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ニッポン・ロングセラー考 Vol.98 ノザキのコンビーフ 川商フーズ

台形の缶に牛のイラスト 国産コンビーフの第1号

INDEX

最初の国産コンビーフは缶詰ではなく瓶詰だった

試作に使った陶器の壷

日東食品製造が試作に使った陶器の壷。日高式壷と呼ばれた。

アンカー瓶

初代「ノザキのコンビーフ」。アンカー瓶と呼ばれるガラス容器に入っていた。

サンドイッチやサラダは定番。野菜炒めや炒飯とは相性ぴったり。オムレツや卵焼きとの組み合わせもなかなか。コンビーフは、そんな幅広い使い方ができる畜肉缶詰の代表格だ。大和煮や焼き鳥など畜肉缶詰にはいくつもの種類があるが、食材として使えるという点ではコンビーフが一番かもしれない。
コンビーフの英語表記は"corned beef"で、意味は「塩漬けの牛肉」。日本のコンビーフは牛肉の塊を塩漬し、蒸してほぐした後、食用油脂や調味料などを混ぜたものが主流。塩漬け肉は保存食として古くからあったが、缶入りのコンビーフになったのは19世紀に入ってから。欧米ではまず軍用食として利用され、次第に一般に広まっていった。

日本でコンビーフと言えば、真っ先に思い浮かぶのは「ノザキのコンビーフ」。白と緑を背景に、牛のイラストが描かれたレトロなデザイン。缶に付いた巻き取り鍵でくるくると開けるのが面白くて、子供の頃はよく自分で開けていた。料理に使わず、そのまま食べていた記憶もある。40〜50代の読者なら、たぶん似たような経験があるだろう。
「ノザキのコンビーフ」は野崎産業株式会社の商品だったが、今は鉄鋼メーカー、JFEスチールの系列にある川商フーズ株式会社が販売している。1999(平成11)年に、同社の前身にあたる会社と野崎産業が合併したためだ。

開発の経緯を辿ってみよう。コンビーフは戦前から日本に輸入されていたが、流通量は極めて少なかった。注目されるようになったきっかけは敗戦。軍用食として使っていたアメリカ軍が、コンビーフを民間に放出したのだ。食料不足が当たり前だったこの頃、栄養価の高いコンビーフはかなりの貴重品だった。
同じ頃、日本でも自力でコンビーフを作ろうとする会社が現れた。山形県寒河江市にある、缶詰メーカーの日東食品製造株式会社(現・日東ベスト株式会社)。缶を作るブリキがなかったので陶器で試作を繰り返していたが、やがてコップ型のガラス瓶と、内側にゴムリングの付いたブリキ製の密閉蓋を開発。この「アンカー瓶」に、近隣の農耕牛を原料とするコンビーフを詰めて商品化した。
その販売を担当したのが、商社として缶詰商品を扱っていた野崎産業だ。

販売は1948(昭和23)年。これが量産を前提にした国産コンビーフの第1号で、「ノザキのコンビーフ」の原型にあたる。当時は充分な冷蔵設備がなく、水槽に砕氷を入れたものを冷蔵庫代わりにして塩漬けを行っていた。またアンカー瓶は割れやすく殺菌が難しかったので、蓋を押さえるための専用金具を開発。一個一個金具で押さえて殺菌していたという。
瓶詰めコンビーフについては、価格や容量などの細かい資料が残っていない。苦肉の策から生まれた商品だったが、瓶では大量に流通させるのが難しかったはずだ。本格的な国産コンビーフが登場するのは2年後のことになる。


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必然性から採用された台形の缶詰と巻き取り鍵

初期の枕缶

新たに枕缶で登場した「ノザキのコンビーフ」。これは昭和30年代の缶。

上蓋に付いている巻き取り鍵

上蓋に付いている巻き取り鍵。鍵の穴に缶の側面にある爪を通す。裏面に"Corned Beef"のロゴが入っていた頃の商品。

ブリキの供給が改善された1950年(昭和25)年の6月、野崎産業は缶詰に入ったコンビーフを発売する。これが、今も販売されている「ノザキのコンビーフ」。缶の形はお馴染みの台形で、容量は今の倍にあたる200gもあった。価格は不明だが、やはり庶民が気軽に買えるような値段ではなかったらしい。原料は瓶詰コンビーフと同じく、牛肉100%だった。

不思議なのは、数ある缶詰の中で、なぜコンビーフだけが台形なのかということ。この形は世界共通で、江戸時代に使われていた箱枕に似ていることから、日本では「枕缶」と呼ばれている。
コンビーフが枕缶を採用している理由は、その中身にある。肉は空気に触れると酸化して変色してしまうので、缶の中になるべく空気が残らないように肉を充てんしなければならない。昔は手作業で缶に肉を詰めていたので、太さが一定の缶よりも、詰め口が広い台形の缶の方が空気を抜きやすかったのだ。また、台形なら底蓋の方から中身をスムーズに取り出すことができる。

一見すると店頭で並べにくいように見える枕缶だが、缶の底には窪みがついているので、上下にぴったりと重ねることができるのも特徴。「ノザキのコンビーフ」は時代によって数種類の容量があったが、缶の高さが異なるだけで、上蓋と底蓋の大きさは皆同じ。容量や種類が違っても、上下に重ねることができるのだ。

枕缶のもうひとつの特徴は、あの独特の開け方だろう。側面周囲に入れられた線(巻き取り線)を缶に付属の鍵でくるくると巻き取り、上下にカパッと開ける方式になっている。理由は、形を崩さずに中身を取り出すため。もちろん、缶切りを使わずに開けられるという利便性の高さもある。
ちなみにこの方式を採用するため、コンビーフの缶には厚さ約0.1ミリのブリキが使われている。一般のブリキ缶はその2、3倍の厚さがあるから、かなり薄い。昔はこの薄さのせいで巻き取りの最中に線が切れてしまうことがあったが、今は2本の線を同時に巻いていくので、途中で切れにくくなっている。

枕缶はコンビーフの象徴とも言えるが、技術が進化した今なら、実際のところ枕缶にこだわる必要はない。海外には丸缶や角形の缶に入った製品もある。野崎産業も20年ほど前にプルトップ式の丸缶に入ったコンビーフを販売したことがあるが、意外にも思ったほどには売れなかったという。
いつの間にか消費者の意識に、「コンビーフの缶は台形。鍵を使ってくるくると開けるもの」という刷り込みができていたのだ。


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コンビーフと並ぶ人気商品「ニューコンミート」とは?

看板広告

60〜80年代にかけてよく見かけた看板広告。山手線の車窓から見た人も多いはず。

雑誌広告

初期の雑誌広告。コピーで栄養価の高さを強調している。

現行「ノザキのコンビーフ」

現行の「ノザキのコンビーフ」。100g、347円。

現行「ニューコンミート」

現行の「ニューコンミート」。100g、231円。

コンビーフは一般の消費者にとっては馴染みのない食品だったが、缶詰に入った「ノザキのコンビーフ」は、野崎産業が予想していたよりずっと早く市場に浸透していった。戦地で食べていた男性が意外に多く、彼らが率先して購入したのだった。
野崎産業も宣伝に力を入れて販売を後押しした。新聞広告やTVCMも打ったが、話題になったのは高度経済成長期に展開したJR(当時は国鉄)線路沿いの看板広告。送電線の鉄塔や、山手線・中央線・京浜東北線など首都圏のレール沿いの電柱に、「ノザキのコンビーフ」と書いた看板を大量に設置したのだ。今では実施しにくいこの看板広告は、2002(平成14)年まで設置されていた。

「ノザキのコンビーフ」には、もうひとつの人気商品がある。1961(昭和36)年に「ニューコンビーフ」の名で登場した、馬肉を配合したコンビーフ。実際はそれ以前から販売されていたのだが、同年にJAS法が改正され、馬肉をブレンドした商品は規格上、"畜肉コンビーフ"として区別されることになったのだ。その結果、各社から「ニューコンビーフ」という名の畜肉コンビーフが次々と発売されることになった。

「ニューコンビーフ」は牛肉100%のコンビーフより廉価だったため、よく売れた。なかでも野崎産業の「ニューコンビーフ」は、風味と味がコンビーフとほとんど変わらなかったので、「ノザキのコンビーフ」の販売量を逆転するまでになった。
その後、2005(平成17)年の改正JAS法でコンビーフの名称は牛肉100%のものに限られることになり、馬肉をブレンドした商品のうち牛肉20%以上のものを、ニューコンミートと表記することが決められた。これに合わせ、野崎産業の「ニューコンビーフ」も、商品名が「ニューコンミート」に変わった。

「ノザキのコンビーフ」が最も売れたのは、食の西洋化が急速に進んでいたさなかの1978(昭和53)年。この年の販売数は「ニューコンビーフ」などのシリーズ商品を含めて、計3264万缶にもなった。


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味にこだわったハイグレード商品で市場を開拓

「脂肪分ひかえめコンビーフ」

「脂肪分ひかえめコンビーフ」。100g、362円。

「熟成コンビーフ」

「熟成コンビーフ」。100g、525円。

「上級コンビーフ」

「上級コンビーフ」。190g、1050円。

今年で発売から63年目を迎える「ノザキのコンビーフ」。原料になる牛肉の調達先は国産牛から輸入牛へと変わったが、基本的な味はほとんど変わっていない。消費者ニーズの変化に合わせ、塩分と油分を調整しているくらいだという。
特徴的な缶のデザインも、ほぼ登場時のままと言っていい。昔の商品は裏面に"CORNED BEEF"のロゴが入っていたが、現行商品では成分表示に置き換えられている。白と緑の配色、"Nozaki's"のブランドロゴ、リアルな牛のイラストも昔と同じ。このレトロな味わいが、店頭で目を引く大きなセールスポイントになっている。

かつては200gだった容量は数度の変遷を経て、単身世帯でも使いやすい100gに落ち着いた。逆に増えたのが、種類のバリエーション。90年代以降、食の多様化や消費者の健康志向に合わせて、「脂肪分ひかえめコンビーフ」「熟成コンビーフ」「山形県産牛コンビーフ」「上級コンビーフ」を次々と発売。ラインアップは今までで一番多くなっている。

一方でコンビーフの市場そのものは、最盛期に比べるとかなり小さくなった。影響が大きかったのは2002(平成14)年のBSE問題。これ以降は食肉市場全てが縮小したが、近年はやや増加傾向にあり、「ノザキのコンビーフ」も年間約650万缶(ニューコンミートを含む)を販売している。
販売が回復した理由としては不況を背景とする内食化の進行が大きいが、「ノザキのコンビーフ」を知らない若い世代が使い出したことも一因だろう。ネット上のレシピサイトには、意表を突くようなメニューが沢山アップされている。また、今回の震災ではその備蓄性の高さから販売数が急増し、川商フーズの倉庫は1週間で空になったという。

発売以来、累計販売数は8億6156万個にも達する「ノザキのコンビーフ」(2010年3月末時点)。その市場シェアは65%にも及び、競合製品を大きく引き離している。
考えてみれば、野崎産業という社名はなくなったのに、ノザキというブランド名が残っていること自体が驚きに値する。昔からのファンには「ノザキのコンビーフ」以外のコンビーフを食べたことがない人も結構多いと聞く。日本で初めての国産コンビーフは、日本で最も愛されるコンビーフになった。

取材協力:川商フーズ(http://www.kawasho-foods.co.jp/
手軽に食べられるレトルトパウチのコンビーフ

ロングセラー&ベストセラーとなった「ノザキのコンビーフ」だが、若い層に向けてはまだまだ認知が進んでいないのが実情。一人暮らしでコンビニを利用する機会が多いこの層に向けて、川商フーズはレトルトパウチシリーズを販売している。2009(平成21)年に発売したのは、「ウインナーソーセージ」「ピリ辛ソーセージ」「ソフトビーフ」「ニューコンミート」の4種類。いずれもコンパクトな使い切りサイズで加熱処理済み。ビールやお酒のおつまみとしてそのまま食べてもいいし、食材として料理に応用することもできる。中でも肉をほぐしやすくした「ニューコンミート」は、缶詰と同じくサンドイッチやサラダに最適。コンビニで一緒に買ったパックサラダに載せれば、美味しさが一層際立つはずだ。

レトルトの「ニューコンミート」

「ニューコンミート」。60g、147円。

タイトル部撮影/海野惶世 タイトル部撮影ディレクション/小湊好治 取材編集/バーズネスト
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