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特命捜査 第54号 エレベーター行先予報システム 「混雑を緩和して待ち時間と乗車時間を短縮!」

エレベーターの運行を司る”群管理システム”とは?

大谷さんと藤田さん

三菱電機株式会社 ビル事業部 昇降機営業設計部 技術計画課 課長 大谷 隆さん(右)と、同課長代理の藤田 薫さん。

「行先予報システム」乗場イメージイラスト

「行先予報システム」の設置イメージ。上下ボタンではなく、乗場操作盤を使う点が特徴。階数表示の横にエレベーターの乗車号機が点灯する。

現代のエレベーターはコンピューターによって制御されている。高層ビルのフロアで上下ボタンを押せば最適なエレベーターがすぐにやってくるし、到着するエレベーターもあらかじめホールランタンが点滅して教えてくれる。裏ではどんな運行システムが動いているのだろう? 三菱電機株式会社、ビル事業部の大谷隆さんと藤田薫さんを尋ねてお話を伺った。同社は国内最大規模のエレベーターメーカーで、エレベーター本体やそれを稼働させるシステムなど、数多くの製品を開発・販売している。
「1970年代の後半以降、ビル内のエレベーターは"群管理システム"で制御されるようになりました。これは複数台のエレベーターをひとつのグループとして考え、待ち時間に配慮してバランスよく配車するシステム。その処理手順となるアルゴリズムがメーカー毎に違っていて、それぞれに特徴があるのです」(大谷さん)
アルゴリズムをベースに、技術者はビル内の交通流(=人の動き)に応じた多数の運行ルールを作成する。利用者がボタンを押す度に、群管理システムが最適な運行ルールを適用してエレベーターを動かしているわけだ。

三菱電機のアルゴリズムの特徴は、独自の「心理的待時間評価方式」にある。「研究の結果、人がエレベーターを待っている間に感じるイライラ感は、物理的な待ち時間の二乗で増えていくことが分かりました。そこで、満員による通過確率、乗車時間、混雑度などにおける心理を数値換算し、その和が最小になることを目指したのです」(藤田さん)
イライラ感を最小化するには、可能な限り効率良くエレベーターを動かさなければならない。ここで必要なのは、利用者がいつ、どのようにエレベーターを使うかという未来予測。例えば、別々の階で同時にエレベーターを待っている3人のために、全体の中の3台を動かす。この時、システム内ではこの3人を前提にした運行ルールが適用されている。ところがその2分後、別の階にいる2人がエレベーターを呼んだ。システムはこの2人のために新たな運行ルールを適用するが、最初から5人を運ぶことを想定した運行ルールを適用した方が効率は上がる。

三菱電機が開発した最新の群管理システムは、AI(人工知能)を用いて数分先のビル内交通流を予測する。多種多様な運行ルールをリアルタイムでシミュレーション評価し、予測される交通流に対して平均待ち時間が最短になるルールを適用して運行を制御。つまり、数分後に人がどこから乗ってきてどこで降りるかという予測を織り込みながら、エレベーターを動かしているのだ。だが、こうしたAI機能は他のメーカーも導入済み。同社の群管理システムには更にその先がある。「行先予報システム」だ。
「1階の乗場操作盤で行きたい階のボタンを押すと、サービスするエレベーターの乗車号機をボタンのすぐ横に表示するシステムです。どのエレベーターに乗れば良いかが簡単に分かるだけでなく、乗車時間が短縮され、混雑も緩和できます」(大谷さん)

従来のエレベーターの場合、利用者は中に入ってから行き先階のボタンを押すが、「行先予報システム」の場合は、乗る前からコンピューターに行き先を教えていることになる。そのため、より適切なエレベーターを割り当てることができるのだ。
それだけではない。「行先予報システム」は基本的に同じ階で降りる利用者を一つのエレベーターに載せるので、停止する階が少なくなり、輸送効率が上がる。行き先階は自動的に登録されるので、利用者は乗車後にエレベーター内で行き先階のボタンを押す必要もない。


セキュリティーゲートが乗車号機を教えてくれる!

システム構成図

システム構成図。「セキュリティーシステム」(左)と「エレベーター行先予報システム」(右)を連動している。

三菱電機が今年の4月から発売しているのが、「セキュリティーシステム連動・エレベーター行先予報システム」。既存の群管理システムと入退室管理システムを連動させた、先進的なエレベーター運行システムだ。
システムの狙いは出勤時の混雑解消にある。高層ビルのオフィス棟は、人が集中する時間帯のエレベーター待ちが避けられない。最近はセキュリティーゲートを設置するビルが増えており、ゲートの外まで長い行列ができることも珍しくない。
では、どうしたらこの問題を解決できるのか? 群管理システムを効率的に働かせるためには、"どの階に何人行くのか"という情報を、少しでも早くコンピューターに知らせる必要がある。開発陣が注目したのは、セキュリティーゲートと社員証(IDカード)だった。社員証からは、"その人が所属する階数"の情報が読み取れる。

ゲートから見たエレベーター

東京ビルディングのエレベーターホール(一部)。AからHまで8機のエレベーターが稼働している。

ゲートを通る藤田さん

社員証をタッチしてゲートを通るところ。IDの認証は瞬時に行われる。

ゲートの表示器

ゲート後部には5.7インチの液晶パネルがあり、エレベーターの乗車号機が表示される。

社員がゲートに社員証をかざすと、「セキュリティーシステム」は瞬時にカード内の情報を読み取り、その人の行き先階を判別する。行き先階の情報はエレベーターの「行先予報システム」に送られ、すぐさま群管理による効率的な制御が行われる。逆に「行先予報システム」から「セキュリティーシステム」へは乗車号機の情報が送られ、ゲートの出口付近に設置した液晶ディスプレイに表示される。2つのシステムが情報を共有して、エレベーターの利便性と輸送効率アップを図っているのだ。
このシステムなら、利用者はゲートを出るまでに自分が乗るエレベーターを確認することができるし、混雑時でなければ利用者がエレベーターホールに着く前にエレベーターを待機させておくこともできる。何より、利用者が一切ボタンに触れることなく目的階に到着できるのが凄い。

三菱電機の本社がある東京ビルディングには、今年1月からこのシステムが導入されている。試しに一連の動作を藤田さんに実演してもらった。時間はまだ人の移動が目立つお昼過ぎ。
藤田さんがゲートの入口に社員証をかざす。行き先は10階だ。表示器に乗車号機が出るまでに一瞬のタイムラグがあるが、ほとんど気にならない。「G」の表示が出たのでまっすぐG号機に向かうと、エレベーターは既に扉を開けて待機していた。藤田さんと調査員の私が乗り込む。だが、扉はまだ閉まらない。不思議に思っていると、後からもう3人が別々に乗ってきた。エレベーターはこの人たちを待っていたのだ。
エレベーター内の操作パネルを見ると、8階と10階のボタンしか点灯していない。これは乗客が降りる階数。試しに別の階のボタンを押してみたが、全く反応がない。「指定された階以外には止まらないんです」と、藤田さんが教えてくれた。
乗車時に後から来る人を待っていたが、エレベーターは2つの階にしか止まらなかったので、体感的な移動時間はかなり短く感じた。なるほど、これなら確かに効率は良さそうだ。

だが、よく分からないこともある。社員証を持っていないゲストはどうすればいいのだろう? ゲートを通る時に表示を見過ごした場合は? 間違って指定以外のエレベーターに乗ってしまったら? 斬新なシステムだけに、知れば知るほど疑問が湧いてくる。



途中階から乗った時は、エレベーター内で階数指定できる

ゲストカード使用時のゲート表示

ゲストカードでゲートを通ると、乗車号機ではなく操作の案内表示が出る。

ゲストは行き先階のボタンを押す

ゲストは1階の乗場操作盤で行き先階のボタンを押す。車椅子用のエレベーターもある。

エレベーター内の階数表示

エレベーター内の階数表示。行き先階だけが点灯しており、それ以外の階には止まらない。

最も大きな疑問は、ゲストへの対応だろう。社員証を持ってない外部の人が利用する場合はどうなるのか。
「その場合は受付でお渡ししたゲストカードを使ってセキュリティーゲートを通っていただき、エレベーターホールにある乗場操作盤で、行き先階のボタンを押していただくことになります」(藤田さん)。行き先階の情報を持っていない人は、従来型の「行先予報システム」を利用する形になっているのだ。そのため、セキュリティーゲートの表示器には「ホールでご利用階を入力してください」というメッセージが表示される。社員が乗車号機を見過ごした場合も同じ手順になる。

次は、指示されたのとは違うエレベーターに間違って乗ってしまった場合。「行先予報システム」の仕組みを知らない人は、自分が降りたい階のボタンを押しても点灯しないので不思議に思うはずだ。ほとんどの人はここで降りるらしいが、中にはそのまま乗ってしまう人もいる。
「その場合は、最初に止まった階で降りてください。途中階のエレベーターホールには上下ボタンがありますので、ボタンを押して次に来たエレベーターに乗れば大丈夫。実は、途中の階からはエレベーター内の操作パネルで階数を指定できるのです」(藤田さん)
ビル内でフロアを移動する時も同じで、好きな階で乗り降りすることができる。利用者から見れば、1階から乗る時以外、その操作方法は従来型のエレベーターと全く変わらない。

社員の場合、配属変更と共に勤務階数が変わることがある。同じ社員証でセキュリティーゲートを通ったら以前の階数が表示されるように思うが、実際は新しい階数が正しく表示される。これは、社員証のIDには社員番号のような基本情報だけを記録し、所属や階数などの詳細情報は別の場所で管理しているため。社員証のIDは常に最新の個人情報にひも付けられているのだ。

このシステムの導入に際しては、大谷さんら担当者にも不安があったという。エレベーターの都合で乗車号機を決めるので、それを快く思わない人がいるかもしれない。そうした事情もあり、日本初の「セキュリティーシステム連動・エレベーター行先予報システム」は、東京ビルディングの中でも三菱電機関連の会社が入っているオフィスエリアだけに導入された。気になるのはその結果。果たして、出勤時のエレベーター混雑は解消したのだろうか?


輸送効率が向上し、ホールの混雑が緩和された

導入前後の比較図と写真

システム導入前後の変化。導入前はエレベーター1機の停止階が多いが、導入後は大幅に減った。行列の長さの違いは一目瞭然。

アンケートの円グラフ

「出勤時、便利になったか」というアンケートに対する返答。

システムの実証実験は今年1月から2月にかけて行われた。導入前に使われていたのはフロアに上下ボタンがある従来型のエレベーターで、セキュリティーゲートの手前には毎朝待ち時間1〜2分程度の長い行列ができていた。導入後はそれがなくなり、状況は大きく改善された。5分間の輸送人数は、導入前の150.5人から174.3人に増加。改善率は15.8%になる。数字はそれほど大きくないが、利用者の反応は全く違う。「電車なら各駅から急行に乗った気分」「5分ゆっくり家を出られるようになった」「ボタンを押さなくていいので両手がふさがっている時に助かる」など、概して好意的な意見が多い。
「導入前の出勤時はエレベーター内の階数表示が7つくらい点灯していて、各階で乗り降りに時間がかかっていました。導入後は3つくらいしか点灯しないので、自分の立ち位置まで考えられます。また、以前は人混みの中でボタンを押すストレスがあったのですが、それがなくなったのも大きなメリットですね」(藤田さん)

反対に、導入当初は「エレベーターがすぐに出発しない」「ゲートの表示を見忘れた」など、システムに不馴れなことに起因する不満の声があった。だが日常的にこのシステムを利用していれば、その効果は体感的に分かってくる。エレベーターがすぐに出発しないイライラ感を、短時間で到着できる快適さが打ち消すのだ。社員に関する限り、今では不満の声はほとんど聞こえてこないという。

大谷さんは、電車やバスのような公共交通との共通性を指摘する。「このエレベーターは24人乗りなんですが、以前は半分も乗れば、後から来た人は遠慮して乗りませんでした。導入後は堂々と定員近くまで乗るようになった(笑)。乗るエレベーターが指示されているので、『これは私のエレベーター』という感覚になるんです」
電車やバスなら、乗れる時にわざわざ乗るのを諦めたりしない。エレベーターに対するこうした利用者意識は、効率を重視する欧米では一般的だが、日本では珍しい。日本のエレベーターは、主に快適性や安全性を重視して開発されてきたからだ。

国内展開はこれからだが、もしこのシステムが普及すれば、日本の高層ビルのエレベーターは大きく変わるかもしれない。少なからず残っていた非効率な運行が解消され、エレベーターの交通流はかつてないほどスムーズになるだろう。新規テナントへの訴求力もあるから、大きな目で見れば、ビル全体の稼働率アップにもつながってくる。

三菱電機は今年1月、「エレベーター省エネ群管理システム」を開発した。これは利用者が乗場でボタンを押した時、各エレベーターの位置や乗車率から消費電力量を推定し、運行効率と省エネを両立するエレベーターを選んで配車する仕組み。テストでは従来に比べて最大10%の省エネ効果があったという。
今回のシステムには組み込まれていないが、将来は省エネ性能、運行効率、セキュリティーの全てを兼ね備えたエレベーターも夢ではない。最新のエレベーターはここまで進化しているのだ。

協力:三菱電機株式会社(http://www.MitsubishiElectric.co.jp/elevator/


坂本 剛 0007 D.O.B 1971.10.28調査報告書 ファイルナンバー054号 エレベーター行先予報システム 「混雑を緩和して待ち時間と乗車時間を短縮!」
イラスト/小湊好治
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