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かしこい生き方 工学博士 戸川達男さん
科学的な視点で見ることで理解できる生物的な現象としての「老い」

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今、老いについていろいろな側面から議論がなされていますが、私達は老いというものをネガティブに、あるいは無理矢理にポジティブに捉えようとするあまり、科学的に老いを理解する視点が、これまで少なかったように思います。

戸川

老いを考える上で情緒的なものももちろん大切だと思います。ただ情緒的なものだけだと理解が難しい。私は老いの専門家ではありませんが、長寿科学総合研究の推進に関わってきた事や大学で加齢人間科学という講義を持った事などが、この分野に興味を持ったきっかけなんですね。老いに関しては、遺伝子レベルの研究などは進んでいるのに、心も含めて人間全体としての研究が乏しいのに気づいたのです。そこでまずは、生物としての老いとは何かを動物と比べながら客観的に考えてみよう。その上で情緒的な事柄まで理解出来るような科学が必要だろうと思っています。

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確かに老いや死という現象は、あらゆる生物に訪れるものです。

戸川

ええ。老いと死という現象には、人間も他の動物とほとんど違いがありません。特に有性生殖をする動物は、必ず老いて死にます。ではなぜか。有性生殖とは、遺伝的多様性を獲得して、環境に適応するためにとても有効な手段です。ところが食糧などの資源が限られているところでは、親がいつまでも生きていては、子の遺伝子にせっかく適応的変化が起きても、子が繁殖する余地が無くなってしまう。つまり親が死なないと有性生殖のメリットが生かされないのです。そこで、遺伝子のプログラムとして「老いる」というメカニズムが備わったと考えられています。「老いは困るから止めよう」と言っても、老いという基本的性質を止めるのは、ほぼ不可能だと思うのです。

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人間の細胞分裂に限界があったり、修復機能が年を重ねるに従って低くなっていくのも、そうしたメカニズムの一つなのでしょうか。

戸川

老化の現象はいろいろありますが、例えばテロメアの短縮というのもその一つです。多くの細胞は分裂を繰り返して新しい細胞に生まれ変わりますが、その分裂の回数に限界があるのです。DNAの末端にテロメアという同じ塩基配列の繰り返しがあるのですが、分裂するたびにこのテロメアが少しずつ短くなっていく。そしてある一定の長さまで短くなると、ついには細胞分裂が起こらなくなるという現象があります。それぞれの細胞が分裂回数のカウンターを持っているようなものです。だからこのテロメアが最長寿命を決めているのだという見方もあります。ただこのメカニズムが最長寿命を決定するために進化したかどうかは疑問です。というのも、人の場合ですと最長寿命は120歳位と言われていますが、人間でも実際に120歳まで生きる人はほとんどありません。だから120歳になったら死ぬという機構を組み入れる事が、人の適応性にとって大きな役割を果たしているとは考えにくいんです。テロメアの短縮は、何か別の目的があって進化したに違いないので、その他のいろいろな機構が重なって寿命を制限していると考えた方が説明がつきやすいですね。

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テロメアの短縮というのは、いくつかある老化現象の一つに過ぎないということですね。

戸川

老化のメカニズムはいろいろありますから、一つずつ解明していけば寿命は延長されるかもしれませんが、機械と同じように、人の体も耐用年数を超えて使い続けると、あちこちに不具合が起きてくるでしょう。それをまた解決しようとすれば、遺伝子レベルで何とかしなければいけないという話になるでしょうし、それは現実的ではありません。
老いとは基本的に生殖機能を終えた個体を排除するための生物システムのからくりです。ただ、積極的に寿命を制限するのではなく――そこが生物のメカニズムとして分かりにくいところですが、多くの動物は、鮭のように子孫を残したらすぐに死ぬというデザインにはなっていません。むしろ、個々の細胞や組織に生じた欠陥を修復しないで放置しておくことで、結果として生きられなくなるという場合が多いようです。修復機能はあるけれど、その働きが弱くなるとか、免疫機能が落ちて、病気に感染しやすくなっていく。そうして全体としては、高齢になるほど個体数が減っていくようになっているのです。だからどのメカニズムが老いの本質かというよりは、いろいろな老化の機構が同時に進行して、高齢個体数が適当になるところで安定しているのだと考えられます。

 

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遺伝子がそのようにデザインされているわけですね。それでも、人間は他の動物に比べて、長生きします。

戸川

チンパンジーなどは割合、長生きで、寿命は40年位と言われますが、それでも人に比べれば、短いですよね。人とそれに近い動物と比べた時、寿命自体の長さだけでなくて、いわゆる生殖可能な期間――生殖期と言いますが、その期間を過ぎた後の期間、後生殖期の長さも随分違います。
特に女性の場合ははっきりしていて、排卵が始まってから閉経までの期間が生殖期にあたり、この期間しか子孫を残す事は出来ません。その後は自分の子孫を残さない期間を生きることになります。チンパンジーの後生殖期は、せいぜい5年ほどですが、人の場合は、30年以上も生きる。個体の生きる目的が子孫を残すことだけだとしたら、自分の子孫を残さないのに、どうしてそんなに長く生きるのか、その理由はまだあまり良く分かっていません。ほ乳類は子育てをしますから、親は子育てのために生きる必要があります。でも人間でさえ十数年もしたら生物としての子育て期間は終わるでしょうから、これでは説明は不十分。また、人間はお産が重いから、出産を親が介助するように進化したという説もあります。でも、必ずしも親である必要はないはずですから、これもあまり説得力がない。

   

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自分の子供の子育てを手伝うためだという説もありますね。

戸川

確かに子育てをするのは、母親とおばあちゃんだと良いでしょうが、それも実の親でなくとも子は育ちますし、やはり説明としては十分でない。だとすると、なぜ人間だけがそんなに生きるのか――それは人間が文化を持っているという事に関係しているという説があります。文化は、生きる知恵を子孫に伝えていくことができる性質として成立したと考えられます。そこで、文化を伝えるために高齢者が貢献したのだとすれば、例えば高齢者が生きるための知恵の担い手になっているとしたら、高齢者が集団の中にいるかいないかは、集団の存続に直接関わってきます。文化を獲得した後に、遺伝的性質の進化が起きて、最長寿命が延びたという説が一番納得がいくと私は思っています。
石器を作ったのが文化の痕跡としては最も古い。今から二百数十万年前の事ですから、そうした時間の長さで考えると、遺伝的性質が進化したことは十分考えられます。旧石器時代の最初の頃は、文化はあまり進歩しなかったようです。かなり後の時代になって急速に進むのです。つまり最初の頃は文化を獲得したけれども発展させる力がまだ弱く、それが長い時間スケールの中で、寿命が延びて、文化を確実に子孫に伝える事が出来るようになった――文化を持った事が進化を促したと考えられるわけです。昆虫とその昆虫が受粉する花が一緒に進化するような事を「共進化」と言いますが、人間の場合は、文化と遺伝的性質が共進化したのだと言われています。そして恐らくこれが、寿命が延びた一番の原因ではないかと思うのです。まだ完全に証明されたとは言えませんが、それ以外に説得力のある説明がありませんから、消去法で考えてもそれに違いないのです。

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極端に言えば、文化を伝えるために人間は寿命を延ばしたという事でしょうか。

戸川

そうでしょう。いろいろな形で、文化は寿命に関わっていると思います。例えば文化を持った原人が出現してからずっと後のことになりますが、人間の祖先は言語を獲得しました。そして、それ以降は言葉で伝える事が出来るようになりましたよね。ただ言葉で伝えると、エラーが起きます。伝言ゲームを思い出せば、何度も伝えていくうちに、間違いが起きることが想像できるでしょう? その時に、もし自分の子の世代よりも後の世代、例えば孫の世代に一世代飛び越して伝える事が出来たら、エラーは半分で済みます。文化の継承においては長生きのメリットは非常に大きいのです。自分が経験したことを直接伝えるのは、とても有効な事ですよね。滅多に起こらない事、例えば過去に大地震を経験した人は、どうすれば生き残れるかという知恵を持っている。言葉だけでは完全に伝えきれない事柄も、身振り手振りなども使って直接に伝えられれば、より正確に伝えることができたに違いないのです。そういう意味で、昔は、高齢者は情報の担い手だったのだと考えられます。

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プリミティブな社会では、「長老」という存在が敬われています。まさに今のお話の通りですね。

戸川

祭事を長老が仕切るというように、自分が得た知恵を若い人に伝えるという役割が確実にあったわけです。
人類学的にも、そうした事が裏付けられています。旧石器時代の原人がどの位生きたのかというデータはまだ少ないのですが、それが分かってくれば、文化がどのように発展したかという事から、どういう遺伝的性質が、どのように獲得されたか分かってくるに違いありません。文化の進化と遺伝子の進化が、どうつながっているか、これから段々分かってくるのではないかと思います。

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私達は随分、文化的な生き物なのですね(笑)。

戸川

ええ。人は脳が大きくなったから知恵も獲得されて、文化を持てるようになったと思いがちですが、同時進行だったんですよ。

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脳という器がまず出来て、そこで初めて文化を持ち込みましょうという進化ではないということですか。

戸川

そうです。そして恐らくそれだけが、動物と人間との違いをすっきり説明出来るのではないかと思っているんです。そうでないと、人間のように高度に脳が発達した変な動物が突然現れたことを説明しにくい。全く偶然に出現したというのでは説明になりませんからね。

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重要な情報の担い手であった高齢者ですが、翻って今を見てみると全体の3割位が、いわゆる後生殖期の状態にあるというのは、これまでどの動物も経験したことがありません。

戸川

他の動物から見るとかなり特異ですね。他の動物では明らかに生存に不利なはずです。ところが、今の人類は、子孫を残すための必要を超える生き方をしたからといって、他の動物に滅ぼされるという心配がなくなりました。種の保存のために有効でない特徴を持っていても、それによって淘汰されてしまうという不安はないのです。長生きする人が多くなったというのは、それだけ人類の生存が安泰になったからだと言えます。それでまったく問題がなくなったというのではないのですが。

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いくつかの問題もありますね。

戸川

ええ。長生きできるようになると、また新たな困難に遭遇することになるのです。実際、高齢者を支えるために若い人の負担が増し、しかも高齢者の多くは高齢を生きることに苦痛や不安を感じているのです。それは簡単な問題ではありません。それを解決するには、私達の発想を根本的に変えていく必要があるようにも思います。
他の動物は皆、子孫を残すために、体の機能も脳機能も生殖期に最も高まるようにデザインされています。でも人間は、今や、生殖の機会を獲得して子孫を残すために全精力を使う必要はなくなりました。ですから、私は、体の機能が一番高まる時期をどう使うかという事から考えても良いのではないかと思います。そこには例えば、身体的なピークを迎えた時期に、人間が人間たる文化的な活動を思い切りする、平たく言えば、思い切り遊ぶ、それを高齢者が支えるような仕組みを考えるなどといった大胆な発想です。

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人間と他の動物との違いは、人間が文化を持っているからこそ、生物的なピークを文化を発展させるために使おうということですか。

戸川

生きるための知恵を蓄積するために出現した文化ですが、それは生きる知恵の範囲を超えて、芸術や学問などの他に遊びのような文化も興りました。生きる必要を越えたところに価値を見出すというのは、他の生物種にはないという意味で、非常に人間らしいのではないですか。人間の特徴は遊びだという人は多いですが、私もその通りだと思います。

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人間ならではの選択肢ですね。

戸川

今の時代は、もしかしたら生命の歴史の転換点なのかもしれない、そうであれば、それにふさわしい発想が必要なのではと思います。

生き延びるための知恵から始まった文化を伝える長寿という進化
戸川達男(とがわ・たつお)
1960年早稲田大学理工学部応用物理学科卒業。65年東京大学大学院数物系研究科博士課程修了(応用物理学専攻)。工学博士。東京大学助手を経て、72年東京医科歯科大学教授。2003年早稲田大学人間科学部教授。現在、早稲田大学人間総合研究センター客員研究員。著書に『動物の老い人間の老い−長寿の人間科学』『動物の生き方人間の生き方−人間科学へのアプローチ』『動物の心人間の心・科学はまだ心をとらえていない』(共にコロナ社)など。
 
●取材後記
「何とか斑」だの「かんとか跡」だのと言われて、化粧品コーナーにたくさん並ぶ品々を見ながら、どうして良いか分からず途方に暮れることが多々ある。それはそれで何とかなれば良いと思いつつ、一方で「いけないもの」とされるのがどうにも違和感があった。いずれにしても感情的なものがあったのだが、長生きが文化を持ったための進化という説を伺うと、何だか気持ちが軽くなる。体の衰えも介護などの問題も決して簡単な問題ではないが、長寿に対して科学的な視線を持つことが、そうした問題へのゆとりを生んでくれるかもしれない。

構成、文/飯塚りえ   撮影/海野惶世   イラスト/小湊好治 Top of the page

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