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新IT大捜査線 特命捜査 第14号 PLC(高速電力線通信)「電源コンセントを家庭内ネットワークの入り口に」
 
  有線LAN、無線LANに続く第3の家庭内ネットワーク
 
「BL-PA100KT」と「BL-PA100」

日本初のPLCアダプター。サイズは外付けハードディスクをひとまわり小さくした程度。買ってすぐに使える2台入りの「BL-PA100KT」(写真)と増設用の「BL-PA100」がある。オープン価格で、実売価格はBL-PA100KTが2万円前後、BL-PA100が1万3000円前後。

総務省の「通信利用動向調査報告書」によると、単身世帯を含む世帯を対象にしたパソコン保有率は2006年末に74.1%にも達している。また民間が行っている様々なアンケート調査を見ると、ほぼ半数の家庭が2台以上のパソコンを使っていることが分かる。ちなみに個人のインターネット利用者率は、2006年末時点で75.7%、自宅パソコンのブロードバンド利用率は67.9%となっている。
家庭内で複数のパソコンを使い、それぞれがインターネットにつながっているという状況は、もはやちっとも珍しくない。

既にブロードバンド回線を利用している人なら、ルータを経由して2、3台のパソコンがつながっている家庭も多いだろう。あるいはそこからハブを経由し、更に多くのパソコンがつながっているかもしれない。この状態が、いわゆる家庭内ネットワーク。
それぞれのパソコンがつながっていればファイル交換が自由にできるし、どのパソコンからもインターネットに接続できるようになる。LAN対応のプリンタを組み込めば、1台のプリンタをすべてのパソコンで共有する事もできる。便利で効率的。自宅に複数のパソコンがあるなら、家庭内ネットワークを組まない手はない。

電源コンセントがネットワークの入り口に

PLCの接続概念図。各部屋の電源コンセントにPLCアダプターを接続し、データをやりとりする。PLCは家庭内ネットワークのインフラなので、インターネットに接続する環境(プロバイダ契約、モデム、ルータ等)は別途用意しなければならない。

家庭内ネットワークを構築する方法は、大きく分けて2つある。
ひとつは、ケーブルを使った有線LAN。物理的にそれぞれのパソコンをケーブルでつなぎ、OS上で簡単な設定を行う。もうひとつの方法は、ノートパソコンでよく使われる無線LAN。こちらはケーブルの代わりに無線通信を利用してネットワークを構築する。ケーブルがいらないので、部屋の中を自由に移動する事ができる。
2つの方法を混在させて使っている人も少なくない。多少なりともパソコンやネットワークの知識がある人なら、家庭内ネットワークの構築はそれほど難しい話ではないからだ。
でも、世の中そんな人ばかりじゃない。家族それぞれがパソコンを持っているのに、インターネットに接続できるのはリビングにある1台だけ、なんていう家もある。

中川浩次さん

パナソニック コミュニケーションズ株式会社 広報グループ参事 中川浩次さん

「PLC」は第3の家庭内ネットワークとして登場した。「Power Line Communications」の略で、高速電力線通信と呼ばれる。今までは電気を送るだけだった家庭内の電気配線(電力線)に、情報信号を乗せて送る通信技術の事を指している。
電力線なら、どの部屋にも最初から通っている。LANの差し込み口にあたる部分は電源コンセント。ここにPLCアダプターと呼ばれる小さなユニットを接続し、そこからLANケーブルでパソコンに接続する。
日本で初めてPLCアダプターを発売したのは、パナソニック コミュニケーションズ株式会社(以下PCC)。製品の発売は昨年12月だ。PLCとはどんなネットワークなのか。広報グループ参事の中川浩次さんにお話をうかがった。

 
 
 
  PLCなら、部屋をまたぐ長いLANケーブルが不要になる
 
在宅ネットワーク技術比較

無線LAN、有線LANとの技術比較。HD-PLCはそれらの弱点を補う新しいネットワークだといえる。

それにしても、なぜパソコンの情報データが電力線に乗るのだろう? 素人考えでは電気と情報信号が互いに干渉し合って、うまくいかないような気がするのだが。
簡単に説明すると、PLCアダプターの親機(マスター)が情報データを高周波の電気信号(4MHz〜28MHz)に変換して電力線に乗せる。もともとの電力の波は大きくて信号の変化が遅く、周波数の高い情報データは小さくて信号の変化が早い。大きさも速さも異なる2つの波はPLCの技術によって一緒に送られ、PLCアダプターの子機(ターミナル)によって情報信号だけが取り出される。考え方としては、電話のアナログ加入回線に高周波の情報信号を乗せるADSLに近い。
「PLCは欧米では2000年前後から実用化されています。ただ商用がメインで、家庭用としてはほとんど普及していません。日本でも研究が進んでいたのですが、電波法の制限があって実用化できませんでした。06年10月に総務省が省令を改正し、屋内用に限って電力線通信が解禁になったのです」と中川さん。
ちなみにPLCにはHD-PLC、UPA、HomePlugという3つの方式がある。HD-PLCは松下電器が提唱している通信方式だ。
「この方式は効率良く高速通信が行えるのと同時に、既存の電波に影響を与えないよう、特定の周波数だけをカットする事ができます。また、ハードではなくソフトウエアで信号処理を行うので、小型化・内蔵化しやすいのです。家庭用としてベストな方式だと考えています」との事。

ボタンを押している写真

増設用アダプターの設定も、親機(マスター)と同じ電源コンセントに差してボタンを同時に押すだけ。

では、PLCによって家庭内ネットワークが具体的にどう変わるのだろう?
PCCが最もアピールしているのは、乱雑になりがちなケーブルの引き回しが最小限で済み、設定が簡単という点だ。前者は有線LANに対するメリット、後者は無線LANに対するメリットになる。
有線LANの場合、パソコンの数が増えれば当然ケーブルの本数も増え、パソコン間の距離が広がればケーブルも長くなる。1階と2階のパソコンをつなぐ事も可能だが、それにはとんでもなく長いケーブルが必要だ。結果として、パソコン周辺をケーブルが這い回る事になる。部屋の美観を損ねるし、足を引っかける危険も残る。
PLCは最初から各部屋を通っている電力線を使うので、長いケーブルを引き回す必要がない。使うのはPLCアダプターとパソコンをつなぐ、ごく短いケーブルだけ。部屋の中はかなりスッキリする。

「無線LANならもっとスッキリするよ」と言われそうだが、パソコン上で行うネットワークの設定が難題だ。以前に比べると最近の無線LAN製品の設定はかなり簡略化されつつあるが、それでもある程度の知識がなければ難しい。PLCの場合、設定はアダプターを電源コンセントに差し込み、ボタンを押すだけ。設定済みのBL-PA100KTなら、ボタンを押す必要すらない。
加えて無線LANには、障害物や縦方向の通信に弱いという弱点がある。2階はともかく、3階以上ではうまくつながらないというケースも珍しくない。電波で情報をやりとりするので、通信内容が傍受される心配もある。電力線を利用するPLCは同じ分電盤を使っている限り、2階でも3階でも通信は可能だ。米国の商務省が選定した次世代の暗号化技術「AES128bit」を採用しているので、セキュリティ面の安心度も高い。

高度な暗号化技術

高度な暗号化技術

もうひとつネットワークで重要なのは、データ通信の速度。ネットワーク内の理論上の通信速度は、一般的な有線LAN(100BASE-T)で100Mbps、無線LAN(802.11a/g)なら54Mbpsだが、これらに対しPCCのHD-PLCは190Mbps(LANポートの仕様から実質的には100Mbps)もある。さすがに実効最大速度は55〜80Mbpsくらいに落ちるが、それでも有線LANに迫るくらいの高スピードといえるだろう。環境の影響を受けやすい無線LANに比べると遙かに速い。

セキュリティ面でちょっと不安なのは、電力線が他の家とも物理的につながっている事。だが配電盤が異なれば通信情報は大幅に減衰し、万一伝わったとしても高度な暗号化技術を採用しているため傍受される事はない。

 
 
 
  インバーターエアコンが通信速度に影響する?
 
分電盤の写真

分電盤の一例。この場合は上下で電気の系統が分かれている。電源コンセントの場所が明記されていれば、PLCアダプター設置の参考になる。

良い事ずくめのように思えるPLCだが、電力線を利用して高周波のデータ通信を行うという構造上、心配な点がないわけではない。
まず、PLCアダプター自体が一部の電気製品にノイズを与える可能性がある。具体的には、短波ラジオ、調光機能付き照明器具やタッチランプ、ワイヤレスマウス、無線を利用した遠隔操縦機器などが指摘されている。
逆に、電気ノイズを発生する他の家電製品の影響を受けてPLCの通信速度が遅くなる事もある。可能性があるのは、携帯電話の充電器、ACアダプター、調光機能付き照明器具やタッチランプ、ヘアードライヤー、インバーター機器など。中川さんによると、購入者からの指摘ではインバーターエアコンが比較的多かったという。
また、電源タップの中にはPLC通信の信号を減衰させてしまう製品もあるので、PLCアダプターはできるだけ壁の電源コンセントに直接差すよう推奨されている。

以上の点はあらかじめ注意しておけばいいが、試してみなければ分からない事もある。その代表が分電盤の影響だ。分電盤とは、配電盤から供給された電気の幹線を各部屋の電源コンセントに分岐するための装置。どの家庭にも必ず設置されている。
家庭内の分電盤には上下2段にブレーカーが並んだものや横1段のものがあるが、ここには2系統の配線が通っている。それぞれの系統が決まった部屋の電源コンセントにつながっているわけだ。この系統をまたがった状態でPLCアダプターを接続すると、通信速度はかなり低下してしまう。例えば系統が上下2段で分かれている場合、分電盤の上段の系統に親機を接続し、下段の系統に子機を接続すると、思ったようなスピードがでない。2段に分かれた分電盤の場合、ほとんどは上下で系統が分かれているが、稀に列ごとに分かれているケースもあるという。ちなみに1段の分電盤は系統が交互に並んでいる。
同じ部屋にある電源コンセントでも、電力の集中を避けるため別系統になっている事がよくある。PLCを利用する場合は、最初に分電盤で電気の系統を確認しておく事が大切だ。

PLCの通信速度は、使用するPLCアダプターの数にも影響される。PCC製品の場合、1台の親機に対して最大15台まで子機を接続でき、更にはハブを介して親機、子機それぞれに8台のパソコンを接続する事ができるが、接続する子機やパソコンが増えれば増えるほど通信速度は遅くなる。これは他の家庭内ネットワークでも同じ事だ。

知れば知るほど予想外の問題に遭遇するPLCだが、初めて世に出る家庭内ネットワークなので、それも仕方がないような気がする。もしかしたら、日本が世界で最初の家庭用PLC先進国になるかもしれないのだ。PCCは非常に慎重で、HPやカタログ上で繰り返し使用上の注意を促している。それに従ってルールを守って使えば、PLCのメリットだけを活かせるはずだ。

 
 
 
  モジュール化が進めば家電製品が大きく変わる
 
PLCモジュールの写真

最新のPLCモジュール。数年後には多くの電気製品に組み込まれているかもしれない。

いくつか使用上の注意点はあるが、PLCが第3の家庭内ネットワークとして大きな可能性を秘めている事は間違いない。実際、購入したユーザーの評価も高い。
「3月末までに約21万個が売れました。メインユーザーは40代後半以上の男性と20〜30代の女性。アンケート調査では、それほどパソコンやネットワークに詳しくなく、簡単に家庭内ネットワークを作りたいという方がほとんどでした」と中川さんは語る。心配されていた通信トラブルもほとんどなかったという。

PCCのPLCアダプターは非常に良くできているが、もう少し使い勝手を向上してほしいと思う部分がなくもない。ケーブル配線を少なくできるのが特徴なのだから、本体に電源タップやハブが内蔵されたら、パソコン周りは更に整理されるだろう。
加えて、PLCの仕組みからすると、どう考えてもパソコンの電源とPLCアダプターの電源を別々に取るのは無駄に思える。パソコンにPLCアダプターを内蔵してしまえば、電源コード1本で電力供給とデータ通信が可能になるのだから。
もちろんPCCもそんな事は先刻承知で、既に機器組込用のPLCモジュールを開発している。今後、PLCが普及して有線LANや無線LANと同等の存在になれば、あらかじめPLC機能を備えたパソコンが発売されるかもしれない。ブロードバンドルータにつながった親機が1台だけあり、各部屋のデスクトップパソコンには電源コード以外のケーブルはつながっていない、というイメージだ。ただ、そうなってもノートパソコンは無線LANの方が適しているだろう。PCCも、PLCは有線LANや無線LANに置き換わるものではなく、互いに補完関係にあるという立場を取っている。

将来の展開予測

PCCが考えるPLCの展開予測。ステージ1は現在の導入期。ステージ2で家電製品もPLCでネットワークに組み込まれ、ステージ3(2010年頃)ではPLCモジュールの組み込みが実現する。

PLCのモジュール化には、更に大きな可能性がある。例えば、ハイビジョンTVを中心としたホームエンタテインメントの分野。PLCは高速でデータ通信できるので、リビングのハードディスクレコーダーに録り貯めたハイビジョン番組を寝室のパソコンで見る、といった使い方ができる。
こうした家庭内AVネットワークは既に実用化されているが、リビングから寝室まで有線LANでケーブルを引き回すのは非現実的だ。かといって無線LANでは通信速度が充分ではなく、ハイビジョン映像を滑らかに再生できない。AV機器にPLCモジュールが組み込まれたら、ホームエンタテインメントのあり方が大きく変わるかもしれない。更に進めば、エアコンや冷蔵庫、電話やFAXなど、ネットワークにつながる家電製品にはすべてPLCモジュールが組み込まれる可能性もある。
中川さんも、「松下電器には『ジョーバ』という健康器具があります。『ジョーバ』に乗っているうちに健康データを検知し、それを自動的にパソコンにアップロードする。そんな事ができるようになるかもしれません」と、PLCの将来像を語ってくれた。

幅広い可能性を秘めた最新の家庭内ネットワーク、PLC。それが電力線という最もベーシックなインフラを利用しているのはなかなか興味深い。新しい酒は新しい革袋に入れろと言われるが、古い革袋に入れても良い味が出る事があるのだ。

 

取材協力:

パナソニック コミュニケーションズ株式会社(http://panasonic.co.jp/pcc/

 
 
加藤三郎 0005 D.O.B 1956.6.1
調査報告書 ファイルナンバー014 PLC(高速電力線通信)「電源コンセントを家庭内ネットワークの入り口に」
イラスト/小湊好治 Top of the page

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