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香り×つながる 中村祥二

第9回 地球のにおい

地球に住んでいて地球のにおいには気づかない。地球のにおいにどっぷり浸かって、いつも同じにおいを嗅いでいると、そのにおいを感じなくなる。自宅の玄関を開けても、特段のにおいは感じないが、よそのお宅へ伺うと必ずその家独特のにおいや雰囲気を感じる。自宅のにおいには嗅覚が順応して(長期順応と呼ばれる)感じにくくなっている。

画像 地球のにおい

「地球のにおい」の中には、落ち葉や紅葉のにおいもあるだろう。私達は、考えている以上にさまざまないにおいに包まれている。

地球のにおいをはっきりと感じて、それを言葉で表現した人がいる。宇宙飛行士の若田光一さんである。
2009年7月、4ヶ月半にわたる長期の宇宙ステーション滞在を終え、ケネディ宇宙センターに戻ってきたとき、地球のにおいに迎えられた悦びを表現している。地球に戻った第一印象を聞かれ、「ハッチが開くと地球の草の香りがシャトルの中に入ってきた。やさしく地球に迎えられたような感じがしました」と述べた。
皇后陛下の美智子さまは2010年元旦歌会始にお歌を詠まれている。
〈宇宙飛行士帰還〉 夏草の茂れる星に還り来てまづその草の香を云いし人
宇宙ステーションの中のニオイ環境は必ずしもよいとは言えない、と聞く。地上の空気から4ヶ月余り隔絶され、ステーションの空気に浸かって過ごした若田さんの嗅覚は、地球のにおいに強く反応したのだ。
それはどんなにおいだったのだろう。森や林、草原の木々や草から発するさわやかな緑の香りである。奥多摩や屋久島の深い森の香りは成分の研究が進み、今ではその香りを再現することもできる。この香りのなかにはフィトンチッドと呼ばれる香気成分が含まれていて、山並みを背景に青みがかった霞(ブルーへイズ)として感じられることがある。1961年、ソ連のガガーリンはボストークで世界初の有人宇宙飛行に成功した。ガガーリンの言葉として「地球は青かった」は有名になった。
興味あることに、この香りは地球の周りを薄く覆い、緩やかな抗菌作用を持つと同時にヒトの気持ちを鎮静する効果も持っている。
私たちは毎日、意識するしないにかかわらず「地球のにおい」の恩恵を受けていることが分かる。これからも緑を一層大切にしていきたいものである。

 

中村祥二(なかむら・しょうじ)プロフィール

1935年東京生まれ。58年東京大学農学部農芸化学科卒業後、株式会社資生堂に入社。資生堂リサーチセンター香料研究部部長、チーフパフューマーを経て、95〜99年まで常勤顧問。40年にわたり、香水、化粧品の香料創作及び花香に関する研究、香りの生理的、心理的効果の研究を行う。現在は、国際香りと文化の会会長として香り文化の普及に尽力。フランス調香師協会会員。著書に『調香師の手帖』(朝日文庫)、『香りを楽しむ本』(講談社)、『香りの世界をのぞいてみよう』(ポプラ社)など。

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