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かしこい生き方 気仙沼漁師 畠山重篤さん
環境を守るには、森、川、海をトータルで考える

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宮城県気仙沼湾で漁師として牡蠣の養殖をしながら「森は海の恋人」をキャッチフレーズに地元の漁師の方々と共に植林活動を続けられています。元々は、川を良くするための運動だったということですが、その時の様子をお話いただけますか?

畠山

私は、ここ気仙沼で親父の代から牡蠣の養殖業を営み、今は息子が三代目として跡を継いでいます。私が親父の跡を継いだのが、1961(昭和36)年、水産高校を卒業した18歳の頃でした。当時、海では、ウナギは捕れるし、貝や魚の種類も豊富、雨が降れば海苔は豊作と海の恵みはそれは豊かでした。ところが、1960年代の半ば頃から、牡蠣や海苔に異変が起きたんです。赤潮ってご存知ですか?

 

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はい。プランクトンの大量発生で海が真っ赤になるものですよね?

畠山

そうです。牡蠣は、海水を吸うことで呼吸をし、海水に含まれる植物プランクトンを漉して栄養にしている。だいたい一日にドラム缶1〜2本分、つまり200〜400リットルもの海水を吸って生きているのですが、ある日、牡蠣を卸している市場から「牡蠣の身が真っ赤になってしまって売りものにならない」と連絡を受けました。牡蠣が赤潮を吸ったためにそんな事態が起こったんです。牡蠣の養殖で生計を立てている身としては死活問題です。その状態が続いて牡蠣の養殖を続けられない、と陸(おか)に上がる、つまり海の仕事を辞めてしまった仲間もたくさんいました。でも、私はとにかく海が好きだったから、何とか続けたかった。魚の養殖なら餌を変えるとか、いけすを使うといった方法がありますが、牡蠣の場合、人工的にプランクトンを与えるといっても、一個の牡蠣につき一日に150円もかかる。売値がせいぜいそれくらいなのですから、現実的ではありません。

 
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一日に150円では、割が合わないですね。

 

畠山

そうです。でも、海さえ健全であればそんなものは必要ないとなれば、お金に換算してみると自然の偉大さが分かるでしょう(笑)。ともあれ、赤潮が発生するというのは、端的に言えば海が汚れてしまっているということ。海の仕事を続けるためには、海を良くする以外に方法はない。それには、海だけを見ていてはだめだ、陸を見なくては、と気づいたんです。

 
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先ほど、海苔の生育が雨に左右されるというお話がありましたが、雨が降ると海に流れ込む川の水が増える、その時に起こる現象なのだから、川の水に影響されているのではないか、ということなのですね。

 

畠山

漁師は経験的に、海と川、更に森との関係を知っていると思うんです。そこで、陸のほうを向いてみたら、例えば、昔は廃水規制がなかったため、水産物加工場や家庭からの排水が海に垂れ流しだったり、農業で利用する除草剤や化学肥料などが川に流れ込んでいたんです。
そして改めて気仙沼に注ぎ込む大川を観察してみたところ、水源地である山が非常に荒れていることが分かりました。昔は雑木林が圧倒的に多かったはずが、戦後の植林計画によって杉ばかりになっており、しかも間伐などの手入れもされていない山が多いために、太陽の光が入らず下草が育たない。雨が降ると、あっという間に泥水が川に流れ出て、果てはその川の水が海へと流れ込んでいました。
ところで皆さん、「海」と聞くと「潮の流れ」が主役だと思っていませんか?潮が早くて、ぶつかっているところは魚がおいしいとか、ね。でも、実は重要なのは川なんです。例えば、関アジ、関サバが獲れるのはリアス式海岸の川の水が集まる所。栄養たっぷりの川の水が流れ込んでいる所だから、魚の餌となる植物プランクトンが多くわき、だから魚がおいしい。魚がおいしいと言われるところは、川が支配している場所なんです。それに気づいて、海、川、森を何とかしなくてはならないと思ったのは45歳の時でした。もう若くないんですね(笑)。ところが、それらの関連をトータルで見て活動している機関も、研究者もいない。ならば、できることから始めよう、とにかく川をきれいにして欲しい、森を森らしく保全して欲しいというアピールの意味で、漁師が木を植えたら、川の流域に住む人達も「何をやっているんだ」と振り向いてくれるだろうと植林を始めたんです。

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それが、1989(平成1)年に行われた「第一回・森は海の恋人植林祭」なのですね。大川の水源地である室根(むろね)山に植林をされたとか。土地を提供した上流の村の村長さんも、非常に喜ばれたそうですね。

畠山

室根山がある村に相談に行った時に、海の恵みは山から流れてくる栄養のお陰だと感謝の気持ちをお伝えしたら「今日は歴史的な日だ」と喜んでくださいました。川の上流に住む人間として代々、山を大事にしてきたけれど、下流の村からは「川の水を汚すな」と言われこそすれ、「ありがとう」と言われたことなんてなかったというんです。

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反響も大きかったですね。

畠山

イベントとしては成功しました。しかし、一回やったくらいで環境が変わるわけはありません。続けることに意味がある。そのためにも、川の流域に暮らしている人たちと、牡蠣を作っている漁師とが、価値観を共有しなければいけない。牡蠣というのは、ワタを取らずに全部食べるでしょう?だから汚染された水で育った牡蠣を食べれば、アタってしまう。つまり街の人だって、生の牡蠣を安心して食べたかったら、川を汚してはいけないんです。 18年間の植林活動を経て、成果も出てきました。姿を消していた生き物が、5、6年前から随分戻ってきたんです。中でも、一番の環境指標生物であるシラスウナギを見つけた時は嬉しかったですね。ウナギは川で生まれますが、水が汚れていると死んでしまう生き物です。私が高校生の頃には、それこそ小舟の底が全部埋まるくらい獲れたウナギですが、1950年代を境に1匹もいなくなってしまった。それから四半世紀を経た今、またウナギが獲れるようになりました。一昔前は、恥ずかしくて見せられないような海だったのが、ウナギが棲めるようなきれいな海になった証拠だと感じています。川の河口には、ウナギを穫る仕掛けも見え始めています。私としては、もう少し増えるまで待ってと言いたいところですが。

 
 

熱帯雨林に負けない、海の森

畠山

海の中にも「森」があるということをご存じですか?シャレじゃありませんが、海の恵みというのは底が深くて、海の中にも熱帯雨林と同じような力を持つ「森」があるんです。 というのは、陸では植物が二酸化炭素を吸って酸素に変えますが、同様のことが海の中でも起きているんです。例えば、牡蠣など貝類の殻は炭酸カルシウム(CaCO3)から成っていますが、これは海の中に無尽蔵にあるカルシウム「Ca」と二酸化炭素「CO2」が固定化されたもの。つまり牡蠣がCO2を固定化しているということ。更に沿岸域の植物プランクトンなどが行う光合成によって、膨大な量の酸素が出されています。それが単位面積で比べると熱帯雨林と同じなんですね。

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それは、大変な力ではありませんか?

   

畠山

日本は四方を海に囲まれた島国。そこに、二級河川まで含めると2万1000本の川があり、日本海と太平洋に流れ込んでいます。国土の7割が森林で、そこからこれだけの数の川が海へと流れ落ちている。つまり、今お話した、もう一つの森林に囲まれているということなんです。

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川からは、植物プランクトンが必要とする栄養分が流れ、それを食べて植物プランクトンが光合成をし、酸素を出すという流れがあるのですね。

畠山

二酸化炭素の排出規制が叫ばれていますが、この国の森と川と海の関係をちゃんとしておけば、つまり最初の入り口である森をちゃんとしておけば、海の「森」もきちんと機能するはずなんです。もともと地球の大気中に酸素はなく、二酸化炭素だらけだったのが、植物プランクトンの元祖にあたる生物の光合成によって「海」から酸素がわきあがり、オゾン層ができ、生物が陸へと上がってきた。海の「大森林」の力が発揮されたことで、今の地球ができたというわけです。現在、この海の「森」に関する研究が盛んに行われていて、二酸化炭素問題解決の唯一の方法だとも言われています。

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そうしたことも、すべて牡蠣からスタートした結果、分かるようになったということですね。

畠山

そうです。牡蠣っていう生物は、調べると本当に面白くてね。

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1990(平成2)年からは、川の上流で暮らす子供たちを招いて体験学習を行っています。畠山さんご自身が牡蠣から学んだことを伝えるために始められたのですか?

畠山

大人に言っても、なかなか方向転換できないから(笑)。子供の頃から自然界の仕組みを教えておくのが大事だと思ったんです。小学校を訪ねて「日常生活の中で、海のことを思うのはどんな時か」と尋ねたら、海までたった25kmしか離れていない場所に暮らしていながら「寿司屋に行った時」とか「夏に海水浴に行った時くらい」だと言うんです。一般の方々にとって、海は非常に遠い存在なのだと実感しましたね。ならば子供達を海に呼んで、我々漁師の生活を体験してもらいながら、自然がどんな風につながっているのかを説明するのが良いだろうと考えたのです。

 

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具体的には、どのようなことをなさっているのでしょうか。

畠山

まず海で、牡蠣を見せます。そうすると子供が「質問!」って言って「牡蠣の餌はどうしているのですか」と聞いてくるんです。初めてその質問を受けた時は「きまったな!」と思いましたね。その質問から、どうして海の中にプラントンがわくのかとか、牡蠣は内蔵ごと食べられるものだとか、森、川、海の関係を伝えることができます。更に「牡蠣がどういう味を味わっているのか、君たちもやってみる?」ということで、プラクトン入りの海水を一口飲ませたり。

 
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強烈な体験ですね!

 

畠山

皆、最初は敬遠するのですが、やんちゃな子がいるんです(笑)。実際に飲むと植物プラクトンが多いので、ただの海水を飲むよりも、ちょっと青臭い感じがしますよ。「きゅうりの味がする」と言った子もいましたね。それから船に乗って室根山が見えるところまで行って、山に降った雨がどのように海までくるのか、目の前の山や海を見ながら話を聞いてもらいます。それから、最初に飲んだプランクトンを顕微鏡で見てもらう。「さっきそれを飲んだのか!」と大騒ぎになるけれど、それをきっかけに食物連鎖について知ってもらえる。1kgの魚がいると、それが10kgの小魚を食べないといけないし、10kgの小魚は100kgの動物プランクトンを、100kgの動物プランクトンは1tの植物プランクトンを食べなければいけない。そしてその連鎖の底辺にいるのが「君達が飲んだ植物プラクトンなのだよ」と教えてあげる。「川から流れこむものを最初に体に吸収するのが植物プランクトンであり、その植物プランクトンを餌にしているのが、君たちが食べているお魚だよ。そしてさっき飲んだ植物プランクトンは、君たちが川に流したものを飲んでいるんだよ」と。皆、ハッとするようですね。それまで言葉でしか知らなかった「食物連鎖」が、経験として身に付くわけですから。

 
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図解や言葉だけでなく、自分の目で、口で経験する貴重な機会ですね。

 

畠山

子供達から送られてくる作文を読むと、体験学習を通じた教育的効果が高いことが良く分かりますね。「体験学習の翌日からシャンプーの量を半分にしました」とか「除草剤の量を少しでも少なくするよう両親にお願いした」とか、ね。私自身、その感想を受けて、これを続けていけば何とかなるかもしれないと感じています。

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現在は、地元の小学生だけでなく各地方からも体験学習にくるそうですね。「森は海の恋人」運動について、小中学校の社会や国語の教科書に載っていますから、その影響も大きかったのではないでしょうか。

畠山

16年間で、8000人の子供が参加しました。今は、毎年約500人を受け入れています。この経験をもとに、環境にも関心が向くでしょう。十何年前に来た子はアメリカに留学してプランクトンの研究をしています。どういう形であれ、この経験が彼らの中で育っていると信じています。食の安全だとか、スローフードだとか言われていますが、牡蠣の周りから見ていけば、それら全体が自然と見渡せるんですよ。分からないことがあれば、牡蠣から教えてもらえばいい。私自身、牡蠣をきっかけにこんなにもたくさんのことが分かってきた。面白い人生ですよ。

目で口で体験する貴重な機会未来を担う子供達へ
畠山重篤(はたけやま・しげあつ)
1943年中国上海生まれ。三陸リアス式海岸に位置する宮城県気仙沼湾で牡蠣や帆立の養殖業を営む。フランス・ブルターニュ地方やスペイン・ガリシア地方を訪ねた体験を経て、森、川、海の関係に目を向ける。89年に「牡蠣の森を慕う会」を仲間とともに立ち上げ、漁民による植林活動を続ける。また全国から訪れる子供達を体験学習などで受け入れ、森と川と海の関係を説く。著書に『漁師さんの森づくり』(講談社)、『森は海の恋人』(文春文庫)、『リアスの海辺から』(文春文庫)など。99年「みどりの日」自然環境功労者環境庁長官表彰。2000年環境水俣賞受賞。「一番身近なものを書いていなかった」と牡蠣についての著作『牡蠣礼賛』(文春新書)を11月末発行予定。
 
●取材後記
「せっかく来たんだから、牡蠣を食べていって」と、いただいた牡蠣の美味しかったこと!「この牡蠣を食べるためには、森を守らないといけないんです」という言葉は、何にも増して説得力がありました。

構成、文/飯塚りえ   撮影/海野惶世   イラスト/小湊好治 Top of the page

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