ITワイド講座




イラスト:小湊好治


野蛮人、疲労困憊す

今年の桜は去年よりもキレイだった気がする。皆さんはお花見をされただろうか。私もつい先日、満開の桜の下、自家発電機とライト持参の夜桜花見を楽しんできた。

 宴会も佳境に入ったころ、参加していた男性が、隅の方でしきりになにかゴソゴソと始めた。よく見ると、手元を必死で覆いながら電話をしているらしい。
 そのうち今度はもう一人の男性を呼び、二人並んで携帯電話のカメラで写真を撮り始めた。どうやら帰りの遅い彼を心配(?)した奥さんが、電話をかけてきたらしい。そこで友達に頼んで“アリバイ”写真を撮って奥さんに送っていたのだ。

 この席に参加していた既婚男性Yさんは、これまで頑なに携帯電話を拒んでいた人だ。
 自由業で出張が多いけれど、仕事で携帯を使うわけではない。だから奥さんに何度言われても、「束縛される気分がイヤ」だと言って、携帯電話を毛嫌いしていた。
 「会いたいときに会いたい人に会えるとは限らないんだ! ウチに電話して俺がいなかったら、その日は縁がなかったと思ってくれ!」というちょっと無頼派な彼に私は好感を持っていた。こういう人が周りに一人でもいると、なんとなく心が和むのだ。

 そんなYさんが携帯電話を持つなんてと、周りは驚いた。
 でも実は…Yさん、前から結構、携帯電話が気になっていたらしい。

 Yさんは、ものすごいせっかちで、待ち合わせにも必ず15分前に現れる。相手が遅刻した場合は15分は待つ。それ以上遅刻してしまったらその日はYさんには会えないと思え、というのが友人の間の定説になっているほどだ。
 当然、イライラすることも多いらしく、「携帯電話があれば便利かも」と、少しずつ気持ちが傾いていた。そこへ奥さんからの「いい加減携帯持ってよ」という一言で背中を押されたというのだ。

 携帯電話を持ち始めて1ヶ月ほどになるYさんは、お花見の席で「いや、コレはなかなか便利なもんだねぇ」と笑っていた。
 一番の恩恵は、奥さんの買い物に付き合ってデパートに行ってもイライラしながら待たなくていいことだ、というのには笑ってしまったが。

 さらにYさんの携帯電話は最新型のカメラ付きだ。もともと機械が嫌いなわけではない(といっても、彼が好きなのはライカのカメラや旧型のステレオだったが)彼は、操作を覚えるのも早く、これまでその手のものを小馬鹿にして遠ざけていた分、携帯カメラの精度に対する驚きは尋常じゃなかった。

 早速、松島や榛名山の美しい風景からクアラルンプールの雑踏にアンコールワットまで、出張の先々で写真を撮ってきたらしい。
 ついこの間まで「パリのルーブルに行ったらミロのヴィーナスを携帯カメラで撮ってるヤツがいたんだよ!俺にはまったくわからんね」などと憤激していたことを考えると、ずいぶんな“転向”だ。

 もちろん、携帯メールも始めた。すれ違いが多い娘さんとメールのやりとりができるようになったのが、かなり嬉しいようだ。でも、この娘さんの影響なのか、Yさんの携帯メールの文面がものすごく軽い。
 まるで女子高生のような内容で、「ち〜〜す!今、成田にいます。システムのトラブルかなんかですごい混雑。もうキー!!って感じだよ」。最後には絵文字で汗マークが入っている。

 Yさんから送られてくるPCのメールは決してこんな風ではない。頑なに手紙の文体を守ろうとするかのように、「拝啓」や「前略」で始まるメールは、折り目正しい美しい日本語で書かれていて、ともすれば軽薄になる“メールのノリ”を拒む空気があった。以前いただいたお悔やみのメールには「指先だけの言葉で申し訳ない」と書かれていて、言葉や機械というものに対するYさんの敏感さに驚いたこともある。

 お花見の席で私は、酔いも手伝ってその辺を問いつめてみた。Yさん自身は、自分の携帯メールの文体に自覚はなかったようだが、ご本人いわく、手紙もメールも、相手に届くのに時間がかかる分、丁寧に「思い」や「考え」を伝えなくてはいけないと思うから、堅い文体になるのだそうだ。
 だが携帯メールの場合は、ほぼタイムラグなしで相手に届くから、「ノリ」や「雰囲気」を伝えようと思うらしい。小さい画面、本体の軽さも心理的に影響があるような気がする、と言っていた。

 勝手なものだが、私はYさんにはずっとハイテク嫌いの自由人でいて欲しかった。だから、花見の席での私はちょっとイヤミだったと思う。

 後日、Yさんからお花見の御礼のメールが届いた。
よかった!メールは「前略」で始まっていたのだ。いつも通り、きちんとした日本語で書かれたメールには、携帯を持ち始めたものの、写真を撮ることにももう飽き始めたと書かれていた。
 「どこにいてもすぐにつかまえられてしまうし、妻は写真を送ってこいと五月蠅いし、娘には文章が気持ち悪いと避けられるし… 文明社会に入ろうとした野蛮人は既に疲労困憊です」と、辟易している様子だ。
 そうそう、こういう人がいてくれると、文明社会にどっぷりつかっている自分に気付くことができるのだ。さて。今から私も手紙を書くような気分で、丁寧な返事を書かなくては。
(2003.4.15)

堀田ハルナ

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