ナビゲーションを読み飛ばすにはここでエンターキーを押してください。
COMZINE BACK NUMBER
「エモーショナルな消費が重要なファクターです」 第12回 野口智雄さん 経済学者


エモーショナルな消費指向は一貫して強い
 

−−

モノが売れない時代にあって「マーケティングが重要だ」という言葉をよく耳にしますが。

野口

マーケティングには、4つの柱があります。市場のニーズを把握して必要とされているものを提供する製品開発、商品に関して十分な情報を提供するプロモーション、市場にとっても販売側にとっても適切な価格設定、買おうと思った時すぐに手に入れられるような販売チャネルの構築です。
こうした基礎の上に、その時々のトレンドを把握し、いかにニーズに合うものを作っていくかがマーケティングの基本です。進化し続ける携帯電話や一眼レフデジタルカメラなどは、日本が持つ技術力によって市場のニーズを満たしていったケースですね。
ですが市場にはもう一つ、技術とは対極的なエモーショナルなニーズがあります。これも古典的なテーマですが、例えば高級ブランド品です。
日本の消費者を見ると、記号消費、つまりブランドに対する憧れが非常に強い上に「舶来嗜好」があります。ブランド品を買うというのは、その品質を評価しているだけではなく、それを持つ自分になりたいというエモーショナルなニーズがあります。
こうしたエモーショナルなニーズは消費における重要なファクターで、実際、デフレ不況といわれている日本において、ブランド品の価格は上がっているにもかかわらず、売り上げを伸ばし続けているんです。これを見る限りでも、単純にデフレだからモノが売れないということではありません。特に日本では、エモーショナルな消費が一貫して強いですね。

 

−−

今回、地域経済とマーケティングを軸にお話を伺いたいのですが、まさにこの「エモーショナルな消費」がキーとなった地域活性化のモデルがありました。

野口

一つは、福岡の博多にある上川端商店街です。約8年前、この商店街の近くに、キャナルシティ博多というショッピングセンター(SC)ができました。商店街は駅からこのSCまでの通り道になっていたこともあって、そこに来る若い客を目当てに、戦前から続いていた履物店を今風の焼き鳥屋にしたり、大正時代から続いていた金物店をオシャレな生活雑貨のお店にしたりと、商店街の衣替えをしようという試みが行われました。
ですが、結局は大失敗。SCに訪れる若者にすれば、商店街は単なる通路でしかなかったんです。商店街は当初、キャナルシティと一続きの商業施設になろうとしていたのですが、結果的にはライバル関係になってしまいました。マーケティングを誤ったわけですね。
それで、地域のニーズを見直す動きが起こり、よくよく足元を見てみると、上川端地区というのは、周辺の地域に比べても高齢者の割合が多い。「だったら、高齢者の人達の役に立つような商店街に変えようじゃないか」と発想を転換したのですね。それが大成功を収めたんです。

 
一粒100円の梅干し
 

−−

病院を誘致するなどして、高齢者のニーズに応えるようにしたそうですね。

野口

そうです。病院というのは、高齢者のたまり場になりますから、それを誘致できただけでも十分に価値があるのですが、ここでは同じ建物の中でエステもできるようにしました。
これまで若い世代は、お年寄りに対して「残余の人生を送っている」という固定観念がありました。ですがお年寄り自身は「元気で動けるのだったら楽しみたい」と思っているんですね。ボーイハントしたいとか、歩きながらソフトクリームを食べたいとか、70歳、80歳のおばあちゃん方がおっしゃるんです。考えてみれば当たり前のことです。
上川端では、そうした意見を吸収して、とにかく美しく生きられるようにと、高齢者向けのエステを作ったというわけです。そうすると、病院もあるし、そこでお友達と話もできますし、なおかつ美しくなれるから、みんなやって来る。
もう一つ、面白いのが梅干し屋さんです。一粒100円位の梅干しを売る高級店ですが、こちらの店内には、梅干しを食べるスペースがあります。そこに座って、お茶を出してもらって、梅干しを食べて、店員さんと、あるいは近所の顔なじみと言葉を交わしていきます。そこに100円の価値があるんです。このお店、もちろん梅干し自体美味しく、お年寄りには非常に受けて、売り上げも好調です。
また、上川端商店街では、宅配サービスをしてくれるお店も多く、高齢者の方には好評です。しかも配達の人が、注文の品を冷蔵庫に入れるところまでやってくれ、ちょっと世間話をして帰っていく。
「地域密着」という言葉は古くからありますが、これを本当の意味で実践している地域です。地域の事情をきちんと理解し、またお客さんそれぞれの顔を見て、マーケティング用語でいうところの、いわゆる「ワン・トゥー・ワン」、個別対応をきめ細かく行っている。それによってお客様からの生の声が得られ、顧客ニーズもリアルに更新されていく、これこそマーケティングだと思いますね。

 

−−

消費者が欲しいと思っているものを提供するという、何かビジネスの原点のような感じですね。

野口

そうですね。地域の活性化ということでは、もう一つ長野の小川町という所の「お焼き」ビジネスも非常に興味深いものがありました。
ここのお焼きは、長野の郷土料理で年間600万個も出荷する大産業になっているんですが、作っているのは全員がこの地域に住む平均年齢70歳の高齢者なんです。この会社の入社条件が、60歳以上だからなんですね。
もとは養蚕が盛んだった村なのですが、過疎化、高齢化が進み、村が寂れる一方だったそうです。それを何とかしたいという思いから、郷土料理のお焼きに目を付けた方がそれを事業化して成功したんです。
ここで面白いのは、経営を徹底的にお年寄りの生活に合わせたこと。お年寄りが歩いて通えるように、あえて工場を集約せず村の中にたくさん作ったり、休暇は申し出によって好きな時に取れるようにしたり、昼寝はいつでも自由にしたり…。
お年寄りが無理せず働ける仕組みを作って働いてもらうことで、お年寄りにはもちろん生き甲斐になるし、地域の活性化にも寄与するしと、良いこと尽くしなんですね。
それに経営者の方は、店を増やして売り上げを伸ばそうとはしないんです。その地域が持っている物差しの中で、無理をせず、努力していく。もちろん長い目で見たら、地域のスピードに合わせていくということが、地域の中で生きる企業にとって必要なことです。

 
 

−−

今の言葉は、完全にマーケティングですよね。

野口

よく「身の丈」といいますね。その地域の個性、土着性を大切にしなければいけません。
このお焼きの会社を経営する方は、今後、お焼きの材料となる野菜を地元の農家から仕入れるようにし、お焼きで得た利益を村全体に還元することを考えておられます。普通なら、安い材料を海外から輸入して原価を抑えようとしますが、それは目的ではない。
結局、何でもかんでも標準化すれば良いというものではなく、個性を出していくことが大切です。

 
顧客ニーズをつかむには情報に左右されない
 

−−

マーケティングにおける情報分析の重要性を説かれたご著書を拝見しました。

野口

これまでの話もそうですが、集めた情報をどんなふうに分析するかが、非常に大切なんです。例えば、情報上は「梅干しのおにぎり」が売れているけれども、実は、消費者は「こんぶのおにぎり」がなかったから仕方なく「梅干しのおにぎり」を買っているってこともある。
つまり、市場には、消費者のニーズをすべて満たしたものが提供されているのではなく、企業が標準化してマーケット適性のあるものだけが出ている。だから消費者にしてみれば、もっと細かいニーズを持っているんだけれども、仕方なしに大量生産のプロトタイプの中から自分のニーズに近いものを選んでいるだけ、我慢して妥協しているだけということも多々あるんです。
先の例でもお話したように、一粒100円の梅干しでも、自分の欲しいものなら素直に買う。これがエモーショナルな消費なのです。消費というのは値段だけに左右されない部分があり、そこに新たなビジネスチャンスがあるはずです。
全国展開したら、採算は取れないかもしれませんが、ローカルであれば十分採算が取れる、例えば、先程の一粒100円の梅干しやお焼きであったり、土着のニーズをきちんと把握していかれる、エモーショナルな部分をすくい上げることができるのが地域に密着していくことの強みだと思いますね。

 

−−

小売業は、お金とモノを物理的にやりとりするだけの場ではない、「市」という言葉には、そこに人が集い、交流が生まれる場という意味があるとご著書で拝見しました。つまりコミュニケーションが生まれる場ということですね。

野口

コミュニケーションは重要な要素です。我々は、商品の品質や価格の安さという経済合理性だけでモノを買っているわけではないんです。入りやすくて奇麗な店舗を好む人もいれば、雑然とした猥雑な雰囲気が良いという人、丁寧な接客が良いという人もいる。イメージや形、サービスしてくれる人のワン・トゥー・ワンの接客応対などが消費の重要な要素になっています。大企業には人件費の問題があって、何となく話し込んで、冷蔵庫に商品を入れてくれるという上川端のような触れ合いは絶対にありえません(笑)。
これは経済合理性の次元を完全に超えています。消費者と企業との信頼関係があるから、まさに地域との密着関係がしっかりしているからこそできること。そういう点をしっかりと追求していけば、値段や品質だけの問題ではなくて、例えば値段が高くても接客が良いからといってその店から商品を購入する可能性は増えます。

 
 

−−

確かに、価格競争に参加できる人とできない人がいますし、消費者側もそれを必要としていない人もいます。

野口

価格競争自体は、良い側面もあるのですが、日本経済全体にとっては、あまり好ましいことではありません。原価の壁がありますから、安くするにも限界がある。そのため日本での生産が難しくなり海外に依存しなくてはならない。そうすると、海外は潤いますが、国内の産業は疲弊して空洞化して地盤沈下を起こしていく。それよりは、そこでしかできないオンリー・ワンの付加価値を付け、情緒面を大切にした商品を提供することが鍵になってくるのです。それが出せれば、疑似独占市場が形成されるので、ただ安くしなくちゃいけないという呪縛がなくなり、生産者や小売業者が価格の決定権を持つことができます。そして、その価格で満足する消費者が買ってくれるという非常に良い形になる。経済全体としても、付加価値の高いものが売れれば、経済の活性化に寄与します。そういう方向に変えていく必要がありますよね。
情緒性が必要な商品って、たくさんありますから。例えば、お焼きとか(笑)。

 

インタビュア 飯塚りえ
野口智雄(のぐち・ともお)
1956年東京生まれ。82年一橋大学大学院商学研究科博士後期課程単位修得。横浜市立大学助教授を経て92年に早稲田大学助教授。著書に『流通 メガ・バトル』(日本経済新聞社)、『I型流通革命』(講談社)、『現代小売業の諸側面』(千倉書房、日本商業学会賞を受賞)、『ビジュアルマーケティングの基本』(日本経済新聞社)、『新価格論』(時事通信社)、『価格破壊時代のPB戦略』(日本経済新聞社)など。電子出版物として『よくわかるマーケティング(日経ビデオ)』(日本経済新聞社)。
撮影/海野惶世 イラスト/小湊好治 Top of the page

月刊誌スタイルで楽しめる『COMZINE』は、暮らしを支える身近なITや、人生を豊かにするヒントが詰まっています。

Copyright © NTT COMWARE CORPORATION 2003-2015

[サイトご利用条件]  [NTTコムウェアのサイトへ]