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三ツ矢サイダー
ニッポン・ロングセラー考 120余年の歴史を持つサイダーの代名詞

“顔”も洗える高級石鹸の開発を目指して

大正時代の御料品製造工場。当局のチェックが厳しく、製造従事者の身元は厳重に調べられたとのこと。
   

子供の頃、外で思い切り遊んで家に帰ると、一目散に台所へと走り、冷蔵庫からサイダーの瓶を取り出して一気に飲み干した。「コップに入れて飲みなさい」といつも母親に叱られたけれど、そんなことお構いなし。とにかくサイダーが飲みたかったのだ。子供にとっては、このうえなく魅力的な飲み物だった。あなたにも、そんな記憶がありませんか?

日本に初めて炭酸飲料が伝えられたのは、1853(嘉永6)年、アメリカのペリー艦隊がやって来た時だと言われている。が、三ツ矢サイダーの歴史はもっと古い。こんな伝説が残っている。
時は平安時代の中期。清和源氏の祖である源満仲が城を築くため、現在の大阪にある住吉大社に祈念したところ、「矢の落ちたところを居城にせよ」とのお告げがあった。満仲が矢を天に向けて放つと、矢は火を吹いて飛び、見えなくなった。探してみると、矢は多田沼に棲みついて住民を苦しめていた「九頭の竜」に命中していた。そこで満仲は多田沼に城を建て、矢を見つけた孫八郎という男に領地と三ツ矢の姓、そして三本の矢羽根の紋を与えた(これが後に三ツ矢マークとなる)。

ある日満仲が鷹狩りに出掛けたところ、居城に近い塩川の谷間の湧き水で、一羽の鷹が足の傷を治して飛び立つのを見つけた。湧き水は霊泉だったのだ。その場所が、多田村平野(現在の兵庫県川西市)。ここに湧き出る天然鉱泉(炭酸ガス入りの温泉)を利用した平野温泉郷は、明治初年頃まで長く繁栄を続けたという。

明治時代になると、当時多数来日していた外国の要人向けに良質な水を提供する必要が生じた。政府は各地で積極的な水質調査を実施。その結果、1881(明治14)年、イギリス人理学者ウィリアム・ガランが平野温泉の水を分析して、「理想的な鉱泉なり」とのお墨付きを与えた。
その3年後の84(明治17)年、民間の工場が伝説由来の名称を取り入れた「三ツ矢平野水」と「三ツ矢タンサン」を発売。平野温泉の水は「平野水」として広く世間に認知されるようになり、同時に三ツ矢の商標も確立した。これが「三ツ矢サイダー」のルーツ。ちなみに120余年の歴史は、日本の透明炭酸飲料の世界では最古にあたる。

三ツ矢平野水は97(明治30)年、宮内省から東宮殿下(後の大正天皇)の御料品に指定された。それだけ品質が高かったのだ。


量産化と斬新なデザインで庶民の日用品に

 
 
 
大正時代の工場の様子。まず外にある三ツ矢塔内のポンプで源泉を吸い上げ、これを噴霧状にして濾過器を通し、天然ガスを収集。ガスは液化してボンベに充填し、サイダーの製造に使った。工場内はきれいに整理整頓されており、当時から衛生面を配慮していた様子がうかがえる。

朝日麦酒株式会社時代の工場外観。平野工場での生産は1954年で終了し、その後は兵庫県の西宮工場など各地に移された。

三ツ矢平野水は今で言う発泡水のようなもの。いわゆるサイダーの甘さはなかった。三ツ矢平野水にサイダーフレーバーエッセンスが加えられたのは、1907(明治40)年のこと。この年、帝国鉱泉株式会社が設立され、甘味のある「三ツ矢印の平野シャンペンサイダー」が発売された。

当時のサイダーの評判はどのようなものだったのか。こんなエピソードが残っている。
サイダーが大好きだった宮沢賢治は、給料が出るたびに行きつけの蕎麦屋「やぶ屋」に出向き、天ぷら蕎麦とシャンペンサイダーを注文していた。天ぷら蕎麦は15銭、それに対しシャンペンサイダーは23銭。1.5倍もする高価な飲み物だったが、賢治は必ずセットで注文していた。それくらいサイダーが好きで、賢治が周囲の人に「一杯飲みましょうか」と誘う時、それはビールではなくサイダーを指していたという。
当時は甘い物は総じて贅沢な食べ物・飲み物だったのだ。シャンペンサイダーもそのひとつだったが、人気が人気を呼び、売れ行きはどんどん伸びていった。

その後、平野シャンペンサイダーの製造元は1921(大正10)年の日本麦酒鉱泉株式会社、33(昭和8)年の大日本麦酒株式会社、49(昭和24)年の朝日麦酒株式会社へと移り変わったが、54(昭和29)年まで平野工場で生産が続けられた。

1968(昭和43)年、「三ツ矢シャンペンサイダー」は「三ツ矢サイダー」へと名称を変更した。
長く親しまれた“シャンペンサイダー”の名は消えたが、ここから、今に続く三ツ矢サイダーの新しい歴史が始まったとも言える。

 
 
1907(明治40)年に発売された「三ツ矢シャンペンサイダー」。現在の三ツ矢サイダーの前身にあたり、高価ではあったが人気商品となった。
  1952年(昭和27)年に発売された「全糖三ツ矢シャンペンサイダー」。糖分に砂糖だけを使用していた。

「花王石鹸ホワイト」発売、そしてトップブランドへ

1970年(昭和45)年当時のポスター。大きい瓶が340ml。
   
 
  1972(昭和47)年、それまでの瓶に代わって新しいデザインの340ml瓶が発売された。ラベルはそれまでの紙から、瓶に直接印刷されるようになった。

三ツ矢サイダーを語るうえで忘れてはならないのは、容器の変遷だろう。
三ツ矢平野水の頃からずっと340ml入りの瓶が使われていたが、これは1本の瓶から家族が注ぎ分けて飲むための大きさだった。生活が豊かになった1970(昭和45)年には、「三ツ矢サイダーシルバー200ml瓶」が登場。この頃から、ひとりが1本を飲みきるスタイルに変わった。

1971(昭和46)年、同じく250ml入りの「三ツ矢サイダーシルバー缶」が発売された。背景には流通経路の変化がある。それまでサイダーをはじめとする清涼飲料水は、そのほとんどが酒屋経由で発売されていた。数ケースを酒屋に注文し、ビールと一緒に持ってきてもらうという買い方が一般的だったのだ。
缶が登場した背景には、スーパーなどの量販店が販売の主力になったことが挙げられる。飲んだ後は簡単に捨てられるので、消費者にとっては瓶より缶の方が扱いやすい。また、この頃急激に増えた自動販売機も、缶の普及を後押しした。

さらなる大きな変化をもたらしたのは、1985(昭和60)年に発売した1.5Lのペットボトルだった。瓶や缶の時代は消費者がその場でサイダーを飲みきるしかなかったが、ペットボトルならキャップがあるから途中飲みがきく。また、家族全員が好きなときに好きな量だけ飲むことができるというメリットもある。サイダーに限らず、1.5Lのペットボトルの登場は、清涼飲料水の歴史にとって革命的な出来事だったのだ。



 
新たな石鹸需要の兆しが現れつつある
●ポスターの変遷
大正末期〜昭和初期
1966年
●主な現行ラインナップ
三ツ矢サイダー
PET1.5L
(希望小売価格・税別320円)
三ツ矢サイダーPET500ml
(希望小売価格・税別140円)
三ツ矢サイダー
ボトル缶300ml
(希望小売価格・税別115円)
 

三ツ矢サイダーは、60〜70年代の高度経済成長期を経て90年代にいたるまで、右肩上がりの販売増を続けていく。
ブランドの知名度だけに頼らず、積極的な宣伝展開を行った点も、三ツ矢サイダーが長く愛され続けてきた理由だ。現在40歳前後の中年層なら、女優の三ツ矢歌子や風吹ジュンを起用したTVCMや、大瀧詠一や山下達郎が手掛けた斬新なCMソングが懐かしく思い出されるのではないだろうか。

また、缶のデザインにも力を入れた。1996(平成8)年、アサヒ飲料株式会社が誕生したこの年に登場したのが、「イチロー缶」。当時オリックス・ブルーウェーブのスター選手だったイチローを缶のデザインに起用し、大きな注目を集めた。清涼飲料業界ではマンガのキャラクターを起用することはあったが、実在の人物を起用するのは極めて珍しかった。

現在、透明炭酸飲料における三ツ矢サイダーの市場シェアは、約7割にもなるという。この数字は、歴史の長さ、知名度の高さ、そしてブランドの信頼感などで培ってきたものだ。
時代に応じて容器は変わってきたが、中身である味は基本的に変わっていない。2004(平成16)年には香料を果実などから取った自然由来成分に変えると同時に、パッケージも全面的にリニューアルした。

しかしながら、90年代後半以降は三ツ矢サイダーに限らず炭酸飲料全体の伸び率が鈍くなっている。理由は、お茶やコーヒー、スポーツドリンクなど、日本人のソフトドリンクに対する嗜好が多様化してきたこと。加えて、健康志向の高まり。甘さが目立つ炭酸飲料よりも、無糖・低糖を謳うドリンク類が好まれる傾向にあるのだ。
それに対し、同社の広報担当者は市場に新しい流れが来つつあると指摘する。
「確かに数年前までは、ダイエットのことを考えて、低糖・低カロリーのドリンクが注目されていました。ただ、ここ1、2年でお客様のダイエットに対する意識はだいぶ変わってきたように思います。偏ったことをしてまでダイエットするのではなく、バランスを考えて食べ物を摂取する必要があると。実際、炭酸飲料に含まれるブドウ糖などの糖分は、脳にとって欠かせないものですからね」
炭酸ガス自体にも、殺菌作用や鎮静作用など、多くの効能が認められている。サイダーは想像以上に健康的な飲み物なのだ。

アサヒ飲料にとって三ツ矢サイダーは、コーヒーの「ワンダ」、無糖茶飲料の「十六茶」と並ぶ基幹ブランド。今でも全売上げの約2割を占める収益の柱だ。ライフサイクルの短い清涼飲料業界にあって、120年以上にもわたるロングセラーは極めて珍しい。なにせ会社の歴史よりも古いのだから。
かつての家庭では、家族ぐるみで瓶入りの三ツ矢サイダーを飲んでいた。今ではその子供たちが、1.5Lのペットボトルからサイダーをコップに注いで飲んでいる。

取材協力:アサヒ飲料株式会社(http://www.asahiinryo.co.jp/


ホワイトだけじゃない、花王が誇るヒット商品の数々

近年、アサヒ飲料は基幹商品の三ツ矢サイダーに新しいコンセプトで開発された商品を追加し、そのバリエーションを拡大している。
昨年5月に登場したのが「三ツ矢 スカッと白ぶどう」。三ツ矢サイダーの味わいに果汁炭酸で最も人気のあるぶどう果汁を加えた製品で、サイダーの爽快感と果汁のおいしさがミックスされているのが特徴だ。今年1月に追加されたのは、三ツ矢サイダーを乳で割った「三ツ矢 白いサイダー」。意外な組み合わせのような気がするが、飲んでみるとどこか郷愁を感じさせる独特の味わいがある。
「三ツ矢 爽レモンサイダー」は今年4月の発売。凍結濃縮レモン果汁と強炭酸により、三ツ矢サイダー同様の爽快な味わいが楽しめる。これだけバリエーションを増やせるのも、三ツ矢サイダーという基幹商品があるからこそ。これからもユニークな三ツ矢ブランド商品が登場することだろう。


 
 

「三ツ矢 スカッと白ぶどう ボトル缶300ml」
(希望小売価格・税別115円)

「三ツ矢 白いサイダー」
(PET1.5Lは希望小売価格・税別320円、PET500mlは同140円)
「三ツ矢 爽レモンサイダー」
(PET1.5Lは希望小売価格・税別320円、
PET500mlは同140円、ボトル缶300mlは同115円)

撮影/海野惶世(タイトル部、プレゼント) Top of the page

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