ITワイド講座




イラスト:小湊好治


街場のIT

この文章を読んで下さっている方の多くは、コンピュータにもネットワークにも精通した、ITのプロの方が多いのだろうと思う。そうした方たちにとっては当たり前のことも、街場のおっちゃんやおばちゃんにとってはまったく珍奇なことだったり、全然無関係だったりすることも多かった。
「テレビでよく“インターネット”って言葉は耳にするんだけどねぇ」と言いながらも、インターネットはおろか、パソコンも見たことがないというおばちゃんに会った時には、さすがに私も驚いた。パソコンもインターネットも「なくなったら死ぬ」ぐらい必要不可欠なものだった私にとってこのおばちゃんは、秘境の地で生涯暮らしていて一度も海を見たことがない、どこかの部族の長老みたいなものだったのだ。でも、そういう人はまだまだ本当に多い。たとえ使ったことがあっても「必要がないから」と、興味を示さない人だってたくさんいる。

 それは、私の住む小さな街だったからかもしれないけど、e-Japan戦略なんてのは、やっぱりまだまだ遠いのかもしれない、なんて思うことも少なくなかった。

だが、もちろん、「若い人たちに負けちゃいられない」と、日夜パソコンと格闘するおっちゃん、おばちゃん、それからおばあちゃんもいる。

近所のおばちゃん、Kさんも、もとはパソコン無縁組だった。でも、なんのきっかけからか、息子さんにパソコンを習い始めた。Kさんはパソコントラブルがあると「今ちょっとだけ暇?」と私を家にひっぱりこんで、パソコンの前に座らせる。

そういうときは大抵、Kさんが最終手段に出たんだろうか、コンセントが引き抜かれていて、起動しなおすところから始めなくてはならない。で、Kさんは毎回「ぱぁっと明るくなるまで(起動するまでに、の意)、なんでこんなに時間がかかるんやろねぇ」と同じことを言うのだ。

“起動”という言葉も覚えてくれなければ、“ブラウザ”の意味もわからないKさんだが、なんと自分のホームページを持っている。近所に通っている社交ダンス教室の発表会の様子をアップしているHPは、息子さんの手を借りて、というよりほとんど息子さんにまかせて作られたものだ。でも、ようやく最近になって、ド派手な衣装を着込んだKさんとそのお友達がずらりと並んだ写真が山ほど掲載された賑々しいページを、自分でも少しだけ更新する作業を覚えたらしい。

さて、私の知る限り、パソコンを使える最高齢者は、華道の先生だ。齢、なんと80ン歳。手先を使うのは“ボケ防止”になるというのと、遠方に住むお子さん(といっても60代)とコンタクトを取るために始めたらしい。

メールのやりとりが先生の主な用途だから、とにかく素早くキーボードが叩けるようなるため、タイピング練習ソフトをお孫さんにインストールしてもらった。が、その練習ソフトは、なぜか『激打』。そう、あの『北斗の拳』のキャラクターが出てきて「あたたたた!」という、アレだ。

先生にとっては、ケンシロウも「なんだか怖い顔の男の人」でしかないが、「怖い顔の人」にダメ出しされるとやる気が出るらしく、結構楽しそうに練習している様子。先生は用事で訊ねてきた人には、必ず『激打』を「やってみて」とすすめる。

先日、先生のお宅を訊ねた時も、知らない若い男の人がパソコンの前に座ってケンシロウと戦っていた。聞くと、出入りの銀行の人だとか。銀行の営業マンにとっては、もしかしたら迷惑な話なのかもしれないけど、先生が入れる美味しいお茶を飲みながら、仕事の合間にゲームに興じられるなんて…なんだか悪くないじゃない、と、一心にキーボードを叩く背中を見ながら笑ってしまった。

先生にとっても、「若い人」の専売特許であるパソコンを始めることで、色々な世代の人と共通の話題がもてるようになったことが楽しいのだそうだ。「80歳を過ぎてパソコン使うのって言ったら、みんな驚くのよ」と先生は笑う。どうやら“ボケ防止”以上の効果があったようだ。

街場のITを取材していて印象に残っているのは、こんな牧歌的な光景だった。これまでご紹介した、自力でIT化を進めるレストランの親父さんも、毎日カッカしながらパソコンに向かうウチの父も、(それぞれに必死ではあるんだろうけど)、どこか微笑ましくもあった。
 これは一見、“ソリューション”とか“ロジスティクス”とか、そんなビジネス用語が飛び交う、切羽詰まった“プロ”のITの世界とは、まったく別ものと思えるかもしれないが、実はそれだけITが世に浸透してきた表れなのだろう。
 今後ますます、ITが暮らしに拡がり、あらゆる人を巻き込んでいくだろう。そのときには、誰も取り残されることのない、人の体温を忘れない技術であったら、と思う。

仕事の合間にでも、このコラムを読んで下さって、そんなちょっぴり呑気な様子を楽しんでいただいていたら、これ以上嬉しいことはない。これまで読んで下さった方、本当にありがとうございました。
(2003.5.13)
堀田ハルナ

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