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香り×つながる 中村祥二

第4回 加齢臭にチャレンジその1「ノネナールの発見」

古い研究ノ−トを見返してみると、私が加齢臭に関心を持ったのは1987年に遡る。
日本に将来必ず到来する高齢社会に向けて、何かしたいという想いから、加齢に伴って現れる体臭の変化を研究のテーマとして取り上げることにした。その時から、日常いつでも人のいるところでは加齢臭に注意をしてそのニオイの特性を脳に覚え込ませてきたのだが、それは実際の研究に際にして非常に役立った。加齢臭の原因物質がノネナールであることを発見したのは正確には1998年のことであった。
体臭は加齢と共に変化し、40歳を過ぎたころから、青臭さとわずかに焦げ臭い甘さを帯びた、古くなったポマード様の脂臭く拡散性の強い独特のニオイが生じる。このニオイは、男女いずれにも感じられるが、加齢臭の強さは生理的に個人差がある上、入浴、衣服の洗濯など清潔習慣によって違いがあることは付け加えておきたい。

嗅覚は記憶と密接に結びついているというが、子供のころの記憶によって、いわゆる加齢臭も良いニオイ、不快なニオイと感じ方が分かれる。

嗅覚は記憶と密接に結びついているというが、子供のころの記憶によって、いわゆる加齢臭も良いニオイ、不快なニオイと感じ方が分かれる。

このニオイは、電車の中、街で人とすれ違った時、本屋で本を探している時などにも感じるもので、その時、必ず周辺に高齢の人を見かけた。白髪の人によく観察されるという情報もあり、注意していると確かに多い。高齢者の多い集まりに出席すると、そのニオイの雰囲気とでも言おうか、独特の空気に包まれることがある。その後の研究で、この体臭が、加齢と共に増加する皮脂成分のパルミトオレイン酸が酸化分解して生成するノネナールであることを解明できた。ノネナールの嗅覚閾値が0.08ppbと極めて小さく、わずかな量で、離れたところからでもニオイを感じさせることも分かった。ちなみにむれた靴下のようなニオイの閾値は0.05ppbだ。
ノネナールに対してグループインタビューを行ったところ、面白いことに正反対の反応を示す二つのグループに分かれた。一つは「嗅ぎなれない不快なニオイ」という層、もう一つは「祖父母を想い出す温もりのある懐かしいニオイで不快ではない」という層。中高年ばかりでなく若い女性たちも多かった。子どものころのニオイの懐かしい記憶は家族の絆に強く影響するのだ。核家族化が進み、お年寄りが側にいなくなった。それがかえって加齢臭を際立たせているのだろう。
この研究の内容は国内外の多くのマスコミの報道によって明らかになったし、研究の詳細は2001年度の化粧品技術者会で発表した。加齢に伴って現れる体臭の研究は1999年に終了して12年が経ち、現在では街で加齢臭を感じさせる年配の人が減ってきているように思う。明らかになった加齢臭の対処法が役立っているに違いない。私達にとってはうれしいことである。

 

中村祥二(なかむら・しょうじ)プロフィール

1935年東京生まれ。58年東京大学農学部農芸化学科卒業後、株式会社資生堂に入社。資生堂リサーチセンター香料研究部部長、チーフパフューマーを経て、95〜99年まで常勤顧問。40年にわたり、香水、化粧品の香料創作及び花香に関する研究、香りの生理的、心理的効果の研究を行う。現在は、国際香りと文化の会会長として香り文化の普及に尽力。フランス調香師協会会員。著書に『調香師の手帖』(朝日文庫)、『香りを楽しむ本』(講談社)、『香りの世界をのぞいてみよう』(ポプラ社)など。

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