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かしこい生き方を考える COMZINE BACK NUMBER
人生から偶然を減らしたい。それには人に左右されない戦略を持つべきなのです。 かしこい生き方のススメ 第3回伊藤守さん


朝6時に起きられないのは情報量が足りないから
 

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まずは「コーチング」とはどんなものか伺えますか?

伊藤

コーチングは企業におけるマネジメントの一つのスキルと捉えられると思います。
今、オリンピックの選手などアスリートと言われる人達は、メンタルトレーニングや食事などあらゆる情報を駆使して、自分をマネジメントしてゴールに向かってゆきます。それと同様に、ビジネスでも今よりステップアップ、キャリアアップしたいという時には、体のこと、メンタルな面、スキルの面も自分でマネジメントしていかなきゃいけないわけです。ところがそれを一人で管理するのは大変なので、それについて、人と話しながら、自分はどこに向かっているのかを思い出しながら目標や達成度を相談する相手として「コーチ」がいるということです。

例えば、英語のカセットテープやeラーニングを始めても、ドロップアウトする人がほとんどですが、コーチがついていると85%の人が最後までできます。これは、人は人と約束することによって物事を実現していくという精神構造を持っているからなんです。
つまり、自分で宣言して、それを思い出させてもらって、それから将来を見ていつまでにどうやってゆこうと話すことによって、目的のために行うことの情報量を増やし、動きやすくするのがコーチングと言えるでしょう。

 

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企業の中では、社員の話を聞いて、あるいは話させて自分の目標を明確にさせていくということですね。

伊藤

マネジャーや経営者の78%は、部下の話を聞いた方がいいと分かっているはずですが、実際に聞くためのトレーニングを受けているのは2%しかいません。会社の経営者は皆、理屈はあるのですが、理屈では人は動かないし、事業も動かない。
例えば、明日の朝は6時に起きようと思いますね。でも起きられない。それは、朝6時に起きたら素敵な朝食がある、靴もきれいに磨かれている、あるいは何時のバスに乗ることになっている、といった「情報」が少ないためです。非常にチープな情報の中で物事を決定するから、実行される確率が下がるんですね。意志が弱いからではないんです。

今、企業は行動力のある人を必要としているわけですが、朝6時7時に起きるのが難しい人がそれ以上難しいことをやれるでしょうか? それを、どうやったらやれるようにするかという科学がコーチングだと考えてもいいと思います。よく上司が「何回言ったら分かるんだ」と部下に言いますね。何回言ったら本当に動くんでしょう? 実は統計的には大人は同じことを5回以上言わないと物事が頭の中で具体化しない。子供は55回必要です。

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5回も言わないと、相手に認識されないということですか?

伊藤

そうです。人はみんな聞きたいことを聞きたいようにしか聞いていないんです。そうやって情報が限られてしまうから、行動もパターン化してしまいます。新しい概念に触れたとしても知ってるところだけしか見えていませんし。

 
人は人の話を聞いていない

伊藤

50人くらいの人を森に連れて行って、カードを渡して聞こえる音を書いてもらうという実験をしたことがあります。そうするとみんな聞いている音が違う。脳は自分の慣れ親しんでいる情報だけとアクセスをしているんです。だから行動には変化が起こりません。

そこでコーチングでは、やめようと思ってやめていないこと、やろうと思ってやっていないこと、それらを認識するために、角度を変えてちょっと軸をずらした質問をしていくことによって、考えるフィールドを広げていきます。そうすると新しい行動の機会が生まれてきて、今まで考えようとしなかった、見ようとしなかったものに触れて、能力は上がっていくわけです。
そうやって複数の視点を提供することもコーチングの一つですね。

 

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コーチングにおいては、人の話を聞くということがキーになっているのですね。

伊藤

よくコーチングって人の話を聞くだけでいいの? と聞かれますが、普段話している時、人というのは黙って話を聞いているように見えても、頭の中では「次に何を言おうか」とか「どうやって優勢な立場をとろうか」とか、全く別のことを考えているわけですから聞いていないのと同じです。実際、人の話を聞いている時の脳は、9割くらい遊んでいるんです。それを総動員して聞くためには、それなりの訓練が必要ですね。

純粋に人の話を聞くというのは賛成もしなければ反対もしないということです。相手の言いなりになるということでもないし、解決もしないし忠告もしない。弊社で提供しているコーチングのトレーニングでは150時間近いうちの半分を「聞く」ことの能力を上げるのに使っています。

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「聞く」トレーニングというのは、具体的にどんなことをするのでしょうか?

伊藤

「聞く」ということに対して持っている誤解をはっきりさせ、自分が陥りやすい先入観や、どういうものによりヒットしてしまうのかを知ることから始まります。次に、自分が人に言わせたいと思っていること、言われたくないと思っていることをあらかじめ公にしてしまうんです。そうすれば、何を言われても大丈夫だから、もっと言わせることができますね。

さらに自分が何かを話そうという時には、言葉と意味の関係について知る必要もあります。「リンゴ」と言っても思い浮かべるものは人それぞれ。ある人は赤いリンゴを、別の人は青いリンゴを思い浮かべるかもしれません。だから話している時には、自分の言っていることが相手にきちんと伝わっているかどうかを積極的に確認していかないといけません。

さらに、本人も気が付いていないようなポジティブな意思や、戦略的な考えを引き出すためには、どんな質問をするかというトレーニングもあります。
そうなると「人の話を聞く」というのは受け身の行動ではなくて、こっちがどんどん尋ねていく必要があるんです。

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そこには尋ね方のテクニックも必要になってきますね。下手な質問をして相手がそれに拒否反応を示す可能性もあります。

伊藤

全くその通り。人間には物事を仕切る人、物事を何でも計算する人、何でも促進させていく人、和を大事にする人という4つのタイプがありますが、褒め方一つとっても違います。物事を仕切るコントロールタイプの人に「良くできました」なんて言ったら怒り出してしまうし、物事を促進するタイプの人には、こまごま褒めなくても「すごくいい!」という感嘆符だけでいいんです。

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ご著書に「相手が自分の話を受け入れるようにするためには『リセプター』を持たせること。そうすればコンピュータに拒否反応を示していた80歳の父だってメールをやるはず」とありました。この時に伊藤さんご自身がなさったことを具体的に伺えますか?
つまり、自分の話を理解して思うように動いてくれない相手に対して、どうやって受け皿を持たせればいいのでしょう?

伊藤

ペイシングという方法を使うんです。僕の父は「コンピュータなんて難しいよ」と言う。そしたら普通は「そんなことないよ、簡単だよ」と言います。でも「難しいよ」と言ったら「難しいね」って言うと、相手がこちらの話に耳を傾けようというリセプターを持つんです。そして「難しいね。でもちょっと触ってみて」と言うと、触るくらいはしてくれる。「ほら字が出た。できそうじゃない?」と、一つひとつ重ねていくんです。でも父は最後には「やっぱりコンピュータは難しいね」となる。それは変わらないけれど、難しいからできないというわけではないんだ、とシフトすればいいわけです。

人が思っていることについて批判しない姿勢があれば、うまくやっていくことができます。私達は自分のことも含めて、これはいいことだ、それは悪いことだとのべつ批判しています。そうやって寿命を縮めているのです。

人とのつきあい方には戦略をもて

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伊藤さんのおっしゃる「人と付き合うには基本的な戦略を持て」というのはそういう意味ですか?

伊藤

いえ、これはどちらかというとアプリケーションに近いもので、戦略というのは人とどういう関係を持ちたいのか、自分で決めておこうということです。例えば僕があなたのことを好きになろうと思ったとします。そしたらあなたが僕のことを好きか嫌いかは関係ありません。 自分が欲しいものを羅列してその中で一番欲しいものを選んで、そこに向かっていく。それが「戦略」というものです。

多くの人が、良い人間関係を築きたいと言いながら、もし彼が褒めてくれたらね、という条件付けをしていますが、戦略的には、そういう面倒なことをどんどん減らしてシンプルにしていった方がいいんです。
例えば朝起きて今日一日はこういう日にしようと決める人はあまりいないかもしれません。でも「今日は何があっても気分良くいる」と決めてしまえば、もう人に左右されることがなくなります。多くの人は相手の出方で自分の反応を決めてしまうから「あなた任せ」になってしまうんです。
業績が何かのきっかけで「偶然」にも前年比200%になったとしても、それは「経営」ではありません。そうではなくて、経営、ひいては人生から偶然を減らしたいんですね。それには外から動かされないように「戦略」を持つべきなのです。

私がコーチとしてクライアントと話す時には戦略について多くの時間を割きます。最初は皆さんいろいろ言いますが「それでどうしたいんですか?」と聞き続けると、それなりに大きな会社の社長さんでも最終的には「もっと儲けたい」といったシンプルなものになります。それでいいんです。

基本的に何かを要求することがコミュニケーションです。会社の経営なんて、経営者の要求によって成り立つものですから、要求の下手な経営者の下にいる部下は辛い。何をしていいのか分からないですからね。つまり戦略がないんです。だから私達のようなコーチがついて、何をしたいのかを掘り下げていく。「もっと儲けたい」のなら、どうやってそれをやるのかを話していけば、その人の「儲ける」哲学が明確になり戦略も決まります。そしたら社員には、「もっと儲けて欲しい」と言えばいいわけです。会社は複雑なものの考え方をするより、例えば「お客さんを大事にしよう」と一言だけ言い続けている会社の方が生き残っていますね。

人間も同じです。複雑な人間の方が格好良く見えるかもしれませんが、早死にします。「元気ですか?」と言うと、たいていの人は「まあまあ」「ちょっとここが調子悪い」なんて言いますね。「元気ですか?」と聞かれて「はい、とても元気です!」なんて賢くなさそうに見えますからね。でも「まあまあ」なんて言っていると本当に「まあまあ」になっちゃいます。格好つけてる分だけエネルギーがムダですしね。
人間だってビジネスだって格好つけないで、シンプルに行く方がうまくいくんです。

インタビュア 飯塚りえ
伊藤 守(いとう・まもる)
1951年山形市生まれ。74年日本大学卒業後、商社勤務。76年貿易商社を設立。80年(株)イッツ・ア・ビューティフルデイを設立。代表取締役社長を務める。その後84年(株)ディスカヴァー・トゥエンティワン、95年(株)キャッチボール・トゥエンティワン・インターネット・コンサルティング、97年(株)コーチ・トゥエンティワン、2001年(株)コーチ・エィを設立。『コーチング・マネジメント』『もしもウサギにコーチがいたら』など著者多数。
撮影/海野惶世 イラスト/小湊好治 Top of the page

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