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ティッシュ

「こっちが5箱298円で、あっちは395円…。うーん、特売の方でいいや!」
「ティッシュ」と聞いて私達がごく普通に思い浮かべるのは、今やスーパーの特売になくてはならない「ティッシュペーパー」。

だが、この言葉が最先端のライフサイエンスの分野で使われると、趣ががらりと変わってくる。ここで言う「ティッシュ」とは、細胞でできた「生体組織」のこと。生体組織を扱う「ティッシュ・エンジニアリング(生体組織工学)」は、一般的には「再生医学(医療)」と訳され、日本でも国家プロジェクトの一つとして取り組まれている。
再生医学とは、事故や病気などで機能が失われた細胞や組織、臓器を、人工的に培養した人間の細胞などを使って作り直すことで、やけどの治療で行う皮膚移植や白血病治療の骨髄移植などもその一つだ。

イモリが体の一部を切られても、やがて元通りになるように、多くの生物には自己再生能力が備わっている。ヒトの場合、この能力は低く、せいぜい皮膚や血液、肝臓などでの小さな修復に限られる。そこで、細胞修復の元となる「幹細胞(*)」を人工的に増殖、分化させたり、細胞を張り付かせるための足場を作るなど、生体組織工学の技術を使って、修復を手助けしようというのだ。再生医学は、臓器移植と違って、ドナー不足や移植後の拒絶反応といった心配もない。

再生の可能性がある組織・器官としては、皮膚や軟骨、骨、靱帯、角膜・網膜があり、肝臓や心臓、すい臓、脳などでも研究が進められてる。なかでも事業化の途にあるのが皮膚。皮膚の培養には(1)培養表皮 (2)培養真皮 (3)培養皮膚の3種類があるが、例えば培養真皮の場合、ヒトの真皮から線維芽細胞という細胞を分離して大量培養した後、「コラーゲン」で作ったスポンジ状シートに播き、真皮の構造を作る。これを、やけどなど皮膚に損傷を受けた患者に移植すると、患者の皮膚と一体化して皮膚が再生するというわけだ。
ティッシュ・エンジニアリングによって、ヒトの体はどこまでよみがえるのか――研究者達の挑戦は続く。

*幹細胞:機能が決まった細胞になる前の「元になる細胞」。「変化せよ」と指示を受けると、特定の細胞に変身(=分化)する能力を持っており、未分化の状態で長期間にわたって自らを複製・再生する能力も備えている。胚からは胚性幹細胞(ES細胞=Embryonic Stem Cell)、成人からは成体幹細胞、胎児からは胚生殖細胞を採り出すことができる。1998年、米国でヒトの胚幹細胞の分離培養技術の確立が発表され、再生医学の可能性がさらに拡大した。

コラーゲンスポンジに線維芽細胞を組み込んだ同種培養真皮。
写真提供:北里大学 黒柳能光
情報提供:トランスレーショナル・リサーチ・コミュニティ

COE  
鳥取大学乾燥地研究センターの施設「アリッド(乾燥した)ランドドーム」。通称「アリドドーム」の中では、世界中の砂漠環境を人工的に再現できる。
写真提供:乾燥地研究センター
世界で初めてクロマグロの完全養殖に成功した近畿大学の水産研究所(和歌山県白浜町)と、生け簀で泳ぐクロマグロ。
写真提供:近畿大学

「COE? 知ってますよ。Chief Executive Officer、つまり最高経営責任者の略ですね」
残念! それは「CEO」で、今回取り上げるのは「COE」。「ああ、まったく3文字略語は厄介だ」と言わず、しばらくお付き合い下さい。

COEという言葉が登場するのは「21世紀COEプログラム」と呼ばれる事業で、COEは「Center of Excellence」、つまり卓越した拠点という意味。このプログラムは、「大学(国立大学)の構造改革の方針」に基づき、2002年度から文部科学省によって始められた新規事業。その目的は、世界のトップレベルの大学と伍していける国際競争力のある大学作りだ。これまでのように助成金を平均的に交付するのではなく、第三者評価に基づく審査によって、世界的な研究教育拠点であると認定されたプログラムに対して重点的に支援しようというものだ。大学間に競争原理を導入したことに加え、博士課程やポストドクターなど若手研究者の人材育成に力点を置いているのも大きな特色。

対象となるのは「化学・材料科学」「生命科学」「情報・電気・電子」「人文科学」「医学系」「数学・物理・地球科学」「機械・土木・建築・その他工学」「社会科学」「学際・複合・新領域」の9分野で、02年度は113件(50大学)に約167億円、03年度は133件(56大学)に約158億円の助成金が交付された。

採択されたプログラムの内容を見ると、バイオやナノテクノロジー、次世代IT、国際交流や心の解明、生態系、環境など、文字通り最先端の研究開発がずらっと並ぶ。その中で目を引くのが、地域特性を生かした研究だ。例えば、近畿大学の「クロマグロ等の魚類養殖産業支援型研究拠点」や立命館大学の「京都アート・エンタテインメント創成研究」、鳥取大学の「乾燥地科学プログラム」、長崎大学の「熱帯病・新興感染症の地球規模制御戦略拠点」など。
大都市圏の大学と比べて地方の大学や私立は不利と言われるが、中央を飛び越えて直接世界とつながる研究を行っている大学もある。世界でたった一つ、それも大切な「Excellence」の条件ではないだろうか。

おせち

忙しい一家の主婦が正月三が日は休めるよう、年末のうちに保存のきく料理を作り、重箱に詰めておく…。当たり前のように食べる「おせち」だが、この正月料理をなぜ「おせち」と呼ぶのだろうか? まず、その始まりに遡ってみよう。

日本の年中行事には、「節供(節句)」と呼ばれる日がある。これは、季節の節目の日に神様に収穫物をお供えすることを意味し、そのお供えものを「節日の供物」、つまり「節供(せっく)」と呼んでいた。
節供の多くは、中国の信仰的行事の影響を受けた、奈良時代の宮中行事に起源を持つ。その後、節供行事は貴族社会の中で発達していくが、江戸時代になると、江戸幕府がその行事の一部を「五節供」と定める。今で言う祝日のようなもので、正月7日(人日)、3月3日(上巳)、5月5日(端午)、7月7日(七夕)、9月9日(重陽)がこれに当たる。年が改まる元旦とお盆は別格扱いとされた。

おせちは「御節」と書き、「御節供」の略。つまり、もともとは節日に神様に供えたものを下げて食べる節供料理全般を指したが、江戸時代になり、お正月のひときわ豪華な節供料理だけをおせちと呼ぶようになったというわけだ。
「節供」の「供」の字に、生活の区切りを意味する「句」の字が当てられるようになったのもこのころだと言うから、神様への供物という本来の意味が次第に失われていったのだろう。

現在のおせち料理の原型は江戸時代にでき上がり、幕末から明治には祝肴の重箱詰めが通例になっていたと言う。人々はおせち料理に、まめに働けるように「黒豆」、子孫繁栄を祈願した「数の子」、喜ぶに通じる「こぶ巻き」、見通しの良い「れんこん」など、食べ物の形や名前を語呂合わせにした縁起の良い料理名を付けて、年の始めを祝った。

季節感が薄れていく現代だが、年に数回の節目の日には、自然と大地の恵みに感謝し、親しい人と節供料理を味わうのも楽しい試みではないだろうか。

日付 節供 別名 由来・行事など
正月7日 人日
(じんじつ)
七草の節句 人日は古代中国の占いに由来し、正月1日から鶏、狗、猪、羊、牛、馬の順に獣畜を占い、7日になって人の占いを始めたことによる。七草粥を食べて邪気をはらう風習がある。
3月3日 上巳
(じょうし)
桃の節句、
雛祭り
上巳とは3月最初の「巳の日」。古代中国では、この日に川で禊(みそぎ)をして汚れをはらった。日本では、人形に汚れを移し身代わりとして川や海に流すという独特の行事が生まれた。
5月5日 端午
(たんご)
菖蒲の節句 古くは月初めの「午の日」を指し、古代中国では、この日に悪い気をはらう菖蒲や蓬(よもぎ)を摘み、家や門に飾った。日本で男の子の節句となったのは、菖蒲が「尚武」に通じることから。
7月7日 七夕
(しちせき)
笹の節句、
たなばた
中国の牽牛星と織女星の星伝説に由来する。また、天上ではたを織る織女は女の子の手芸の神様でもあることから、これに祈ることで、裁縫や習字、和歌などの上達を願った。
9月9日 重陽
(ちょうよう)
菊の節句 易で陽数(奇数)の極である「九」が重なる日。今は廃れてしまったが、江戸時代までは、菊の花を浸した「菊酒」を飲み交わしたり、菊のコンクールである「菊合わせ」などが行われていた。

壱の重にはお屠蘇をいただくための「祝い肴」を詰める。壱の重が「口取り」と言われるのに対し、弐の重は「口代わり」と言い、酢の物や焼き物などを、参の重には野菜の煮しめなど煮物を詰めるのが一般的だ。
画像提供:紀文
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