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IT大捜査線 特命捜査第006号:地域ぐるみで子供を育てる最先端の教育ネットワーク
  CATV回線接続でスタートしたインターネット
 

2001年3月、政府は「e-Japan戦略」を推進するための行動計画「e-Japan重点計画」を策定した。その中の大きな柱が“教育の情報化”だ。計画では、高速インターネット回線への切り替えや教育用コンテンツの充実・普及、教員のIT指導力の向上などを謳っているが、現状は「パソコンを指導できる先生がいない」「LANが引けない」「どうやって授業に使えばいいのか分からない」といった声も多く聞かれる。

学びの場でITはどのように活用されているのか、その課題とは何か…。
今回は、早くからITを利用した教育に取り組んできた東京・三鷹市を訪ね、三鷹市教育センター所長の大島克己さんにお話を伺った。

三鷹でのインターネット導入は、1996(平成8)年に始まる。地元CATV局の開局に伴い、市内の小中学校22校に、当時としては珍しい10Mbpsの高速回線を引き、各校に1台インターネット端末を配置。「インターネットって何?」という時代、全校一斉に導入したこの事例は全国的にも注目された。
翌97(平成9)年には、文部省の事業「マルチメディアを活用した不登校対策」の指定を受け、不登校の子供の家に授業を流す実験を開始。ところが、「いきなり先生の顔が映るとダメなんですよ。先生の顔が見られるくらいなら学校に来てますしね(笑)。それに気付いてからは、学習指導員を付け、テレビ会議で時々顔を見て話すという段階から始め、復帰プログラムを作っていきました」と大島さん。

さらに98(平成10)年からは、「学校図書館情報化活性化モデル地域」に指定される。
「指定を受ける前から、三鷹では学校図書館の整備事業を始めていました。これは、図書館を学習情報センターとして位置付け活用していこうというもので、具体的にはインターネット端末と司書を配置します。モデル地域の指定を受けたので、これに加え、図書館システムを導入しました」
その効果はと言うと、導入前の95年は中学2年生(約300人)の年間の貸出冊数がわずか3冊だったのに対し、インターネット導入後に1000冊、司書配置後に3000冊に増加。今では小中学校合わせ、1校の年間平均貸出数が1万2000冊にまで伸びた。

三鷹市教育センター

市役所の向かいにある三鷹市教育センター。

三鷹市教育センター所長の大島克己さん

今回、お話を伺った通信・放送機構主任研究員、三鷹市教育センター所長の大島克己さん。

 
   

 
  学校・家庭・地域をつなぐイントラネット
 

その後、インターネット端末は徐々に増えていき、すべての端末がインターネット対応になったのが、99(平成11)年の「学校インターネット」から。
学校インターネットとは、文部科学省、総務省、通信・放送機構の共同事業で、地域の教育センターを中心として域内の学校を高速回線で接続し、ネットワークを活用した教育方法の研究開発を行うプロジェクトだ。

サーバ

地域ネットワークセンターに置かれたサーバ。三鷹市内の小中学校22校をつないでいる。

Learning Together

小学校15校で利用されている「Learning Together」。「みんなで作ろう」「見てみよう」「みんなの広場」「こまったなぁ」「ビデオ・サーチ」の5つのコーナーがある。



三鷹でも、教育センター内に「中央ネットワークセンター」と「地域ネットワークセンター」が開設され、接続方法もCATV接続からネットワークセンター接続(イントラネット)に変わった。「今でこそイントラネットが当たり前ですが、当時としては、いち早く実現した理想的な形でした。教育の分野では、単にインターネットができるだけはダメで、ネットワークで教育用コンテンツを提供し、それを授業に生かしていくことが重要。実は、これが一番大変なんです」と大島さん。

ネットワークの教育的利用・・・その試みの一つが、01年に三鷹市教育委員会と日本IBM社会貢献部門との共同で始まった「学校・家庭・地域連携教育プロジェクト」だ。小学校とそこに在籍する児童の家庭、さらには学区域の支援者(地域メンター)をVPN(仮想専用線)で結び、地域ぐるみで協力する“開かれた学校教育”を目指す。

このプロジェクトの特徴は、ネットワークを利用して保護者や地域メンターが教育に参加できること。例えば、授業の様子や学校行事の映像をビデオ配信することで、保護者は自宅に居ながらにして子供の様子を知ることができるし、感想やアドバイスを学校に返すことも可能。先生やカウンセラーと個人面談も行える。もちろん、学校便りや給食情報などの発信、保護者同士のフォーラム、PTAの連絡掲示板といった機能もある。
一方、子供達は、農業を営む地域メンターに米作りやピーナッツ栽培について質問したり、商店街の人とお店のポスターを作ったりと、ネットワークを総合的な学習の時間で活用。現在、保護者と地域メンター合わせて約5000ユーザーが登録し、学校教育を支えている。



 

学校と保護者、地域メンターが意見交換する掲示板「みんなの広場」。校長先生との広場、5年2組の広場といった具合に、いろいろな「お話し広場」が開設されている。

自分達で作ったホームページを地域イントラネットで公開。これは中原小学校6年生のサイト。

動画配信システム「ビデオ・サーチ」。毎月、新しい番組を各学年1本は出すことになっており、多い学校はすでに100本以上の番組が登録されている。

多地域間でリアルタイムでやり取りできる「テレビ会議システム」のサンプル画面。

 
 
 

 
  1人に1台ノートPCがあるラップトップスクール
 
三鷹市立第三小学校

全員のノートPCが収納されている棚から自分のパソコンを取り出す子供達。(写真上)
教室の前と後ろ、対角線上に無線LANのアクセスポイントが設けられている。(写真下)

授業風景

この日の6年2組のモジュール授業は算数。各自がネットから好きな問題を選んで学習。

授業風景

使っているコンテンツは学習履歴型ドリル「ポケッツ2」。この男の子は分数計算を選んだ。

6年生が卒業制作として作ったノートPCを持ち歩くためのキルト袋。

 

三鷹では、今年2月から、また新たなプロジェクトがスタート(コラム「追加調査」を参照)。「e!School」と名付けられたこのプロジェクトでは、市内各1校の小学4〜6年生と中学2年生全員に、IEEE802.11g対応の無線LANカードを搭載したノートPCを配布。学校と教育センター、市立図書館などを次世代インターネット・プロトコルIPv6対応の超高速回線で結び、動画配信(マルチキャスト)やテレビ電話を活用した実証実験が行われている。

三鷹では、子供達が1人1台のノートPCを持ち、学校はもちろん、自宅や図書館などでも学習できる環境を「ラップトップスクール」と呼んでいる。そんな最先端の環境で学ぶ子供達を三鷹市立第三小学校に訪ねた。

朝、教室に入った子供達は手慣れた様子で、教卓の横に設置された棚から自分のパソコンを取り出し着席。朝の挨拶の後、ネットに接続して、算数の問題を解き始めた。「e!school」指定校では、週に3回、朝の15分間を算数と国語の基礎学力向上のためのモジュール授業(※)に当てている。

「この時間、子供達は学習履歴型ドリルを使い、自分の能力に応じて学んでいます。九九をおさらいする子もいれば、分数計算をする子もいる。6年生で九九をプリントで勉強するのは恥ずかしいけど、これなら平気。終わったら“学習りれきファイル”に、どの問題を何分でやったかと採点結果を記入し担任に提出します」と、杉山雅勇(まさお)校長。
このような個別学習以外にも、ノートPCは授業の道具として使われている。例えば、教師が作ったオリジナルの計算問題を一斉にやってみると、子供達がどこでつまずいたが一目で分かると言う。「10問中4問目の正解率が悪い、これは繰り下がりが分かっていないから。それでは、クラス全体でもう一度やってみよう」となるのだ。プリントと違い、結果が瞬時に分かるので即対応できるし、データに基づいた個別指導も容易だ。

当面の問題点は、集合住宅のように、ネットワークを引きたくても引けない家庭があるということ。これがネックとなり、ネットで宿題を出すといったことが難しいと言う。

※モジュール授業:1時限・45分を15分単位で分け、教科や内容によって時間を弾力的に運用する授業方法。



三鷹市立第三小学校・杉山雅勇校長

「教師の指導方法、学習の進め方、子供の考え方が変わる」と、プロジェクトの効果を語る三鷹市立第三小学校・杉山雅勇(まさお)校長。

   
 

  IT活用で先生の発想が科学的・分析的に
 

「e!School」がスタートして8カ月たったが、具体的にどのような効果が出ているのだろうか。三鷹市教育センター所長の大島さんに伺った。

「自分のノートを持つように1人に1台ノートPCがある。ノートPCには、学習の足跡(履歴)が残るので、子供は自分の進歩が実感できるし、先生は誰がどこでつっかえているのかがはっきり分かります。私は常々“日本の教師は情緒的だ”と言っているのですが、日本の先生はふわっとした見方をするんですね。子供と言っても子供全体を指すような印象がある。しかし、一人ひとりのデータが明確に把握できると、先生方の発想が科学的、分析的になるんです。つまり、○○クンは頑張ってるけどできないではなく、○○クンは算数のこの部分でつまずいて進めなくなった、ならばこう指導しよう、という考え方になる。そこが大きい。一番の導入効果は、先生の発想の変化ですね」

この他、「e!School」の効果はデータ調査によっても測定されると言う。
「保護者や地域メンターに対する中間調査では、地域イントラネットに参加すればするほど社会性が増すという結果が出ました。私は、このような結果が出ただけでも十分センセーショナルだと思います。今までは、こんな調査すらなかったのですから。
次は、IT教育と子供の学力向上の関係を調査する予定です。提供している教育用コンテンツを利用すると、本当に学力が上がるのか。上がるとすれば、どの部分に影響があるからなのか。つまり、繰り返し練習したからなのか、それともパソコンを使うことで興味・関心が増したからなのか…その辺を調査します」

三鷹市をフィールドとして行われている、IT教育の実証実験。ここから導き出された結果や課題は、後に続く市町村の教育関係者にとっても貴重な指針となるだろう。



 
 
取材協力:三鷹市教育センター
http://www.education.ne.jp/kyoiku-center-mi/
 
   

 
  追加調査
 

●e!プロジェクトってなに?

 

「e!プロジェクト」とは、政府のe-Japan構想の一環で、2005年に実現される世界最先端のIT国家のイメージを国民に分かりやすく示すため、全国各地に最先端技術を利用した環境を構築し実証実験を行うプロジェクト。総務省が2002年度の事業として右記の6つの分野で計25億円をかけて展開しており、すべてのプロジェクトにおいて、将来のネットワークインフラを支える技術としてIPv6が利用されている。教育分野に指定された三鷹市では、このプロジェクトを「e!School」と呼んでいる。

 ・教育分野
 ・地方行政分野
 ・介護福祉分野
 ・都市空間
 ・農業分野
 ・国際文化分野

 東京都三鷹市
 岡山県岡山市
 神奈川県藤沢市
 東京都港区
 岐阜県/山梨県
 福岡県

 
特命調査第006号 調査報告:池上調査員 特命調査第006号 調査報告:池上調査員
写真/海野惶世 イラスト/小湊好治 Top of the page

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