ITフォーラム





【第3回】

〜『テレコズム』を巡る議論〜

◆ 指数関数的な伸び:

「テレコズム」の議論は、ジョージ・ギルダーがコンピュータの「マイクロコズム」よりも通信インフラの方が遙かに急増していることを、その題名の著書の中で指摘したことで注目を浴びるようになった。

成長のスピードは、一般的に倍増までの時間で表現される。例えば、人口が2%で増加すると、総人口は35年毎に倍増する。5%の金利で借金すると15年で元利合計は倍増する。同様にITの分野では、チップの集積度は18ヶ月毎に(ムーアの法則)、ストレッジの容量は15ヶ月毎に、光ファイバの容量は12ヶ月毎に、無線の能力は9ヶ月毎に、そしてインターネットの帯域は6ヶ月毎に(ギルダーの法則)倍増している。特にテレコム分野の伸びがいかに激しいものかは、これらの数字が物語っている。このスピードは、すさまじいほどの技術革新と設備投資と市場拡大を示すだけでなく、我々の意識変化をも迫っている。この業界の渦中にいる企業はどのような経営計画を立案し実行すればよいのであろうか。人間の未来予測の能力は、どんなに想像力を逞しくしても、どこかで楽観論と悲観論とのバランスを欠き、気づいた時には恐ろしい罠にはまってしまう。

◆ 米国のテレコム産業:

皮肉な話だが、現在、米国の第二のテレコム会社ワールドコムをはじめ、多くのテレコム会社が破綻し、経営不振に陥っている。これらの遠因は、テレコム産業をめぐる急激な変化と関係がある。急成長の見通しは、市場の拡大やそれに対応した強気の投資行動をもたらす。そのことは一方で、膨大な投資資金を必要とし、その回収のためには市場の規模拡大とシェア拡大、それに伴う企業収益の改善が、目論見通りに長期的に推移することが前提となる。もしそれらの読み誤りがあれば、経営は急速に悪化する。米国における最近の急激な景気後退には、これまでの楽観的な投資と自信過剰の背景があり、さらには期待に反して、透明性を欠く企業経営とも相まって、ワールドコムのような巨大企業ですら破綻することがあり得るという市場経済の冷酷さを改めて示した。

◆ 初期値のレベル:
 
指数関数的な数字には、またもう一つの魔術的な側面がある。基礎になっている数字が、あるべき段階に比べて非常に小さい場合は、驚くような大きな成長率を示すことがある。人間の胎児の場合、卵細胞から誕生までの細胞分裂では、卵子の0.1gから出産時の3000gまで10ヶ月で約3万倍に急成長する。これは平均で0.7ヶ月毎に倍増している計算になる。もっとも最初の伸びは激しくとも、月が満ちる毎に緩慢な成長になっていく点は異なるが、いずれにせよ初期値が小さければ、指数関数的な伸びを示す現象は我々の周りにない訳ではない。ではITの未来像、つまり人間の頭脳に匹敵する人工知能や、ハイビジョンレベルの画像を通信型のモバイル環境で実現することや、バイオテクノロジーや天文学、あるいは、様々なシミュレーションなど膨大な計算を要する分野が今後さらに成長するためには、もっと超高速の計算能力が必要となる訳で、それらを将来の到達点と想定すると、コンピュータも通信も、その能力を今よりもっと急成長させるニーズがあるはずだという結論になる。

◆ テレコム産業の未来像:

米国のテレコム産業の現状を見ると、米国政府の政権交代に加えて、あの9.11の大事件を境として、景気の局面でも明らかに様相が異なってきた。またこの間のテレコム業界をめぐる主要な技術や政策の変化(ブロードバンドや無線技術、コンテンツ政策に関わる知的所有権の強化、セキュリティへの注目など)も、大きな振幅の揺れとなってきているようだ。1984年以降、規制緩和と市場競争を重視してきたテレコム政策も、今までのように明確な将来ビジョンを示すことは難しくなってきた。かつての電話産業や自動車産業なども、産業として誕生し急成長する課程では、大きな混乱や倒産による市場淘汰を経験しており、これらもまた市場のダイナミズムの必然的な現象という面もあり、これこそが米国流産業の創造的破壊の一つの現象と理解すべきなのであろうか。

◆ 伸びるのは容量かトラフィックか:

それにしてもネットワークが毎年10倍の成長率だとすると、これは尋常な話ではない。例えば1996年から2001年まで5年間、この成長率が続いたとすれば、10万倍に成長することになる。インターネットの急成長は事実であるが、伸びているのが、そのコンテンツである「トラフィック」なのか、それを可能にする「容量」なのかはもっと明確にする必要がある(実際にはその両方とも伸びているのだろうが)。例えば、トラフィックが毎年2倍で、容量が毎年8倍ということもあり得る。その場合、利用率はトラフィック/容量であるから、利用率100%のネットワークは、毎年1/4づつ減少することになり、この傾向が1996年から5年間続くとすれば、2001年末の利用度は0.1%程度となってしまう。

年2倍に成長するトラフィックをサービスするためには、その容量を8倍にする必要があるとして(過剰な)投資をしたとすると、容量拡大の費用は技術進歩があり、毎年半減することを考慮しても、投資額は毎年4倍にしなければならない。これはトラフィックのビット当たり2倍の収益を挙げることを意味する。実際には、ワールドコムのみならず、多くのテレコム会社はこれを実現できてはいない。サバイバルするためには、むしろ毎年の投資額を縮小しつつ、かつ急成長するIPトラフィックのシェアを確保するというマジック経営が必要とされる。現在、テレコム業界が遭遇している問題は、この辺りのIP急成長と投資との関係での規模の不経済や見通しの難しさに起因していると思われる。
(2002.9.10)
国際大学グローコム・フェロー 小林寛三


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