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かしこい生き方 工学博士 戸井武司さん

「快適な音環境があれば、生産性も上がります。」

車の爆音が心地よいというのは、「車が好き」という別の理由が
隠れているかもしれないが「聴かせる」ことを目的に作られている音楽だって
聴く場所と人によっては、ただの騒音にしかならない。
私達の気分が音に影響されることは間違いなさそうだが
「見た目」に比べて、注意を払われないというのも、音に関する現状かもしれない。
しかし一方で、今、多くのメーカーが、音による差別化を視野に入れて
製品開発を行っているという。音の現状とこれからの可能性を
音の研究者、戸井武司さんに伺った。

INDEX


音に囲まれた快適な暮らしは――聞こえない音が大活躍

戸井

音というのは人の周囲にあふれていて、意識することのない、空気のような存在です。とは言いながら、空気がなければ音は伝わりません。ですから、映画やアニメでは宇宙空間で「ドカン」なんて音がしていますけれど、宇宙には空気がありませんから、そもそも音は伝わらない。

――

気づきませんでした(笑)。

戸井

さらに音が伝わるためには、空気だけでなく、他の気体や液体、固体という、音を伝える媒質が必要です。プールの中では泡の弾けるゴボゴボという音と一緒に水の中を、糸電話では糸によって、音が伝わるのです。ただし、その媒体の「質」によって音波の伝わり方が変わります。例えば、ヘリウムガスを吸うと変な声になりますけれど、それは空気の質の変化によって、音波の伝わり方が変わったためです。それが音の持つ性質です。 ですが、伝わっていても私達には聞こえないという音もあります。

――

「聞こえない音」という言い回し自体が面白いですね(笑)。超音波のことでしょうか。

戸井

はい。イルカやコウモリの発する音は人間には聞こえませんが、獲物を捕る時、自分の出した音が反射して戻ってくるまでの時間から距離を測るということはよく知られています。車がバックする時に障がい物があると警告音を出す装置がありますが、これも対象物との距離を超音波で測っています。人間が耳にするピーピー音は、危険を知らせるために音を付けたものです。歯医者さんで歯垢を取るのにも、超音波が使われていますね。
「音」は、物体が振動する際にも発生します。そして超音波の振動は、非常に早いので熱を持つ。熱を持つので、瞬間的に熱くできる。だから水を瞬間的に沸騰させる形式の加湿器にも、超音波が利用されています。さらに、この加湿器と同じ原理を利用して作られたのが、温泉まんじゅう屋やラーメン屋の店先で、湯気のような熱くない霧を出している装置です。

――

あれも超音波でしたか。

戸井

画像 超音波でごはんを美味しくカップラーメンの容器やスナック菓子の袋の口は、糊を使わず、超音波で瞬間的にプラスチック容器を溶かして接着しています。最近のプラスチック部品の接合も、ほとんど超音波によるものでしょう。別の素材を介さず一体化させられるので、はがれにくいのです。
あるいは、水を超音波によって振動させて、眼鏡をきれいにしたり、半導体のウエハーを洗浄したり、この力を利用した炊飯器もあります。水を振動させることによって、米の水分吸収を助け、さらにデンプンの分解を促進する効果があるようです。

――

他にも、超音波を使うと、お酒がおいしくなるとか…。

戸井

お酒の醸造所にそうした手法を用いているところがありますね。同じ原理です。音の利用としてモーツアルトを聞かせると牛のお乳がよく出るとか言われますが(笑)、あれは根拠がないわけではなくて、音楽によって気分が良くなるというのもあるでしょうし、音波、つまり空気の振動によって、血流が良くなるという可能性も考えられます。

――

全く非科学的な話ではないということですね。

戸井

「聞こえない音」は、このように多くの場所で広く利用されています。
では「聞こえる音」の話に戻りましょうか。私達が生きている地球には空気がありますから、いろいろな音が聞こえてくる、聞かされる環境にいるわけです。今、ICレコーダーで会話を録音されていますね。こうして話している時、私の声はそれなりに聞こえていると思いますが、ICレコーダーで録った音を聞くと、エアコンの音や換気扇の音など、私の声以外の音が気になるはずです。実際、そうした音は今もしているはずですが、それが気にならないでしょう? これは「カクテルパーティー効果」といって、さまざまな音がある中でも、自分が注意を向けた音を選択的に聞く能力があるためです。ところが、多くの人はそれに気づいていません。だから「音」は、うるさいと困るし、不要な音は無くてもよい――それが、一般的な認識ではないでしょうか。

――

確かに「静か」というのは音がしないというイメージです。

戸井

私の研究室に備えている無響室は、扉を閉めると、外界の音がまったくなくなり、極端に言うと、自分の鼓動や血液が流れる音しか聞こえない環境になります。そこに入った方は皆さん、ちょっと時間が経つと、「早く出してくれ」となります(笑)。人間というのは、自分が不快に思ったり、気になる音がない状態を「静か」と感じるのであって、実は全く音がしない無響室や宇宙空間みたいなところでは、耐えられないんです。ところが、もう十数年前から「静音化」ブームが到来して、製品から発する音をとにかく静かにしようと、あれこれ対策が打たれてきました。確かに一つの手段ではあるのですが、全て無音にすれば快適かというとどうでしょう? 自動車を運転していて、あるいは料理をしていて、全く音がしなかったらどう感じますか?

――

「ジューッ」という音がしないと、おいしそうな感じがしませんが?

戸井

そうでしょう(笑)。電気自動車の音が小さすぎて気づかないことで、事故の原因になるとして社会問題にもなりました。
そこで、音によって人を快適にさせ、新たな価値を生み出そうという「快音化」に注目が集まったのです。
カメラの動作音を考えてみて下さい。一眼レフカメラは、光路を切り替えるミラーの上昇や下降、シャッターの開閉など、そこで働く機構によって音が発生します。その「カシャ」という音に馴染みのある世代には、その音がなかったら、ちゃんと撮影できたかどうか気になって物足りなく感じるはずです。若い世代には「カシャ」ではなく「チャララ~」でも「ポコッ」でもいいのですが、いずれにせよ音が出ることによって、撮った、撮られたというのが分かるのです。人物の撮影などでは、シャッター音を聞いているうちに被写体の気分が高揚してくるという面もあります。音によってコミュニケーションが取れるわけです。

――

音がしないと、失敗したかな、壊れているのかなと思いますが、カメラのシャッター音が「ポコッ」だと、それもまたどうもしっくり来ません…。

戸井

(笑)。どういう音がふさわしいと思うか、それは、音に対する過去の経験や国民性、生活環境などによって変わってくるものですから、昔ながらのカメラを連想する人であれば「パシャ」「カシャ」となるでしょうし、中には「ポコッ」の方が心地よいと感じる人もいるでしょう。さらに「バシャ」なのか「カシャ」なのかによっても、受ける印象は違うはずです。我々からすると「バシャッ」では、ちょっとピンぼけしたようなイメージがあります(笑)。

――

そうですね(笑)。

戸井

そこで「カシャ」という音を出すためには、どの機構を、どう変えたらいいのか、私達の研究室では、そのための設計的なアドバイスをしています。
実際、各メーカーは今、機能や性能を超えて、感動や共感など五感に訴える快適性や満足度を追求するようになりました。そこに、音のブランディングという発想があるのです。音は、見なくても聞こえてきます。スポーツカーのポルシェや大型バイクのハーレーダビッドソンなど、その設計思想がメーカー特有の音を生み出し、音で認知されているものも多くあります。

――

音の特許という話にまで広がったと記憶していますが、カメラの音もメーカーによってそれほどに違うのでしょうか。

戸井

違いますね。だから「本来、出る音」を重視しながら、調味料を加える…その塩梅を加減することで、そのもの固有のイメージを演出することができます。

――

具体的には、どのような提案を?

戸井

例えばトイレの洗浄音や配管を流れるゴボゴボという水音は、水と一緒に吸い込まれる空気の泡が戻る時に発生するものです。でも洗浄音は「きちんと流れた」という安心感を得るために不可欠なものでもあります。そこで私達は、流水の泡粒を小さくするように配管の形状を設計することによって、不快音を低減させました。
我々は音を扱ってはいますが、機械が専門ですから、どういうメカニズムで音が出ているのかを見て調整をします。しかしその原則は、やはりハードウェアだけで良い音を出すことです。楽器がそうですよね? ストラディバリウスのような名器も、奏者の技術はおくとしても楽器本体、つまりハードウェアだけで良い音が出ているのですから、本来は、人工的なものを付け加えなくても良い音になるはず、というのが、私のポリシーなのです。


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知らず知らずに影響されている人間の気持ち――快適な音環境は暮らしを豊かに

――

良い製品は、良い音を伴うと。

戸井

本来はそうあって欲しいのですけれども、構造的・機械的に条件を満たしていても、望む音が出なければ、味付けをする、差別化するというのが一般的になってきていますね。皆さん、あまり気付いていないと思いますが、例えば、女性の化粧用コンパクトの開閉音。女性は、化粧品の製品としての効果だけでなく、ケースの雰囲気や触り心地も気にしますし、開け閉め音も必ず聴いています。

――

コンパクトをパチンと閉じる時は「仕上がった」という一つの区切りの印のようにも思いますね。

戸井

カメラや車、洗濯機、掃除機などの家電だけでなく、椅子やドア、車でもインストルメントパネル(インパネ)など、ちょっとしたきしみ音や叩いて出る音が気になるでしょう? 見た目には高級感のあるウッディな素材から、安っぽい音がしたらがっかりだとか、明るい色には解放感のある音を、暗い色には重厚感のある音をなど、見た目とそこから期待する音とを適切なものにするサウンドデザインも意識されるようなりました。

――

色と音の関係を意識したことはありませんでしたが、確かに見た目で「こんな音がするだろう」と想定していますね。

戸井

掃除機には、単なる静かなモーター音やファン音ではなく、森林の爽やかな風の音や吸引の実感が得られる動作音、エアコンなら夏は涼しく冬は暖かく感じられるエコサウンドなど、音によって快適な環境を作ることもできるはずです。

――

音によって知的生産性を上げる研究も進んでいるそうですが、「生産性を上げる音」というものがあるのでしょうか。

戸井

画像 心地よい音?うるさい音?よく聞かれるのですが、難しいですね(苦笑)。特定の音のある環境と何もしない環境と、双方で簡単な計算をしてもらい、回答率、正答率を見るという実験をするのですが、音を聞いたことで、作業が早くなり回答率は上がりますが、正答率となると、一概に上がったとは言えなくなります。音によって気分が高揚して作業速度が上がっても、必ずしも能率は上がっていないということです。そうなると、評価するのが難しくなりますね。
現実に即して考えれば、同じ部屋に居て、同じ音を聞いていても、心地よく感じる人とうるさいと感じる人と、ばらつきがあるでしょう? 同じ人間でも、普段なら気にならないエアコンの音が、勉強に集中しようとすると、つまり状況が変わると気になり始めるという経験があると思います。

――

環境としての「音」は、静音化ではなく、まさしく「快音」が望まれていますね。

戸井

ええ。ある音がうるさいからといって、無音化したとします。するとそれまで、その音にマスキングされて目立たなかった多数の小さな音が、相対的に顕在化して、新たな騒音が次々と発生することになります。騒音の、もぐらたたき状態なのです。それに、好きな音楽を聞きながら作業してもらうと、やる気になって回答率が上がることがありますが、ここで本人はほとんど気にしていないエアコンの音をちょっと変えると、さらに正答率を上げられる可能性があります。

――

意識していない音で、ですか?!

戸井

聞こえなくても、いろいろなものを感じさせるという音波があるのです。ちなみにCDが開発された時「音質が違う」と議論になりましたが、CDは記憶容量を高めるために人間には聞こえない高周波をカットしています。MP3プレーヤーは、CDよりもさらにその帯域を狭めていますし、携帯電話などもそうです。ですから、周波数の高い鈴虫の羽音は、携帯電話を通すと聞こえないのです。もちろん音域を狭めることによって、たくさんの人と交信できるようになりました。たくさんの情報をやりとりすることもできるようになりました。ですが一方で、自然の持っている本来の音より狭い音域しか聞いていないという面もあります。運動をしなかったら筋肉が衰えるように、使っていないカットされた音域に対する能力はどんどん落ちてしまうのです。ヘッドフォンで音を聞くのは、自分だけの空間を作るという時には有効だと思います。しかし、外界からの刺激が弱くなって聴覚神経の一部しか使わなくなるのは、問題ですね。

――

先の結果を見ても、聞こえない音を聞くことにも意味がありますね。

戸井

話を戻しましょう。環境の音を機能的にするという例では、あるカーナビメーカーから高速道路など単調な道路を走っている時に起きる眠気を音で防ぎたいという依頼がありました。そこで、目覚まし音を鳴らすとか、本人が気づかない音を加えるとか、いろいろな音で試してみました。

――

ここで本人が気づかない音というのは、具体的にはどのような音ですか。

戸井

ドライバーにとっては、走行路面が変化した時の音は重要な情報ですが、本来の音を阻害しない程度に、音を変えてみたのです。そうしたわずかな音の変化と超音波を加えることで覚醒が維持できることを見出しました。最終的に、何も手を加えない場合、好きな音楽をかけた場合、音楽と我々が作った音を合成してかけた場合と、3つのケースを比較すると、3番目の方法で覚醒時間が一番延びるという結果が出ました。

――

音で支援できることは、他にもありそうです。

戸井

ええ。最近の住宅は、壁や窓など建材の遮音性が高まって、合板や軽量鉄骨などの新建材が多く使われるようになり、さらに畳からフローリング、カーテンからブラインドに変わり、吸音性が低く、室内の残響時間が長く響きやすい傾向にあります。だからスプーンを落としただけでうるさいと感じてしまうし、子どもの泣き声もフローリングの部屋では、畳の部屋などとは全く感じ方が違ってしまいます。それが育児ストレスになるのではないかと言っている方もいますが、充分に考えられることだと思います。
また保育施設でも遮音性が高まり、中で騒いだ子供の声が反響してしまう。だから先生も、それに負けずに声を出します。街中にも音があふれている今、家や学校など、子供を取り巻く音環境は、もっと落ち着いたものにするべきでしょう。天井に吸音板を付けたり、一部の壁を吸音壁にするなど、ちょっとしたことで環境は変わります。

――

意識したことはありませんでしたが、本当にご指摘の通りだと思います。子どもの居場所と音の関係は、もっと配慮されるべきですね。

戸井

医療の現場にも音の力を発揮できる余地があります。以前、麻酔医の方とお話をしたのですが、手術中の麻酔はなぜするかというと、眠ってもらうためにするわけです。ただ、体への負担を抑えるためにはなるべく薬の量を少なくしたい。そして眠りを阻害する要因の一つに、手術室内の器具や機械が発するさまざまな音があります。その音環境を変えれば、薬の量を減らすことができるのではないか、と相談を受けたんです。

――

医療の分野こそ、音の影響は小さくないでしょうね。

戸井

そうなのです。音環境自体は、低減させたい音に対して、逆位相の音を発生させて音を打ち消す能動騒音制御(アクティブノイズコントロール)機能付きのヘッドフォンを患者さんに着けてもらうとか、枕元にスピーカーを埋め込んでおくなどということで、実現できるのではないかと考えています。アイデアはたくさんあるのですが、話をした麻酔医の方は「そんなことができるんですか!」と驚かれていました(笑)。病院を訪れる人は、大なり小なり不安を抱えているはずです。だからこそ、音を変えて、病室や待合室でも気分良く過ごせる環境が作れるのではないかと思います。
このように、聴く音はもちろん、聞こえてくる音を快適にすることで、私達の暮らしは、もっと変わると思います。


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戸井武司(とい・たけし)

中央大学理工学部教授。電機メーカ研究所勤務後、1996年より中央大学理工学部専任講師、助教授を経て2004年から現職。2004-2005年ルーベン大学(ベルギー)客員教授。自動車技術会フェローエンジニア、日本騒音制御工学会理事、日本モーダル解析協議会副会長、日本機械学会、日本音響学会などで要職を歴任。専門分野は、音響工学。

●取材後記

聞こえない音の力にまず驚いた。「超音波」という言葉にはなじみがあったものの、こんなにたくさんのものに使われているとは想像していなかった。非破壊検査も洗濯機も、深海のソナーも、みな超音波。取材では、無響室にも入ってみた。申し訳ないが本当に「不快な」空間だったのも意外だった。どちらかといえば、こもって仕事をするタイプなのに? だからこそ、快音設計が重要になる、エレベーター、車のドア、住宅のドア…。今、現在、こうしてあらゆるものについて快適な音を追求する研究が進んでいる。

構成、文/飯塚りえ   撮影/海野惶世   イラスト/小湊好治
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