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IT大捜査線 特命捜査第015号“魔法の鏡”が可能にする ファッション・オン・デマンド 特命捜査第015号“魔法の鏡”が可能にする ファッション・オン・デマンド
 
  ファッションとITがどう結びつく?
 

勝手な思いこみかも知れないが、ファッションとITは、ちょっと関連性が薄いキーワードのように思っていた。ファッションは本質的に感性と創造性の世界。一方、ITという用語で括られるデジタルテクノロジーは、理論と法則で成り立っている世界。ファッションにITが入り込む余地は限られているような気がするのだが……。

「仰るとおり。感性や創造性って、最後までアナログ的な部分です。デジタル化した数値や文字の情報だけでは、その内容を十分に伝えきれません。それを可能にするためには、どうしてもビジュアルで表現する必要があるのです」
こう語るのは、大阪市にあるITベンチャー企業、デジタルファッション株式会社の森田修史さん。どうやら、ビジュアルをフィーチャーしたデジタル技術でファッション業界を変えるということらしい。会社案内によると、同社の理念は「デジタルとファッションの融合、つまり感性と科学の協調により、新しい文化の創出を目指すこと」とある。これだけではまだピンと来ないが、同社の沿革を伺って納得した。

デジタルファッションの出発点は、1993年、関西文化学術研究都市「けいはんな」に開設された東洋紡けいはんな研究室にある。ここで、現在同社の社長を務める坂口嘉之氏が中心となり、衣服シミュレーションの研究を行っていた。

「簡単に言うと、布地を三次元CG(=3Dグラフィックス)で表現するためのプログラムを開発していたのです。素材の質感、衣服が作り出すシルエットや動きをなんとか三次元CGで表現できないかと。民間会社の研究室でしたが、坂口たちはビジネスのことはほとんど度外視して研究していたようです(笑)」

三次元CGの研究そのものは、一般のソフトメーカーによって幅広く行われている。コンシューマー用として数多くのソフトが発売されているのは御存知のとおり。ただ、産業用、プロ用のソフトとなると、求められる技術レベルがまったく違ってくる。
その後けいはんなは、画期的ともいえる動的三次元衣服シミュレーター「DressingSim」を開発。2001年に東洋紡が100%出資し、会社組織にした。このDressingSimこそが、デジタルファッションの要となるコアテクノロジーなのである。
「当社はコンシューマー向けのパッケージビジネスを行っているわけではありません。このDressingSimをベースにソフトウェアを開発し、それを元にファッション業界のデザイン、製造、流通等の各分野に向けた個別のソリューションを提供しているのです」と、森田さんは語る。
では、そのDressingSimとはいったいどんなものなのか?

 
デジタルファッション株式会社
大阪市中央区本町にあるデジタルファッション株式会社。
 
森田修史さん   お話を伺った同社取締役営業統括・森田修史さん。

 

 
 

  DressingSimをベースに、さまざまなソフトウェアを開発
 

DressingSimは、二次元の衣服型紙から三次元の衣服形状をコンピュータで作り出す技術と、素材の物理的特性をコンピュータ内の衣服に反映させて動きを作り出す技術から構成されている。両者を融合させた結果、コンピュータ上で、あたかも人間が本当にドレスを着て歩いているかのように、リアルな衣服の動きを表現できるようになった。

「これを応用したソリューションがデジタルファッションショーです。ドレスを着る人体モデルを決めて動きを設定し、衣装数や照明、ムービーの再生時間などをお客様のニーズに合わせて作り込んでいけば、本物のファッションショーさながらのアニメーションムービーを提供することができます」

このデジタルファッションショー、見れば驚くこと請け合いだ。三次元CGによるムービーはもはや見慣れた映像だが、なによりモデルが着ている衣装の質感が素晴らしい。シルクの滑らかさ、コットンの肌触りのようなものまで、見事に表現されている。
さらに驚くのが流れるような衣装の動き。モデルの動きに合わせたシルエット全体の変化、足や腕の素早い動きによってできる布地の陰影など、とてもCGとは思えない完成度の高さだ。あまりに衣装の出来が素晴らしいので、モデルの表情が物足りなく思えてくるほど。
このソリューション、既にいくつかのファッションブランドや教育関係等に納入されているという。

しかしこの布地の質感は、どのような方法で表現されているのだろうか? CGレンダリングだけではとても表現できないように思うのだが。
「当社が開発した光学異方性測定装置(OGM3)を使用します。これは箱形の装置の真ん中に試料を固定し、あらゆる方向から光を照射して、装置の外側に取り付けたカメラや測色器で撮影する光学異方性測定装置です。撮影した画像はPCに取り込み、関数テーブルを作成して、最終的にはCGソフトで使用するプラグインデータを作ります」
もちろん、この機械もデジタルファッションの製品として販売されている。

私たちコンシューマーにとって、もっと身近なソフトウェアもある。それが、パソコン上でさまざまなファッションアイテムをコーディネートできる「HAOREBA」だ。
これはいわば、モデルを360度回転させることができる3D試着シミュレーターのようなもの。画面上に表示されているアイテムの中から好きな物を選び、裸のモデルに着せたうえで360度くるりと回転させ、好きな方向からコーディネートを確認することができる。
市販品やシェアウェアにも簡単な着せ替えソフトはあるが、ここまで本格的なものは存在しない。デジタルファッションは、このソフトをアパレルメーカー向けのソリューションとして提供している。
「シーズンに先駆けて自社のホームページ上でお勧めアイテムを試着できるシステムを構築したり、消費者がどんなものを求めているかを調査するためのマーケティングツールとしても使えます。HAOREBAはFlashデータとして納品されるので、WEB上で誰でも簡単に利用できるんですよ」
HAOREBAもまた、既にいくつかのショップへ導入済み。ホームページ上で稼働しているもののなかには、自分の顔を取り込めるものまである。

DressingSim○TCDressingSimは教育用素材としても使われている。これは二次元の型紙を三次元形状に着せつけるシミュレーションソフト「DressingSim○TC」
DressingSim○CXこちらはさまざまなファッションアイテムをマネキンに着せつけてコーディネートを学習するための「DressingSim○CX」  
デジタルファッションショーのデモ画面
デジタルファッションショーのデモ画面。人体モデルは三次元入力装置を用いてコンピュータ上に再現する。モデルの動きはモーションキャプチャで取り込んでいる。
 
OGM3
これがOGM3。従来、CGで本物のような質感を表現するためにはクリエータによる試行錯誤が必要だったが、この機械を使えばそれが簡単にできてしまう。
 
マネキンやアイテムの撮影は、デジタルファッションの専用スタジオ「DRESSTA」で行われる。撮影には全方位撮影可能な特殊な装置を使用。
 
 
   

 
  魔法の化粧鏡「メイクアップシミュレータ」とは?
   
 

デジタルファッションは、ファッションという言葉を狭義のアパレル産業という意味では捉えていない。 人を中心に、第一の皮膚に属する産業(化粧、美理容、健康)、第二の皮膚に属する産業(衣服、靴、眼鏡)、第三の皮膚に属する産業(インテリア、ファニチャー、エンターティメント)、第四の皮膚に属する産業(自動車、住宅、不動産)があり、これらを包括したものがファッション産業だという認識だ。

同社が第一の皮膚に属する産業のために開発したのが、メイクアップシミュレータ。ビデオカメラを通してパソコンに自分の顔を映し出し、ファンデーション、リップ、チーク、ハイライトなどのメイクアップ商品を簡単に試すことができるソフトウェア&ハードウェアだ。
画期的な点は、リアルタイム動画像処理による顏画像認識機能を備えていること。動きのある表情のなかで、よりリアルにメイクアップ後のイメージを確認することができる。既存の同種のソフトは、静止した顔写真の上に顔領域や目の位置などを設定する必要があった。リアルさという点では、メイクアップシミュレータはそれらの比ではない。

既に同社は、デジタルビデオカメラと補助照明、タッチパネルディスプレイを一体化したメイクアップシミュレータの筐体をビューティサロンなどに納入。反応は驚くほどいいという。
「イベント会場やコスメティックパーラーなどで展示すると面白いですよ。メイクアップに興味を持ちだした小学生高学年や中学生に人気があるんですが、後ろで見ているお母さんも『試してみたい』という顔をしているのです(笑)」
このメイクアップシミュレータ、将来的には化粧だけでなく、ヘアスタイルやアクセサリー、宝飾品、さらには衣服の試着にまで応用できるという。つまり、ファッションのすべてをリアルタイムでシミュレーションすることも夢ではないらしい。

DressingSimもメイクアップシミュレータも、確かに凄い技術だ。しかしデジタルファッションは、これらの技術を使って一体何を実現しようとしているのだろうか?

メイクアップシミュレータのデモ機
メイクアップシミュレータのデモ機。モニター上のカメラによって体験者とソフトが同期。瞬時に画面上でメイクが変化する。
 
メイクアップシミュレータのデモ画面
メイクアップシミュレータのデモ画面。シミュレーション能力も高く、例えばリップカラーでは重ね塗りやグロスの質感まで表現できる
 
デモンストレーション
デモンストレーションを行うと、毎回大勢の女の子たちが集まるという。インターフェースがシンプルなので、操作上はパソコンの知識も不要。
 
 

  目指すのは、魔法の鏡を利用した「ファッション・オン・デマンド」
 

森田さんはこう語る。
「私たちは“魔法の鏡”を作ろうとしています。ユーザーが自宅に居ながらにして、鏡に映った自分の衣服や化粧、ヘアスタイルなどを思いのままにシミュレートできるような。具体的には、コンピュータが作り出す仮想の世界と、実写による現実世界が融合した状況をシミュレーションする複合現実型のハードウェア。それがHAOREBAやメイクアップシミュレータなんです」

ただ、この段階で止まっていたのでは大きなビジネスにならない。最終的にデジタルファッションは、魔法の鏡を通して「ファッション・オン・デマンド」を実現しようとしている。それは、魔法の鏡でシミュレーションした結果を、現実のモノとして生産する仕組みだ。
「従来のファッション産業には、MD・プランナーと消費者との間に、素材メーカーや卸しなど何段階もの階層構造がありました。ファッション・オン・デマンドは、この構造を抜本的に変えることができるのです」
例えば、消費者が自宅にあるパソコン(これが魔法の鏡になる)を通じて、自分に似合った衣服や化粧品を選ぶ。次に、パソコンを通じて販売元へダイレクトに発注。注文を受け取ったメーカーは、ひとりひとりのニーズに合ったオーダーメイド商品を製造し、消費者の元へ発送する。
この仕組みなら、同じデザインでサイズ違いの衣服を大量に生産することから発生するリスクや無駄を省くことができる。ファッション産業が、大量生産ビジネスからコストのかからないオーダーメイドビジネスへ転換する可能性があるのだ。

今はまだ顧客の要望に応じた個々のソリューションを提供している段階だが、そう遠くない時期に、どこかのメーカーがいち早く同社のファッション・オン・デマンドを導入するかもしれない。
小さなベンチャー企業が起こそうとしている、ファッション業界の大きな革命。ファッションとITの結びつきは、かくも深く根本的な可能性を秘めたものだったのである。

 
     
  ファッション・オン・デマンド図解  
     
   
   
     

取材協力:デジタルファッション株式会社(http://www.dressingsim.com

 
   

  特命捜査第015号 調査報告:高橋ひとみ捜査員 特命捜査第015号 調査報告
写真/海野惶世 イラスト/小湊好治 Top of the page

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