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香り×つながる 中村祥二

第2回 色は匂ふ

私は日常の場で香りが他の感覚を鋭敏にさせたり、快さを強めたりあるいは撹乱したりするのをしばしば経験する。逆に他の感覚が香りの感じ方に影響することもある。また、時として複数の感覚が分離しにくいことがある。
「まだ粉雪の舞う頃だった。小倉山で桜の枝を頂いて帰り、炊き出して染めてみたら匂うように美しい桜色が染まった。染場中なにか心までほんのりするような桜の匂いが満ちていた。私はそのとき、色が匂うということを実感として味わった。人間の五感というものはどこかでつながっていて、美しい要素には、五感の中のいずれかと微妙に響き合っているものがあるように思われる」(志村ふくみ『色と糸と織と』岩波書店 岩波グラフィックス35) 心に強く残るお話である。

白の美しい花を咲かせるヒメウツギ。庭木として育てられることの多い木。花言葉は「秘密」

白の美しい花を咲かせるヒメウツギ。庭木として育てられることの多い木。花言葉は「秘密」。

私が長年関わってきたにおいについて言うと、「匂」は匂→→韵→韻と遡れる。「韻」は音の気持ちの良い響きの意で、例えば「韻を踏んだ詩歌」のように用いられる。「韵」は「韻」と同じ意味である。「堰vは「韵」の省画からきている。「匂」は「堰vsからきた国字である。中国の漢字、甲骨文の研究で名高い白川静先生は、今の国字の「匂」は間違って写した誤字であり、森鴎外や幸田露伴が用いた「堰vの方が正しいという。「匂」には「色が美しく映える」の用い方があり、漢字の歴史の流れの中で嗅覚と聴覚と色彩感覚がつながった感覚表現で表されるのは面白い。
日本の愛唱歌に佐々木信綱作詞の「夏は来ぬ」がある。
「卯の花の匂ふ垣根に 時鳥(ほととぎす)はやも来なきて 忍音もらす夏は来ぬ」の解釈は迷うことがあった。卯の花(ヒメウツギ)を自宅の庭で咲かせ、その白い花を注意深く嗅いでみた。快い香りがするのではないかという期待は全く外れ、珍しいほど香りを感じない花だった。「白い花が色美しく映えて咲いている垣根に」が正しい解釈なのだ。そういえば白い花の中でも卯の花の白さは際だって美しい。

 

中村祥二(なかむら・しょうじ)プロフィール

1935年東京生まれ。58年東京大学農学部農芸化学科卒業後、株式会社資生堂に入社。資生堂リサーチセンター香料研究部部長、チーフパフューマーを経て、95〜99年まで常勤顧問。40年にわたり、香水、化粧品の香料創作及び花香に関する研究、香りの生理的、心理的効果の研究を行う。現在は、国際香りと文化の会会長として香り文化の普及に尽力。フランス調香師協会会員。著書に『調香師の手帖』(朝日文庫)、『香りを楽しむ本』(講談社)、『香りの世界をのぞいてみよう』(ポプラ社)など。

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