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IT大捜査線 特命捜査第001号:コンピュータはいつ名人に勝てるのか!?
  持ち時間で変わる実力のレベル
 

チェスにおけるコンピュータとの対戦はしばしば話題になるが、将棋の世界でもコンピュータとの対戦が進んでいるらしい。
今回調査に向かった先は、静岡大学の浜松キャンパス。人工知能(AI)の研究者であり、プロ棋士六段でもある飯田弘之助教授を訪ねた。
まず、コンピュータ将棋の誕生まで遡ってみる。最初にコンピュータ将棋のプログラムが作られたのが1974年。早稲田大学の瀧沢武信教授によるものだったが、当時は超初心者レベル。その後、86年にコンピュータ将棋を研究する学会「コンピュータ将棋協会(CSA)」が、さらに90年に世界コンピュータ将棋選手権が開設されると、その実力は目に見えて進歩していったという。
 

 

飯田先生いわく「飛躍的に強くなったのは、ここ2〜3年。その先駆けとなったのが、『森田将棋』『柿木将棋』『永世名人』といったソフト。今から10年以上前は10級とか、級がつけられないレベルでしたが、95、96年に初段程度になってからは毎年1段ぐらいずつ強くなり、今では5段ぐらいの実力があると言われています」。

ただし条件があって、5段というのは1手30秒とかの早指しの場合。1時間ぐらいかかるような試合だと3段程度だという。というのは、「人間は短い時間で考える時、非常に強いプレッシャーを感じます。10秒もあれば十分な時もありますが、30秒ではパニックになってしまう状況も多々あり、そんな時に手痛いミスを犯す。早指しでコンピュータが強いのは、コンピュータは時間のプレッシャーを感じない、つまり心臓がドキドキしないということです」。

浜松キャンパス/飯田弘之助教授
(上)静岡大学の情報学部と工学部がある浜松キャンパス。
(下)人工知能(AI)の研究者にしてプロ棋士六段の飯田弘之助教授。

 
  チェスと将棋の本質的な違い
 

コンピュータチェスに名人を負かすような実力があるのなら、将棋に応用すればいいのでは? と水を向けると、「チェスで得られた技術で使えるのは半分ぐらい。両方とも王という駒を取るゲームなので、戦略的な考え方は使えますが、そっくりそのままというわけにはいきません」。
 

 

チェスと将棋の違いはいろいろあるが、プログラミングする上で考慮すべき本質的な違いについて、飯田先生は次の3点を挙げた。
 (1)将棋は持ち駒が再使用できる。
 (2)将棋はゲームが非収束である。
 (3)将棋は駒の動きが遅く、序盤戦がスローペースになりやすい。

チェスでは一度取った駒は再び使うことが出来ない。従って、局面が進むと盤面に駒が少なくなり、指す手も徐々に絞られてくるため検討すべき手も数少なくなる。また、チェスでは王を囲むのも手数が少なくて済むが、将棋の場合はかなりの手数がかかる。単純に言うと、将棋の方が複雑であり、こうした違いが強い将棋ソフトを作る際のハードルとなっているという。

国際ゲーム学会の情報誌
国際ゲーム学会の情報誌。ギリシャ人は「ゲームをプレイすることは素晴らしい。そのゲームに勝つことはもっと素晴らしい。そのゲームを愛せるなら最高だ」と言ったという。だから、欧米で始まったゲームの多くには“引き分け”がある。
   

対局の模様/矢内理絵子女流3段
(上)大型ディスプレーに映し出された対局の模様。会場から「よーし、もらった」「あーっ、ダメだ」との喚声が湧く。
(第13回世界コンピュータ将棋選手権にて)

(下) 同選手権の決勝戦を解説する矢内理絵子女流3段。
 
  誰と戦うかで変わるチューニング
 

将棋ソフトはコンピュータ同士で対戦することで、飛躍的に強くなってきた。ここで面白いのが、対人間で強いソフトが対コンピュータとなると、そうでもないということ。

「いろいろなパターンを作って、コンピュータ同士を対戦させる。その中で生き残ったパターンを採用すると総合的に強くなり、安定する。淘汰された強いものを次のバージョンにしていくと、生物の進化と同じような現象が見られるわけです。ところが、これを対人間用に調整してしまうと、コンピュータ将棋選手権のような場では勝てないことが多い。例えば、これは終盤で顕著に出てくるのですが、三手スキのもう少し先の詰めにかかってくるようなところで、人間だと際どい手を指されると相手を信用して受けにまわったりします。心理的なものが働くのですが、コンピュータの場合は全くそういったことがない。ですから、対人間用にチューニングすると、際どい手ができるようになる代わりに、対コンピュータではあまり強くなかったりするのです」。
 

 

同じ3段に認定されても、人間から見た強さとコンピュータから見た強さは違う。「3、4年前、国際将棋フォーラムでコンピュータ将棋をテーマにした討論会があり、その時パネラーで参加されていた羽生さんに、コンピュータと人間の感じ方の違いについて聞いてみました。すると『何が違うのかはわからないけれど、同じ段位でもどこか違う』とおっしゃった」。この摩訶不思議な違いが何であるかを明確に定義することが、人工知能を考える上で重要な課題だという。

「人工知能と人間の知能は、何が同じで何が違うのか。もっと突き詰めると、知の創造はどこまでいけるのかということになる。今のところ、ある特定の、例えば将棋のようにエキスパートと呼ばれる人がいる分野では、ほとんど限界はないのではないかという気がしています。むしろ曖昧な分野、たとえば常識とか、そういったところに限界があるのではないか。チェスのように高度な知的活動を必要とするところでコンピュータが世界チャンピオンを超えたという現実がある一方、小さな子供でもわかる常識のような部分をコンピュータになかなか理解させられない」。

   
 

飯田先生いわく「ゲームには『名人』」『達人』『鉄人』という3つの側面がある。名人は勝ち負けの世界。達人はゲームそのものを楽しむ遊び心。そして鉄人は“コミュニケーションもゲーム”という哲学」
 
  めざせ打倒名人
 

将棋ソフトを開発する立場からすると、やはり名人に勝つことが一つの目標となるのだが、飯田先生はそれだけではないと言う。「人間にも強くなる余地というのがいっぱいあり、むしろ私としてはそちらの方に興味がある。人間の知と人工の知をどのように組み合わせたら最も効果的なのか・・・」。

「さて、コンピュータは名人に勝てるかどうかですが、コンピュータが勝つには、時間制限がなければダメだと思います。6時間とか9時間とかという通常のルールでは無理。というのも、名人に序盤で見たことのないような手を指された場合、コンピュータが中盤の駒組みまでいけるかというと、それは至難のワザ。コンピュータ必勝の条件は、1試合1時間以内というように時間を制限することですね」。
 

  それで、具体的にはいつ? との問いに飯田先生は一言。
「2012年です」。
10年後、チェスの時と同じように「名人、破れる!」という衝撃的なニュースが世界を駆け巡るのか。
   
   

 
  追加調査
 

●2003年を制した将棋ソフトは?
去る5月3日(土)〜5日(月)の3日間、千葉県木更津市の「かずさアーク」で、第13回世界コンピュータ将棋選手権(主催:コンピュータ将棋協会、協力:社団法人日本将棋連盟、後援:経済産業省など)が例年通り開催された。参加58チームのなかから1次予選・2次予選を勝ち抜いた5チームに、シードの3チーム(前年度の1〜3位)を加えた計8チームで決勝戦が行われた。決勝戦には飯田先生をはじめ、日本将棋連盟から勝又清和5段、矢内理絵子女流3段(元女流王位)、安食総子女流初段が参加し、熱戦を解説。見事、優勝したのは「IS将棋」、2位「YSS」、3位「激指」という結果となった。
 

 
特命調査第001号 調査報告:安田捜査員
撮影/海野惶世(選手権の写真を除く) イラスト/小湊好治 Top of the page

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