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かしこい生き方 フェイシャルセラピスト かづきれいこさん
生きる力を与えるメイクの力人間は外観が大事

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「リハビリメイク」というものをお考えになるきっかけはご自身の経験がきっかけと伺いました。

かづき

私は幼い頃、冬になるといつも、顔が真っ赤になってむくんでしまうという経験をしていました。小学校の頃のあだ名は「赤デメキン」だったくらい。実は後になって、その症状が、生まれつき持っていた心房中隔欠損症という、心臓に穴の開いている病気のせいだと分かるのですが、当時は身体が弱いと言われるだけで具体的な原因が分からず、本当に悩みました。自分でも顔の赤いのがイヤでイヤで仕方がなくて。年頃になれば、当然人の目が気になります。冬になると、人に会いたくなくなるし、外にも出たくない、気持ちも沈むし、成績も下がって、体調まで崩す。今、思い返してみても、夏と冬の私は全くの別人と言って良いくらいでした。
高校生の頃の日記を見たら、「顔じゃない、心だ、なんて嘘!」と書いてありました。だって、夏の間はモテるのに、冬になって顔が赤くなると、皆、周りからいなくなってしまうんです。今、考えれば、当時は顔のせいで落ち込んで、全てに積極的になれず内気な気持ちを持ってしまった。だから周囲もそういう態度になったのだと分かりますが、その頃は辛かった。この頃の私は、肌の白い人を見ては「前世で良いことをしたのだろうか」とまで思い詰めていたくらいです。
高校生の時には、母のファンデーションを借りて、赤い顔を隠そうとしたこともあります。でも当時は、高校生が化粧をするということはそれこそ「不良」のすること。私は、単純に赤い顔を隠したいと思っているだけなのに、それを「化粧してるでしょ?」と非難されるように言われて、悲しい思いをしたことを覚えています。
大学に入ってからは、化粧品をたくさん買いました。それで一生懸命赤い顔を隠そうとするのですが、ただの厚塗り。ですが、外から見ればお面のようでも、本人は赤みが隠れているので、気持ちはずいぶんと楽になりました。皮膚科にも通いました。「顔が赤くなる」と言ったら「水とお湯とで交互に顔を洗いなさい」と言われて、もちろんその通りにしましたが、まったく改善しない。こうして顔が赤くなるということで、本当に辛い思いをした自分自身の経験が、リハビリメイクを考える上で大きなポイントになっていると思いますね。

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その後、ご結婚、ご出産を経て、心臓の手術を受けられ、30歳を機に羽ばたくわけですね。

かづき

30歳の時に、主人の開業と母の死が重なり心労で倒れてしまいました。そこで検査して初めて病気が分かり、手術を受けて完治しましたが、私は命が助かったという事よりも、冬、顔が赤くならないということのほうがどれほど嬉しかった事か。人が聞いたら笑うでしょうね(笑)。でも、顔が赤くならないという、それだけの事で、何か私の中にエネルギーが生まれて来たのも事実です。それまで専業主婦だった私がメイクの道を志すことになったのですからね。

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美容学校に通われ、カルチャーセンターの講師として一般の方にメイクを教える立場になって、更にメイクのあり方を模索されましたね。

かづき

講座には年齢もさまざま、悩みもさまざまな方が見えるのですが、その中で20代の方と70代の方が求めているメイクは違うなと感じるようになりました。それよりもニキビやシワといったトラブルに悩み、気持ちが暗くなっている人に適したメイクがあるんじゃないか、という思いを強くしました。そして女性が美しくなるためには必要なのは「元気」、つまり明るく自信をもって過ごせる事なんじゃないかと気づいたんです。生徒さん達は、「きれいなモデルさんが載っている雑誌では、自分達の悩みに応えるようなメイクを紹介していないし、完璧なお化粧をした美容部員のいるデパートも行きにくい」と言うのです。かつての私のような思いを持った女性が、たくさんいました。そうした出会いや経験も、リハビリメイクにつながっていったと思います。

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「リハビリメイク」と一般のメイクとの違いは、どんなところにあるのでしょう?

かづき

メイクに違いはありません。傷を隠すといった事は行いますが、それだけではなくては、医療と連携して顔にあざのある方ややけどの傷が残ったといった方々に対して、精神面も含めたケアをしていくということが大きな特徴です。その上でリハビリメイクには、例えば「メイクが崩れたらどうしよう」といった不安のないように、とか、「メイクをしている」という圧迫感がないというようにといった、生き生きと過ごすために忘れてはいけない点はあります。
事故で大きなやけどや怪我を負って、命は助かったものの、その後の社会復帰がうまく行かない。それは外観のトラブルによって生きる気力を失っているからなんです。

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リハビリメイクの興味深い点の一つに、他の人が見てキレイかどうかが問題ではないということが挙げられますね。

かづき

そうですね。例えばボサボサの髪を切りに行ったら、周囲の人はたいてい「さっぱりしたね」と言うのではないでしょうか? ですが、もしも自分ではその髪形が気に入らなかったら、落ち着かないでしょう? それと一緒です。どんなに素敵にメイクをしても、その人自身が満足して自信が持てるようなものでないとだめなんです。けれども、完璧すぎてもいけない。そうしたメイクが高じると、化粧で顔を隠す以上に心まで隠すことになります。化粧をしていない自分も自分。リハビリメイクは、素顔の「自分」を受け入れることで元気良く生きていくという事が目的ですから、「やろうと思えばここまでできる」事を見せてから、その後は本人が、そのトラブルにばかり気を取られる事なく、最終的には素顔の自分も受け入れられるようにしなくてはなりません。私のメイク教室に通われている生徒さんの中には、1年位経って「もう気にならなくなった」と素顔で来る方もいらっしゃいます。化粧はひとつのスイッチです。元気になるための道具なんです。

 

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「顔と心と体」に関するさまざまな分野から研究するNPO法人を立ち上げられましたね。

かづき

自分自身の幼い頃の体験から、顔と心と体はつながっていると実感し、いろいろな専門分野の方に声をかけて、顔などのダメージについて対処法を考えるために設立されました。形成外科や皮膚科、内科、精神科、歯科といった医療従事者や、心理学、教育学、福祉などの専門家が集まって、医療に限界があることを意識しつつ、患者さんなどに対して何が出来るかを、メイクも含めて相互に補完しあっていこうという会です。私自身、顔の赤みに悩んでいた時には、どこに行ってもその悩みを解消することができず、本当に悩みました。あるいは、突然の事故で顔に傷ができるなんてことは、誰にでも起こり得ることなんです。だから、そういうことをもっと多くの人に考えてもらえればとも思います。良くも悪くも、外観が人にもたらす影響というのは計り知れません。私のメイクサロンには顔にトラブルのある方が多くいらっしゃるのに、日本でそういう方たちを見かける事って本当に少ない。やはり外出しにくい社会なのではと思うのです。例えば顔に怪我をしたという人がいたら、同情する人も多いでしょう。ですが、本当は同情なんていらないんです。それよりもその方達にとっては「気にしないで欲しい」という思いが一番強いんじゃないでしょうか。リハビリメイクの患者さんは「私もキレイになって良いんですね」と言います。これは、彼ら、彼女らが社会でさまざまな無言のプレッシャーにさらされてきたことの証です。どうも他人と違う外観を持つ人に対して、日本は冷たいという気がします。ただ、このNPOでは、こうすべきという答えを用意しているわけではありません。この場で、皆に外観ということについて考える機会を持って欲しいと設立しました。

   

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実際のメイクを拝見して、メイクそれ自体よりもその方の表情のほうに驚かされました。

かづき

それが顔、つまり外観が人の心に与える影響を端的に表していると思いますよ。患者さんには、それぞれのドラマがあります。以前、顔に大きなあざのある男性がリハビリメイクにおみえになりました。後になって伺ったのですが、自宅に帰ったらお母様が感動して泣き崩れたと言うのです。ご本人は、実際あまり気にしたことがなかったそうなのですが、お母様はあざのある身体に息子を生んだということに負い目があったのではないでしょうか。男性は結婚もされていましたが、その奥様が驚いていました。「お義母さんはとても気の強い方で、涙なんか見たことがなかった」と。お母様自身は、そうして気丈に振る舞うことで自分を支えていたんでしょう。
最近はあざや傷のトラブルだけでなく「このシワが気になって外出できない」というような方も増えてきました。どちらも私達が考えている以上に顔が大きく心に影響しているということだと思います。こういう場合、他人には分からなくても、本人には気になって仕方がないんですね。その時に「顔じゃないよ。心だよ」は通用しないこともあります。それよりもメイクをして「ほらキレイになった」と、まずは患者の求めるものを提示したら、自分にすっかり自信が生まれて、表情も変わるし、声も変わるんです。
顔と心と体っていうのはつながっているんです。女性だけではなく、男性だって経験があると思いますが、朝、鏡に向かったら、何となくいつもと違って、顔色が悪いとか目が開いていないというと、それだけで、一日イヤになるという経験があるはずです。そしてその顔の時には、周りの反応も悪くて、どうも仕事もうまく行かない。それだけ顔が心に影響しているということじゃないでしょうか?

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リハビリメイクは、単純にキレイな顔にするというだけではありませんね。

かづき

化粧のイメージを変えたいという気持ちもあります。化粧というと文字通り「化けて装う」という印象を持たれます。ですが、もっと生きる力を与えてくれるものなのです。私がそれを強く思うようになった出来事の一つに、母との想い出があります。母はガンを患い、私が29歳の時に他界しました。当時、入院中の母は、見舞いに行ってもいつも元気そうで、「私は大丈夫だから、早く帰りなさい」と言うのです。私もその顔を見て安心して帰ってきました。ですが、後から聞いた話によると、母は、私に心配をかけまいと、私が見舞いに行くという日は、元気に見せるために朝からお化粧をしていたというのです。化粧の力を私自身が思い知った経験の一つです。
顔の造作が整っているのに、何だか落ち着かないという人いますよね。美形だけど美人じゃないんだと思うんです。私にとっては、表情があって元気があって、こちらにエネルギーをくれるっていう人が「美人」。そういう「美人」は、心が元気になってこそなのです。だから、その手助けをするのがリハビリメイクということでしょうね。
今、老化ということがとても話題になっているけれど、70歳の人が40歳のような顔をしていたら、ちょっと気持ち悪くありませんか? それよりも私は、シワの入った顔に充足できるような、顔と一緒に心の老け方も考えていきたいな、と思います。リハビリメイクってそういう事だと思います。

心が元気であってこそ美人と美形は違います
かづきれいこ(かづき・れいこ)
大阪生まれ。フェイシャルセラピスト、歯学博士、REIKO KAZKI主宰。医療機関と連携し、傷ややけど痕のカバーや、それにともなう精神のケアを行う「リハビリメイク」を提唱。医療関連の学会誌等にリハビリメイクの論文を発表するなど活動を展開。早稲田大学感性領域総合研究所にて客員教授、新潟大学歯学部にて臨床教授。主な著書に『リハビリメイク−生きるための技』(岩波書店)、『かづきれいこのメイク哲学−「きれい」の先にあるもの』(大和書房)、『メイク・セラピー−顔と心に効くリハビリメイク』(筑摩書房)など多数。
 
●取材後記
「ライオン同士が草原で出合った時って、見つめ合うだけで基本的に闘わないの。それぞれの体験でしょぼしょぼのライオンとたてがみふさふさのライオンだったら、どっちが勝つって分かっているから。鏡なんか見たことないはずなのに、不思議でしょ? 私、一度そのしょぼしょぼのライオンにカツラをつけてみたい、と思うわ」と、快活に笑うかづきさん。楽しく、明るい話しぶりで、救われる患者さんも多いのだろう。
構成、文/飯塚りえ   撮影/海野惶世   イラスト/小湊好治 Top of the page

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