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かしこい生き方 理学博士 高木隆司さん

「部分を抜き出しても全体が見えない、その時に『ものの形』が重要になってくるのです。」

私たちは「花はこんなふうに周囲にまるく並んだ花びらがあって」
「魚は口のほうが細くて尾ひれがあって」といった形の概念を持っており、
それが不思議だと思うことはあまりないかもしれない。
しかし、そうした生物を始め、世の中のあらゆるものの形には
想像しなかったような意味や、規則性、法則がある。
「形」に視点を置いてアート作品から、微生物、植物に至るまで、
いろいろな形の意味を読み取っていこうというのが
今月登場いただく高木隆司さんだ。

INDEX


思いがけないものの構造が同じ法則にのっとっている――ハチの巣とメタン分子とシャボン膜

――

「形の研究」というと、幾何学などを思い浮かべます。

高木

そうですね。我々が何かを観察する時、それが何個あるのかと数え、それが丸いか、四角いか、あるいは三角なのかを見ます。つまり、「数」と「形」に注目するわけです。ギリシャで学問が始まった時、数と形に興味が持たれたのも、それ故だと思います。そしてそれが現在の数学という分野になりました。数を扱う学問だから「数学」。当時は数学とは、面で囲まれた多面体を扱う学問でもありました。だから「形」も数学、ということになったと思います。近年になって多面体を拡張したような、ドーナツやマグカップといった形も数学として扱う「トポロジー」という数学の分野も登場し、形は数学で扱うものなのだと、一般に思われるようになったのでしょう。

――

個人的には形を数式で表現するのが少し不思議でした。

高木

そうですか(笑)。形を数学で表現することは、近代の哲学者デカルトが始めたことです。それが結晶学などという形を研究する学問にも発展したのです。さらに生物の形となると、役に立つのか立たないのか、食べられるのか食べられないのかに主眼が置かれていた中で、形そのものに注目したのがゲーテです。彼は文学者であると同時に、科学者であり、政治家でもありました。そのゲーテが「形態学」という名前をつけた新しい学問を提唱したのです。それによって生物や人間の体の形に関する学問は「形態学」と呼ばれるようになりました。今では、数学以外の多くの分野でも形を研究しています。

――

現代の生物学では「形」に注目して進化を解き明かそうとされている方もいますが、高木さんご自身が形に興味を持ったきっかけは何だったのでしょう?

高木

イギリスの数学者であり博物学者であるダーシー・トムソンの『On Growth and Form(邦訳:生物のかたち(東大出版会)』を、翻訳したことがきっかけでした。微生物学者の柳田友道先生を中心に、私も含めた同学年4名が、その翻訳にあたりました。

――

この本に載っている放散虫など、とても不思議な形です。まるで誰かが作ったかのような…。

高木

画像 マンボウとフグは似ている?微生物には、そういう形のものが多いですね。陸上の大きな生物は、重力の影響を受けるため、体を支える仕組みが必要となりますが、放散虫は海に浮遊しているので、こうした幾何学的な形が成り立つわけです。この本の中で特に興味深いのは、生物の形を比較した図です。例えばハリセンボンという魚の形をグリッド座標の上に置き、この座標をなめらかに変形させると、マンボウの形になるのです。このことからトムソンは、例えばマンボウとフグは生物種として近いと示唆しているのです。

――

魚の形の相関関係を見たのですね。

高木

そうです。生物の形の多様性を、この座標系の変換で説明できると主張したのです。すべてに当てはまるとは言えませんが、馬の進化については彼の主張が役立ちました。馬の先祖と言われるエオヒッパスという種の顔の骨格を正方形の網目状の座標に乗せて変形していくと、現代の馬の顔になるのです。ということは、座標の変形の過程は進化の過程を示している可能性があり、例えば古代の馬の骨が見つかったら、その形をもとに、全体を復元することにも役立ちます。

――

形を科学していくと、意外なものが結びつくことがあるように思いますが。

高木

シャボン玉で遊んだことがあるでしょう。あのシャボン膜には縮もうとする、言い換えれば表面積を小さくしようとする力が常に働いています。ですから、体積が同じ場合、面積が最小の形は球ですから、シャボン玉は丸くなります。さらにいろいろな形の枠を針金で作りシャボン膜を作る実験を試みました。すると形のできる原理というのが非常に興味深いことが分かりました。
例えば、正四面体、つまり三角形の面を持つ立体的な形だと、どんなシャボン膜が張れると思いますか。4枚のシャボン膜に囲まれた形ができると想像する方が多いのですが、実際は正四面体のそれぞれの頂点から中心に向かって線が4本伸び、これらの線2本と四面体の一つの辺でできる三角形の膜が6枚できます。この時の線の角度は109.5度です。

――

6枚?

高木

ええ。四面体には6本の辺がありますから。中心に向かう4本の線はテトラポッドと同じ形ですね。同時に、これはメタンの構造とも同じ形です。

――

メタン、ですか。

高木

メタンの分子は、1個の炭素原子が中心にあり、それに4つの水素原子が結合した正四面体構造をしており、結合同士は互いに109.5度だけ違う方向を向いています。
ところで、唐突ですがハチの巣ってご存じですね。養蜂家が使うミツバチの巣は六角柱の束同士をぎゅっと押しつけたような構造になっているのですが、この時押しつけた部分にできる凹凸は、ひし形をつないだ形をしています。そのひし形の角度は109.5度です。

――

ということは正四面体のシャボン膜とメタン分子、ハチの巣の3つに共通した法則があるということですか。

高木

ええ。ハチの巣の109.5度という角度はイタリア人の天文学者、ジャコーモ・フィリッポ・マラルディが発見したので「マラルディの角度」と呼ばれています。後に自然界のさまざまなものに表れる重要な角度であるということが分かりました。

――

その角度には、どのような意味があるのでしょう? 例えばメタン分子が109.5度を保つ意味は?

高木

水素同士が反発し合うためです。一定の範囲内で互いになるべく遠く離れようとした結果、自然にこの形になるのです。
マラルディは、きっとハチの巣が好きで、いつも見ていたのじゃないかと思います(笑)。実は、この形は簡単に作ることができるのです。紙粘土で10個のお団子をつくり、その7個を平面上に密に並べます。その上の3か所のくぼみに3個のお団子を置き、全体をまわりから押さえつけます。すると、お団子同士が押し付け合って多面体に変わり、その面にマラルディの角が現れるのです。この多面体の形は、ハチの巣の内部と同じです。

――

意識せずとも、ハチの巣と同じ構造ができてしまうわけですね。そして、そこにマラルディの角度が現れる…。不思議ですね。

高木

実はいまだに、なぜハチの巣が正六角形をしているのか、そしてなぜその奥にこうした形ができるのかは謎のままですが、ただひとつ言えることは、この構造だと材料が最も少なくて、かつ丈夫な巣になるということです。


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フィボナッチ数にペンローズタイル、黄金比――自然界には、不思議な法則がたくさん

――

形の法則には、他にもいろいろなものがありますね。

高木

例えば、らせん状に並ぶひまわりの種がそうです。らせんの数は34本と55本が多いのですが、これらはフィボナッチ数という特別な数なのです。

――

数が決まっているのですか!

高木

この数列の名前に冠されたのが、13世紀ごろのイタリアの数学者で、ルネサンスの草分け、レオナルド・フィボナッチです。中世当時のヨーロッパは暗黒時代でしたから、彼は、数学を学ぶためアラブ諸国を旅して、学んだことを『算盤の書』という本にまとめ、ヨーロッパで出版しました。この中にフィボナッチ数についての記述があります。ですから、彼が発見したものではないのですが、彼の名前にちなんで「フィボナッチ数」と呼ばれるに至ったのです。
まず、フィボナッチ数というものが何か、文字列の足し算で考えてみましょう。
SとLという2つの文字があったとします。そこに、SはLになり、LはLSになるという規則を与えます。すると、Sから始まる式は、
S → L → LS → LSL → LSLLS → LSLLSLSL → …
となります。各段階の文字数は、
1、1、2、3、5、8、13、21、34、55、…と増えていきます。これがフィボナッチ数列です。興味深いのは、SがLになり、LがSLになり…という厳密な規則性はあっても、周期性はないということです。

――

パターンがないということですか。

高木

厳密な規則に従いながら周期性がない、つまり同じパターンの繰り返しにはならないのです。その2次元版に、ペンローズタイルというものがあります。これは、2種類のひし形(タイル)を敷き詰めて作る平面です。タイルを隣接させるとき厳しい条件がついており、ここでも厳格な規則はあっても、周期性はありません。
このペンローズタイルは、中世イスラム建築の幾何学模様として知られていましたが、その後イスラエルの科学者がこの法則をよりどころに自然界の「準結晶」の仕組みを発見して、2011年にはノーベル化学賞を受賞しています。

――

準結晶?

高木

最近まで結晶は、ミクロな世界で原子が周期的に秩序正しく並んでいると考えられてきました。しかし、そうならない1方向にずらすと決して重なることがないという結晶が発見されたのです。それが準結晶です。これは、ペンローズタイルやフィボナッチ数といったものに深く関係した構造です。

――

何かに応用されたりしているのですか。

高木

工学上の応用はまだ無いようです。デザインとしては、コペンハーゲンのチボリ公園の池の底に、ペンローズタイルを模したと思われるタイルが張られているのですが…ただ、現地に行って、それに気付く人はあまりいないと思います(笑)。規則的だけれど周期性がないというのは、人間にとっては収まりが悪いというか、落ち着かないという印象があるのでしょうね。将来は、これを受け入れるような感性が発達するかも知れません。

――

自然界には、私たちが知らないだけである一定の規則にのっとったこうした法則がたくさんあるのでしょうね。

高木

先に触れたひまわりですが、この花は、実は小さい花(小花)がたくさん集まったもので、その周辺に1枚の花びらをもつ花が取り巻いているのです。中心部の小花は、ある規則に従ってらせん状に並んでいるのですが、これを再現する実験をしたことがあります。鉛筆に糸を結びつけ、その糸の先をピンで留めて、糸をピンと張ったまま鉛筆を動かしていくと、鉛筆に糸が巻き付いて円の半径が小さくなりらせんが描けます。こうして描いたらせん上に点を一つ打ち、更にそこから中心のまわりに137.5度回ったところに、また点を打ち…と、続けていってでき上がるたくさんの点で、近い点同士をつなぐと、ひまわりらせんが描けるのです。

――

137.5度というのは?

高木

360度を、黄金比で分割した角度です。

――

黄金比とは、正方形の一辺にその約60%分の長方形を足してできる長方形の、辺の比のことですね。

高木

画像 137.5度がつくる形そうです。黄金比は、1:1.618。360度をこの比で分割すると、小さい方がちょうど137.5度分なのです。松ぼっくりにもひまわりのらせんと同じらせんが見られるし、小松菜などの葉が出る方向も茎のまわりに137.5度ずつ回っています。木の枝もその法則に従うものが非常に多く、自然の中に黄金比があることが分かりますね。
黄金比が、なぜヨーロッパで尊重されるようになったかについては、ピタゴラスへの尊敬の念によって黄金比が尊重されるようになったという説が有力です。それは、彼が正五角形の辺と対角線の比が黄金比であることを示したことから来ています。しかし、それだけではないんじゃないかと思っています。というのも、自然の中にたくさんの黄金比が見られるし、人間の体の中にも、黄金比に近いものがあるんです。例えば、手の指の第一関節から第二関節までと第二関節から第三関節の長さは、約1.6倍です。さらに、指先から手首までの長さと手首からひじまでの長さは黄金比になっています。

――

植物にも人間の体の中にも、同じ比率が存在するというのが興味深いですね。

高木

人間と生物が同じ数理モデルで行動することもあります。ボロノイ分割と呼ばれ、平面を分割する方法があります。
平面内に点を配置し、隣り合うふたつの点の間にすべて垂直二等分線を引いていくとしましょう。すると最終的に平面が多角形で分割されます。これがボロノイ分割です。
その例としてまず、ティラピアという魚が池や川の底の砂地に作る巣に見られます。魚の数が少ないとばらばらに離れて巣を作るのですが、過密になると、互いにけん制し合い、お互いの位置の間に引いた垂直二等分線が境界になるように縄張りを決めるのです。その結果、縄張りはしばしば六角形の配置になります。
人間の場合は国境が例に挙げられます。ヨーロッパの国の首都を基にボロノイ分割をしてみると、実際の国境に近いことが分かります。ボロノイ分割線上の点は隣国同士の首都に対して等距離にあり、各国の勢力が均衡している場合はそれが実際の国境になります。ただし、ロシアのような強国の国境は、隣接する国の首都を基にしたボロノイ分割線よりも相手国に大きく張り出していますね。
ボロノイ分割とは縄張りの数理モデルですから、国境以外にも、町中の小学校や郵便局、あるいはコンビニといった施設を基にボロノイ分割すると、それらの配置が合理的かどうか、すなわちそれらの縄張りの広さが均等かどうかを判断できるかもしれませんね。

――

社会的な境界についても、法則があるということですね。

高木

大学の授業で、今の日本の県庁所在地をもとに、ボロノイ分割をするという宿題を出したことがあります。そうすると今の県境に、大体一致するのです。今の県境は戦国の世を経て決まったものですが、その影響が色濃く残っているということがボロノイ分割からも分かりました。

――

自分たちで決めていると思っていたのに、実は、ある種の法則の力がそこに働いていたとは…。

高木

ええ。その時々の気持ちや希望に従って作っているようで、マクロな視点から見れば、ある法則性に従っていたということは、あるかもしれません。

――

さまざまな「形」が、偶然にできあがっているように見えて、そこに法則性があるというのは、改めて興味深いことです。

高木

和語の「かたち」は、「かた」と「ち」の組み合わせと考えられています。「かた」は「型」、同じ形を作る原型、あるいはその鋳型(いがた)を指します。つまり、その外側の輪郭のみに着目していますが、「かたち」の「ち」は、「いのち(命)」「だいち(大地)」、あるいは年を経て霊力を持った「おろち(大蛇)」などのように、生命力や霊力といった内面的な力を表します。つまり「かたち」とは、そのものの本質をも指すと考えられます。

――

ひとつの仕事を終えた時「かたちになった」と言いますね。

高木

そうです。形を研究する際には、ものの「かたち」を見て、その本質に迫りたいという気持ちをもっています。未来の社会を考える時に重要視されていることは、その持続性です。その意味で自然は、その持続性という仕組みを持つ代表例です。だからこそ自然の中のかたちを観察することによって、あるいはその仕組みを学ぶことによって、これからの社会のデザインに生かす、これは将来の文化をいかに作るかということにも通じます。そういう問題意識を持った時に、形の科学が何らかの役割を果たすのではないかと思っています。

――

なるほど。

高木

いろいろな形を持ち、またいろいろな要素が組み合わさって「自然」は、できています。だから、ある要素だけ取り出しても、全体は見えない。その時に、物の形と向き合わざるを得ないと思うのです。


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高木隆司(たかき・りゅうじ)

1940年広島生まれ。1969年東京大学大学院理学系研究科物理学専攻修了。理学博士。東京農工大学名誉教授、神戸芸術工科大学特別教授、武蔵野美術大学非常勤講師。形の科学会所属。著書に『「かたち」の探求』(ダイヤモンド社)、『形の数理』(朝倉書店)、『理科をアートしよう』(岩波書店)、『巻き貝はなぜらせん形か』、『「理科」「数学」が好きになる楽しい数理実験』(共に講談社)、監修した事典に『かたちの事典』、『かたち・機能のデザイン事典』(共に丸善株式会社)がある。

●取材後記

以前聞いた脳科学者の話。よく、宇宙人の想像図として、頭でっかちで手足は退化して細くなった姿が描かれることがあるが、脳の研究からすると、あの姿は合理的ではないのだとか。なぜなら人間の脳がここまで進化したのは、二足歩行をしてこの形の体になったから。いろいろな分野で形の重要性が認められつつあるようだ。

構成、文/飯塚りえ   撮影/海野惶世   イラスト/小湊好治
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