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かしこい生き方 理学博士 稲葉カヨさん

「免疫という複雑な機構は、敵でもあり味方でもあるのです。」

春先になると花粉症に悩む方も少なくないだろう。
これは本来、体に害のない物質を「敵」とみなして
免疫機構が過剰に反応するからだという。
二度かかりなしという免疫の機能を利用した予防接種など
免疫という仕組みは、私たちの日常生活に浸透しているが
実はまだまだ、解明されていないことが多いという。
免疫の機構に欠かせない樹状細胞という細胞の研究で知られる
稲葉カヨさんに、免疫とは何か、お話を伺った。

INDEX


私たちを守る二段階の仕組み――自然免疫と獲得免疫

――

免疫という言葉はよく耳にしますが、実はよく知らないということが多いように思います。

稲葉

そもそも一口に「免疫」と言っても、実は「自然免疫」と「獲得免疫」というものがあります。一般に免疫というと「一度かかったら二度かかりなし」の言葉を思い出す方が多いと思いますが、これは厳密に言うと獲得免疫と呼ばれるものなのです。
例えば、ルイ・パスツールは、狂犬病の予防ワクチンの開発者として知られています。でも彼がこのワクチンを開発したのは、狂犬病を引き起こすウイルスを見る術――電子顕微鏡が、まだ開発されていない時代です。つまり、狂犬病を引き起こすウイルスそのものが特定できないにもかかわらず「一度かかったら二度はかからない」ということを確信していて、そのことが、広く知られていたわけです。ワクチンによる免疫療法は、それ以前にイギリス人の医師、エドワード・ジェンナーが用いた種痘によって確立されていました。

――

あえて軽い天然痘を起こさせて、免疫を得る、というものですね。

稲葉

そうです。ジェンナーが考案したのは、牛の天然痘である牛痘の膿を用いるというもので、そもそもは、牛痘が流行った牛舎で働いていた人たちは、天然痘にかからないというところから、この方法が考案され、世界に広がりました。
日本でも牛痘を用いた種痘が全国に普及し、大阪には緒方洪庵が「除痘館」という種痘所を開いたのを始めとして、江戸でも、今の東京大学の前身である「お玉が池種痘所」が設立されました。こうして多くの種痘所が設けられるほど、天然痘が流行していたのです。春日局が三代将軍・徳川家光の乳母に選ばれたのは、顔にあばた(天然痘の痕)があったので、天然痘にかかったことがあって免疫があると考えられたからだという説がある位です。

――

免疫の機構が知られる前から経験的にその仕組みを利用してワクチンが作られていたということになりますが、実際、私たちは、毎日さらされているたくさんの細菌やウイルスにどう対抗しているのでしょう。

稲葉

まずは、先に申し上げた自然免疫が働きます。病原菌やウイルスなどが体内に入ってきた時に最初に対応する仕組みで、生物には元来、備わっています。ナチュラルキラー細胞(NK細胞)やマクロファージという細胞が関わっています。

――

名前を聞いたことはありますが、細菌やウイルスが体に入ってくると動き出すのですか。

稲葉

そうですね。NK細胞は、感染した細胞を破壊し、マクロファージという細胞は感染した細胞を食べて掃除をする働きをします。

――

入ってきたものが細菌かどうかを判断して?

稲葉

自然免疫というのは、パターン認識なんです。細菌やウイルスが一般に持っている、特有の分子構造を持っているものを「細菌」「ウイルス」つまりは、自分にとって害のあるものと認識して、それを処理しようと働くのです。さらに、特有の内毒素がある細菌、ない細菌、DNAやRNAが1本鎖、2本鎖...と、細菌やウイルスのパターンはいろいろですが、それらを認識して反応するのです。

――

自然免疫というのは、外敵との最初の闘いなわけですね。

稲葉

画像 外敵に対する免疫の応答その前に、私たちの身体は密着した上皮細胞に覆われていています。また、呼吸器や消化器などでは上皮細胞の上が粘液で覆われていて、それらが物理的障壁となっています。さらに、涙や鼻水、汗には、リゾチームと言って細菌の細胞膜を破壊してしまう物質が含まれていて、それらが化学的な障壁となって我々を外敵から防御します。しかしそれらの防御を突破して、体内に入ってきたものに対処するのが自然免疫なのです。
例えば怪我をして傷口から微生物などが侵入すると、皮膚が腫れて炎症が起きますよね。これは組織のマクロファージが外敵を感知して食べるだけでなく、周囲の細胞を活性化させたり、炎症応答を担う細胞を呼び寄せる物質を産出して、感染部位からの外敵の広がりを阻止しようとして起きるのです。ここにはマクロファージへと分化する単球や活性酸素を放出して外敵を殺傷する好中菌という細胞が集まってきています。さらに、傷口が腫れていつまでもうずいていることがありますが、そのような時に、その近くのリンパ節も腫れて、応答を起こすことがあるでしょう?これは、外敵に対する免疫の応答が、リンパ節でも起きていることを示しています。

――

では、風邪を引いて喉が痛くなったりするのも、自然免疫系の現象なのですか。

稲葉

扁桃腺が腫れて、赤く見えることがあると思います。扁桃腺はリンパ節とは違いますが、粘膜にある免疫組織ですから、ここで免疫応答が誘導され始めていることになります。その後、黄色く見えてくることがありますね。感染しているところにいろいろな免疫担当細胞が集まってきて、外敵に感染した細胞や他の組織細胞が崩壊してできたのです。

――

すると、傷口が腫れ赤くなった時点では自然免疫、膿んでしまった時には、自然免疫の次に働く獲得免疫が始動していると?

稲葉

そうです。怪我をして、化膿せずに1~2日で治るのは、自然免疫系で対処できたということなのです。そもそも化膿するまでに時間が掛かりますね? 外敵が侵入してきて、それを除ききれなかった――その結果、獲得免疫が誘導されて、いろいろな細胞が呼び寄せられて、抗体が作られ、感染している細胞をやっつける――それが膿です。

――

そして、次に同じような外敵がきた時には、抗体や感染細胞を殺すキラーT細胞があるので、獲得免疫がわっと働いて、例えば同じような切り傷であれば治ると。

稲葉

では、獲得免疫の話をしましょう。獲得免疫には、ヘルパーT細胞、キラーT細胞、B細胞(※リンパ球の一種)といった細胞が登場します。ウイルスや細菌などを抗原と呼び、それに対抗する蛋白分子を抗体と呼びますが、指令細胞であるヘルパーT細胞は、キラーT細胞に抗原を含んだ、言い換えると感染した細胞との闘いを命じる一方、B細胞にその抗原に対する抗体を生産させます。この時、これらの細胞の一部はこのウイルスや細菌、つまり抗原の情報を記憶するのです。いわゆるメモリー細胞です。メモリーとなったT細胞やB細胞は、血液にのって体の中を巡っていて、刺激があると素早く反応して増殖し、キラーとしての活性を高めたり、抗体を作ったりするわけです。

――

それが冒頭で出てきたワクチンなどの仕組みに利用される「二度かかりなし」ですか。

稲葉

基本的にはそうです。そもそも抗体は、ある特定の抗原と結合する反応を示します。できた抗体というのは、抗原の非常に細かい形や構造まで記憶しています。だから二回目に入って来た時にはすぐに見分けることができるし、抗原の化学構造とよく似た物質とくっつくこともあります。これを交差反応と言います。ある年の冬、インフルエンザが流行った時に老人がかからなかったことが話題になりましが、これは、その数十年前に流行ったインフルエンザと型がよく似ていたため、交差反応によって、老人たちには以前の獲得免疫が働いたというわけです。獲得免疫系では1個の抗原に対して1種の抗体ではなく、ものすごい数の抗体が作られているのです。

――

ひとつの敵に対して、武器をたくさん用意しているかのようです。

稲葉

実際、私たちの体は、10の18乗近くの抗体分子を作れるB細胞が体内に存在している可能性があります。専門的になりますが、B細胞は抗体の遺伝子を持っていて、その遺伝子はそれぞれ、長鎖と短鎖とが対になっていて、さらにそれらの先端のアミノ酸配列が、個々に異なるという構造をしています。抗体を作れるようになる前のB細胞ではどれも同じ遺伝子のセットをもっているのですが、抗体を作るようになるとその中から色々な組み合わせを選び出します。その結果、認識できる抗原の数が、論理的には10の18乗作れる可能性があるということなのです。そうやって抗体は日々、体の中で作られていくわけです。

――

すごいですね…。つまり自然免疫が最初に防御して、獲得免疫はそれまでに出会った細菌やウイルスの記憶を頼りに武器を用意すると。

稲葉

免疫系には関わっている免疫担当細胞と呼ばれるプレイヤーはとても多く、それぞれがさまざまな動きをしているのですが、ごくごく簡単に言えば、先にお話したように、最初にマクロファージやNK細胞が細菌と闘い、その間に伝令の役割を果たす樹状細胞が登場します。樹状細胞は、マクロファージの研究をしていた中で、マクロファージではない新しい形を持った細胞として発見されました。マクロファージもこの樹状細胞も、自然免疫系にも働く細胞ですが、マクロファージがとにかく不要なものを食べて無害化することが得意なのに対して、樹状細胞は「こんな敵が来た!」とT細胞などに見せに行く、つまりT細胞を強く刺激する特徴を持っているのです。樹状細胞は外敵を食べた後、リンパ液に乗って近くのリンパ節に移動し、そこにいるヘルパーT細胞に知らせて回るわけです。するとヘルパーT細胞は、キラーT細胞とB細胞に指令を出して抗体を作らせる――これが獲得免疫です。


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助けてくれることもあれば害を及ぼすこともあり――免疫というやっかいな機構

――

こんな高度な仕組みがあり、かつ抗体も大量に作る能力があるとしたら、大概の病気に対して大丈夫じゃないかと思いますが、現実は違いますね。

稲葉

この仕組みがうまく機能しないという場合があるのです。免疫というのは、人間にとってもろ刃の剣であって、そのメカニズムがまだまだよく分かっていないのです。 例えば、蜂に刺されてショック死を起こすということがありますが、あれは以前に刺されたことがあって抗体ができているという場合です。

――

確かにそうですね。

稲葉

最初に刺された時に、蜂の毒に対する抗体ができます。そして次に刺されると、その抗体がワッと集まるが故に血栓ができて血流が悪くなり、ショック死に至るのです。

――

せっかく獲得した抗体が逆に害を及ぼす…。

稲葉

画像 免疫機構が自己を攻撃する状態になってしまうしかも獲得免疫における記憶の詳細なメカニズムも分かっていないのです。皆さん、予防接種を打ちますね。でも一回打ったら一生免疫ができているものもあれば、何年かでなくなってしまうというものもあります。どうして違うのか。いろいろな考え方がありますが、まだきちんと解明されていません。
もう一つ免疫で重要なのは本来「自分自身」は攻撃しないということです。心臓には心臓の、膵臓には膵臓の機能があって、さまざまな細胞や固有の機能をもつ分子で構成されているのですが、免疫機構はそういう自己の細胞に応答して攻撃しないようになっています。ところが何かをきっかけに、自己を攻撃する状態になってしまう場合があります。それが自己免疫疾患です。1型の糖尿病やリウマチなどです。一方、エイズはHIVと呼ばれるウイルス感染によって引き起こされる免疫不全症です。最初はインフルエンザと同じような症状ですが、しばらくすると一旦回復します。その頃には、エイズに対する抗体ができるわけですが、エイズのウイルスはヘルパーT細胞の中に感染するのです。

――

キラーT細胞やB細胞に対して、抗体を作ったり、攻撃指令を出したりする司令塔ですよね。

稲葉

ええ。エイズウイルスに感染すると、ヘルパーT細胞が活性化する度に、活性化したヘルパーT細胞が死滅していってしまうのです。ヘルパーT細胞がなくなるということは、司令塔がいなくなるということ。B細胞が残っていても抗体は作れませんし、キラーT細胞が残っていてもキラーにはなれない。そのため、癌や感染症が引き起こされるのです。

――

ヘルパーT細胞を飛ばして、樹状細胞が直接、キラーT細胞やB細胞に命令すればいいじゃないかとも思うのですが、逆に言えば免疫という仕組みが重要だからこそ、こんなにも複雑になったのかとも考えられます。

稲葉

獲得免疫の指向というのは、より素早く、より強くです。一見、複雑な仕組みですが、この増幅する機構がなければ、それこそ癌や感染症で亡くなってしまいます。ただし、その増幅の方向が間違ってしまうと、免疫疾患になってしまう。

――

他の動物も、こうした機構を持っているのですか。

稲葉

ハエに獲得免疫はありませんし、真骨魚類より前の魚は、ようやく抗体に近いようなものが作れるという状態です。でもヘルパーT細胞といったものはありません。樹状細胞があるのは尻尾のないカエルなどの両生類からですね。

――

そして免疫を獲得すると、実際は「二度かからない」のではなく「かかっても気づかない」くらい速やかに抗体が退治してしまうそうですね。

稲葉

抗体を持っていたら本当にあっという間です。細胞が呼び寄せられるにしても、半日もあれば作用します。初めて麻疹にかかると高熱も出るし大変ですが、二度目は、「何か体がだるいな」と思っているうちに治ってしまいます。

――

では、よく聞く「免疫力」という言葉は、具体的にどんな力だということになりますか。

稲葉

抽象的な言葉ではあるのですが、基本的には免疫担当細胞の機能バランスがとれている状態を指します。自然免疫に関しては、周囲の細胞を活性化させるサイトカインという物質の量が、ストレス下にあった場合と、そうじゃなかった場合とで、どう違うか研究されていたり、ある種の細胞の数が減るといったことも、実験で分かっています。

――

私たちが「免疫力を高めよう」と言う時には、実は自然免疫を指しているのですね。

稲葉

免疫力を高めましょうと言う時、顆粒球やNK細胞の活性が有効であるという人たちがいて、実際に細胞療法の中で、NK細胞療法というのもあります。NK細胞は、初期の応答――つまり自然免疫において活躍する細胞です。この初期の応答がうまく動けば、獲得免疫力も高まります。

――

自然免疫応答が起きなかったら、獲得免疫応答は起きないのでしたね。

稲葉

獲得免疫は、周りが「さあ、動け」といってくれないと動けないのです(笑)。 ただ、単純に反応がよくなればよいのか、というとそうでもなくて、例えば高熱を出した後に自己免疫疾患に陥る可能性というのは、比較的高めです。というのも、体内に何かが入ってきて発熱し「敵」をやっつけるために免疫系が活発に動き出します。ただ、本来だったら、一定の高さのハードルを超えた時に獲得免疫系が始動していたのが、発熱によって免疫力が高まったことで、相対的にハードルの高さがぐっと下がってしまい、応答する必要のない細胞までが動いてメモリーとして残る。その結果、熱が下がっても、ハードルを超えてすでに活性化されてしまい、つまり免疫応答が起きやすい状態になってしまうということもあります。

――

免疫は、アレルギーやがんといった病気にも大きく関わっており、必要な機構ではあるけれど、それがあることで起きる問題もあるわけですね。困りました。

稲葉

免疫機構というのは、どれもが非常に微妙なバランスの上にあるので、まだつかみきれていないというのが現状なのですが、それをどうやってコントロールするかというのが、病気の治療のひとつになっています。例えば、花粉症なども免疫疾患の一つで、減感作療法など免疫応答を抑制するような治療があります。口の中にスギならスギのエキスを含んで免疫応答を落としていくという方法があります。口の中は粘膜免疫の場で、絶えず食物などいろいろなものに触れています。そのため、免疫応答を抑制しようとする機構があることが知られています。この機構を利用しようとする方法なのですが、一方、アレルギーを引き起こしているエキスを徐々に量を増やしつつ注射するという方法もあります。しかし、なぜ症状が軽減するのかについての詳細なメカニズムはまだはっきり分かっていないのです。
逆に、免疫応答を起こしやすくすれば――例えば米の中に自然免疫を活性化するような分子を組み込めば、免疫応答を起こせるワクチンとして使えるのじゃないかという研究もされています。多くの病気が免疫の機構と関係があるのではないかと言われており、以前にも増して盛んに研究が行われているところです。


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稲葉カヨ(いなば・かよ)

1973年奈良女子大学理学部生物学科植物学専攻卒業。1978年京都大学大学院理学研究科生物学系動物学専攻博士課程修了後、京都大学理学部助手。ロックフェラー大学留学。1999年京都大学大学院生命科学研究科教授に就任。2000年からロックフェラー大学客員教授。2011年ノーベル医学・生理学賞を受賞したラルフ・スタインマン博士との共同研究では、マウス樹状細胞の試験管内での誘導培養法の開発に成功するなどした。

●取材後記

まずもってこれまで持っていた「免疫って、こういうこと」というのは、仕組みの一部でしかないということに驚いた。そもそも細菌やウイルスの特徴を知っていて、それらしいものが来たら退治する「自然免疫」がないと、獲得免疫は発動しない。獲得免疫という仕組みはハエにはないし、自分を守るための仕組みなのに暴走して害を及ぼすこともある。体ってまだまだ不思議がいっぱいだ。

構成、文/飯塚りえ   撮影/海野惶世   イラスト/小湊好治
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