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かしこい生き方 生物言語研究者 岡ノ谷一夫さん
音によってコミュニケーションを取ろうという脳の根源的な機能

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人間が言語を獲得する時の音声学習に着目して、小鳥やネズミといった動物を対象に研究をされているのですが、人間の言語の起源を、小鳥のさえずりを研究することで解明しようというのは、ユニークなアプローチですね。

岡ノ谷

まずここでテーマにしているのは「音声学習」ではなく「発声学習」ですね。音声学習というと、「お座り」と言った時に、お座りをする学習だと思う人が多いのですが、そのような学習は聴覚学習と言うべきでしょう。発声学習というのは「お座り」と言われたら「お座り」と言い返す事です。つまり同じ事が言えないと、発声学習とは言えないんです。ですから、これらの言い方の混同を避けるため、ここでは「発声学習」としましょう。
人間は親から言葉を学ぶ――つまり発声学習をするわけですが、このように発声学習をする動物は数少なくて、人間と小鳥とクジラくらいしかいません。鳥ではなくて「小鳥」。ニワトリやカモ、ダチョウなどは発声学習をしません。
小鳥の音声コミュニケーションには、「敵がいる」「おなかが空いたよ」といった、こういうときにはこういう鳴き声と決まっている「地鳴き」という鳴き方と、オスからメスへの求愛や縄張り争いの時にうたう「さえずり」とがあります。このうち、私達が着目しているのは、後者のさえずり、つまり小鳥の歌のほうです。小鳥はこれを、人間のように基本的に親から学ぶんですが、いくつかの音をいろいろな順番で並べたものであって、単語のように並べ替えて意味を伝えようとしているとか、一個一個の音に意味があるわけではありません。むしろ音楽のようなものを伝えているんです。その並べ方に規則があって、それを調べている内に、単純な文法があるということが分かりました。
だから小鳥を調べることによって、言語の基礎である「音を学ぶ」という事が、どういう脳の仕組みで行われるのか、どうやって音の並び方、更に言えば文法を脳がつくっているのかが分かってくるのではないかということなんです。

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その他にも、小鳥の歌と人間の言葉の共通点というのがありますね。

岡ノ谷

小鳥の歌と人間の言葉というのは、行動学的、神経科学的に共通点が多いんです。行動から見れば、まず小鳥の歌も人間の言葉も、呼気をコントロールして音を作り、そこから先の器官、つまり、音源から先がフィルターとして働いて音声に多様性を作るという点。複雑な筋肉を精密に協調させて音を発生させているわけです。
次に、脳を見ると、人間も小鳥も大脳が非対称的に働くという共通点があります。人間の言葉も小鳥の歌も、脳の左側を使って行われているということが分かっています。更に驚くのは、学習の過程での共通点です。人間は、ある言語を母語としてスムーズに話すためには、概ね3歳までにその言語が話されている環境にいて、その言語の音声の特徴を獲得しなくてはならないのですが、鳥も同様に、生後の限られた時期に聞いた歌をお手本にして、自分の歌を作っていくんです。

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小鳥は個々の音と、その順番を親から歌を聞いて学ぶそうですが、野外には種々様々な鳥がいます。その中からどうやって「自分の歌」を聞き分けるのでしょう。

岡ノ谷

生まれつき「自分の歌はこういうものだ」という鋳型を持っていて、それに基づいて自分と同じ種類の鳥の歌を学んでいくんです。ただし「ある程度」ですから、周りに同種の鳥がいない場合には、割と何でも学びます。

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覚える時期に聞けば学ぶということですか。

岡ノ谷

そうです。人間だって動物の鳴き声よりも、人間の言葉を学びますね。つまり人間も含めて動物は、もともと自分が学ぶべきはどういう音なのか、ある程度は分かっていて、それをもとにして、細かい部分を周りから学んでいくわけです。
このように、人間の言語と小鳥の歌とは共通点が多いんですね。

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私たちが考えている以上に、小鳥は賢いんですね。

岡ノ谷

もし私達人間と鳥の体の大きさが同じだったら、鳥の脳のほうが大きい。他の動物と比べても、鳥はいろいろな事態に柔軟な対応ができる――そう言って、言い過ぎではないと思います。10年くらい前まで、鳥には知性の座である大脳皮質がないと言われていました。大脳皮質がないなら、知性は低いに違いないとなったのかもしれませんが、最近になって、鳥の脳には、人間の大脳皮質のような層状になった組織ではなくて、組織の一枚一枚が固まりになったものがあり、大脳皮質と同等の役割を果たしている事が分かってきました。そういう目で見ると、実は鳥の頭の方がよっぽど賢くできている点も多いんです。そういう観察結果が、ここ10年の間にたくさん出てきました。
例えば道具をつくる動物というと、チンパンジーなどを思い浮かべる方が多いでしょうが、ニューカレドニアカラスは、届かないところにある餌を取るために、針金を曲げてフックを作り、餌を取ります。

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高度な道具ですね!かなり賢い。日本の町中でもカラスの賢い行動は、いくつも報告されていますね。

岡ノ谷

そうです。更に、人間しか持たないとされていた「エピソード記憶」というものが鳥にもあるという事が分かりました。「エピソード記憶」とは、例えば三日前に何をしたかを覚えているという事ですが、それを持っている動物は人間以外はいないとされていたんです。ところが鳥の中には、穴を掘って餌を溜めるものがいて、彼らは一週間前に埋めた餌と、昨日溜めた餌との違いをちゃんと分かる。つまりどっちに何を埋めたか分かっているんです。一週間前に、おいしいものを埋めたのだけれども腐ってしまっているかもしれない、であれば、昨日埋めたばかりのものを食べようという選択をしているんです。
更に餌を盗むやつが見ていない時に、餌を埋めかえるということをする。つまり他人の行動を予測するということも分かりました。他の鳥を見て「あいつが盗むに違いない」と、予測して行動しているという事です。面白い事に、こうした行動は一度餌を盗まれた経験がないとしません。こうして道具を作ったり、他人の心を読むというような行動を、鳥がよくするということが最近分かってきました。鳥はとても賢いんです。

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小鳥の他に、ハダカデバネズミやデグーというネズミでも研究をされていますね。

岡ノ谷

このハダカデバネズミとデグーは、どちらもたくさんの鳴き声を持っています。鳴き声(鳥でいう地鳴き)は、いくつかの音を並べる歌とは違って、一個一個、独立した音を出すもので、それらがすべて、特定の異なる状況と関連しているんです。
地鳴きは、ほとんどの動物が持っているのですが、この2種類のネズミは、少なくとも17種類もの鳴き声を持っています。17種類というのはかなり多い。またデグーは求愛の歌もうたうので、小鳥で分かってきた歌に関する脳の仕組みが、ほ乳類のネズミでも成り立つのかどうか調べています。
一方、ハダカデバネズミはアフリカ原産で、極めて複雑な社会の中で暮らしています。真社会性といって、群れは一匹の女王と数匹の繁殖オス、ワーカー(働きネズミ)、ソルジャー(兵隊ネズミ)から構成されており、地下に掘られたたくさんの小部屋をトンネルでつなぎ、それらのコロニーを維持しています。女王が群れ全体を統率している変わった生き物で、女王が一番偉くて、その下が繁殖オス、ソルジャー、ワーカーというヒエラルキーが厳格にある。体の大きさも、階層が高いほど大きい。そうしたなかで、音声を使って社会をうまく運営しています。音声によって関係をスムーズに保つというのは、人間の言葉にも通ずる機能ですから、それをハダカデバネズミで研究しています。

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鳴き声によってコミュニケーションを取り、それによって社会が維持されているというわけですか?

岡ノ谷

そうです。大きい個体と小さい個体がトンネルの中ですれ違う時に、なぜか大きい方が上を、小さい方がその下を通るんです。そしてすれ違う時に、互いに「チュイチュイ」と鳴き合う。調べてみると、大きなネズミの方が低い声で鳴く。だから鳴き声を聞くと、どちらが偉いか分かるんです。暗い地下では視覚による判断は難しいし、密閉された空間なので、匂いはこもってしまって誰の匂いか判断がつかない。だから鳴き合うことで、どちらが偉いかを判断し、階級が固定されていくんです。

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下克上などは起きないのですか。

岡ノ谷

ほぼないですね。小競り合いはあるのですが、鳴き声で決まってしまうから大した事はありません。女王が死ぬと内乱が起きますが、争うのはその時くらいです。最近では、社会階層を判断して、自分がどう鳴くべきかというのを決めている脳の部位があるということが分かってきました。

 

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そこで人間の発声学習がどのような過程を辿っているのかというお話になりますね。

岡ノ谷

最初ネズミだったものが、鳥になると思ったらよいと思います。

   

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ネズミから鳥?!

岡ノ谷

人間の色々な行動に柔軟性を持たせているのは大脳皮質、それに対して中脳では決まった事しかしません。鳥も人間もクジラも、歌をうたう時は大脳皮質と延髄との繋がりが大切で、それがないとうたえません。一方、地鳴きは、ほとんどの場合、中脳と延髄の連結だけで鳴けます(図参照)。運動野(大脳皮質)から延髄呼吸中枢を制御する経路というのは、発声学習をする動物だけが持つものであり、これがないと、新しい音を学習して歌にするといったことはできません。それに対して中脳の発声中枢から延髄呼吸中枢を制御するという経路はほとんどの動物が持っているもの。ですからこの経路があれば、基本的には地鳴きができる。
では人間はどうかというと、生まれたばかりの赤ちゃんが「おんぎゃーおんぎゃー」と泣いている時は、中脳以下で泣き声を制御しているんです。だから、とても単純な泣き声ですし、あまり状況の変化が反映されません。ところが生後1ヶ月くらいになると、かなり自己主張が入ってくる。実際に聞くと、違いははっきりしています。
つまり生後すぐは中脳以下で泣いていたものが、時間とともに大脳皮質の経路が入ってくるのではないかと考えられるんです。同じ様にハダカデバネズミがトンネル内ですれ違う時の音、あれは社会的な地位を知覚した上で鳴き方を変えているわけですから、中脳と延髄だけの経路ではないという事になります。最近の研究で、ハダカデバネズミのあの声に関しては大脳が制御しているということが分かりました。

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先にネズミ段階から小鳥段階へとおっしゃったのは、この経路の事なんですね。

岡ノ谷

赤ん坊の泣き声は、最初は、中脳が延髄を制御している。その次にハダカデバネズミ段階がきて、大脳皮質の一部で中脳を制御するような状態に発達する。これによって、大ざっぱな感情表現ができるようになってきて、お母さんに気持ちを伝えることができてくる。それをしばらくやっている内に、音声で状況を伝えるということが得意になり、更には言葉へと移行していくのではないかと思われます。
生後1ヶ月以前の赤ちゃんの泣き方は、完璧にワンパターンで、お母さんにその内容は分からない。そのうち、いろいろな泣き方をするようになると、お母さん自体が仮説をもって赤ん坊に対応します。その仮説をもったお母さんに対して、子供もその仮説に合ったような泣き方をするようになる。そうやって泣き声が分化していく――この過程こそが、のちに言語を獲得する上で重要になっていくだろうと思われるのです。つまりハダカデバネズミの単純なコール段階から、社会的な発声の段階を経て、最終的には学習して音が出せる段階に至るわけです。

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発声の段階から、いろいろなことをできるように、トレーニングをしているようにも感じますね。研究するにあたっては、ハダカデバネズミの時と同様に、赤ちゃんの泣き声を収集、分析されているのですか?

岡ノ谷

収集して、本当にこのように変化していくのかを調べています。一週間に1度でいいから声を録音してくださいとお願いして、その時になぜ赤ちゃんが泣いていると思うのか、お母さんが思うところも記録してもらっています。「おんぎゃー」と泣いた時に、「きっと、おむつが濡れているから泣いているのだと思います」とかね。それを一年間記録してもらう。今は40人くらい、そうした記録が集まりました。これを分析して、先に述べたような分化の過程を示すかどうかと調べているところですが、大変難しいですね(笑)。赤ちゃんの泣き声は、あまりにも複雑。カテゴリカルには、なかなか変化しませんから。

   

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ハダカデバネズミのように、「この時は、この音」と決まっていないのですか。

岡ノ谷

ええ。ハダカデバネズミは、いろいろな音を持っていて、巣の中で餌を争う時には「ジュイジイ」と2匹が一緒に鳴く。2匹が一緒に鳴くから、音が重なって聞こえるでしょう?「よこせ、よこせ」とお互いに言っている状態です。それに対して、すれ違う時の声というのは、重ならないんですよ。互いの声を聞いてから鳴くんです。そこが偉いところです(笑)。その他の鳴き声としては、「ピュピュピュピュピュ」と高く短い、女王が繁殖オスに交尾を求める鳴き声、更にうんと高い「ピュイ」というのは、子供が女王に対して「なめて」と言っている声。

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それぞれ、明らかに違いますね。こんなに違うとは…。

岡ノ谷

それが最初の段階です。赤ん坊の場合も、いろいろな声があるというよりは、最初はただ一種類の音だけを、繰り返して泣いているだけ。それが社会性を帯びてくるに従って、いろいろなパターンで泣くようになり、それによってお母さんとコミュニケーションがとれるようになっていく。最終的には、状況と泣き声の対応をしっかり練習すると、言葉が出てくるんです。

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こうした研究は、たとえば脳梗塞によって声を失う、つまり発声ができなくなったというケースにもつながるものなのでしょうか。

岡ノ谷

同じような現象を鳥で起こすことはできます。歌をうたうために必要な脳の部分が損傷すると、人間と同じような症状が出てきます。同じような症状が出せるということは、人間の治療にも、いつかは役立つことはあるだろう、あってもおかしくない。とてもシビアなことなので、無責任な事は言えませんが、鳥の研究から、人間の脳障がい、言語障がいの理解をすることが可能になる時がくるかもしれませんね。

赤ちゃんの泣き声から解きほぐす言葉の獲得のプロセス
岡ノ谷一夫(おかのや・かずお)
1959年生まれ。1983年慶應義塾大学文学部心理学専攻卒業。89年米国メリーランド大学心理学部博士課程修了、Ph.D.取得。専攻は神経行動学。上智大学生命科学研究所、農林水産省鳥害研究室、慶應義塾大学心理学研究室などで鳥の発声の研究を続け、94年千葉大学文学部助教授、96年科学技術振興事業団の「さきがけ研究21」に兼任研究者として参加。2004年より理化学研究所チームリーダー。主な著書に『小鳥の歌からヒトの言葉へ 』(岩波 科学ライブラリー)、『心理学辞典』(丸善)など。
 
●取材後記
子どもが言葉を覚えていく過程は、本当に不思議なものだ。最初はただ、ふにゃふにゃと泣くだけだったのが、泣き方に変化が出、そして1年も経つと単語を発するようになる。そのうち「○○が×した」と文章を組み立てられるようになり、そのうちどこで覚えたのかという言葉が出てくるようになる。この不思議の一端がこれから解明されるとなれば、ますます言葉への興味が尽きない。

構成、文/飯塚りえ   撮影/海野惶世   イラスト/小湊好治 Top of the page

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