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新IT大捜査線 特命捜査 第40号 動物の個体識別を可能にするマイクロチップ「電子情報がサポートする“ペットの飼い主探し”」
 
  電子タグをペットの個体識別に活用
 
桜井さん

共立製薬株式会社 営業本部 コンパニマル薬品営業部次長 桜井雅樹さん。

マイクロチップ

これがマイクロチップ(商品名「アイディール」)。サイズはインディカ米を一回り大きくしたくらいで、極めて小さい。

インジェクターを操作

埋め込みに使う専用の注射器(商品名「アイディール」)。先端からマイクロチップを押し出す仕組みだ。

リーダー

番号の読み取りに使用するリーダー(商品名「アイマックス」)。電磁誘導を利用してマイクロチップに電力を発生させる。

今、日本ではどのくらいの数のペットが飼われているか、ご存じだろうか? ペットフード工業会が行った「第15回(平成20年度)全国犬猫飼育率調査」によると、飼育率から推計される飼育頭数は、犬が
1,310万1,000頭、猫が1,373万8,000頭。犬と猫だけでも、15歳未満の子供の数を超えているのだ。
その一方で、年間約34万頭の保健所等に保護され、そのうち約30万頭が処分されているという現実がある。この中には、何らかの事情で飼い主とはぐれてしまい、迷子になったペットが相当数いると見られている。

飼い主にとって、ペットは大切な家族の一員だ。我が子同然に可愛がっているペットがある日突然姿を消したら、どれほど悲しいことだろう。迷子や逸走ばかりではない。地震などの災害、不慮の事故、盗難など、ペットが飼い主とはぐれてしまう機会は思いのほか多い。
更に、はぐれたペットが発見・保護されても、「どこの誰に飼われているのか」という身元証明がなければ、無事に飼い主の元へ戻るのは難しい。そのため多くの飼い主は、ペットの名前や自分の連絡先を書いた迷子札やIDペンダントを首輪に付けている。
迷子札の効果は大きく、行方不明になったペットが戻って来たという話をよく聞く。だが、頼りの迷子札も外れてしまえばお手上げだ。誰かがペットを発見してくれたとしても、飼い主を探す手だてはほとんどない。

マイクロチップは、行方不明になったペットの身元確認を行う最も有効な方法と考えられている。それはどんなもので、どのように使うのだろうか? 国内でトップシェアを持つ共立製薬株式会社の桜井雅樹さんにお話を伺った。
「マイクロチップは、動物の体内に埋め込んで使う個体識別用の電子機器です。当社が扱っているのはスイス製の『アイディール』という製品で、大きさは長さが13ミリ、直径が2ミリ。細長いカプセル状で、中にはIC(電子回路)とコンデンサー、そしてアンテナの役目をする電磁コイルが入っています」
マイクロチップのICには、世界で唯一の番号が記録されている。この番号は書き換えることができないため、確実な個体識別が可能だ。また、全体が生体適合ガラス(鉛を含まないガラス)やポリマーで覆われているため、安全性が高い。耐用年数も25〜30年と長いため、犬や猫なら生涯にわたって認識できる。
「このマイクロチップを、専用の注射器を使ってペットの体内に埋め込みます。埋め込みは獣医療行為ですので、獣医師しか行えません。犬や猫の場合、埋め込む場所は背側頸部の皮下5ミリから1センチ程度。痛みは普通の注射と同じくらいですね。個体差はありますが、犬は生後2週齢、猫は生後4週齢くらいから処置できます」
体内に埋め込むわけだから、当然ながら迷子札のような脱落の心配がない。素人が簡単に取り外せないので、盗難にあった場合の身元証明としても心強い。

番号を読み取る際は、専用のリーダーを使う。リーダーから発信される電波が電磁誘導によってマイクロチップ内のコイルに電力を発生させ、番号をリーダーに伝送する仕組みだ。そのため、マイクロチップ本体は電源を必要としない。
この仕組み、どこかで聞いたことがないだろうか。そう、これは電子マネーに使われているものとほぼ同じで、いわゆる電子タグ(情報を書き込んだ小型チップ)の応用例にあたる。物流の商品管理や図書館の蔵書管理、食品トレーサビリティーなど、産業の幅広い分野で導入が進んでいる電子タグは、こうした形でペット業界にも導入されていたのだ。

 
 
 
  ペットに負担を与えない、安全で確実な身元証明
 
15桁のデータコード

リーダーが読み取った15桁のデータコード。中段は国コード、下段の右8桁が個体識別コードだ。

データ読み取り

マイクロチップのデータを読み取っているところ。埋め込むのはペットの背側頸部、肩胛骨の中央部が一般的。

マルチリーダー

データを内部に保存できるメモリータイプのリーダー(商品名「マルチリーダー」)。

スティックリーダー

動物をゲージから出せない場合に使用する棒状のリーダー(商品名「スティックリーダー」)。

実はマイクロチップには、ISO(国際標準化機構)準拠の規格と、各メーカーが独自に設定した規格がある。日本で販売されているペット用のマイクロチップは5種類あり(販社は4社、すべて海外製)、いずれもISO規格品。データのコード体系はISO11784規格に、通信方式はISO11785規格(読み取り専用)に準拠している。マイクロチップやリーダーに互換性があるため、メーカーが違っていても番号の読み取りに支障はない。
ペットに与えられる世界で唯一の番号は、どのように規定されているのだろう? データのコード体系について、桜井さんが分かりやすく教えてくれた。
「個体のデータは15桁の数字で表されます。最初の3桁は国コードで、日本の場合は392。次の2桁は動物コードで、犬や猫などペット動物の場合は14になります。続く2桁はディーラーコード。当社が扱っている『アイディール』の場合は10です。残りの8桁に割り当てられているのが個体識別コード。全体では『3921410XXXXXXXX』という長い数字になります。ペットの戸籍のようなものですね」

大切なペットの体内へ異物を挿入することに対し、抵抗感を抱く飼い主もいるだろう。だが桜井さんが言うように、痛みは通常の注射とほぼ変わらないし、埋め込み処置はわずか数分で終わる。日本国内においてマイクロチップの破損や副作用、ショック症状等の事例は、まだ1件も報告されていない。マイクロチップがペットの体内で移動することはごくまれにあるが、あくまで皮下内での移動なので、筋肉組織を傷つけないし、読み取りにも支障は生じない。「アイディール」のように、移動しにくいよう表面を加工している製品もある。
ちなみに、マイクロチップの埋め込みにかかる費用は、数千円から1万円といったところ。すべての動物病院で処置できるわけではなく、対応している病院は全国で約30%と言われている。

ペットに埋め込んだマイクロチップは、リーダーから発信される微弱な電波によって起動する。電波の通信距離は長くないが、通信可能な範囲が比較的広く、姿勢による変化が少ないのが特徴だ。リーダーの読み取り感度はメーカーによって若干の差があるが、読み取り自体はほぼ瞬時に行われる。
リーダーも、メーカーによっていくつかの種類がある。共立製薬の場合は、主なものだけでもスタンダードタイプ、データをリーダー内に保存できるメモリータイプ、ゲージ外からの読み取りを可能にするスティックタイプの3種類があり、用途に応じて使い分けられているという。

ところで、マイクロチップに書き込まれている15桁の番号には、飼い主の住所や名前、電話番号などが入っていない。これは、マイクロチップの容量に限界があるのと、個人情報保護の観点から、飼い主のデータを別の場所で管理する仕組みが採られているためだ。従って、マイクロチップを埋め込んだだけでは、ペットが行方不明になっても飼い主を特定することができない。
「ペットにマイクロチップを埋め込んだ飼い主は、名前や連絡先などの個人情報をデータベースに登録する必要があります。ここで初めて、15桁の番号と飼い主の情報がひも付けられるわけです」と桜井さん。次は登録の手順と、データベースがどのように管理されているのかを見ていこう。

 
 
 
  ペットと飼い主をリンクする「動物IDデータ管理システム」
 
中村さん

社団法人日本動物保護管理協会 中村燈(あかり)さん。

登録申込書

登録申込書。この手続きを行わないと、ペットと飼い主をひも付けすることができない。

WEB検索・ログイン画面

「動物IDデータ管理システム」WEB検索・ログイン画面。

WEB検索・ID入力画面

「動物IDデータ管理システム」WEB検索・ID入力画面。

WEB検索・情報照会画面

「動物IDデータ管理システム」WEB検索・情報照会画面。

ゲート型リーダー

共立製薬のゲート型リーダー。動物を扱う行政施設で使われている。

データベースの管理を行っているのは、動物愛護4団体と社団法人日本獣医師会によって設立された、動物ID普及推進会議(AIPO)。事務局にあたる社団法人 日本動物保護管理協会が、登録や変更などの実務を行っている。
ペットにマイクロチップを埋め込んだ飼い主は、必要事項を記入した登録申込書をAIPOへ送付する。記入するのは、氏名・住所・電話番号・FAX・E-MAILからなる飼い主情報と、動物情報及び獣医師情報。動物情報には動物の名前・生年月・性別(オス・去勢オス・メス・避妊メス・不明)・動物種(犬・猫・その他)の他に、3桁の種類コードと2桁の毛色コードがある。データ登録料は1,000円で、一度登録すれば管理や変更(飼い主や住所等)の費用はかからない。登録は飼い主が自分で行ってもいいが、多くの場合は動物病院が代行してくれる。埋め込み費用に登録料が含まれていることも多い。

飼い主が登録したデータは、AIPOが運営する「動物IDデータ管理システム」の下で保管される。このデータはどのような形で使われているのだろうか? 飼い主が自由にアクセスできるのだろうか? 日本動物保護管理協会の中村燈(あかり)さんに詳細を伺った。
「動物IDデータは、行方不明になった動物が日本国内で発見された際に、飼い主を確認するために使用するものです。データベースはインターネットで検索できますが、アクセスできるのはAIPOに施設登録された動物病院の獣医師、動物管理センター等の行政施設に限られており、飼い主が直接アクセスすることはできません」
自分の個人データなのになぜ?と思われるかもしれないが、利用目的を考えれば納得できるはず。人の戸籍がそうであるように、ペットの戸籍も厳重に管理されているのだ。

実際にマイクロチップを埋め込んだペットが行方不明になってしまった場合をシミュレーションしてみよう。ペットが第三者によって発見された場合、一番多いのは近くの動物病院へ持ち込まれるケースだという。ペットが傷付いていた場合、その確率はより高くなる。
「もしその病院がAIPOに登録されていれば、獣医師さんはまずリーダーでマイクロチップの有無を確認します。番号を読み取ったら、AIPOから与えられているログインIDとパスワードでデータベースへアクセスし、マイクロチップの番号を入力して登録情報を照会します。これで飼い主さんを特定できたら、直接本人に連絡して引き取りに来てもらうわけです」
ペットが動物管理センターや保健所等の行政施設に持ち込まれた場合も、引き取りまでの手順はほぼ変わらない。ほとんどの施設は、動物が持ち込まれた段階でマイクロチップの有無を確認しているようだ。こうした施設では多くの動物を扱うため、ゲート型のリーダーを使うケースが多いという。

マイクロチップのデータが全国一元化して管理されるようになったのは、2006年の12月から。
「それまでは、マイクロチップを販売する1社と、残り3社が別々にデータベースを構築していたんです。3社のデータは日本獣医師会(後にAIPOへ移行)が管理していました。状況が変わったきっかけは、3年前に行われた動物愛護管理法の改正です。環境省から動物の所有者明示措置が告示され、その具体的な方法としてマイクロチップが例示されたんです」
これを受け、関係する行政機関がマイクロチップ読み取り体制の整備を明文化。マイクロチップの普及を後押しする環境が整い、それに歩調を合わせるべく、データベースの統一化が図られた。ちなみに、日本では一部特定外来生物や特定(危険)動物へのマイクロチップ埋め込みが義務付けられているが、犬や猫などのペット動物は義務付けられていない。

 
 
 
  ペットショップの対応と新たな応用法が普及のカギを握る
 
ポスター

AIPOのマイクロチップ啓蒙ポスター。

リーフレット
リーフレット

同じくAIPOのリーフレット。分かりやすくメリットを紹介している。

マイクロチップの普及に弾みが付いたことは、データからも見て取れる。2002年度におけるAIPOの累計登録数は、犬と猫の合計で2,144。データベースを統一した2006年度には6万2,799に跳ね上がり、今年6月現在で24万4,147にまで増えている。
もちろん、飼育されているペット全体の数から見れば、この数字は微々たるもの。普及率で見れば1%に届くかどうかというレベルで、マイクロチップ先進国の欧米とは比べるべくもない。地域差も大きく、兵庫県、静岡県、沖縄県のように、人口の割に登録数が多い県もある。
「兵庫県は阪神・淡路大震災の経験から、ペットの保護に対する住民の意識が高いんです。静岡県は静岡市の獣医師会が猫への導入を熱心に進めていますし、沖縄では固有の生態系を守るため、いくつかの島が装着を義務付けています」

「義務ではないし、うちの子は迷子札を付けているから大丈夫」──恐らく多くの飼い主がそう考えているから、今のところマイクロチップの普及は地域行政や獣医師会等の取り組みに頼らざるを得ないのだろう。
だが、普及につながる明るい兆しもある。動物愛護管理法の改正で販売業者の意識が変わり、あらかじめマイクロチップを埋め込んだペットを販売するケースが増えてきたのだ。中には販売する全頭に装着しているペットショップもある。購入時の負担はやや増えるが、メリットと飼育責任を口頭で説明されれば、飼い主の意識も高まるだろう。無責任な飼育放棄の減少も期待できそうだ。桜井さんも中村さんも、この方法がマイクロチップ普及のカギになると見ている。

マイクロチップのメリットは大きいが、安全で確実な個体識別機能だけでは、積極的に導入する動機になりにくいのもまた事実。せっかくITを活かした電子機器なのだから、更に魅力的なメリットをアピールできないだろうか? 体温測定機能を持つ製品は既にあるが、動物病院の事情に詳しい桜井さんが指摘するのは、“電子カルテとの連携”だ。
「例えば、診察室のゲートにリーダーを組み込んでおき、患者が席に着いたときには、電子カルテが自動的にパソコン画面に表示されているというシステムです。マイクロチップの番号とカルテ番号をひも付けさせるだけですから、決して複雑な仕組みではありません。実際、ハンディ型リーダーと電子カルテをひも付けしたソフトなら、既に市販されています」
このシステムが普及すれば、初めての獣医に診察を受けるときも、無駄を省いた効率的な治療が期待できる。また、電源とサイズの問題が解決できれば、GPS機能の内蔵も夢ではないかもしれない。技術開発次第で、マイクロチップの応用例は今後も拡大していくはずだ。

米粒よりわずかに大きいだけの電子機器、マイクロチップ。仮に迷子札が外れてしまっても、マイクロチップが埋め込んであれば、それが飼い主とペットを結びつける最後の絆になる。
もしかしたら、装着を望んでいるのは飼い主よりもペットの方かもしれない。

 

取材協力:共立製薬株式会社(http://www.kyoritsuseiyaku.co.jp)、社団法人 日本動物保護管理協会

 
 
神山 恭子 0012 D.O.B 1966.7.3
調査報告書 ファイルナンバー 第40号 動物の個体識別を可能にするマイクロチップ「電子情報がサポートする“ペットの飼い主探し”」
イラスト/小湊好治 Top of the page

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