三ツ矢サイダーは、60〜70年代の高度経済成長期を経て90年代にいたるまで、右肩上がりの販売増を続けていく。
ブランドの知名度だけに頼らず、積極的な宣伝展開を行った点も、三ツ矢サイダーが長く愛され続けてきた理由だ。現在40歳前後の中年層なら、女優の三ツ矢歌子や風吹ジュンを起用したTVCMや、大瀧詠一や山下達郎が手掛けた斬新なCMソングが懐かしく思い出されるのではないだろうか。
また、缶のデザインにも力を入れた。1996(平成8)年、アサヒ飲料株式会社が誕生したこの年に登場したのが、「イチロー缶」。当時オリックス・ブルーウェーブのスター選手だったイチローを缶のデザインに起用し、大きな注目を集めた。清涼飲料業界ではマンガのキャラクターを起用することはあったが、実在の人物を起用するのは極めて珍しかった。
現在、透明炭酸飲料における三ツ矢サイダーの市場シェアは、約7割にもなるという。この数字は、歴史の長さ、知名度の高さ、そしてブランドの信頼感などで培ってきたものだ。
時代に応じて容器は変わってきたが、中身である味は基本的に変わっていない。2004(平成16)年には香料を果実などから取った自然由来成分に変えると同時に、パッケージも全面的にリニューアルした。
しかしながら、90年代後半以降は三ツ矢サイダーに限らず炭酸飲料全体の伸び率が鈍くなっている。理由は、お茶やコーヒー、スポーツドリンクなど、日本人のソフトドリンクに対する嗜好が多様化してきたこと。加えて、健康志向の高まり。甘さが目立つ炭酸飲料よりも、無糖・低糖を謳うドリンク類が好まれる傾向にあるのだ。
それに対し、同社の広報担当者は市場に新しい流れが来つつあると指摘する。
「確かに数年前までは、ダイエットのことを考えて、低糖・低カロリーのドリンクが注目されていました。ただ、ここ1、2年でお客様のダイエットに対する意識はだいぶ変わってきたように思います。偏ったことをしてまでダイエットするのではなく、バランスを考えて食べ物を摂取する必要があると。実際、炭酸飲料に含まれるブドウ糖などの糖分は、脳にとって欠かせないものですからね」
炭酸ガス自体にも、殺菌作用や鎮静作用など、多くの効能が認められている。サイダーは想像以上に健康的な飲み物なのだ。
アサヒ飲料にとって三ツ矢サイダーは、コーヒーの「ワンダ」、無糖茶飲料の「十六茶」と並ぶ基幹ブランド。今でも全売上げの約2割を占める収益の柱だ。ライフサイクルの短い清涼飲料業界にあって、120年以上にもわたるロングセラーは極めて珍しい。なにせ会社の歴史よりも古いのだから。
かつての家庭では、家族ぐるみで瓶入りの三ツ矢サイダーを飲んでいた。今ではその子供たちが、1.5Lのペットボトルからサイダーをコップに注いで飲んでいる。
取材協力:アサヒ飲料株式会社(http://www.asahiinryo.co.jp/) |