ITワイド講座




イラスト:小湊好治


ロボットが人間と見分けがつかなくなる日?

前回も書いたとおり、人間は長い間、ロボットの夢を見続けてきたわけだが、これには二つの方向性がある。ひとつは、「どんな時も自分の命令に従ってくれる忠実な召使いを作ること」。もうひとつは、「自分自身が超人になること」だ。

漫画で言えば、前者は『鉄腕アトム』や『ドラえもん』の系譜、後者は『銀河鉄道777』に登場する“機械の体”の系譜だろう。ASHIMOやAIBOは前者に属するし、義手・義足の開発は後者に属する。ウェアラブル・コンピュータや、最近よく耳にするユビキタス・コンピューティングも後者の発想だ。

“私の忠実な下僕”とは、なんとも魅力的な存在だが、人間にとってなによりの恐怖は、下僕が言うことを聞かなくなることだ。『鉄腕アトム』では、「ロボット法」なるものが登場する。そこでは「ロボットは人間につくすために生まれてきたものである」「ロボットは人を傷つけたり、殺したりしてはならない」「人間が分解したロボットを別のロボットが組み立ててはいけない」など、ロボットの暴走が想定されている。

この「ロボット法」のもとになっているのは、1950年に米国のSF作家アシモフが提案した「ロボット三原則」だ。その内容は
1)ロボットは人間に危害を加えてはいけない。
2)ロボットは人間に与えられた命令に服従しなければならない。
3)ロボットは1と2に反しない限り、自己を守らなければならない。

アシモフは、ロボットが自己自身を守ることを三番目に置いて、人間がロボットを擬人化する危険性を主張している。そう、人間はロボットを、すぐに擬人化してしまう傾向があるのだ。

ASHIMOの前身、ホンダP2を初めて目の当たりにした知人は「大きくてなんとなく怖かったよ」と話していた。それもそのはず、P2は身長182cm、体重210kgという関取顔負けの巨体だった。今のASHIMOは、身長120cm、体重52kgと随分小型化しているが、それには人間の生活空間に適するようにという考えに加え、人間に威圧感を与えないという配慮もある。たしかに、もしあなたの横をP2が猛スピードで走り過ぎていったら、ちょっとコワイと思うだろう。逆に小さくなったASHIMOがバイバイする姿は、可愛いな、と思ってしまう。

人間は、動物はもちろん、愛車やパソコンにも感情や知能を見出してしまう。パソコンがフリーズすると、「お願い、機嫌直してよ」なんて話しかけてしまうのは私だけではないはずだ。感情や知能を持っているのが人間で、そうではないものが機械やロボット−−私たちは人間とロボットの差を、そんなふうに考えていないだろうか。

でも、実は人間とロボットの違いを定義するのは意外に難しい。チューリングテストという有名なテストをご存じだろうか。数学者チューリングが提唱したこのテストでは、まず壁を隔てた2室の一方に人間が入り、他方に人間を模したコンピュータを置く。そしてこの部屋をつなぐパソコンなどを介して筆談するのである。そしてもし人間が、自分の筆談の相手をコンピュータだと見破ることが出来れば、コンピュータには知能がないと言えるし、見破る可能性が50%以下ならば、知能があると言えるのではないか、というものだ。

もちろん知能とは筆談する能力だけではないが、人間の知能や感情というものをどう定義するのか、またどうやって計るのかという点ではとても面白い。私たちは通常、会話から相手の知能を判断するし、それ以外の方法では難しいからだ。人間の知能を計る代表的なものはIQテストだが、ロボットがIQテストを受ければ、かなりの高得点をとるだろう。

人間という存在を解き明かそうとしてきた哲学者の中には、「考えることは計算することである」といった計算主義的な人間観を主張する人もいる。これに対して、規則に基づいた計算・演繹だけには還元できない知的な営みこそ、人間の人間たる所以であるという立場もある。しかし、知能について言えば、計算というものが大きなキーワードであることは間違いないだろう。

感情のほうはどうだろう。「バイバイ!」と手を振って答えるASHIMOを可愛いと思い、愛着を感じたりするのはあくまでも人間だ。つまり、人間の感情がASHIMOに投影されているだけである。でも、これからどんどんロボットが(見た目も知能も)人間に近づいていくとき、それを本当の感情と取り違えないことは、案外難しいことになるかもしれない。

いま、チューリングテストでは人間とコンピュータの見分けがつかないほど、ロボットの知能レベルは上がってきている。『銀河鉄道777』のストーリーさながらに、さっきまで会話を交わしていた相手が怪我をして初めて“機械の体”の持ち主だったことを知る、なんてことが、実際に起こるかも知れないのだ。多摩川のたまちゃんの「人権」を主張するグループが出てきたように、ロボットの「人権」保護を求める動きだって出てくるかもしれない。たとえそれがずっと先のことだとしても、心の準備だけはしておいたほうがよさそうだ。

堀田ハルナ

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