やポイントが、Eメールで送られてくる。一方、教師も、生徒の読書量、読解力などの細かいデータを蓄積することができ、生徒の点数によっては、次のレベルの本を勧めたり、逆にレベルを下げて読むように指導したりしている。
もちろん「褒美を目的に本を読ませるべきではない」という批判もある。また読書力が低い生徒の場合は、学年が上がるにつれて友達との差が大きくなり、逆に劣等感につながるという声もある。それでも現場では「読書を促すのが学校の役目であり、実際に多くの生徒が読書好きになっている」として、支持する教師が多い。
個性を伸ばす教育が重視されるアメリカ。「読める生徒はどんどん読ませよう」というARテストは、まさにその典型かもしれない。しかも「飴と鞭」ではなく「飴とおもちゃ」を使うところが、いかにもアメリカらしい。図書室にお菓子などが並んだときには目を疑ったが「読書大好き!」という子供たちの笑顔を見ると「そんな方法もありなのかな」と思った。
笹栗実根(ささぐり・みね)
1999年、テレビ局のワシントン特派員としてアメリカへ。以後、結婚退職してフリーライターに。『asahi.com』(webサイト)、『教室の 窓』(東京書籍)、『エコマム』(日経BP)などにアメリカに関する原稿を執筆する他、FM802でラジオレポート。現在、夫の地元アーカンソー州に在住。ブログでも日々発信中。http://blogs.yahoo.co.jp/sasagurimine