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COMZINE BACK NUMBER

ニッポン・ロングセラー考 Vol.112 やきとり缶詰

1970年 発売

ホテイフーズコーポレーション

濃厚なしょうゆだれと炭火の香り
業界を驚かせた缶詰界の革命児

INDEX

創業者の人柄から名付けられた“ホテイ”ブランド

画像 創業者・山本良作

創業者の山本良作。日本の缶詰業界を発展させた功労者と言われている。

画像 マグロ油漬缶詰生産風景

マグロ油漬缶詰の生産風景。会社設立から間もない頃。

画像 ほていマークの広告

1950〜60年代の新聞広告。布袋のイラストと「ほてい印」をアピールしている。

仕事帰りになじみのやきとり屋へ寄って、ビールを飲みながら串焼きをつまむ。煙の向こうには黙々と肉を焼く店主の姿。昔も今も、やきとり屋は中年サラリーマンのオアシスだ。かたや商店街のテークアウト専門店では、子供連れの主婦が好みのやきとりを選んでいる。今夜のおかずになるのだろう。
そんなやきとり好きの日本人が生み出した画期的な商品が、株式会社ホテイフーズコーポレーション(以下ホテイ)の「やきとり缶詰」。やきとりの缶詰は他社からも販売されているが、最初につくったのはこのホテイ。缶詰の上面には、しっかり「元祖」と記されている。

ホテイの前身にあたる三共商会は、1933(昭和8)年、静岡県の蒲原町(現・静岡市清水区)にて設立された。同地でかつお節や削り節などの海産物を製造販売していた山本良作が中心となり、他の出資者2人と共に作った会社だった。手掛けたのは、当時急速に売上げを伸ばしていた輸出用のマグロ油漬缶詰。ほどなくミカン缶詰の製造にも乗り出し、事業は順調に拡大していった。
その土地柄から、清水周辺には昔からマグロとミカンの缶詰会社が複数ある。ホテイもそうした地元企業のひとつだった。

興味深いのは、現在、社名にまでなっている“ホテイ”ブランドの由来。今は使われていないが、1948(昭和23)年頃からしばらくの間、同社の製品には七福神の一柱である布袋のマークが印刷されていた。良作の風貌がふくよかで人望が厚かったため、イメージに合った布袋が選ばれたのだという。
当時の缶詰を見ると、ほとんどの商品に「ほてい印」と大きく描かれている。1968(昭和43)年には社名を「ほてい缶詰」に変更。中年世代なら、缶詰の表に記された平仮名の「ほてい」ロゴを覚えているのではないだろうか。

水産物と果物の缶詰を扱っていたホテイが、なぜ畜肉の「やきとり缶詰」を発売したのか。背景には、社会情勢の大きな変化があった。60年代の後半から、缶詰の主原料であるビンナガマグロが値上がりし始める。それに追い打ちをかけたのが為替の変動相場制。ホテイは輸出で利益を上げにくくなったため、国内販売を重視する方向に転換した。国内向けに投入した新ジャンルの製品の中で、最も成功したのが「やきとり缶詰」だったのだ。


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機械化してもゆずらなかった炭火焼きへのこだわり

画像 50年代後半の研究室

1950年代後半の研究室。「やきとり缶詰」開発時はここに炉が持ち込まれた。

画像 70年代前半の「やきとり缶詰」

70年代前半の「やきとり缶詰」。当時はふた・胴・底からなる3ピース缶だった。

画像 直焔式脱臭装置

排煙を酸化熱分解する直焔(ちょくえん)式脱臭装置。

ホテイがまず目を付けたのは、「親メス」と呼ばれる5ヵ月齢以上の産卵鶏。比較的値段が安く、大量に出荷されるので供給量も安定していた。課題は、この鶏肉をどのような形で缶詰にするか。ホテイの研究室では大和煮やドレッシングソースを使った商品など、さまざまなアイデアが検討されたという。だが結局、昔から日本人に広く愛されている「やきとり」でいこう、ということになった。

やきとりは「串に刺して炭火で焼く」もの。それを缶詰にするというのだから、発想そのものが普通の会社とは違っている。このチャレンジ精神あふれる開発姿勢は、戦後、山本食糧工業として生まれ変わったホテイが長年にわたって培ってきたものだ。60年代から70年代にかけて、同社は冷凍ツナやドレッシングツナ、冷凍ミカンなど、30種近くの斬新な新製品を開発している。やきとりを缶詰にすることも、さほど常識外れな発想ではなかったのかもしれない。

とはいえ、実際の製品開発は簡単ではなかった。開発陣が最も重視したのは、炭火焼きならではの香ばしさ。豊かな風味を出すため、工場でも炭火で焼くことが絶対条件となった。開発スタッフはやきとりのプロではないので、研究室では試行錯誤の連続。実験用の炉を作り、煙にむせながら焼き方の研究を続けたという。
実際に工場に設置されたのは、四角い鉄板の中にれんがを張り、炭火を起こした上に鉄網を置いた手製の炉。ここで鶏肉(モモ肉とムネ肉)を一片ずつ手焼きした後、一口大にカットして次の調味液工程へと運んだ。

やきとりの味付けには大きく分けてたれ味と塩味があるが、甘いたれ味なら子供も食べられるという判断から、ホテイは「やきとり缶詰」用にたれ味を選んだ。たれを注入した後は中を真空状態にしてふたをし、大型の釜で加熱殺菌する。処理後は入念な検品作業を経て出荷。製造工程の基本は今もほとんど変わっていない。近代工場にしては人が多いのも、炭火焼きや肉のパッケージングの過程で人手が必要になるからだ。

「やきとり缶詰」は1970(昭和45)年7月、2kg缶入りの業務用商品として発売された。新ジャンルの商品を次々と発売してきたホテイにとっても、かなりの冒険だったのだろう。
ところが「便利に使えて味もおいしい」と、店先での反応はすこぶる良かった。ホテイは同年12月から平3号缶(内容総量95g)と7号缶(内容総量260g)の2サイズで一般向け販売を開始。販売エリアも当初は静岡県内だけに限定したが、人気はまたたく間に広がり、すぐに全国販売に切り替えた。
こんなエピソードが残っている。工場には製造の注文がどんどん入ってくるが、鶏肉の入荷が追い付かない。社長から「何をやっているんだ」と叱られた資材責任者は、工場長に「鶏肉は半日分しかないけれど、煙は一日中出しておいてくれ」と頼んだという。想像をはるかに越えた売れ行きだったのだ。

ホテイは1974(昭和49)年までにコンベヤーを併用した大型の焙焼炉を導入し、製造現場の機械化を進めた。これは皮を下にした肉に赤外線バーナーで火を通し、炭火でじっくりと焼き上げる自動やきとり製造機。皮を下にするのは、油を受け止める皿の役割をさせるためだ。
同じ年には脱煙・脱臭を完全にする装置を導入し、課題だった排煙の処理を完了。初期にはあまりの煙に消防車が出動したこともあったというから、この部分の改善も大きな進歩だった。


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手書き文字とイラストだけでやきとりのイメージを演出

画像 おおば比呂司によるイラスト各種&CM

おおば比呂司によるイラスト。商品を気に入った彼はテレビCMにも出演している。

画像 食品売場の様子

発売当時の食品売場にて。試食販売もひんぱんに行われた。

画像 販促グッズ

販売店に配られた販促グッズののれん。缶に使われたイラストと同じデザイン。

その商品性以外にも、「やきとり缶詰」には特筆すべき大きな特徴があった。当時の人気漫画家・おおば比呂司が手掛けた缶のデザインだ。ホテイからデザインを依頼されたおおばは、のれんややきとりを前にした人々のイラストだけでなく、毛筆の太筆による「やきとり」の文字も作った。やきとり好きの日本人を軽やかなタッチで描き出したこのイラストや文字は、現行の商品にも継続して使われている。
このパッケージもまた、前代未聞の試みだった。従来の缶詰のパッケージは、中身をイラストや写真で具体的に見せるのが常識。イメージイラストだけでは中身が全く分からないが、やきとり屋の雰囲気が伝われば、誰もが簡単に中身を想像できる。おおばのイラストは、そんなホテイの意向を充分にくみ取ったものだった。

ホテイはマスコミへの告知や販促・宣伝にも力を入れた。発売時には静岡県庁の記者クラブで異例の新製品発表会を開催。「メーカーの人がここまでやってくるのは珍しい」と注目を集めた結果、数カ月にわたって全国紙や地方の有力ブロック紙などに「やきとり缶詰」の記事が掲載された。
販売部の地道な努力も見逃せない。一般販売された年の冬には東京、大阪、名古屋にある食品市場の朝市で実演販売を実施。出店している問屋の軒先を借りて、早朝から試食販売を行った。コンロで温めたやきとりを口にした販売店の人々は「やきとりの缶詰があるのか」と驚き、その味に納得して大量に購入していったという。

「やきとり缶詰」のテレビCMは、本格的な一般販売がスタートした1971(昭和46)年に始まっている。当初はアニメを使ったCMだったが、2年後には落語家の桂小金治を起用。庶民性を強調したCMは知名度アップに貢献した。だがそれ以上に効果的だったのは、子供向けアニメへのスポンサー提供だった。やきとりは、子供に持たせるお弁当のおかずにもよく使われる。ホテイは「ガッチャマン」や「てんとう虫の歌」など全国ネットの番組でおおば比呂司のアニメCMをオンエアし、子供と母親の支持を獲得した。現在、テレビCMが流されているのは静岡県のみだが、「元祖やきとり音頭」で使われた「やきやき〜♪」のフレーズが今も使われている。


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おつまみ・おかずだけでなく調味材料としても人気

画像 GP4サイズの現行商品5種類

それぞれに色が異なる現行商品5種類。形は2ピース缶になったが、デザインは昔からほとんど変わっていない。

画像 G7サイズの「やきとり缶詰」

「たれ味」にはG7サイズの大型缶もある。味にも違いがあり、発売当時のものに近いのだとか。

発売後しばらくの間は「たれ味」のみを販売していた「やきとり缶詰」だが、1975(昭和50)年には「塩味」と「カレー味」を、79(昭和54)年には「たれ味辛口」を追加している。「塩味」と「たれ味辛口」は「たれ味」と並ぶスタンダード商品に育ったが、「カレー味」は思ったほどには売れなかった。そのまま温めてご飯にかければチキンカレーに近い味になるという点がウリだったが、消費者には缶詰を湯煎にかけて温めるのが面倒だと思われたらしい。
だがカレーはやきとり以上の国民食。子供もよく食べるので、一度当たったら大きなビジネスになる。ホテイは2006(平成18)年におそば屋さんのカレーをイメージした「和風カレー味」を発売したが、結果的にはこちらも数年で販売を中止。難しくても諦めずにチャレンジし続けるところもまた、ホテイの伝統と言えるだろう。

近年のホテイは、若年層の味覚の変化に合わせた新商品に力を入れている。2008(平成20)年にはニンニクとコショウが効いた焼肉のたれ風味の「ガーリックペッパー味」を発売。その2年後には塩味をベースに九州特産の調味料を使った「柚子こしょう味」をリリースしている。
現行の「やきとり缶詰」の味は全部で5種類。それぞれにスーパー向けのポケット4号缶と3缶シュリンクパックがあるほか、「たれ味」「塩味」「たれ味辛口」には主にコンビニ向けに、内容量がやや多いつまようじ付きの平3号缶もある。

注目すべきは、「やきとり缶詰」自体の用途が変わりつつあることだろう。昔は酒のつまみやご飯のおかず、さらにはキャンプ用の食料などに使われるケースがほとんどだったが、最近は主婦層を中心に、「やきとり缶詰」を調味材料として使うシーンが増えてきた。ホテイも自社のホームページで簡単に作れるレシピをたくさん公開しているし、人気レシピサイトの「クックパッド」には、やきとりの缶詰を使ったレシピが150近くも掲載されている。
両者に共通しているのは、手間暇をかけずにそこそこ本格的なメニューを提案している点。ホテイが紹介しているレシピなら、鍋を使わず、わずか5分で結構本格的なチキンカレーを作ることができる。昔はお父さんの好物だった「やきとり缶詰」が、今はお弁当男子に注目されているのだ。

昨年の東日本大震災以来、「やきとり缶詰」は備蓄食としても注目を集めている。賞味期間が3年と長いだけでなく、緊急時に不足しがちなタンパク源や脂質を補給することができる点も貴重。鶏肉の融点は豚肉や牛肉よりも低いので、加熱しなくても口の中で自然に溶ける。常温で美味しく食べられる点も、備蓄食向きと言えるだろう。
ホテイは今年10月いっぱいまで「やきとり防災備蓄キャンペーン」を実施中。対象商品を買えば、ランタンや防災グッズが当たるプレゼントキャンペーンを展開している。

2010(平成22)年の「やきとり缶詰」販売数は約35万ケース。1ケース48個入りだから、年間1億6800万個も売れている計算になる。その7割近くは「たれ味」だ。最盛期の1981(昭和56)年の販売数は約50万ケースだから全体量は減っているが、他社を寄せ付けないガリバーブランドである点には変わりがない。
ひとり暮らしをしていたその昔、「やきとり缶詰」をよく食べたというオジサンたちは多いはず。時間があれば、ホテイが紹介するオリジナルレシピに挑戦してみてはいかがだろう。現代風のメニューの中からも、42年間変わらない懐かしい味が伝わってくるはずだ。

取材協力:株式会社ホテイフーズコーポレーション(http://www.hoteifoods.co.jp
これはプレミアム!「名古屋コーチンやきとり缶詰」

今年9月、ホテイは久々に「やきとり缶詰」の新製品を発売する。名称は「名古屋コーチンやきとり缶詰」。その名のとおり、愛知県産の高級鶏「名古屋コーチン」の肉を使った高級路線の商品だ。ベースは塩味で、その塩にもうま味がたっぷりと詰まった「瀬戸内の花藻塩(はなもしお)」を使っている。ホテイは数年前から東海キヨスクでレトルトパック入りの「純系 名古屋コーチン やきとり」を発売しており、今回の缶詰はそれに続くプレミアムやきとりの第2弾ということになる。数量限定なのでお土産店や一部の高級スーパーでしか入手できないかもしれないが、定番商品でぜいたくな気分を味わうのも乙なもの。「やきとり缶詰」のファンなら、一度は食べてみることをお勧めする。

画像 「名古屋コーチンやきとり缶詰」

ぜいたく気分が味わえる「名古屋コーチンやきとり缶詰」。価格は450円(税別)。

タイトル部撮影/海野惶世 タイトル部撮影ディレクション/小湊好治 取材編集/バーズネスト
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