ナビゲーションを読み飛ばすにはここでエンターキーを押してください。
COMZINE BACK NUMBER

かしこい生き方 株式会社エストロラボ代表 東山香子さん

「女性が働かないのはもったいないと思います。」

町工場が並ぶ東大阪市で女性だけの工場を経営するのは
(株)エストロラボの代表取締役、東山香子さん。
今の日本では「女性が働くことが日本経済の復活につながる」などと
海外から指摘されたりもしているせいか、女性の労働力活用に注目が集まっている。
女性のワークライフバランスは、多くの企業が取り組んでいるが
では町工場という場で、女性の仕事について東山さんはどのように感じ、
どのように課題に取り組んでいるのだろう。起業のきっかけから
現在、これからの展望などを伺った。

INDEX


注目を集め、業界に新風を吹き込むためにスタート――「町工場」と「女性」という組み合わせ

――

まずは会社を立ち上げたきっかけを伺えますか?

東山

2006年の3月に起業したのですが、前職では、放電加工のオペレーターをしていました。私は高校生の頃から、人の役に立つことをしたいなと考え、NGOやNPOの立ちあげを目指していたので「仕事は、お金を稼ぐためのもの」程度に考えていたんです。とは言っても、働くということは、お金以上にいろいろ勉強になることも少なくありませんし、人との出会いもあります。そんなこともあっていくつかの仕事をやりながら、何がしたいのかを模索していた時期がしばらくありました。ぼやっと夢を追っていたわけですね(笑)。
ところが、アルバイトをしていた会社の社長が、女性だけで金属加工の会社を立ちあげたら、話題になりそうだ、業界にも風穴を空けられるという構想を持っていて、なぜか私がその社長に抜擢されたのです。

――

大抜擢ですね。

東山

そうですよね(笑)。年齢とか家庭の状況とか、性格といった点で代表者にいいんじゃないか、という人がたまたまいなかったというだけでしょうが、私も金属加工の面白さに目覚めてはいましたし、女性だけの町工場というアイデアは面白そうだと思い、引き受けることにしたのです。

――

今にして思えば、その方のもくろみはぴたりと的中したわけですね。でも失礼な言い方ですが、金属の放電加工という仕事は、そんなに簡単にできるのですか?

東山

最初は「女の子でも動かせる機械だよ」と言われて町工場で働き始めたのですが、確かに当時、私がやっていた仕事はそんなに難しくありませんでした。もちろん、熟練工との差というのは、後で痛感するわけですが、でも少なくとも加工の作業自体は、やってみると意外に面白い。元来、何かを作ることが好きだったこともあるでしょうが、放電加工というのは、図面一枚を元に製品を作っていく中の一工程を担っているんです。その過程は仕事として魅力的でしたから、金属加工を仕事にすることにも抵抗はありませんでした。
それに、今、弊社は、細穴加工という作業にしぼって屋号も「細穴屋」と称しています。細穴放電加工は面白いし、それまで関わった仕事より利益率が高そうに感じたので「これなら私でも経営できるかも!」と思ったんですね。これが甘かった(苦笑)。

――

そううまくはいきませんでしたか。

東山

ええ。仕事がなくても人件費は必要ですから、設立から3年間程は「これが法人の通帳?子どものお年玉?」という金額でした。勤めていた前の会社では、細穴加工をやっていると大々的に宣伝していないにもかかわらず自ずと仕事が入ってくるので、たかをくくっていたのですが、それもこれも社長の経験と実績があるからできたことだったんです。それがどんな製品になるのか、どれくらいの価値があるものか、すべてを把握していないと見積もりができません。経験の浅い者が図面を見て判断するのとは、世界がまったく違うわけです。私は、そういったノウハウもほとんどないままに会社を立ちあげてしまったので、最初は値段が合わなくて逃す仕事が、それこそ山ほどありましたし、徐々に問い合わせが来るようになってからも、実際の仕事につなげられる量がまったく違いました。
もう一つ、熟練工とは仕事の速さがまったく違いました。穴を空けること自体は機械が行いますから、誰がやっても10分掛かるものは10分掛かります。けれども、機械に材を載せる作業という工程では、技術や経験の差がモノを言います。熟練工なら10分でできることも私は2時間かかる、など大きな差があるのです。
最初は半日かけて見積もりを作り、ようやく仕事を取ったとしても、機械に材をセットするのに3時間掛けて、加工に15分掛けて…しかも皆、経験が浅いので間違ったりもする。でも納期はありますから、絶対やらないといけない。しかも子どもがいる社員はお迎えの時間や夕飯の支度があるから時間になったら、皆、帰らざるを得ない(苦笑)。

――

それでも女性にこだわったわけですね。

東山

会社の設立メンバーは、私を含め3人ですが、私自身は、社会の役に立つことという目標の中で具体的に一番やりたかったのは、雇用を増やすこと。特に女性にこだわっていたわけではないんです。もっと広く、社会的に弱い立場の人に向けて、場を作りたいと考えていましたが、もう一人のメンバーは、周囲の友人が子育てと仕事の両立に苦労しているのを見ていて、何とかそれを改善したいと考えていたので、女性に特化することでベクトルが合ったという訳です。

――

女性ばかりという点でご苦労はありますか。

東山

仕事をする上での女性と男性の区別はないと思います。あるとすれば、一つは加工する製品が大きくて重たい物だと運搬に苦労すること。逆に言えば、その程度ですし、重たいものがあったら「手伝おうか」と言って“気の良いおっちゃん”が大体、手を貸してくれます(笑)。
あとはあえて言うなら図面という平面を見て、製品という立体を想像する作業があるので、もしかしたら男性のほうが得意な人が多いかもしれません。でも感覚的にはそれも個人差のほうが大きいように思います。

――

つまり、町工場という、私達、素人の目から見ると、女性ばかりというのがちょっと特異に見える業界でも、実は喰わず嫌いのようなもの、ということですね。では実際に、子育て世代の女性が工場で働くという会社が動き始めていかがでしたか。

東山

今も試行錯誤している最中ですが(笑)、子育て世代の女性は家事や育児によって、時間に制約が出てきます。彼女達が退社した後、納期の迫った仕事を私一人でやることもありましたが、でも、それは長く続く仕組みではありませんよね? 「何か違うやん?」ということになって、少しずつ改善を続け、今に至っています。

――

具体的にはどのような形で会社を運営しているのでしょう?

東山

画像 家庭の状況に応じたシフト従業員は、5人全員が正社員です。それぞれの家庭の状況によって、朝は保育園に預けてから9時に来る人、始業時間の8時半に来る人とシフトがあります。おばあちゃんが手伝うなど、周囲の協力環境も違いますし、親の介護が始まるかもしれないと言っている者もいて、毎年、その状況は変わります。ですから、毎年申告してもらってシフトを組んでいます。
中には、最初は本人もご主人も、社員としてフルタイムで仕事をすることを望んでいなかったのですが、本人の意識が段々と変化し、奥さんの働きぶりや生き生きとした姿を見たご主人も次第に協力的になり、今では育児に積極的に参加してくれるので、勤務時間を増やすことになったという女性もいますよ。

――

ご本人の行動で周囲が変わっていったんですね。

東山

彼女の例は示唆に富んでいると思いますね。私は、女性を活用していると言われてメディアの取材を受けることもありますが、実際に7年会社を経営して、女性の側の意識改革も必要じゃないかと感じています。
育児や家事を担うという点では、確かに負担も大きく、子育て世代が働くための支援、職場の仕組み作り、行政や勤め先からのサポートの充実は必須です。働くお母さんが仕事をする時の足かせになっていることはよく分かります。それを理解した上での話ですが、女性の側にも、矢面に立ったり、責任を持つことを避けたりという感覚が無意識にあるような気がします。
それは子どものころからの教育や日本の文化的な背景もあると思いますから、簡単には変わらないのでしょう。でも何と言うか…皆、欲がないんです(笑)。いろいろ任せたら、任せただけのお給料を出そうと思っているのですが「そこまでできない…」となってしまう。私だったら、自分が仕事をした分だけ欲しいし(笑)と思うけれど…。
経営する立場としては、利益を出さなくてはならないのは当然ですが、私には、皆の働く場所を作っていくという目標もあるから、働く場として不都合があったら改善したいと考えて、会社の規則を決めようという時にも、皆で変えていこうと「どう思う?」って問いかけるんですが「考えたことない」と。「そしたら、私の好きなようにしていくで!」って言うんですが(笑)。意見を言うことで、自分たち自身で変えることができるという経験や発想がないのかもしれません。会社はそういう訓練の場としても活用したいですね。


Top of the page

女性という特徴を生かしつつ、甘えない――変化に対応し続けることが働く場を作る

――

会社の運営などで女性が多いがゆえに、他の工場とは違うという部分はありますか。

東山

機械の台数、会社の規模からすると、他の工場に比べて社員数が多いんです。というのも、小学校や保育園に通う子どものお母さんがほとんどですから「学校の行事で○月○日は休みます」ということもあれば「子どもが熱を出した」と言って突然休むこともあります。そういう時、互いにカバーし合うために人数が多いのですが、子どもが元気なら全員出社してくるので、人が余る(笑)。その時に手が空いてしまわないように、それぞれ機械のオペレーションだけでなく、技術の話もできるし、加工もできる、見積もりを作ったり、図面を描いたりすることもできるという教育をしています。町工場と言えども、デスクワークがありますからね。そこでそういう作業の中で可能なものは自宅で作業してもらえるような仕組みも作っています。

――

とすると、今、この時間にも、自宅で仕事をしている社員がいるということですか。

東山

そうですね。例えば、社内で使うために製品の管理ツールを作ったのですが、これはたまたまうちで働きたいという元SEの女性がいて、彼女にコンピュータ回りの仕事をしてもらっているうちにでき上がったもの。便利なので、これなら他の町工場にも売れる!(笑)と思って。彼女は正社員ですが、完全に自宅勤務で営業、開発などしています。

――

「女の人だから」仕事の依頼が来るということもあるのでしょうか。

東山

それが、自分が思っていたよりもずっとあるんです。最初は、技術的なところを買ってもらっていると思っていたのですが、実は「初めは興味本位で仕事を頼んでみた」と言われたりもしました。そしたら「意外にやるな」「納期、早いな」となって、取引関係ができた会社がいくつもあります。会社に来てみたら女性しかいないから、楽しい、というおっちゃんもいましたけど(笑)。

――

他の工場が、男の人ばかりだからなのでしょうね。

東山

そういう部分はあると思います。最近では機械のオペレーターの女性も増えてきましたが、まだまだ少数です。女性が主だからか「ムチャばっかり言うてごめんやで〜」という第一声とともに近所のおっちゃんが訪ねてきて、仕事の依頼をしてくれます。そうした和気あいあいとした雰囲気は、私たちが思っている以上に、おっちゃんたちにとって心地良いものなのかもしれませんね。

――

多かれ少なかれ、周囲の人が女性ということを意識しているとしたら、そのせいでやりにくいと感じることはありませんか。

東山

経営者の集まりに出ると紅一点ということが少なくありません。でも、居心地が悪いというよりは、得しているなと思うことの方が多いと思います。やはり女性ということもあってか、すごく親身になって心配もしてくれ、応援もしてもらっていると思います。
だから、会社の皆にも、いろいろ学んでほしいと言っています。例えば、技術のおっちゃんたちが話している専門用語が理解できなかったら、どんどん質問しなさいと言っています。
加工技術自体も、日々進化していますから、勉強し続けなければいけません。うちにも研究機関から「こんな加工ができるかな」と問い合わせがあります。

――

それは、よほど難しい依頼なんですか。

東山

画像 0.1mmの穴簡単に言うと、うちで空けられるのは、直径0.1mm、つまり100ミクロン。私たちは「ミリ」で仕事をしているので0.1mmが、うちの最小の仕事です。方や「ミクロン」や「ナノ」の世界で仕事をしている人たちがいて、その「ナノ」の穴を、何億円もする測定器で測る。加工物の材質や穴径などによって、穴の値段は変わるので一概には言えませんが、うちだと1穴は高くても数千円〜数万円に対して、こういう依頼では1穴に数十万円。そういう人たちからすると「ミリなんて、でかいやん」となるわけですね(笑)。

――

穴を空けるだけで数十万円!しかも見えない穴を!何に使うんですか。

東山

例えば金属の摩耗度などを調べる時に、人工欠陥といって、0.1mmでは大きすぎると言われるほどの限りなく小さいピンホールが必要とされます。金属は車や宇宙開発向けだったり、医療関係だったり、いろいろな分野で利用されているのですが、でも、テストピース用なので、図面を見ても何になるのかまったく分からないですよ(笑)。
最近では、そうしたナノやミクロンの穴加工を求めて、うちの会社に辿りついたお客さんと、日本中のいろいろな技術を持った“おっちゃん”たちとを仲介することもあります。もちろん間に入るからには、責任も問われますし、その技術や内容を分かっていないと責任も負えないので勉強します。そんな時も分からないことを技術職人に聞くと「教えたろ」と、皆、一生懸命教えてくれるのは、きっとこちらが女性だからでしょう。初めはむしろ、女だからという扱いをされることに、とても抵抗がありましたが、これは武器だ、ツールだと思うようになりましたね。ひとつ聞いたら、倍以上の奥の深い答えが返ってくる。ネットにも載っていないような生の情報です。これは、本当にすごい財産だと思うようになりました。

――

これから、会社はどういう方向に進んでいくのでしょう?

東山

雇用を増やしたいという思いがありましたから、5年で5人、10年で30人を社員として迎えるという計画を立てていました。今、7年目で7人の従業員を雇っていますから、もうちょっとがんばればいけるかなと。

――

30人ですか。

東山

30人位の規模にしたいのには理由があります。いろいろな世代が混ざらないと、産休や育休を取ることができません。5人しかいなかったら、その中の1人が1年、2年と抜けるのは、とても厳しいですよね。けれども世代に幅があれば、子育て世代が1、2年抜けてもカバーできます。そのためにも、目標を30人としているのですが、それは30人に払えるだけの仕事を取らないといけないという意味でもありますから(苦笑)、業種も含め、悩んでいることです。

――

目指されている30人というのは、別に女の人じゃなくてもいいのですか?

東山

そうです。それこそ、シングルファーザーもたくさんいるのですから、そういう人たちが来てくれたら大歓迎です。

――

7年間、女性が働く場を提供してきて、今、思うことは?

東山

ビジネスは、人、モノ、お金と言いますけれど、私はやはり人が一番大事だなと考えるようになりました。人をきちんと育てないと結局はうまくいかないのです。もし資金がなくなって会社が続かないとしたら、それは人が育てられなかったことが原因だと思います。
長く続く会社というのは、時代に応じて、臨機応変にソフトを替えるだけの仕組みを持っていなければいけない――「自分で考えて行動する」ことを会社の理念に掲げていますが、つまり、そういう人が育たないと、長くは続かないと感じています。
ただ、人を育てるには時間が掛かり、社会の変化はそれを待ってくれません。だからこそ、私たち女性がどん欲に勉強していくことも大事だと思います。


Top of the page
東山香子(ひがしやま・きょうこ)

株式会社エストロラボ代表。愛知県生まれ。奈良市立一条高等学校外国語科、大阪芸術大学附属大阪美術専門学校陶芸科卒業。信楽で製陶業勤務、青年海外協力隊として派遣が決まるも、訓練中に体調を崩し中止。2006年、株式会社エストロラボ創業。趣味は料理と旅行。

●取材後記

国際通貨基金が「日本の経済を立て直すためには、女性の労働参加が重要だ」という提言をしたのは、2012年10月。周囲を見渡しても、子育てしながら働いているお母さんの負担は、きっと想像をはるかに超えているだろうし、子育てをしている時点で働くのは難しいと、最初からあきらめている女性も少なくないだろう。これが正解!を見つけるのは難しいけれど、「子育てしながら働く」ことについて、男性も女性も一緒に考える必要がありそうだ。

構成、文/飯塚りえ   撮影/海野惶世   イラスト/小湊好治
Top of the page

月刊誌スタイルで楽しめる『COMZINE』は、暮らしを支える身近なITや、人生を豊かにするヒントが詰まっています。

Copyright © NTT COMWARE CORPORATION 2003-2015

[サイトご利用条件]  [NTTコムウェアのサイトへ]