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かしこい生き方 ノンフィクションライター 戸田智弘さん
やりたくないことの中からやりたいことが見えてくる 経験しよう、悩んでみよう

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戸田さんご自身、メーカーに就職するも入社1年目頃から「仕事が面白くない」病を患い、ちょうど3年間勤めて退社。「これをやりたい」というような明確な目標が無かったため、大学に入って…とご自身のプロフィールにありますが、その後、転職もされて、いろいろな仕事をなさっていますね。

戸田

ええ。非鉄金属メーカーに就職しましたが、どうしても仕事が面白くない。周囲を見ても、そんなに楽しそうに仕事をしている人もいない。「どうしたら仕事が面白くなるだろうか」と思って、けっこう本も読みました。先輩に「仕事が面白くない」と相談もしましたね。「面白くないからこそ、お金がもらえるんだ。面白いことをする時には、こちらがお金を払うのだ」と言われましたけれど(笑)。
それで、悩んだ末、結局会社を辞めて、大学の社会学部に編入したんです。働く事とは何か、自分の中に解決策はなかったけれど、そこにいけば何か見つかるかもと思って。

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何か見つかりましたか。

戸田

いいえ(笑)。その後、今で言うNPOのような会社に参加したり、出版社に入ったり。

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「悩んで悩んで、次に進む」の繰り返しだったのですね。

戸田

そうですねぇ(笑)。実際、その場に自分の身を置かないと、自分が何を感じて何を思うかが分からないですからね。自分で経験していく中で、何らかの負荷がかかってきて、それを跳ね返そうとする時に自分を見つめ直す。その繰り返しでした。

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そうしたことが、本を書こうと思った根底にあるのですか。

戸田

それもありますが、NPOの仕事でニートの就業支援に関わったことも関係しています。この仕事の関係でキャリアカウンセラーの資格を取ったのですが、ちょっと前の日本社会であれば、キャリアカウンセリングなんて必要なかったでしょう。「良い学校に入って、良い会社に入るのが幸せな人生だ」という共通認識を皆が持っていたし「いったん会社に入ったら定年まで勤める」という確固たるキャリアコースが敷かれていましたから。でも、今はそれが崩れ去ってしまいました。成果給や年俸制が導入され、早期退職やリストラが日常化するといった変化が起き、従来の固定的なキャリアコースがなくなって、日本人はこれまで以上に多くの場面で職業の選択や人生の決断をする必要が出てきた。仕事の選択肢も増えたし、寿命も延びたこともあって、人生において、何回も自分のキャリアを選択しなくてはいけなくなったんです。僕自身も、働くことに迷ってきたという実体験があります。その過程で、仕事とは何か、働くとはどういうことか、折に触れ書き付けてきたメモがあったので、本を書くことでまとめたいと思ったんです。

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仕事を選ぶという場面で「やりたいことは何だろう?」という考え方がありますが、戸田さんは、これにあまり固執しないほうが良いと書いておられますね。

戸田

まず、仕事を選ぶ時の「好き」と、趣味や娯楽的な「好き」とは分けて考えなくてはいけません。職業を選ぶという前提の上では、趣味、娯楽の延長だと、意味のない迷路に迷いこんでしまいます。今、若い人に好きなことは何?とたずねると、漫画とゲームという答えが多いのですが、ではその「好き」を究めて職業にする気があるのかというと、そういうわけでもない。「だったら、それは好きなことは無いってことだよね?」ということなんです。

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「やりたいことが無い」という人も多いのではないですか。

戸田

就職を控えた学生などから、そういう相談をされることもありますが、そんな時は、今ははっきりやりたい事が見つからなくても良いから、とにかく働いてみろと言います。働く中で、やりたくないけどやらされる事とか、自分はこうしたいけどそれはダメだとか、あつれきや負荷がきっと掛かるはずです。その負荷が掛かった時に、自分を振り返ることができる。これは僕も体験したことですが、それによってあいまいだった自分というものがはっきりしてきて、やりたいことがぼんやりとでも見えてくると思うんです。

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ご著書にあった寺田寅彦の「興味があるからやるというよりは、やるから興味ができる場合がどうも多いようである」という名言のように、ということですね。

戸田

そうですね。一方で「人と違うことをしたい」という若い人も多いのですが、それでもやはりみんなと同じように一度は働いてみてほしい。逆説的な言い方になるのですが、皆と同じように働ける人でないと、人と違うことって出来ないと思います。まず「形」を身につけることが大事でしょうね。

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柔道をやろうと思ったら、形を知らずしていきなり投げられないし、受け身も取れないのと同じですね。

戸田

そうそう。型破りな生き方をしたかったら、まず形を身につけるべき。形が身に付かないうちに何かやろうとしても、形無しになっちゃうんです。将来、自分にしかできないことをやろうとか、でかいことをやろうというなら、まずは形を身につけてほしいですね。
そしてその時大切なのは、生き生きと仕事をしていて、尊敬できるなという人を見つけて、その人から話を聞くことです。というのは、例えばラーメン屋に行く時に、値段や味、移動距離や、混雑具合など様々な選択基準があって、そこから「選ぶ」ということを、僕らは普通にしています。会社なり仕事なりを選ぶ時も同じ考え方をする必要があるんじゃないでしょうか。給料が良い、自分が成長できる、地元で働ける、安定している、社会に貢献できる、自分の技能を生かせる等々、判断する基準があって、それらを照らし合わせて選択肢の中から選んでいくということです。ではそれらの基準はどうしたら自分の中で芽生えていくのか、獲得できるのかというと、ロールモデルとなる人を通して価値観を身につけることなんです。
よく「10年後の目標を立てなさい」と言われますね。でも、そもそも本当に達成したい目標を作るためには、自分が持っている価値観、つまり自分は何を大事にしたいのかをはっきりさせないといけない。そうでないと、地に足の着いた目標にならないんです。僕も仕事で悩んでいた時に、10年後の目標を立ててみましたが、価値観が定まっていなかったので、まるで絵に描いた餅でした。「自分の会社を作って、1ヶ月の売上はいくらで、夏休みは一ヶ月とって…」って(笑)。

 

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何でも良いからとにかく働け、つまり経験してみろというのは、職業を選択するだけでなく、何か人生の転機に於いても、役に立つと思うのですが。

戸田

キャリアレインボーという考え方があるのですが、僕らは人生の中でいろいろな役割を持っています。子供、学生、職業人、配偶者、家庭人、親、余暇を楽しむ人、市民という8つの役割です。それらの役割が人生の中で、ある時は職業人の枠が大きくなったり、ある時は親という役割が大きくなったり、グラデーションをもって、相互作用を及ぼしながら進んでいく。でも日本の場合は、女性は家庭、男性は仕事という究極的な役割分担が長らく続いていました。だから定年後の男性が、仕事という役割がなくなった途端、家庭の中あるいは地域の中で居場所がなくなってしまうという問題が起きたりしています。本来は、いろいろな役割をもちながら、自分の人生をコントロールしていって、ある役割がなくなった時に他の役割を広げられるように、つまり全体としてゼロにならないように、例えば職業人としての自分だけでなく、余暇を楽しむ人、市民といった役割を自分で作っておく必要があるんです。
それは、現役で仕事をしている時にも言えることです。技術者だったけど、営業に配置換えされたということもあるでしょう。その時、技術者としての道を進むために転職するとか、営業で頑張ってみるとか、選択肢はいくつかあるでしょうが、いずれにせよ積極的な選択ができたほうが良いでしょう? そのためにも会社まかせ、他人まかせではなく、自立的なキャリアデザインを考えておくのは必要でしょうね。

   

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年を重ねていく中で、自分自身の興味も移り変わっていきます。その都度、自身のキャリアをデザインし直していく必要もありますね。

戸田

大事ですね。「自分」というものは、どんどん変化して更新されていくものです。「バージョン今日」、「バージョン明日」という感じで(笑)。キャリアデザインとは、要するに自分と職業をマッチングさせるということですが、自分の能力、興味、価値観の3つによって、ある程度、職業的自己というものをはっきりさせることができます。それに基づいて、職業を選ぶ。でも、それは「その時点での自分」です。能力や興味は、固定化されたものではなく、変化していくものですからね。

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先にも出ましたが、自分のやりたいことに固執し過ぎないことも大切というお話もありましたね。自分自身のことを顧みても、やりたいことよりも、やりたくないことの方がはっきりしていて、強い意思が働きます。

戸田

「やりたいこと」というのはある種の妄想であることが多いのに対して、「やりたくないこと」というのは体験に基づいていることだからリアリティがあるのでしょう。人間は基本的には受動的な生き物というのかな…生まれ落ちた時には、自分と他者という区別がない。外部から様々な負荷を受け、体験する中で、自己を獲得していく。社会人になっても同じでしょう。やりたくない仕事を命じられたり、理不尽な事を言われたりした時に、自分を見つめるでしょう? 哲学者の中島義道さんが「やりたくないことをひたすら排除していって、たった一つ残ったのが哲学者という仕事だった」というようなことを書いているけれど、僕自身、本当にそうだなと思います。だから、やりたくないことを経験するのは良いことだと思いますよ(笑)。「我慢できない!やりたくない!」ということを排除していくと、自分のやれることが見えてくるんです。

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ご著書の中にもありましたが、働くことが単にお金を得るということであるならば、ビル・ゲイツはとっくに仕事をやめているはずだと。悠々自適に暮らしている人達でも、働こうとするのはなぜか。そこには若い人だけでなく、現在働いている人、そしてこれからリタイアする方にも通じる、「働く」という事についての、根源的な示唆があるように思います。

戸田

以前、リタイア後に海外に移住した方々を取材したことがあります。ゴルフをしたり旅行に行ったりしてのんびり暮らしている方が多く、一見、羨ましいことなのですが、実際はボランティアや仕事をしている方のほうが、生き生きとしている感じがありました。結局ゴルフも旅行も、生産活動ではなくて消費活動だから、人とのつながりを十分に感じることはできません。福田恆存に「人間は生産を通じてでなければつき合えない。消費は人を孤独に陥れる」という名言があります。人間は社会的な動物で、自分の居場所とか役割というものは、人とのつながりの中から確かめるしかない。例えば人に「ありがとう」と言われることによって自分の存在が認められるわけです。働くということは、それに通じると思います。

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マザー・テレサの言葉に「私に与えられた仕事は極めて限られたものかもしれないが、それが自分に与えられた仕事という点で、かけがえのない仕事になる」とありました。自分にしかできない事を探すよりも、自分がやる事に意味があるのだというのは、改めて感じるところがありました。

戸田

社会人1年生には、とにかく20代は迷って良いんだと言いたいですね。行動すること、たくさん迷うこと、たくさん挫折すること、そういう中で、本来の意味での、自分の「仕事」を見つけてほしいと思います。

能力も経験も興味も変わっていく 毎日自分を更新すること
戸田智弘(とだ・ともひろ)
1960年愛知県生まれ。ライター、キャリアカウンセラー。北海道大学工学部、法政大学社会学部卒業。2007年7月に『働く理由−99の名言に学ぶシゴト論。』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)を著し、話題に。この他、著書には『50歳からの海外ボランティア』(双葉社)、『妻が夫に書かせる遺言状』(主婦の友社)、『海外リタイア生活術』(平凡社新書)、『元気なNPOの育て方』『狙われる日本人』(共にNHK生活人新書)、『職在亜細亜 職はアジアにあり!』(実業之日本社)などがある。
 
●取材後記
取材でいろいろな方にお会いしたり、読者から面白かったと感想をいただいたりすると、やたら嬉しい。思わず「頑張ろう」と思ってしまう。確たる意志があったわけでもなく、何となく編集の道に入ったものの、結局これが一番向いているようだ、と実感できるようになったのは、それでもごく最近のこと。天職って何だ?と思いながらお話を伺ったが、戸田さんの「日によって、相手によって、自分は変わる」というのは、正にその通り。編集の仕事は楽しいぞ、と言いながらそれでも「宝くじ、当たらないかなぁ」などと思う日もよくある。

構成、文/飯塚りえ   撮影/海野惶世   イラスト/小湊好治 Top of the page

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