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【第2回】
〜法律の話−その2〜

【前回の要点】

皆さんは、前回の「法律の話」は、なんだか堅苦しくてややこしい話のようだから読むのは面倒だからと、読まなかった方や、斜め読みされた方がいたかも知れませんので、最初に要点だけもう一度おさらいしておきます。

1.道路交通法は、違反になるか否かの境界が数字でキチッと書いてあるので、分かりやすい。
2.ストーカー防止法も、どのような行為が "ストーカー行為" に当たるかについて、一応は書いてある。その意味で、道路交通法と変わるところはない。
3.問題は「どのように書かれているか」である。ストーカー行為の内容について書いてある条文を表面的に読む限りでは、「やりようによっては誰でも該当してしまう」ような書き方になっている。
4.結局はケース・バイ・ケースで常識的に判断せざるを得ず、「時と場合によって結論が違う」ということにならざるを得ない。
5.道路交通法の場合と対比して考えるにつけ、そんな "いい加減" と思えるような基準で有罪・無罪が決められてしまっていいのだろうか。

"ケース・バイ・ケースで判断する" と言ったり、 "時と場合によって結論が違う" と言ったからといって、決して "その日の気分で決める" という意味でないことは当然です。そんな意味での "ケース・バイ・ケース" でコトの善し悪しが決められてしまったら、たまったものではありません。常識人であれば、あるいは理性ある者であれば誰でも「なるほど!」と合点がいくような、何らかの合理的な基準が存在しなければなりません。

"ケース・バイ・ケースで判断" するときの合理的な基準−それが次に述べる "法律の目的" です。

【法律の目的】

現在わが国に全部でいくつの法律があるのか、考えたこともないので私には全く見当もつきませんが、いずれにせよ一つ一つの法律には、全て、その法律を作った時の「目的」とか動機というものがあります。上に述べた例では、道路交通法ならば「道路交通の安全」であり、ストーカー防止法ならば「個人の身体、自由、名誉への危害の防止」と言えるでしょう(正確を期すためには多少の補足説明が必要なのですが、本欄の性質上、詳細は省略します)。個々の法律について、その「目的」が何であるかを知りたいときには、大体の場合、先頭の第1条を見れば分かるようになっています。

例えば、マスコミなどにも時々登場する銃砲刀剣類所持等取締法(銃刀法)であれば、その第1条に;
「この法律は、銃砲、刀剣類等の所持、使用等に関する危害予防上必要な規制について定めるものとする」
とあるし、家庭内にもめごとが起きたときにお世話になる家事審判法の場合であれば、その第1条に;
「この法律は、個人の尊厳と両性の本質的平等を基本として、家庭の平和と健全な親族共同生活の維持を図ることを目的とする」
とある具合です。

ちなみに、本欄の目標である著作権法の場合を確認しておきましょう。少し長いですが、著作権法第1条の全文を以下に紹介しておきます。
「この法律は、著作物並びに実演、レコード、放送及び有線放送に関し著作者の権利及びこれに隣接する権利を定め、これらの文化的所産の公正な利用に留意しつつ、著作者等の権利の保護を図り、もって文化の発展に寄与することを目的とする。」

【立法趣旨】

法律問題が起きたときに "ケース・バイ・ケースで判断" する基準は、上に述べた"法律の目的" です。ですから、前回にあげたストーカー行為の例のように、関係する法律の条文の記載だけからでは結論が明確にならないという場合、法律家が目を向けるのは、それらの法律の「目的」です。そしてその「目的」は、やはり上に述べたように、各法律ごとに(多くの場合は第1条に)活字でしっかりと書いてありますから、その「目的」を手がかりとして問題解決の糸口を見出すことになります。

ところが、法律を作る時の「目的」を「書く」とは言っても、 "活字" による表現には限界があります。頭で考えていた「目的」を全てかつ正確に活字で記述し尽くすことは、多く の場合不可能であることは皆さんもご異存ないものと思います。結局、真の「法律の目的」とは「第1条で書こうとしたことである」と言わざるを得ないわけです。前回、ストーカー行為に関連して、「どこまでが常識の範囲内でどこからが常識の範囲外か、即ち両者の境界線をどこに引くのかということは、残念ながら法律に書きたくても書けない」ということを述べたのは、このような事情があるためです。

法律家の多くは、この「第1条で書こうとしたこと」を格好よく「立法趣旨」と呼ぶことがあります。ですから、その内容は各法律の第1条に書かれている「目的」よりは広い内容を意味する概念ということになりますが、特に難しいことを言っているわけではないことはお分かり頂けると思います。要するに単に「この法律を作るときには、何を目指していたんだっけ?」というだけのことを、多少 "高尚な" 用語を使って(私を含めて少なからぬ法律家が)心密かな優越感に浸っているに過ぎない、といったところでしょうか。

用語が高尚であるか否かはどちらでもよいのですが、いずれにせよこの「立法趣旨」という用語が意味している概念内容自体は、法律問題が発生したときの判断基準としてとても重要です。ある行為がストーカー行為に該当するか否かは、ストーカー防止法の立法趣旨を念頭において判断されますし、ある行為が銃刀法違反になるか否かは、その行為が銃刀法の立法趣旨からみて取り締まりの対象になるか否かの観点から判断されます。

【著作権法の場合】

ネット上を流れるコンテンツが著作権法の保護を受けるか否かも、まさにこの観点から判断されるのです。即ち、そのコンテンツが著作物に該当するか否か、仮に該当するとした場合、それをネット上で流す行為が著作権者の権利を侵害することになるか否か、仮に侵害するとした場合、著作権者はどのような対抗措置がとれるのか、・・・・これらの問題は、すべて「著作権法の立法趣旨」即ち「著作権法は何を目指していたんだっけ?」という観点から判断されることになります。決して、六法全書の「著作権法」のページを開いて、そこに書いてある表面的な記述だけから答えが出てくるというような単純なものではありません。

そこで、著作権法についての様々な問題に立ち向かおうとするためには、「著作権法の立法趣旨」は何であるかを真っ先に押さえておく必要があります。

次回に著作権法の立法趣旨について述べ、それ以降、順次著作権法の諸問題に触れていこうと思います。
(2002.8.27)
弁護士 佐野 稔


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