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新IT大捜査線 特命捜査 第6号 天気予報とコンピュータ「進化を遂げる気象予報」
 
  「円」で示す台風情報
 
お話をお伺いした日野修所長
お話をお伺いした日野修所長

台風の季節もそろそろ終盤を迎えたが、この時期に私達が大変お世話になるのが台風情報だ。普段は天気予報をあまり見なくとも、台風情報だけは気になるという人は多い。
台風が発生した時点から刻々と更新されるこの台風情報については、私達にとっては当然の情報サービスという感覚が強く、予報スタイルの変化に気付くことは少ない。しかし「よく見れば、台風の進路予測はもちろんのこと、表示法その他も実は大きな進化を遂げているのです」というのが気象庁天気相談所長・日野修氏の指摘だ。台風の進路を正確に予測することは永遠の課題だろうが、コンピュータの飛躍的な能力向上が支えとなって、進路予報をはじめとする台風の予測精度は毎年確実に高まっている。

予報円による台風情報
予報円による台風情報

現在私達が目にする台風情報は、予想進路を円で表示している。台風の予想進路が円になったのは1982(昭和57)年6月からだが、それ以前の台風情報では台風の進路が扇型の線で表示されていた。30代半ば以上の人なら覚えているこの扇型の予想進路は、台風の進行方向の範囲はわかっても、進行速度の誤差については表示されないという欠点があった。そこで、進行方向と将来の台風位置を明確にするために、円表示が採用されることになった。

円予報が採用されてから4年間は、予報円の中心が×として表示されていたが、1986(昭和61)年に中心点が取り払われるとともに、予報円以外に更に広い範囲の暴風警戒域も円で表示されるようになった。
現在の台風情報の予報円には中心点が表示されていない。予報円に中心点をあえて表示しない理由は、ややもすると中心に目が行きがちな私達の性向を配慮したものだ。つまり、予報円の中心部は台風が通過する確率が高いとは言え、周辺部が中心部より安全であるという保証はない。予報円の中心にあるほど危険が増すということではなく、周辺部で記録的な暴風雨が発生することも珍しくないということだ。

ひまわり6号によって観測された台風画像

ひまわり6号によって観測された台風画像

台風情報では予想進路に加えて、日本列島周辺の衛星画像も常に紹介されている。衛星からの可視画像による雨雲の様子は素人目にもわかりやすいが、予報するプロの立場としても気象衛星のおかげで台風発生の見落としが皆無になったとされている。

予報円を採用して後、台風情報は「予報できる時間を長くし、予報円を小さく(つまり予想地域を絞り込む)しながら、予報円の中に台風が入る確率を高める」方向で進化を遂げてきた。台風が予報円に入る確率については、1997年(平成9年)7月に60%から70%に引き上げられている。予報可能な時間についても、当初の24時間から48時間へと進み、現在は72時間となっていることは周知の通りだ。

 
 
 
  天気予報の進化を支える「数値予報モデル」
 
数値予報モデルの概念

数値予報モデルの概念

この台風情報の進歩を支えているのが、各観測装置からのデータを解析し融合して地球レベルでの予測を行う「数値予報モデル」であり、気象情報ITのエッセンスとも言えるモデルだ。各観測地点から送られてくる観測データを解析し融合して予報を行うと言えば簡単だが、周知のように自然をありのままに把握することは容易なことではない。雨量データ一つをとっても、どこでどれだけの雨量があったかは把握できても、それがそのまま予報に直結するわけではない。
「実際の観測データが天気予報の基本となることは確かですが、計測データをそのまま取り込むことが難しい場合や、そのまま取り込んでは誤った予報になることが珍しくないのが天気予報の世界なのです。そこで、さまざまな気象データを気象予測に役立つような数値に変換する処理が不可欠で、この変換処理が時代とともに大きな進化を遂げてきました」

数値予報モデルでは地球大気を格子網に分割して把握する

数値予報モデルでは地球大気を格子網に分割して把握する

つまり収集した気象データについて、大気の流れや雲との相互作用その他さまざまな要素を勘案しながら作成したさまざまな方程式に割り振り、この方程式から出た結果を予報に必要なデータとして使用するということだ。収集したデータをそのまま処理するのではないという意味で、気象データのコンピュータ処理とは、企業における売上情報の処理とは異質の世界であると言える。 各観測機器から送られてくる膨大なデータを基に、これを各要素ごとに実際の自然により近い情報として組み上げるには、気の遠くなるような計算処理が必要になるが、コンピュータの劇的な進化がこれを実現した。
気象庁がコンピュータによる気象データ処理を開始した1959(昭和34)年当時のコンピュータの処理速度を1とすると、現在使用しているコンピュータの能力は実に10の9乗倍、つまり10億倍にまで向上したとされている。この「数値予報モデル」は現在の気象予報の基盤技術となっており、天気予報や台風情報の精度を高める大きなインフラとなっている。台風の予報円一つをとっても、その精度向上や時間延長は「数値予報モデル」の進化によるところが大きい。以下に見る天気予報の仕組みについても、その精度向上は数値予報モデルが支えていると言っても過言ではない。

 
 
 
  世界に誇るアメダスとひまわり
 
レーダー・アメダス解析雨量図

レーダー・アメダス解析雨量図

さて毎日の天気予報で必ず聞く言葉が、「アメダス」と気象衛星「ひまわり」だ。
アメダス(AMeDAS)とは「地域気象観測網」(「Automated Meteorological Data Acquisition System」)の頭文字を組み合わせた気象庁の造語だが、その語呂の良さもあってメディアで広く使われるようになった。アメダスは、昭和40年代に気象庁と当時の電電公社が協力して開発したシステムで、無人の自動観測所で定時観測したデータを東京のアメダスセンターに自動集信、集められたデータはすぐにコンピュータ処理され、各地の気象台やTV局などのメディアにも配信されている。

降水量については全国で約1,300個所に設置した観測所で観測するが、これは平均すると17km四方ごとに1個所の観測所があることになる。降水量に加えて風、気温、日照の4要素を観測する地点は約850個所あり、これは21km四方ごとに1個所の割合だ。アメダスが世界に誇る気象観測網として知られるのは、この観測密度の高さと迅速なデータ収集体制によるところが大きいと言われている。
このように高い観測密度を誇るアメダスだが、より的確な注意報や警報を発するには更なる観測密度が必要になる。しかし観測密度を倍に上げるには今の4倍の観測地点が必要になり、その予算は膨大な額になる。そこで現在の観測地間の気象情報を埋めるために利用されているのが「気象レーダー」だ。

17km四方に1台の間隔で設置されたアメダス
全国20箇所に設置された気象レーダー

17km四方に1台の間隔で設置されたアメダス

全国20箇所に設置された気象レーダー

気象レーダーは、マイクロ波と呼ばれる電波を使って、半径数百kmに及ぶ広範囲内の雨や雪をごく短時間で観測する。レーダーは、アンテナから発射され再び戻ってきた電波の強さから空中の雨や雪の量を測り、電波が往復するのに要する時間から雨や雪までの距離を知ることができる。
アメダスからも気象レーダーからもデータはデジタルで収集され、収集された双方のデータを合成することによって、お互いを補正し合いながらデータの精度を高めることが可能になる。その一つの成果がレーダー・アメダス解析雨量図で、このレーダー・アメダス解析雨量図を基に、コンピュータによって雨域の移動速度や発達状況を算出して、地形の影響を考慮しながら30分ごとに計6時間先までの予想図を作成したのが「降水短時間予報」である。

 
 
 
  きめ細かい情報を提供する降水ナウキャスト
 

更に2005(平成17)年1月から気象庁サイトでサービスを開始した「降水ナウキャスト」では、より迅速な情報が更に短い10分間隔で発表され、1時間先までの10分間ごとの雨量を予報する。例えば、9時20分の予報では10時20分までの各10分間の雨量を予測することになる。
「降水短時間予報」と比較すると、「降水ナウキャスト」は時間的にも地域的にも更にきめ細かい降雨情報が提供される。例えば「10分後に雨が止むので出かけるのはそれからにしよう」とか、自宅周辺の予報を調べて「雨が降る前に洗濯物を取り込んでおいて」とメールで頼めるなど、新たな天気予報スタイルとして評価を高めている。
このような短時間予測は当然のことながらすぐに利用できないと意味がない。しかもデータをきめ細かくすればするほど処理データ量は膨大なものになる。だからこれらのサービスは、実現に向けた最低限の条件としてコンピュータの絶対能力が重要なポイントになる。コンピュータの能力向上は、先ほどの数値予報モデルの進化とともに、私達への新サービスとしてもその効果が表れている。

気象衛星ひまわり6号

「気象衛星ひまわり6号」(Space Systems/Loral提供)

アメダスや気象レーダーなど地上からの観測に加えて、大きな威力を発揮しているのが気象衛星による観測だ。今やお茶の間でおなじみの気象衛星「ひまわり」が最初に打ち上げられたのは1977(昭和52)年で、現在は6世代目となる「ひまわり6号」が活躍中だ。今年2月に打ち上げられた「ひまわり7号」がこの9月からバックアップ衛星として運用を開始するなど、運用体制も完備されてきた。東経140度の赤道上空約36,000kmの静止軌道から、雲の高さや分布、上空の風の状況、地表面の温度、水蒸気の量などを観測するが、他の観測装置とは違ってデータが可視画像として入手できることが最大のメリットであり、だから一般家庭での馴染みも深い。
気象衛星は、太陽からの反射光(可視光線)や地球からの赤外放射(赤外線)について、1時間毎に全球(衛星から見える地球のすべての範囲)観測を実施、およそ30分毎に北半球(衛星から見える地球の北半分)の観測を行っている。

 
 
 
  上空5000mの寒気が意味するもの
 
ウィンドプロファイラの観測原理

ウィンドプロファイラの観測原理

アメダスやひまわり画像に加えて、最近の天気予報では「○○の上空5000mにはマイナス30度の寒気があり」という説明を聞くことが多くなった。この上空5000mという高さが重要視されるのは「対流圏の中層にあって、気圧の谷や尾根の変化が小さいので追跡しやすく、しかも地上の低気圧や高気圧との結びつきが把握しやすい」ことが理由とされている。地球を覆う大気の状況を観測する高層気象観測については、従来からラジオゾンデと呼ぶ気球による観測が従来から行われている。しかしラジオゾンデを使った観測方法は高度30kmという上空までの観測を得意とし、5000mという中層の大気を綿密に観測するには適さない。
ここで注目されるのが、地上から上空に電波を発射してその反射波を観測する「ウィンドプロファイラ」と呼ぶ観測機器で、気象庁が2001(平成13)年に運用を開始、すでに全国31箇所で稼動している。
ウィンドプロファイラの原理は、救急車やパトカーが近づく時と離れる時とで音の高さが異なるドップラー効果を利用する。「風の揺らぎによって大気の屈折率が乱れ、地上から発射した電波の周波数が変化することを利用して、送信波と受信波の周波数の差から風の方向を計測し、これらを合成することによって風の動きを三次元情報として再構築しています」。つまりウィンドプロファイラは高度なコンピュータ処理を前提とした観測装置といえる。ウィンドプロファイラによって中層大気の状況が把握できるようになったことで、天気予報の精度は一段とアップした。「上空5000mにある大気の状況」の重要性を理解すれば、今まで何気なく見ていた天気予報に新たな魅力を感じることができるかも知れない。

観測・予報データの流れ

観測・予報データの流れ

数値予報モデルをはじめ、コンピュータの進化が天気予報の精度向上に果たした役割は言うまでもない。しかしこの高度なコンピュータ活用の結果としての天気予報データを活用して最終的な判断を下すのは、現在もなお人間の役割であるという。「コンピュータの進化によって人間の判断に任される部分が縮小していることは事実ですが、最終的には人間(予報官)が判断するという基本は変わりません」と日野所長は述べている。高精度で計算された結果としての予報情報を、最終的には人間が判断するということが、天気予報の面白みであり奥の深さでもあるようだ。

取材協力:気象庁(http://www.jma.go.jp/jma/

 
 
坂本剛 0007 D.O.B 1971.10.28
調査報告書 ファイルナンバー006 天気予報とコンピュータ「進化を遂げる気象予報」
イラスト/小湊好治 Top of the page

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