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かしこい生き方 東京大学大学院准教授 増田直紀さん
ネットワークを科学する「つながり」には仕組みがある

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「ネットワーク」という響きから、インターネットや通信のイメージを抱くのですが、そうではなく、人のネットワークはもちろん、あらゆるモノが「つながる」上での構造や仕組みを研究する学問だそうですね。

増田

そうです。現在のネットワーク科学という学問が体系化され始めたのが、今から10年程前のことです。だからおっしゃるようにインターネットを思い浮かべる方も多いかもしれません。ただ例えば自分には友達が100人いる、つまり100人とつながっていて、その友達にも100人の友達がいるという、いわゆる「友達の友達は、皆友達だ」というように、地球上の人々がネットワークを成していることを、皆さん何となく分かっているかと思います。インターネットも、コンピュータがネットワークを成しているからこそ、世界各地のあらゆる情報を得ることが出来るわけです。そうやっていろいろな所にネットワークがあることは、昔から認識されてはいたけれど、それが一体何なのか、きちんと分かっていませんでした。人のつながり方を調べようにも、10人、100人までなら何となく分かるけれども、地球レベルでのつながり方が分からない。以前のコンピュータの解析能力が足りなかったという理由があります。またせっかく解析しても、その解釈の仕方が分からなかったという面もあります。

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解析というのは、例えばAさんとBさんが友達で、AさんとCさんは敵対関係でといった関係を図化するということですか?

増田

そうです。けれども図化したところで、それが何なのか解釈出来なかったわけです。ネットワークの研究は、社会学の分野で以前から成されていました。そこでは文化や社会的背景と人のネットワークを関連付けることを重視して研究していましたが、数式を使ってコンピュータで解析して…というものではなく、現在のネットワークの科学で語られるような、例えば何万人もの人のネットワークが研究の舞台に乗ることがなかったのです。それが1998年頃を境に、いわゆる理系の人達が、データを採取し数式を用いて解析し始めた結果、現在のようなネットワーク研究が体系付けられ始めたんです。

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そこで見えてきたネットワークの仕組みの代表的なものが、「スモールワールド・ネットワーク」と「スケールフリー・ネットワーク」というキーワードですね。

増田

はい。まず、スモールワールド・ネットワークですが、これには大きく2つの性質があります。一つは、「6次の隔たり」です。

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知り合いを6人介すると、到底つながらないだろうなと思っている人…例えば私とミック・ジャガーとが、間接的につながるというものですね。

増田

そうです(笑)。感覚的には100人、いえ、1000人位は介さないとミック・ジャガーにはつながらないんじゃないかと思うかもしれませんが、平均的に6人程度を介するとつながってしまいます。ポイントは、1000や1万という大きな数ではなくて、多くても10人位ということ。人のネットワークもそうですし、インターネットも含めていろいろなネットワークで言えることなんです。
脳のニューロンも、スモールワールド・ネットワークだという主張があります。脳内のニューロン数は、10億とも100億とも言われていますが、ある箇所のニューロンから出た情報は、いくつか、せいぜいが10以下のニューロンを介して、全く違う場所へとつながっていく、つまり6次の隔たりを持つスモールワールド・ネットワークならではのコミュニケーションをしているらしいと考えられています。
もう一つ、スモールワールド・ネットワークには「クラスター」という仕組みがあります。このクラスターの説明は、なかなかに難しいのですが…「集団」とか「コミュニティ」といった言葉に置き換えることもできます。人で言えば、会社だったり家族だったり、あるいは気の合う仲間だったり、それぞれが持っている属性に応じて似たもの同士が寄り集まるということです。インターネットのコンピュータも同じように、3、4台が群れてつながって三角形や四角形を成すという性質があるんです。これをクラスター性と言います。

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例えば、父、母、子供が2人という家族があったとして、この4人は、今のお話でいうとクラスターになるわけですね。

増田

ええ。学問的な定義では、クラスターとは図式化した場合の三角形を指すのですが、これは細かい数学の問題であって、その本質は近しい4、5人程度が小さくつながっていることです。人って、多少なりとも仲間で群れるじゃないですか。そのイメージですね。

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その小さな集団、つまりクラスターが大きなネットワークの中に複数あるということですね。

増田

そうです。現実の社会では、一人の人が地域の活動があったり、趣味仲間と交流したり、違う業界の人とつながっていたりと、複数のクラスターに属しているでしょう。ところがクラスターが強すぎると、その群れの中だけで完結して周囲と遮断され、外の情報が入ってきません。つまり群れの外には、6次の隔たりどころか100次を介してもたどり着けない。

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なるほど。私は、母とつながっているけれど、母の友人Aとはつながっていない、つまりこの3人は同じクラスターには属していない…。そういう状態が6次の隔たりを実現しているということですね。

増田

そこがポイントです。それが遠くへいく、私が母からAにつながるための「枝」になっているんです。このつながり方は、似た者同士がつながりやすいクラスターのつながり方とは異なります。大雑把に言うと、私達は、群れるための枝と遠くにつながるための枝を両方持っていると言えます。

 

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確かに、友人の友人、そのまた友人へと、知らない誰かへと枝が伸びていくのは、日常的に経験していることです。
もう一つ、スケールフリー・ネットワークというのは、どのようなものでしょう。

増田

「ハブ」がいるつながりの構造です。

   

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ハブ?

増田

人で言えば、知り合いの数が、平均の数字から、はるかにずば抜けた人を指します。例えば、日本人の女性の平均身長は157cm位で、145cmや175cmの人もいますけれど、300cmの人はいません。つまり平均の比較的近くにばらついているわけです。ところが収入に関しては違います。平均の収入が400万円位だとしても、中には1億円稼ぐ人がいる。それと同じことが人のつながりでも言えて、100人とつながっているのが普通だとすると、中には1万人とつながっている人が存在するんです。そうした平均の数字からはるかにずば抜けた人をハブと言い、ハブがいるのがスケールフリー・ネットワークと言われるネットワーク構造です。

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確かに「あの人は顔が広い」と言った表現はありますが、私達の想像を上回る集団のキーとなる人がいるということでしょうか。

増田

ええ。ハブは、スケールフリー・ネットワークを理解する上での重要なポイントです。「スケール」というのは「縮尺」、「フリー」はそこから解放されているということ。砕いて言うならば、「平均だけでは分からないよ」ということです。平均身長が157cmと言った時に、何となく「ばらつきはせいぜいプラスマイナス20cm程度かな」と思ってしまうけれども、スケールフリー・ネットワークではそれが通じません。平均や、ばらつき具合を表すいわゆる標準偏差といった数字にこだわるとうまくいかない。「スケールなんて忘れてしまいましょう」という考え方と言ったらいいでしょうか。
スケールフリー・ネットワークというのは、そういうずば抜けたつながりを持つ、何人がかりでもかなわないようなスーパーマンみたいな影響力を持つ人がいるネットワークなんです。ハブが色々なネットワークで確かに存在することが、ここ10年間で分かってきました。

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それによって、どんなことが見えてきたのでしょうか。

増田

ハブの役割や影響力を分析して、マーケティングや公衆衛生に生かしています。平均値が大きな意味を持たないハブやスケールフリー・ネットワークという概念は、今までとは全く違うものの見方で、とても重要な概念なんです。例えば感染症を防ぐのも、まずハブから予防を施した方がその蔓延を防ぐことが出来る。感染経路によっても異なりますが、身体接触でうつるような感染症の場合は、全員にワクチンを打つよりも、まずは人との接触が飛び抜けて多いハブをターゲットにすることで、病気の蔓延を防ぎやすくなります。コンピュータウイルスを防ぐのも同じことです。たくさんのコンピュータにつながっているホストコンピュータにウイルスが入ったら、ウイルスがばらまかれる速度も範囲も桁違いです。そのためにもハブを守る必要がありますね。

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確かに、個人のコンピュータと何万台もとつながっているホストコンピュータが感染するのとでは、その後の被害の度合いが全く違いますものね。

増田

ええ。Aさんから10人へ感染し、更に10人へと芋づる式に感染していくのも怖いですが、それならば感染の初期の段階で気付いて、何らかの対策を施し駆除することも可能かもしれません。しかし短期間にハブを介して100万人となると止めようがない。だからこそ、ハブという存在がポイントになるんです。ハブに病気や情報が入ると、一気に広がります。その影響力は脅威です。10人とつながっている人と、1000人とつながっているハブでは、単純につながっている人数で考えたら影響力は100倍の差と思うでしょうが、実は1万倍もの差があるんです。

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1万倍? 威力の差が桁違いじゃないですか。

増田

ハブは、他と比べて100倍伝えやすいだけでなく、100倍情報が入ってきやすいからです。ウイルスでもそうですが、入ってくるスピードも100倍、出るスピードも100倍。つまり100×100で、威力は普通の人の1万倍となる。実際のデータを元にコンピュータでシミュレーションしてみても、その通りになります。だから、ハブを押さえたらどれ位感染症が抑制できるかという研究もされています。そこで肝心なのが、誰がハブなのかということ。これが実は、インタビューをして回ると、結構すぐにハブに行き当たるんです。

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それは不思議ですね。

増田

それもハブのハブたるゆえんというか、友達を一人挙げて下さいと質問した時に、Aさんの名前が挙ったとします。そうしたらAさんに同じ質問をして、挙がった人にまた聞いてというインタビューをして歩くとハブに行き当たるんです。面白いですよね(笑)。ハブはたくさんの手をもって、情報が入ってくるのを待っています。1万人とつながっているとしたら、1万のアンテナを張って、インタビュアーが来るのを待っているわけです。

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スモールワールド・ネットワークや、スケールフリー・ネットワークという「つながり」の仕組みを知るというのは、引いては、物事の根本的な仕組みの一つを解明するようなものという印象があります。私達は何となく分かるというだけで、明文化してはいませんでしたが、先生は武器として持っていると言えます。これらを実生活に生かすことも可能なのでしょうか。

増田

ええ。この理論を応用出来る分野が広がっていくことを期待しています。現在進行中の研究の一つで、アダルト、ドラッグ、犯罪系といった危険なウェブサイトにアクセスしないような方策を、ホームページのつながり方、つまりサイト間のネットワークから作ろうとしています。こうした有害サイトを調査していくうちに、内容が全く同じ約1000個の有害サイトが互いにリンクを張りつつ、その外にも枝を伸ばして塊を作っているという、危険なサイト特有のつながり方があることが分かりました。
これまでは危険なサイトかどうかということを、サイトで使われている言葉から判定しようとしていましたが、用いられる言語に依存したり隠語が使われたりで、いたちごっごでした。ですが、この研究を進めて、ウェブサイトのつながり方がより明確になれば、例えば塊に近づいたら警告を出すといった対策を取ることが考えられます。

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言葉に依存してしまうと、ニュースなど必要なサイトまで危険と見なしてしまうという問題がありましたが、これは非常に興味深いですね。

増田

院内感染についても研究を進めているところです。病気を治すために入院して別の病気に罹ってしまっては困ります。患者を守るのだから、患者が人と接触しない方が良いだろうということで、病室をすべて個室にした病院があるのですが、意外と効果が少ないんです。

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患者同士を切り離せば、院内感染は防げそうに思いますが…。

増田

そこである病院のネットワークデータを使って院内感染をシミュレーションしてみたところ、病気を主に伝えるのは患者ではなく医者だと分かってきたんです。患者の行動範囲は病室内やその周辺であって、接触人数もそれ程多くはありません。他方、医者は自分の担当患者がいれば別の病棟に行く必要もあるし、接触人数も多い。つまり医者自身は発病していなくともウイルスを運んでいる可能性があると考えられるわけです。つまり患者を守るためには、医者の移動を限定する、例えば受け持ち患者を一つの病棟にまとめるなど、医者の行動を変えると効果的であることが分かってきたのです。同じような場面で、病院全体の人数に対して、ワクチンが充分にないという場合、ワクチンを誰に与えれば病院全体として病気の蔓延を抑えられるかをシミュレーションしました。すると、患者を守るためには、ネットワーク上で重要な位置にいる医者や看護士にワクチンを打った方が良いと分かりました。患者に打てば、確かにその患者は守られますが、それ以外の患者を守ることが難しいんです。

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感覚的なものではなく、ネットワークという仕組みを知れば、有効な方策を練ることが出来るという例ですね。これから、更に応用範囲が広がっていくのでしょうか。

増田

新商品の販売戦略といったマーケティングや組織論、人事といった場面では注目されており、それ以外にも先にお話したような感染症や脳の仕組み、インターネットへの適用などがあります。その他にも、交通の流れや教育の場面でも模索が続いています。ネットワークの科学は学問として体系立ってからまだ日が浅いのです。今は、私のような解析が専門の人間が、数学や物理、コンピュータ・シミュレーションなどのツールを使って理論を積み上げつつ、次は応用すべき対象を探している状態ですね(笑)。でも「ネットワークには仕組みというものがある」と知るだけで、かなり楽しいし刺激的だと思います。

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生きる上で、強みになりそうです。人のネットワークにしても、漠然と大事だと思っていても、顔の広い、狭いは個人の資質によるものだと思っていましたが、それだけではないというのも今日初めて知りました。

増田

もちろん、資質は大きいし、友達の数やすぐ隣の人に注視してしまいがちですが、実は隣の隣、つまり枝の先の先にいる人が重要だったりすることもあるでしょう。そういう、ネットワーク全体の中で自分がどこにいるのかというグローバルな視点を持つことにも意味があると思います。世間でネットワークと言うと、自分のすぐ隣に誰がいるか、あるいはどれだけ名刺を配れたかに目が行きがちですが、それではとてももったいないことです。今日、お話しているようなネットワークを考えてみれば、自分のすぐ隣だけでなくその先の先を見てみたり、もし自分が内向的だというならハブの人につながって助けてもらったりすれば良い。何でもかんでもつながっていましょう、という単一の目で見るのではなく、もっと広くネットワーク全体を見てみることが大切だと思いますね。

モノの動き方、広がり方、伝わり方を知ればこれまでと違う武器になる
増田直紀(ますだ・なおき)
1976年東京生まれ。98年東京大学工学部計数工学科卒業。2002年東京大学大学院工学系研究科計数工学専攻博士課程修了。工学博士。理化学研究所などを経て、現在東京大学大学院情報理工学系研究科数理情報学専攻准教授。著書に『私たちはどうつながっているのか−ネットワークの科学を応用する』(中公新書)、共著に『「複雑ネットワーク」とは何か−複雑な関係を読み解く新しいアプローチ』 (ブルーバックス) 『複雑ネットワークの科学』(産業図書)。
 
●取材後記
新しいものの考え方を知るのは、とても刺激的だ。会社で組織や人事を考える立場にある方は、耳にしたことがあるかもしれない「複雑系ネットワーク」という言葉だが、一般に浸透しているとは言い難い。今回もお話を伺いながら「あの人はきっとハブだ」「6人で誰にでもつながるってことはあの人にも…」「じゃあこのクラスターを変えるとどうなるのかしら」などなど、日常生活に当てはめてあれこれ考えてしまった。実際、それ程に単純でも下世話でもない領域だが、人のつながりという私達にとって非常に身近なテーマだけに、今後の展開を大いに期待してしまう取材だった。

構成、文/飯塚りえ   撮影/海野惶世   イラスト/小湊好治 Top of the page

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