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香り×つながる 中村祥二

第12回 降るような香り「駿河台匂」

1912年に米国の首都ワシントンD.C.に日本から日米友好親善のシンボルとして桜が寄贈されてから、今年で100周年を迎える。ワシントンに到着した3020本の桜苗木は「染井吉野(ソメイヨシノ)」が1800本と最も多く、それ以外に11種類の桜が含まれている。その中に花の香りが強い3種類――「上匂(ジョウニオイ)」80本、「駿河台匂(スルガダイニオイ)」50本、「滝匂(タキニオイ)」140本 が含まれていた。 300種類を超える桜の中から、日本を代表する桜を選定した人物は定かでないが、見た目に麗しい花の姿ばかりでなく、優れた香りも大切にしていることをアメリカ人に知ってほしいという願いが込められていたに違いない。

画像 道灌道の「駿河台匂」

白い花びらと赤みを帯びた茶褐色の若葉が上品な雰囲を醸し出す

「染井吉野」には香りがないといわれているが、それでも夕方暗くなりかけ、空気が湿り気を帯びてくると、満開の桜の下ではほのかな香りを感じる。桜の中に香りの良いものがあることは、桜の名付け方にも表れていて、「千里香」「駿河台匂」「御座の間匂」「染井匂」「滝匂」など20種を超える。名前の付け方にも、日本人の香りに対する細やかな感性がうかがい知れる。植物の香りに詳しい人に、どの桜の香りが一番強いかを尋ねると、きまって「駿河台匂」という返事が返ってくる。江戸時代、駿河台にあった武家屋敷の中に非常に香りの良い桜があり、「駿河台匂」と名付けられたという。
「染井吉野」の満開から1週間遅い4月中旬、御茶ノ水駅の聖橋口を出て小川町に向かい、ニコライ堂を右に見て本郷通りの坂を下ると、三井住友海上火災保険株式会社ビルの南側、駿河台道灌道にそれらしい桜並木を見つけた。ここの「駿河台匂」は地元の人たちの要望で1988年に植樹されたものと聞く。
樹形はあまり整っていない。花も「染井吉野」のようにたくさんは付いていない。しかし木の下を通るだけではっきりと、香りが降るように下りてくる。一緒にいた友人も驚いていた。花に顔を近づけていたわけでもないのに、桜の花がはっきりと香るのだ。小枝を引き寄せて香りをよく調べてみた。
バラの香りの成分がとても多いのが特徴で、桜餅のような粉っぽさがフローラル感を強めている。ヒヤシンスに似た新鮮さを感じるのも良い。これまで試した香りの強い桜と比べてもはるかに強く、フローラルなイメージがはっきりしている、うわさに違わず香り桜のトップに位置するものと感じた。
「駿河台匂」は新宿御苑、上野公園、多摩森林科学園にもある。しかし丈の高い木だと香りを嗅ぎにくいだろう。発祥の地―道灌道の小ぶりな「駿河台匂」は香りを楽しみやすいのが私にはうれしかった。

 

中村祥二(なかむら・しょうじ)プロフィール

1935年東京生まれ。58年東京大学農学部農芸化学科卒業後、株式会社資生堂に入社。資生堂リサーチセンター香料研究部部長、チーフパフューマーを経て、95〜99年まで常勤顧問。40年にわたり、香水、化粧品の香料創作及び花香に関する研究、香りの生理的、心理的効果の研究を行う。現在は、国際香りと文化の会会長として香り文化の普及に尽力。フランス調香師協会会員。著書に『調香師の手帖』(朝日文庫)、『香りを楽しむ本』(講談社)、『香りの世界をのぞいてみよう』(ポプラ社)など。

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