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ニッポン・ロングセラー考 Vol.121 シャボン玉浴用

1975年 発売

シャボン玉石けん

健康な体ときれいな水を守る
無添加石けんのパイオニア

自らの経験を踏まえ、無添加石けんを製造販売

画像 森田光德氏

二代目社長、森田光德。文学好きのアイデアマンという、型破りな経営者だった。

画像 粉末の無添加石けん「デラックス」

粉末の無添加洗濯石けん「デラックス」をPRするチラシ。

画像 発売当時の「シャボン玉粉石けん」

発売当時の「シャボン玉粉石けん」。広告用の写真から。

画像 「シャボンちゃん」

1975年発売の粉石けん「シャボン玉95」でデビューした「シャボンちゃん」。デザインは今も変わらない。

石けん、ボディソープ、ハンドソープ。シャンプー、リンスに洗濯用洗剤、台所用洗剤などなど。私たちの身の回りには、多種多様な洗浄剤が溢れている。商品を選ぶポイントも、洗浄効果、肌への刺激、香り、価格など、人それぞれ。近年は健康志向や環境意識の高まりから、安心・安全をアピールする商品を選ぶ人も増えている。今回は、そんな健康志向の強い消費者に支持されている「シャボン玉浴用」を取り上げよう。どんな経緯で誕生したのか、一般的な石けんとどこが違うのか、なぜロングセラーになったのか。興味は尽きない。

「シャボン玉浴用」を作っているのは、福岡県北九州市の「シャボン玉石けん株式会社」。創業者の森田範次郎が1910(明治43)年に興した日用品卸の店が出発点だ。多くの商品を扱っていたが、最もよく売れたのが石けんだった。当時の北九州市は石炭産業のメッカ。炭鉱で働く男たちが体の汚れを落とすため、石けんの消費量が多かったのだ。
終戦後は二代目の光德が会社を継承。日本は高度経済成長期に入り、人々の生活はどんどん豊かになっていった。この時期に登場したのが洗濯機。それに歩調を合わせるかのように、合成洗剤も急速に普及し始める。同社も「デラックス」「トップラン」という合成洗剤で業績を伸ばした。

合成洗剤で会社は潤ったものの、光德は個人的な悩みを抱えていた。体中に赤い湿疹ができ、どんな治療法を試しても一向に治らなかったのだ。諦めかけていた頃、国鉄(現JR)から「合成洗剤で機関車を洗うとサビが出る。天然油脂で作る純度の高い石けんを試してみたい」という注文が舞い込んだ。
天然油脂で作る純度の高い石けんとは、香料や着色料などの添加物を加えない「無添加石けん」のこと。当時のシャボン玉石けんは自社工場を持っていなかったため、付き合いのある工場に依頼して試行錯誤の末、ようやく試作品を製作。完成度に納得した光德が試しに自分で使ってみたところ、思いもかけない出来事が起こった。

10年来の悩みだった湿疹が、数日で嘘のように消えたのだ。ところが試作品がなくなって合成洗剤を再び使うと、また湿疹ができてしまう。光德には大変なショックだった。悩み続けていた湿疹の原因は、自社の主力商品である合成洗剤だったのだから。「体に悪いと分かっている商品を売るわけにはいかない」──光德は悩み抜いた末、合成洗剤からの完全撤退と無添加石けんの製造・販売を決意する。

1974(昭和49)年、固形と粉末の無添加石けん「デラックス」を発売。かつての合成洗剤と同じ名前で販売したものの、これでは新商品であることが伝わらないと思った光德は、人々の心に残る印象的な商品名を考えた。
思い付いたのが、風呂に入る時よく口ずさんでいた黒沢明とロス・プリモスの代表曲「ラブユー東京」。歌詞にある「シャボン玉」をそのままもらい、「シャボン玉粉石けん」を75(昭和50)年に発売した。同年4月、赤ちゃんをモチーフにしたシンボルキャラクター「シャボンちゃん」を作成。テレビCMも投入し、宣伝に全力を注いだ。また5月には「シャボン玉浴用」を発売。シャボン玉石けんの新たな時代は、ここから始まるはずだった。


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啓発本が反響を呼び、17年続いた赤字が黒字に転化

画像 スプレータワー

1987年に設立した自社工場には、粉石けんを作るスプレータワーを設置。写真は現在のもの。

画像 『自然流せっけん読本』

30刷のベストセラーとなった『自然流せっけん読本』。農山漁村文化協会発行。

画像 講演風景

二代目社長、森田光德の講演風景。長きに渡って石けんの安全性を説き続けた。

光德の思いもむなしく、「シャボン玉粉石けん」も「シャボン玉浴用」も、全くと言っていいほど売れなかった。時代を考えたら無理もない。水に溶けやすく洗浄力が強い点をアピールする合成洗剤は、消費者にとって魅力的な商品だった。しかもシャボン玉石けんの商品は、合成洗剤に比べると値段が高かった。
有吉佐和子の小説『複合汚染』がきっかけになり、汚染物質や環境破壊に目を向ける風潮もあったが、それも一時のブームで終わってしまう。凄まじいスピードで普及する大手メーカーの合成洗剤が相手では、地方の中堅メーカーが太刀打ちできるはずもなかった。

その影響は、すぐさま数字となって現れた。合成洗剤を販売していた時は月に8,000万円の売上があったが、無添加石けんに切り替えた翌月の売上は、わずか78万円。100分の1にまで激減してしまった。それでも会社は無添加石けんにこだわり続ける。見限った従業員は次々と退職していき、最盛期の100人から、一番少ない時はなんと5人になってしまったという。
その後も無添加石けんはなかなか売れず、赤字経営は17年間も続いた。普通の経営者ならさっさと商品に見切りをつけ、経営の立て直しを図るところだ。それをしなかったのは、社長の光德に「無添加石けん以外は売るべきではない」という、確固たる信念があったからだろう。商品の見切りどころか、「小さくてもいいからどこにも負けない工場を造ろう」と、1987(昭和62)年には自社工場を建設している。

状況が好転したきっかけは、光德自身が執筆した『自然流せっけん読本』だった。発行は1991(平成3)年。物書きを志していたこともあり、文章を書くのはお手のもの。この本で光德は、石けんと合成洗剤の違い、石けんの安全性や環境への優しさなどを分かりやすく説いた。版を重ねたこの本は10万部のベストセラーとなり、人々に自然派商品の価値を知らせる啓発の書となった。

光德は、この本の最後に石けんを作っている全国のメーカーの連絡先を掲載した。わざわざ商売敵の肩を持つようなことをしたのは、石けん業界全体を底上げしたかったから。これが幸いしたのか、健康志向や環境意識の高い多くの団体が、石けんを普及させるための教科書としてこの本を活用した。また、光德自身が講演に招かれ、石けんの安全性について話す機会も増えた。多い時には年間100回もの講演をこなしていたという。


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伝統的な釜炊き製法「ケン化法」へのこだわり

画像 ケン化釜

中で原料が反応と熟成を繰り返す「ケン化釜」。

画像 どろどろの石けんのもと

クリームシチューのように、どろどろに煮込まれた石けんのもと。

画像 「シャボン玉浴用 100g」

「シャボン玉浴用 100g」。成分表示の欄は「石けん素地」のみ。136円(税込)。

画像 「シャボン玉浴用 3個入り」

「シャボン玉浴用 3個入り」。409円(税込)。6個入り、12個入りもある。

ここで、あらためて「石けん」と「合成洗剤」の違いを確認しておこう。毎日使っているのに、その成分についてはよく知らない人が多いのではないだろうか。ちなみにこの2つは形状や用途の違いではなく、成分の違いであり、浴用や洗濯用、台所用などあらゆる種類の洗浄剤に当てはまる。
石けんは、牛脂やパーム油、ひまわり油、米ぬか油などの動植物性油脂が原料。一方の合成洗剤は、石油や油脂を化学的に合成して作られる。どちらも水と油を結びつける界面活性剤だが、天然由来の石けんに対し、石けん以外の界面活性剤は「合成界面活性剤」と呼ばれる。石けんの特徴は、短期間で生分解されること。使用後に出る排水は水と二酸化炭素に分解され、石けんカスは微生物のエサになる。石けんは環境に優しい洗浄剤なのだ。

では石けんならどれも同じかというと、ここにも違いが存在する。最もシンプルな石けんは、天然油脂と水酸化ナトリウム(苛性ソーダ)または水酸化カリウム(苛性カリ)を反応させた「石けん素地」からできている。これがいわゆる無添加石けん。シャボン玉石けんが製造販売しているのは、この無添加石けんだ。
一方で、大量販売されているほとんどの石けんには、香料や着色料、酸化防止剤などの添加剤が入っている。その大半は化学合成された物質。中には無添加を謳う商品もあるが、香料など一部の成分のみを加えていないだけの商品も少なくない。

シャボン玉石けんは、石けんの製造法にも強いこだわりがある。採用しているのは、「ケン化法」と呼ばれる伝統的な釜炊き製法。水を入れた大きな釜の中で天然油脂と苛性ソーダ(または苛性カリ)を混ぜて反応させ、職人が一週間かけてじっくり丁寧に炊き込んで作る。天然の保湿成分であるグリセリンが残るのも大きなメリットだ。
作業にあたるのは熟練の職人。目で見るだけでなく、炊きあがる時の音や匂い、味や手触りなど、五感をフルに働かせて品質をチェックする。味見して石けんの出来具合を確認できるのは、無添加石けんだからこそできる技だ。石けんの出来具合はその日の気温や湿度、油脂の状態で変化するので、10年経験を積んでやっと一人前になれるのだという。

手間暇のかかる「ケン化法」に対し、大量生産される石けんのほとんどは、脂肪酸と苛性ソーダ(または苛性カリ)を反応させる「中和法」で作られる。4~5時間で製造できる効率の良さが特徴だが、脂肪酸には天然の保湿成分であるグリセリンが含まれていないので、保湿成分を後から添加することが多い。ケン化法で作る石けんは製造段階から保湿成分を含んでいるので、使用感や肌なじみが優れているのだ。

原料にも製造法にも独自のこだわりがある「シャボン玉浴用」の現在の価格は、100g1個が136円(税込)、3個入りが409円(税込)。155gのバスサイズが1個189円(税込)。大量生産される他社製品よりやや高いが、昔から、これでなければという熱心な愛好者に支持されてきた。ちなみに同社は販売店の少ない地域の消費者のためにオンラインショップを開設しており、全売上に占める割合は4割にもなるという。


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浴用を中心に、シャンプー、洗濯用など幅広い商品を展開

画像 「純植物性シャボン玉浴用」

「純植物性シャボン玉浴用」。136円(税込)。バスサイズ、3個入りもある。

画像 「ビューティーソープ」

豊かな泡立ちの「ビューティーソープ」。210 円(税込)。

画像 「シャボン玉スノール 本体」

無添加の洗濯用液体石けん「シャボン玉スノール 本体」。976円(税込)。

画像 「バブルガード」

広島大学と共同研究した、さまざまな抗ウイルス効果を持つ「バブルガード」。630円(税込)。

「シャボン玉浴用」のパッケージデザインは、誕生から40年近く経った今でもほとんど変わっていない。社名のロゴタイプが変わった後も、パッケージに記された「シャボン玉」の商品ロゴは昔のままだ。世代を越えて愛用し続けるリピートユーザーが大勢いる「シャボン玉浴用」にとって、変わらぬロゴは信頼の証でもある。

固形タイプの浴用石けんのバリエーションとしては、「シャボン玉浴用」のほかにも、原料に植物性油脂を100%使用した「純植物性シャボン玉浴用」、ワンランク良質な油脂を使った「ビューティーソープ」、環境に優しいEM(有用微生物群)を使用する「EM化粧石けん(浴用)」がある。
他にも、洗濯用、シャンプー&リンス、ボディソープ、洗顔用、手洗い用、ハミガキ、ベビーシリーズなど商品ラインアップは豊富。トータルで100アイテム以上を製造販売している。

長らく固形と粉末の石けんだけを製造販売してきたシャボン玉石けんだが、三代目社長・森田隼人は伝統と製品哲学を守りながらも、時代に合わせた新しい商品を世に送り出してきた。利便性の高い液体石けん商品を発売したのは2005(平成17)年から。
液体石けんは一般的に30%のカリ石けん素地と70%の水から作られるが、水を腐らないようにするのが難しい。無添加を貫くシャボン玉石けんゆえ、防腐剤を入れることは許されない。先代の光德は懐疑的だったが、隼人と開発陣は独自のノウハウで無添加の液体石けんの開発に成功した。洗濯用の「シャボン玉スノール」、「せっけんシャンプー」などの無添加シリーズ、無添加の泡で感染症を予防する手洗い用の「バブルガード」など、液体商品のラインアップも充実してきた。

「湿疹が治った」という、社長自らの体験から生まれた「シャボン玉浴用」。アレルギーやアトピー性皮膚炎の発生原因は定かではないが、皮膚を刺激しない「シャボン玉浴用」が、そうした症状を持つ人々の役に立っていることは確かな事実だ。
倒産の危機に瀕しても守り抜いたポリシーと、効率よりも品質を重視する丁寧なものづくりの姿勢によって、「シャボン玉浴用」は会社を、そして業界を代表するロングセラー商品となった。

取材協力:シャボン玉石けん株式会社(http://www.shabon.com
世界初の石けん系泡消火剤を開発・商品化

シャボン玉石けんは消費者向けの石けん商品だけでなく、意外な商品も作っている。それが、環境に配慮した石けん系泡消火剤。きっかけは、同社が北九州市消防局から受けた「少ない水で効果を発揮し、なおかつ環境への負荷も少ない消火剤を作れないか」という依頼だった。2001年(平成13年)に産・官での合同研究がスタートし、2年後に学が参入して、産・官・学の合同研究がスタート。度重なる失敗とさまざまな困難を乗り越え、07(平成19)年、世界初となる石けん系泡消火剤「ミラクルフォーム」が完成した。消火に必要な水量は従来の消火剤より大幅に少なく、森林や河川への影響も極めて少ない。検定合格商品「ミラクルフォーム」は、消防系メーカーのモリタホールディングスを通じて多数の消防局に採用されている。

画像 消火剤使用の様子

火災現場で活躍している石けん系泡消火剤「ミラクルフォーム」。

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タイトル部撮影/海野惶世 タイトル部撮影ディレクション/小湊好治 取材編集/バーズネスト
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