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小腸を信用していれば健康に生きられます
第32回 藤田恒夫さん

人に手を差し伸べるのはごく自然な行為

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まずは、生命の維持に重要な役割を果たしているという腸の仕組みについて伺えますか。

藤田

植物と動物の違いというのは、腸があるかないかの違いと言っても過言ではないくらい「腸」は、動物が動物である証とも言える存在です。ここで大切なのは小腸。胃や大腸などは、人間の進化の過程でできたもので、それは追ってお話します。
動物はモノを食べ、そこから栄養を取り、エネルギーを作って生きていますが、その栄養は腸、つまり小腸から吸収しているんです。根っこから栄養をとる植物とは基本的に違います。
腸の仕組みを簡単に説明しましょう。一番単純な、多細胞動物の一つにヒドラという動物がいます。主要な器官は、腸と口と触角だけ。体の中にはソーセージのような腸があって、体中が腸でできているかのような生物です。この「腸」に食べ物を送り込むための入り口として「口」があって、その口が排泄物を出す肛門の役割も果たしています。それから食べ物を探して捕るために、ひげのような長い触角を持っています。この腸には、どんなものが入ってきたかを検知する「センサー細胞」があります。この細胞が腸の内容物を化学的に認識して反応を起こします。細胞の中に蓄えてある信号物質(ホルモン)を放出して、「こんなものが腸の中にあるよ」と近くの細胞や神経に伝達するんです。その神経細胞は、さらに別の細胞に信号を送る。こうして腸の中のモノに応じて、それを分解し吸収する反応が起きる。この基本的な腸の構造と働きは、ヒドラから人間に至る進化の過程でほとんど変わりません。

 
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人間の腸もヒドラの腸も仕組みは変わらないということですか?

 

 

藤田

この腸と触角の仕組みは、丸ごと私達の体の中にあります。腸はそのまま腸となり、ヒドラの触角のセンサー細胞は、人間の舌に生き残っています。味を感じ分ける味蕾と呼ばれる部分です。
人間の小腸では、センサー細胞と網の目状の神経細胞との2つだけで、その機構の全てを司っています。つまり小腸は脳の指令を全く受けずに全ての処理を行うことができるんです。

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脳からの助けは借りないということですか?

藤田

そうです。腸には脳からの神経細胞がほとんどつながっていないので、脳の支配下になく、腸の細胞は、外の世界とは関係なく生きているということです。一方、舌の細胞は、神経の長い突起によって脳につながっているため、舌の上で感じたことは脳にも「酸っぱい」「苦い」と分かってしまう。腸の中でも、センサー細胞の感じ方は全く同じなのですが、この細胞は脳とつながっていないから脳が知らないだけです。つまり腸は「独立国」なんです。脳が「報告したまえ」と言っても、腸は「いや、うちは独立していますから、いちいちご報告しません。だいたい報告するルートもありませんから」と言っているようなものなのです。

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なるほど、外交ルートがないんですね(笑)。

藤田

ということは、腸は、脳というものができる前から独立して立派に働いているということです。現にヒドラの場合、体中に神経細胞がばらまかれて荒い網を作っているだけで、脳というコントロール・センターは存在しません。しかし、そういう状態でも腸は動いている。そしてより高等な動物へと進化してきても腸の独立性は変わりませんでした。人間は深い麻酔をかけられても、もちろん寝ている時も、そして脳死になって脳が働かなくなっても、腸の中に栄養が入ってきたら、それを消化する命令が腸の中で出されて、ちゃんと消化液が出る。あるいは危険なものが入ってきたら排出したり、中和したりする反応が起きるようになっているわけです。

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勝手に一人で働いているのですね。

   

藤田

ヒトの小腸の顕微鏡写真(写真提供:藤田恒夫)

腸の中には、脂肪やタンパク質といった特定のモノを検知するセンサー細胞が10種類以上も用意されていて、いろいろな刺激に対応できるようになっています。
例えば、酸を感じとる非常に重要な細胞があります。胃酸が腸にそのまま入ってきたら腸に穴が開いてしまうでしょう? だから酸が入ってきたら、センサー細胞がそれを素早く検知して、アルカリ性の腸液をたくさん出るようなホルモンを出す。更に膵臓にも働きかけて、アルカリ性の液体を出させて中和する。そういう反応が、常に起きてくれるからこそ、胃酸が腸を破るということがないんです。
またコレラ菌やO157のような細菌の毒素に反応するEC細胞と呼ばれる細胞があって、こうした毒物を検知するとセロトニンというホルモンを出します。これによって、周りの細胞から大量の水分を放出させて、毒素を体外に排出しようと働きかける。つまり「下痢」ですね。同じようなことが、ジュースなど糖分の高い液体が腸に流れ込んで起きることもあります。浸透圧の高いこうした物質が入ってくると、柔らかい腸の水分が、漬け物みたいに抜かれてしまう危険があるでしょう? だから水分を抜かれてしまう前に、糖分を流し出してしまおうと大量に水分を放出して体外に排出するのです。

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そうすることで、体中に菌や毒が回るのを防いでいるわけですね。

   

藤田

そうです。ですが、このセンサー細胞が感じ取る毒素というのは限られていて、腸結核を起こす結核菌、あるいは、その分泌物などは感じない。感じ取れる相手がきたら、ちゃんと働くけれども、感じない相手だったら、いくら危険なものであっても応用問題は解けないんです(笑)。

脳の始まりは、食いしん坊。半独立国家の胃と大腸

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お話を伺っていると、人間の体というものが、腸の意志のままに発達してきたかのようにも思えてきました。人間の元となっているのが「腸」という説も聞いたことがあります。栄養を導入する部分が口になり、モノをより多く捕るために手足が発達して、更に効率良く栄養物を摂るために脳が出来たと…。

藤田

そうですね。ヒドラには脳がないと言いましたが、それでも少し進化した高級なヒドラでは、口兼肛門の周りに神経細胞が集まって、まるで輪のように見える。その神経細胞の輪が更に太く厚くなり、積み重なるように発達していった結果、高等動物の「脳」になっていったんです。だから、脳なんて威張っているけれども、初めは食いしん坊のヒドラが、少しでもコントロールされた餌の取り方をしようと考えた結果、神経細胞が口のまわりに寄り集まって、それが積み重なりダルマ状になって、脳という固まりになったもの。元もとは腸の出入り口の仕組みだったというわけです。我々人間は、餌取りの余力を使って、計算をしたり、物を読んだりしているわけです。
ところで、ここで言う「腸」というのは全て「小腸」の事と言いましたが、人間にはこの小腸の上下に、胃と大腸があります。この2つは、動物が進化する中でできたもの。その動きを脳でコントロールする必要があったためでしょうが、脳と神経でつながっています。だから、半独立国家なんです(笑)。

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完全には独立していないけれど、完全に支配もされていない、と?

藤田

そうです。完全な脳の支配下にあるのであれば、トイレに行くのを1時間でも2時間でも我慢できるはずですが、半独立国なので脳の支配が不完全です。だからある程度、我慢できても勝てません(笑)。反対に排便をしようと思っても、脳が命令すればするほど出ない場合もありますよね。胃も同じです。ちなみに脳から胃に延びる神経は迷走神経と呼ばれ、文字通り、胃の中に複雑に広がっています。
だからこの2つの臓器は、ストレスの影響を受けやすいんです。脳がストレスを受け、迷走神経が不必要に興奮して胃に変な命令を出すと、胃が痛くなったり潰瘍ができたりする。大腸には、潰瘍性大腸炎や神経性下痢を起こしたりする。ヒドラには、そういうことはないはずです。
でも、考えてみれば、脳の支配のない独立国の大腸なんて、非常に怖い話です(笑)。胃や大腸は人間が進化する過程で建て増しされた臓器ですが、では、なぜそうした建て増しが起こったのか。
動物は魚から両生類へ進化して陸に上がってきたわけですが、これによって水の中のような排泄の仕方ができなくなりました。金魚などは、排泄物を出しっぱなしですが、陸上で、もしそんなことをしたらすぐ敵に見つかって追跡されるでしょう。そのために、消化し終わったモノを大腸という袋に溜めて水分を抜いて固め、脳が命じた時に計画的に排泄物をふさわしい場所に置くという仕組みが必要だったわけです。
胃袋も同様です。見つけたモノを溜めておき、少しずつ腸に送った方が有利ですよね。また、バクテリアや細菌もたくさん入ってきますし、胃袋の中でモノが腐るかもしれない。そこで菌の増殖を防いだり、殺菌するために、胃の中には強い酸が作られるようになったわけです。

 

藤田

センサー細胞の一つに、アルコールに感じる細胞があります。G細胞と言いますが、お酒を感じるとガストリンというホルモンを出します。このホルモンには胃の壁を厚くする作用があります。更に同じG細胞が、お酒だけでなくアミノ酸、つまりタンパク質の破片を感じ取って、タンパク質を分解する酵素を出す指令を膵臓に出すことも分かりました。そこでこういう細胞の感受性を上手に利用すればいろいろな効果が期待できると考えました。
私たちが研究したのは、膵臓から消化液を出させるCCKというホルモンで、これを出すM細胞というセンサー細胞は、アミノ酸や脂肪を感じてCCKを出します。色々調べたら、このM細胞は大豆に入っているトリプシン阻害剤という物質に、とてもよく反応すると分かったんです。つまり、こういった物質が腸の中に入ると、CCKが放出され膵臓から消化液が出る。それによって膵臓が鍛えられるものだから、強く大きくなる。人間の場合は、生の大豆を食べなくても枝豆を食べればCCKがたくさん出ます。だから僕は、枝豆をたくさん食べて、丈夫な膵臓を持とう! と勧めています(笑)。たたし、トリプシン阻害剤は、熱に弱いので、あまり茹で過ぎたものはいけません。

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ビールのアルコールが胃を強くし、枝豆に含まれるトリプシンが膵臓を強くするということは、枝豆にビールというのは、非常に優れた組み合わせなんですね。
そうなると単純かもしれませんが、色々なものを良く食べることが健康につながるのではないかと思えてきました。

藤田

その通りなんです。「栄養なんて究極的には血管の中にチューブを入れて、必要なモノを注入すれば良いじゃないか」と思っている人もいるかもしれませんが、それはとんでもないこと。ガストリンとCCKが胃や膵臓を強くするというだけでなく、食物を取ると他の10種類あまりのホルモンが出てきて、消化器全体を丈夫にするという効果があるのです。しかし運動をしないと筋肉が萎縮していくように、小腸のセンサー細胞が刺激され、それぞれの臓器がホルモンの指令を受けて活動するという一連の作業が行われないと、内臓はどんどん衰えて萎縮してしまう。だから腸から食物を取るのは、とても重要なことなのです。
小腸というのは、十億年もの、動物の進化の歴史に耐え抜いてきた非常に良くできた器官。だからあまり病気になりません。実際、小腸の癌は、極端に少ない。仮に小腸に簡単に不具合が生じるようであれば、その生物は生き残っていません。小腸というのは病気になりにくくて、胃や大腸はやられても、小腸だけは動いてくれる頼りになる器官。しかも「小さな脳」と呼ばれる程に、自分で判断して正確に働いてくれている。そして、あまりにもきっちりと仕事をしているので、皆、その有り難さを忘れてしまっているんです。
しかも小腸は脳の支配下にない独立国ですが、逆に脳に命令を出すことがあります。毒素を検知するEC細胞の出した信号は、腸に入ってきた毒素を体外に排出するだけでなく、脳に伝わり「嘔吐」を起こさせることが分かってきました。

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なぜそのような命令を出す必要があるのでしょうか?

藤田

胃袋の下に小腸があるわけですが、胃袋では毒を検知することはできません。感じるのは、小腸のEC細胞とお話しましたね。ということは毒を小腸で感じた時には、すでに胃袋にたくさん入っている可能性がある。下痢を起こさせて腸から下のものを排出しても、胃袋に毒素が残っているかもしれないのです。だから小腸のEC細胞は、小腸から脳の嘔吐中枢に命令を出し、脳からは胃に指令が下って胃の中を掃除させてしまうんです。小腸のEC細胞から脳の嘔吐中枢へのホットラインの神経がつながっていることが分かってきました。
こうした腸のセンサー細胞を私達の研究グループが発見したわけですが、これが脳の神経細胞と基本的には同じ能力、同じ構造を持っていると分かりました。そこで、このセンサー細胞を、神経細胞「ニューロン」の相棒という意味で「パラニューロン」と名付けました。ニューロンと言えば、体の中で一番高級なエリート細胞ですね。実はパラニューロンは発生を調べると、生まれがニューロンのように高級ではない、普通の腸の細胞と同じ出自なんです。こんなノンキャリアが、キャリア細胞と同じ能力を発揮して腸の働きを支えているんです。

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ニューロンとパラニューロンが組んで脳と同じような立派な働きを持っている部位は、腸以外にないのですか?

藤田

ありません。理想的な人間の社会でもノンキャリアがこんなに生き生きと大事な仕事を任されている部署はないでしょう。つまり「小腸は動物が動物であるための象徴」なんです。動物が誕生したときからある器官であり、どんなに高級な動物であっても小腸なくしては生きていけません。もちろん「人間らしく生きる」ためには、脳が絶対必要です。ですが、「動物として、まず生きる」ということが前提。そのためには、腸が必要なのです。

人の心を解きほぐす音楽の力
 
インタビュア 飯塚りえ
藤田恒夫(ふじた・つねお)
1929年東京生まれ。54年東京大学医学部卒業、59年同大学院修了後、新潟大学医学部教授を経て、現在同大学名誉教授。科学雑誌『ミクロスコピア』編集長。著書に『腸は考える』(岩波書店刊)、『鍋のなかの解剖学』(風人社刊)など
 
●取材後記
「ちょっとのことではびくともしないという小腸を信用して大らかに過ごせば良いんですよ」とは、藤田さんの言葉。だからと言って暴飲暴食しても何ともない、というわけではなく、食べ過ぎれば、そう判断した小腸が淡々と対処して、余計なものを体外に排出しようとするだけのこと。二日酔いがひどくても、それは小腸の関知するところではないのだ。
撮影/海野惶世   イラスト/小湊好治 Top of the page

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